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第四十六話 堕天

「…………」


 昨日はあまり眠れなかった。いつもこの時間になるとユーリかカナエがオレの部屋に入ってくるが、今日はない。それが何だかとても寂しく感じる。オレが思っていた以上にあの二人の存在が心の拠り所になっているのだろうか。

 

 不安ではないが、二人に早く会いたいと思う気持ちが少なからずある。それに今日は嫌な予感がする。虫の知らせというには強すぎる。根拠はないが何かが起こる気配をオレは感じている。


 ────それが現実になると確信したのはロビーで朝刊を読んだときだった。



 昨日はあまり眠れなかった。テレジアに偉そうなことを言った手前、僕もどう言葉を尽くせばいいのか分からなくて、まだジョセフに真実を伝えれていない。だから起きてすぐにメッセージを送ってジョセフと話し合おうと思ったのだが、一向に既読が付かない。


「ジョセフ……?」


 四度ほどメッセージを送ってみたが、やはり既読はつかない。ジョセフはいつもすぐに既読を付けるタイプだから普通はこんなこと起きない。まだ眠っているかもしれない可能性が頭に過ったが、彼は毎朝アークへ祈りを捧げるために早起きしている。今の時間はその祈りの時間をとっくに過ぎているから起きていることは間違いはずだ。


 それでも既読が付かない。


「嫌な予感がする……」


 独り言を言う。これは僕がまだ地球にいた頃に妻から教えられたのだが、僕は考え事に集中すると独り言をぶつぶつ言う癖があるらしい。


 いや、そんなこと今はどうでもいい。早くジョセフを見つけなければ。


 思い立った僕はログハウスを出てイーストウィングを歩くことにした。ジョセフが行きそうなところをひたすら虱潰しに探していこうと思ったからだ。


 とはいえ、ジョセフが行きそうな場所は少ない。彼は専らログハウスでずっと療養しているか街に出て発病者を保護しているかの二つだから、イーストウィングに滞在している所はあまり想像がつかない。


 ────そんな懸念はすぐに吹き飛ぶことになる。


「シュプリさん!!」


 それは昨日の解剖にも立ち会っていた一人の医者が息を切らしながら持ってきた朝刊にあった。


「こ、これ……!」

 

 手渡された朝刊の大見出しにはこう書かれていた。


[反聖王府組織の内通者処刑。感染者に味方した愚か者の末路は記念公園にて!]


 一瞬、脳が思考することを拒絶した。頭が真っ白になった。


「ミリア君……?」


 点と点。全てが繋がっていく。繋がって欲しくない最悪のシナリオの辻褄があってしまう。


「────ジョセフ!!!」

「え、シュプリさん!?」


 僕は脇目もふらず記念公園へ駆け出した。



『は、初めて見た時から好きでした!』

 

 ミリアと初めて出会ったのは神官学校の二回生になってすぐの頃だ。当時の私は今と違ってメタボな体型だったので、そういった経験は勿論一度もない。


『断る。どうせ君も罰ゲームか何かでやらされてるだけだろ』


 私は断った。悲痛な顔を浮かべて去っていった彼女に罪悪感を覚えたが、翌日にはまたいつもの憂鬱な日常に戻った。


 しかし、彼女は思いのほか諦めが悪かった。


『私と付き合ってください!』


 彼女は毎日のように私に会いに来て告白をしてくるようになった。


『また来たのか……何度でも言うが、断る。下らない遊戯だ。そんなことしても誰も得しない。君の心が傷付くだけだ』

『遊びじゃないもん! 本気だもん!』

『なら勝手にしろ。俺は拒絶し続ける』


 厳しい言葉を投げかけても。


『おはようジョセフ君! 付き合って!』

『断る。というか、どんな挨拶だ』


 適当な反応を続けても。


『おはようジョー君! お付き合いしてくださる!?』

『自分の頭に拳銃を突きつけながら告白するバカがどこにいる! やめたまえ!』


 彼女は私の想像を超えてくる。いつの間にかそれは日常になっていた。


『おはようジョー君。付き合って!』

『…………おはよう。断る』


 なんだかんだ楽しかった。


『おはようジョー君。付き合おうよ』

『断る。どうせお前も俺を裏切るんだろう』

『裏切らないよ! というか気になってたけど、神官を目指すなら一人称俺はトゲがあると思うよ?』

『…………そうか』


 悪い気はしなかった。


『おはようジョー君! 付き合う?』

『おはようミリア。いい加減他の人をあたってくれ。君なら私よりもいい人と幸せになれる』

『やだ!! ジョー君がいい!!』


 日々ダイエットに励んでいた私の体型は変わらなかったが、ミリアの一途な思いも変わらなかった。


『卒業式、終わっちゃったね』

『……そうだな』


 そして迎えた神官学校の卒業式。


『ねぇジョー君。これが最後の────』

『待ってくれミリア。まず私から言わなければならないことがある』

『え…………?』

『────その…………こんな私で良ければ………………これからも一緒にいて欲しい』


 結局、私はミリアに白旗を振った。生来人嫌いだった私が、初めて誰かに心を許した瞬間だった。その日彼女が見せた泣き笑いは涙と鼻水でくしゃくしゃで、とても美しかった。


 神官学校を出た後、ミリアは憲兵になって、私は医療教会の神官見習いとなった。互いに違う道を選択した。一緒にいれる時間が少ないのは寂しかったが、私はミリアのことを信じていたから特に不安を感じることはなかった。


 それに、家に帰ればいくらでも一緒にいられる。


 そんな日々が終わったのは私が天使病に罹患したからだ。


『ジョセフ・モルフォール。天使病をアスガルに持ち込んだ大罪人。聖王の名のもとに貴様を連行する』


 三年前のある日、憲兵隊によって私達の家は燃やされた。命からがら逃げだした私はとにかく人が寄り付かない場所に逃げ込んだ。家に火を放った、憲兵隊の隊長の顔を目に焼き付けながら。


 私が隠れ家に選んだのはイーストウィングだ。昔に起こったという大災害によってゴーストタウンと化したその場所はスラム街に囲われており、憲兵も近寄らないことで有名だった。


 私はとにかく生きるのに必死だった。何度も餓死しそうになったし、喉が渇きすぎて血が出たこともあった。今思えば、そこで野垂れ死ぬ前にシュプリ殿と出会えたのは奇跡だったと思う。


 その間、ミリアと連絡は取らなかった。この状況で私たちの仲が憲兵にバレると彼女まで危なくなってしまうと思ったからだ。その当時はまだ私たちが恋仲であることを知る人間がいなかったので、この試みは成功した。

 

 次第に天使病を発病する人間が増え、世間の目が厳しくなっていく中で私が希望を捨てなかったのはミリアと会いたかったからだ。やがて私がケリュケイオンを立ち上げてすぐのころに彼女と再会できたときは心の底から泣き喚いた。


 そして私は誓ったんだ。何があっても諦めないと。果てしない闇の先に光があると信じて進み続けたんだ。その割きに報いが、救いがあると信じて戦うことを選んだんだ。



「は……?」


 ────十字に磔にされたミリアの亡骸を見た瞬間、私の世界が止まった。彼女は両手を釘で打ち付けられ、足をだらりと宙に垂らしながら晒し者にされている。


 ……なぜだ?


「────来たぞ!! ジョセフ・モルフォールだ!!」


 私が記念公園に着くや否や、死角や物陰から飛び出してきた憲兵。指示を出したのは、私達の家を燃やしたあの男だ。


「撃ち殺せ!!!!」


 次々に銃弾が飛んでくる。何度も、何度も銃声が鳴って、迫ってくる弾丸の数が増える。その全てが、止まって見える。次第に世界から色彩が消えていく。


 俺の内側で黒い衝動が爆発した。


「お前たちが……」


 俺の中の何かが変わっていくのを感じる。作り変わっていくような、元に戻っていくような。溢れ出す黒い感情が俺という人間を変えていくの。


 不意にミリアと過ごした日々が走馬灯のように駆け巡った。それらはすべて、黒い炎に燃やされ言った。


『ダメだよジョー君。自分を傷付けて現実から目を背けちゃダメ』


 無理だ、もう。私にはもう無理だ。初めから救いなんてものは無かったんだ。


『君が立ち上がってくれたからこそ今生きている人がいるんだから』


 どうでもいい。もうどうでもいいんだ。ホントは赤の他人なんてどうでもよかったんだ。俺はただ君に失望されたくなかっただけなんだ。


 どうして、こんなことになったんだ。


『いつまでも優しいジョー君のままでいてね。私との約束だよ』


 ごめんね、ミリア。俺は今から、約束を破る。


 ごめんなさい。


「皆殺しにしてやる」


 でも、君の居ない世界なんて滅んでしまえばいいと思うんだ。


 ────最初からこうすれば良かったんだ。


『影すら残さず滅ぼしてやる!!! この雑菌共がァ!!!!』


 情動過負荷。溢れ出す黒い情動がジョセフの翼を染め上げた。


 黒い涙を流す眼の色彩が反転し、皮膚のあちこちには青い亀裂が走る。漆黒に染まる翼は二対に増え、透き通るヘイローは鉛色に変色する。

 

 尚も止まらない歪な霊力は暴風となってジョセフの肉体から漏れだし、迫りくる銃弾の全てを吹き飛ばした。


 もはやそれは人でなく、天使でなく、悪魔でもない。


 ただただ、世界の破滅を願う精神破綻者。絶望と憎悪に焦がされたその身が朽ち果てるまで、ジョセフはもう止まれない。


 ────人はそれを霊魔と呼ぶ。

愛転じて、人を憎む。

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