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第三十七話 迷える子羊・Ⅱ

ちょっとぶりの戦闘回

 とりあえず南を目指して進み続けた私達は、狙いが大成功してすぐにデリング劇場まで行くことが出来た。まだ医療教会には着いていないが、ここら辺は観光客が多いので道が広く、また地形が平坦なので分かりやすい。


 しかし、新しい問題が今私たちの前に立ちふさがっていた。


「目が回る……」


 それは人。とにかく人が多すぎることだ。どこを見ても人・人・人。道に渋滞が出来ているのかと錯覚するほどの数だ。浮ついた活気の良さも相まってまるで渋谷のスクランブル交差点みたい。なんだかちょっと懐かしい気分になったが、元々人ごみは苦手だからすぐに早く抜け出したいという気持ちが上回った。


「医療教会は……こっちだな。逸れんなよカナエ」

「貴方に言われたくない」


 さっきまで情けなく取り乱してたのはどちら様だって話だ。私達は道中も不毛な言い争いを交えながら人ごみを掻き分けて進んでいった。地図に従って進んでいくと段々と人の数も減り、商業施設も少なくなっていく。やがてデリング劇場周辺の喧騒が木霊のように聞こえ始めた頃、厳粛にそびえ立つ大きな教会が私たちの目の前に現れた。


「ここがアーク医療教会?」

「そうだ。でけぇだろ? あんまり知名度はないけど世界三大宗教なんだよ。あとは正義と憲護の女神テミスを信仰するホド教会と裁神テラーを信仰するレイトス教会があるんだ」


 テミスはヴェルトから聞いたことがある。でも、テラー? 一度も聞いたことがない神様だ。これみたいなちょっとした情報は意外と思わぬところで役に立つのでありがたい。「情報は武器になる」と昔からお母さんに言われて育ってきたから、こういううんちくを聞かされるのは嫌いではない。こっちの神に興味ないしどうでもいいけど。


「とりあえず中入ってみようぜ」

「え、入るの? 勝手に入っていいの? 不法侵入?」

「いやちげぇよ。こういう所は一般開放されてるもんだ。仮に入っちゃダメだったとしても、そのときはごめんなさいすればいい」


 ユーリは笑いながら教会の扉を開いた。中は大理石が惜しみなく使われていて荘厳な白でいっぱいだ。真ん中に赤いカーペットが敷かれていてその両脇に六~七人くらいは座れる長いイスが設置されている。祭壇の手前には白いローブを着た女の人がいた。


「あら……おはようございます。アーク医療教会へようこそ」


 白ローブの女は私たちに気が付くと柔らかく笑いかけた。清らかなオーラを纏う笑顔にユーリは唾を呑んでいた。


「フィアンセにチクろうか?」

「ウッ……すまん」

 

 ユーリはすぐに気まずそうな顔をして謝った。私じゃなくてフィアンセに謝れ。


「お二人は仲がよろしいのですね」

「ア、アハハ……」

「自己紹介が遅れてしまいましたね。私はミネルバ。この医療教会の教区長をしています」


 どうやらこの人は教会の偉い人だったようだ。驚いたのはその若さで、見た目は殆ど私と同い年くらいだ。でも落ち着いた雰囲気のせいか大人びて見える。私と同じ、いや少し劣る……………………やっぱり私と同じくらいの美少女だ。


「俺はユーリっす」

「カナエ。よろしくお願いいたします」

「ユーリさんにカナエさんですね! よろしくお願いします。今日は教会に何か御用ですか」

「用というほどのことでもないんですけど、ちょっと聞きたいことがあって」


 ユーリが一歩前に出て事情を説明した。


「なるほど……天使病について調べるためにシュプリさんを探しているのですね」

「医神アークを信仰するアンタ達なら何か情報を持ってるかなと思ってここに来たんです」


 ミネルバさんは申し訳なさそうに首を振った。


「ごめんなさい。シュプリさんが今どこにいるかは私達も把握していません。彼は今、天使病患者の治療を行ったとして指名手配を受けています。憲兵の追跡から逃れるために雲隠れしてしまったのです」

「なっ、治療しただけで指名手配を……?」


 驚きの声を上げたのはユーリだ。私も声には出さなかったが、内心では同じ気持ちだった。


「外から来た方はご存じでないかもしれませんが、今アスガルにおいて医療行為はほとんど違法行為となっているのです…………特に天使病の治療については容疑が掛けられた時点で強制連行、最悪は極刑に処されてしまいます」

「そんな……」


 ミネルバさんの話居に私は絶句するしかなかった。この国は、私が想像しているよりもずっとイカレているんだ。


「アスガルの国教であるこの医療教会も例外ではありません。国教だったのでまだ私は捕まっていませんが、私の前任だったジョセフ・モルフォールは天使病を発病したことで姿を消しました」

「医療教会ですら捕まるって、聖王は一体何を考えてやがるんだよ……!」

「分かりません……何しろ三年前からめっきり姿を見せておらず、正直なところ今は何をしているのかすら不明なのです」


 ミネルバさんは悲しそうな顔をしながら祭壇の奥にある石像を見上げた。


 その石像は片手に本を持った花冠の男の像だった。これもやはり大理石で出来ているが、相当質の良いもので彫ったのか、一目見ただけで神様であると分かるくらい神聖な存在感を放っていた。


「二人はこの国の外から来られたのですか?」

「ウッス! 恥ずかしいけど、昨日来たばかりで何にも知らないッス……」

「それでしたら、天使病について私が知っていることを教えましょう」


 ミネルバさんは微笑みながら頷く。


「医療が必要な場所に必要な医療を。病について正しい知識を知ることもまた一つの医療と言えるでしょう。それに折角この教会に足を運んでくださったと言うのに手ぶらで返すわけにはいきませんから」

「アザッス!!」


 勢いよく頭を下げたユーリにミネルバさんはまた微笑んだ。


「まずは天使病がどのような病気についてですが────」

 

 ミネルバさんが語り始めたそのとき、バン!!という大きな音が背後から起きた。


「アスガル憲兵隊である!! そこを動くな!!」


 それは教会の扉が壊れた音だった。大量の憲兵が押しかけ、手に持った拳銃を構えて私たちに命令してくる。


「教区長ミネルバ!! 貴様には天使病治療及びケリュケイオンとの結託の疑いが掛けられている!! そこの二人も誰だか知らんが、お前たちも容疑者として連行させてもらうぞ!!」

「お待ちなさい憲兵隊。この二人は関係ありません。ここはどうか、私の身柄だけでお許しいただけませんか?」


 ミネルバさんは私たちを庇うようにして前に出た。否、私達は庇われたんだ。この人は自分を顧みず、見ず知らずの私達を助けてくれたんだ。


「二言はないな?」

「あなたたちが約束を破らなければ」

「……いいだろう。その二人は連行しないことを約束する」


 憲兵の二人がミネルバさんに近寄ってくる。


「ねぇ、ユーリ」

「分かってる。やることは一つだな」


 私たちは視線を交わすことなく、互いの行動を理解した。


「「────ミネルバさんを守る!」」


 私達はそれぞれミネルバさんに手錠を掛けようとした憲兵を殴り飛ばした。


「ぐあっ!!」

「えっ!?」


 憲兵が倒れたことでミネルバさんは驚いて声を出した。憲兵たちは顔を真っ赤にして怒り出した。


「きっ、貴様ら!! 我々憲兵に逆らうというというのか!」

「憲兵様がなんぼのもんじゃい!! 俺たちは正しいと思ったことをするだけだ!!」

「ミネルバさんは、あなたたちなんかより百倍正しい」


 私達はミネルバさんの前に出た。


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