第百二話 同窓会
まず覚えているのは、自分がとんでもない夢を見たということだ。
テミスの戦死。
その衝撃が強すぎたのか、前後の記憶があいまいだ。ギガント族と会話したことは覚えているが、その一つの事実以外ハッキリと覚えていることが何もない。
当然目覚めも悪かった。お陰で朝からガスコインとの打ち合わせに遅刻しそうになったし、カナエが起こしてくれなかったら絶対に遅刻していただろう。結局、打ち合わせには間に合ったもののあまり集中は出来なかったのだが。
「────ヴェルト」
不意にカナエが声を掛けてくる。ハッとなって振り向くと、呆れたような心配したような複雑な色が混ざった薄紫色の瞳と目が合った。
「そろそろ約束の時間。シャキッとして」
「す、すまん……」
どうやら、自分が思っているよりもみっともない姿を晒していたらしい。カナエに謝り、一度思考を辞めることにした。
今、オレ達三人は大陸対魔組合の本部前にいる。今回の依頼に同行するという他のハンターと合流することになっているからだ。
その数はオレ達三人を含めて合計九名と、かなりの大所帯だ。ガスコイン曰く、階級関係なく信用できるハンターたちに声を掛けたとのこと。
「ふと思ったんですけど、他のハンターと合同で任務にあたるのってオレ達初めてじゃないですか?」
ワクワクしたような顔で問いかけてきたのはユーリだ。右手にはガスコインからもらった未開封のエナドリ500ml缶があり、左手でプルタブを開けようとしている。
「アトラの皆はノーカウント?」
「いやいや、アレは今回みたいに最初から協力してたわけじゃないだろ? 即席っつーか、とにかくアドリブだったじゃん」
カナエの疑問にユーリが論を展開する。思い返せばその通りだ。アトラのときはオレ達以外にハンターがいることすら知らなかったが、今回は始めから協力して動くことが決まっている。
「…………」
懸念すべきは、オレの正体がバレること。
二人にはもう打ち明けたが、まだ世間には公表していない。顔写真は流失していないらしいが、スルト・ギーグの名は今や知らぬ者がいないほど全世界に広まっている。
勘の良い人間なら、オレの霊臓を見たとしたら、もしかすると悟られてしまうかもしれない。
「…………兄貴? またぼーっとして、どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない。ちょっと今後のことを考えていただけだ」
幸い、二人はちゃんと分かっている。他の人間がいる場所でうっかり口が滑るなんてことはないだろう。
「そういや他のハンターと合流した後はどうするんスか? そのままギンヌ大火山に向かうんです?」
「いや、一旦獣人国ラオに向かって火山捜索の準備を整える」
言うまでもないが、火山は過酷な環境だ。高温だったり噴火だったり、色々と備える必要がある。ギンヌ大火山の麓に接する獣人国ラオならば適したツールもあるだろう。
「獣人国って何?」
相変わらず無表情で首を傾げたのはカナエだ。異世界人のカナエには土地や国の名前はやはり難しいというか、馴染みが無いのだるう。
「ラオはライカード達が住まう小さな国だ。ギンヌ大火山の麓に接しているから一年を通して常夏だが、毎日何かしらのお祭りや武闘会がある騒がしい国だ」
「凄く楽しそう。なんと言うかこう、毎日がエブリデイみたいな」
何やら意味の分からないことを言っているが、カナエは概ね前向きな反応を示していた。楽しいことが好きなあたり、やはり無表情なだけで人と関わることは好きなのだろう。
「悪い噂は聞かない。とりあえず行ってみればどういう国かが分かるはずだ」
「それもそうね」
カナエはそれっきりラオの話題を口にしなかったが、少し楽しみにしているのか、ちょっとだけ口角が上っているように見えた。
「それにしても遅いな……もう約束の時間は来てるはずだが────」
ふと思い出して、スマホで時刻を確認しようとしたそのときだった。
「カナちゃ────ん!!!!」
遠方から突然大きな声が聞こえてきた。明るく弾んだ声だ。何かと思って見てみれば、青い髪の少女が手を振りながらこちらに駆け寄ってきていた。
その少女には見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
あのコスプレみたいな衣装は……
「ロタ!」
目を輝かせながらカナエが少女の名前を呼ぶ。
アトラにいた、魔法少女ハニー☆ジャスティスのメンバーだ。
「久しぶり~~!!!」
ロタはカナエの胸に飛び込んだ。カナエはそれを優しく受け止め、嬉しそうに笑った。
「カナちゃん元気してた!?」
「フフ……元気だよ」
「やったー!!」
二人の少女はオレ達を置いて再開を喜んでいた。
「でも、何でロタがここに?」
「────それは我々が今回の救出任務のメンバーだからだ」
カナエの疑問に答えたのは、こちらもまた見覚えのある耳の丸いアールヴの男であった。
「ヴィンセントさん! アンタまで来てたのか!?」
「久しぶりだなユーリ少年。それにヴェルト君も」
ヴィンセントはオレ達に微笑みを向けた。
「あぁ……久しぶりだな。その節は助かった。あの霊薬が無かったらかなり危なかったよ」
「何、やるべきことをやったまでだ」
改めてアトラでの礼を言うと、ヴィンセントは破顔しながらそう言った。
「実はうちもいま~す」
不意にヴィンセントの後ろからひょこっと顔を出した黄色い髪の少女は、ロタと同じく魔法少女ハニー☆ジャスティスのメンバー、ヒルデだった。
「ヒルデまで、嘘でしょ……!」
「へっへ~ん」
「フリストとカーラもいるからね! 二人には宿とか入山許可の手続きをお願いしたからラオで合流するつもり!」
カナエはまた嬉しそうに目を輝かせると、突然ロタとヒルデのことを抱きしめた。久しぶりの再会に相当テンションが上っているらしい。
「殆ど同窓会だな。アトラの面子はラオで待機してる魔法少女二人を除けばこれで全員だが……今回の依頼に同行するハンターもこれで全員か?」
「いや、あと一人足りない」
オレが言うと、ヴィンセントが首を横に振った。
「あと一人? 誰だろう?」
「あー誰だっけ……確かあの社畜オジサンからリスト貰ってたはず……」
ロタが首を傾げると、ヒルデがスマホを取り出して操作する。社畜オジサンもとい、ガスコインから情報を貰っているらしい。
あと一人は、一体誰が来るのだろうか?
そう考えていたとき、ユーリが他人事のような顔をしながら口を開いた。
「敢えてのブーマー・ハルトマンに賭けます」
「ホントに来たらお前のせいだからなギャンカス小僧」
「その呼び方やめてください!! つーかもう死んでるんだから来るわけないじゃないっすか! 冗談っすよ!」
「阿呆が。言って良い冗談と悪い冗談があるだろ。あと単純に全く面白くねぇから」
「えっ」
ユーリがここ一番の絶望顔を見せた。
嘘だろコイツ、本気でウケると思ってたのか。
「まぁまぁちょい待ちー。今確認するからさー」
ヒルデの間延びした口調が空気を緩和する。その数秒後、「あ」と声を上げた彼女はまた口を開いた。
「えーっと、コン・シャオロンっていう女の人。虎のライカードだってさー」
「ココココン・シャオロン!!?」
突然、ユーリが戦々恐々とした様子で訴えかけてきた。まるでやめてくれと言わんばかりの表情だったので、皆思わず一瞬だけ沈黙する。
「ガルム大監獄に投獄されてたはずじゃ……!!」
「なんだ、知り合いなのか?」
「知り合いも何も、この界隈じゃヤバいハンターとして有名な女ッスよ!!?」
「…………何?」
オレが聞くとユーリは慌てたような身振り手振りで不穏な情報を口にする。
「うそぉ? 写真見た感じだとスッゴイ陽気そうな人だけどねー」
「ほら」と、ヒルデはスマホの画面をオレ達に見せた。
そこに写っていたのは虎の耳と筋骨隆々な肉体が特徴的な女だった。満面の笑みでピースをしている。
「見るからにいい人そう」
「ねー。ヤバいって言うからおっかないのかと思ってた」
「そもそもライカードって凄くフレンドリーな種族だよ? 坊や、誰かと勘違いしてなーい?」
「間違いなくそのコン・シャオロンだよ!! お前ら本気で知らねぇのか!!? 一年前にニュースでやってただろ!!」
なおも女子三人組は懐疑の眼をユーリに向ける。それにユーリは青ざめたが、ここで助け舟を出したのはヴィンセントだった。
「残念ながらユーリ少年の言っていることは事実だ。あれはかなり衝撃的な事件だったからな、私もよく覚えているぞ」
「「「事件?」」」
女子三人組が声を揃えて首をかしげる。
「コン・シャオロン。彼女は民間人を殺害した疑いで逮捕された元一級ハンターだ」




