第百一話 仲間入り
人は死んでも終われない。
死体を操る能力を持っていたオレっちは、それを死体どもから聞いていた。
それはオレっちにとって初めて死に対する恐怖を与えた。
夜も眠れないほど怖かったわけではない。
日常を過ごす中でふと、例えば一人で酒を飲んでいるときやぼーっとしているとき、そういった取り留めの無いいつも通りの時間を、ときおり死の恐怖が襲ってくる。
人は死んでも、終わらない苦痛を味わい続ける。
思い出すたびに聞かなければよかったと後悔していた。でも、死なんて想像も付かないから、結局は数時間も経てばまた忘れる。そしてまた、時々死に対する恐怖が蘇る。
それを何度も繰り返し、そしてついに、ブーマー・ハルトマンは死んだ。
|ヘンな呪いがはびこってる辺境の田舎の街で、矢で心臓を貫かれて死んだ。
そのときは兄弟との殺し合いが楽しくて楽しくて、もう頭ん中快楽物質でびちゃびちゃだったから、特に何とも思わなかったが、何度も思い出してきた死の恐怖が現実となってオレっちを呑み込んだのはすぐのことだった。
死んだ肉体からオレっちの魂が抜け出していく感覚がちゃんとあった。死んだはずなのに意識がある、とても不思議な感覚だった。
そしてそこから先は、終わりのない悪夢を見ているようだった。
どこもかしこも真っ暗闇で何も見えない。匂いも、音も、何から何まで感じ取れない。というより、全て抜け落ちたような感じだ。
自分がどこにいるのかさえ分からず、ただ何か抗えない流れに攫われていることだけは分かった。
どこへ向かうのかなんて当然分からない。
奈落に落ちているのか、虚空へ昇っているのか、それとも振り回されているのか、何も分からない。五感を失った状態で無限のジェットコースターに乗っているような感覚だ。
ただ一つハッキリしていたのは、叫びたくなるような痛みが常にあったということだ。
まるで強酸の海に漬け込まれているような、自分という存在を形成している根幹がじわじわと蝕まれるような。経験したことがあるどの痛みと比べても痛くて、それ以上に自分が自分では無くなる感覚があった。
このまま自分はどうなってしまうのかと、薄れ行く意識の中で考えていたそのときだった。
「…………は?」
気が付いたら、オレっちは生き返っていた。
突然過ぎて理解が追い付かなかった。目が覚めるよりも一瞬の出来事で、無からいきなり戻ってきたせいで目や耳から飛び込んでくる情報量が多すぎて脳が止まっていた。
その脳が止まるという感覚にすら驚愕していた。
「生き返った……のか……!? オレっち!!」
もう二度とないと思っていた感覚が。
もう二度とないと思っていた世界が。
またここに現れた。
「……こわかった……………」
感極まって涙を流したのは、随分と久しぶりのことだった。
♢
しばらくしてから、オレっちはようやく身体を動かすことを思い出した。まず自分の状況を確かめれば、何か硬い台のようなものの上に寝かされていることが分かる。
上体を起こそうとすると、身体の重さがしんどくて、一回目はできなかった。重さという感覚にすら感動を覚えつつ、なんとか両手を使って体を起こせばようやく成功した。
周りを見ればここが大きな部屋の中であることが分かった。ただの大きな部屋ではなく、見たこともないような厳つくてデカい機械やガラスのフラスコや試験管など、実験室のような場所だ。
この部屋には誰もいない。オレっち一人だけ。身体が重力に慣れ始め、やっと支障なく動けるようになったことを確認してから部屋を少し調べてみることにした。
といっても、あまり興味をそそられるものは無かった。死体の一つでもあれば良かったが、あるのはよくわからない機械と資料と写真だけ。
[ブーマー・ハルトマン]
オレっちの名前が殴り書きされた紙があった。それをよく読んでみると、どうやらオレっちが生前やってきたことや霊臓についてが事細かに記されていた。没年月日まで書いてある。
「分かり切ってはいたが、意図的にオレっちを生き返らせた奴がいるらしいな……」
最早証拠は揃っている。
頭のいかれた科学者野郎か、それともただの変態か。
ともかくここにはもう用はない。
近未来的なデザインで自動開閉する扉から部屋を出れば、そこは廊下ではなくまた部屋だった。
かなり広いドーム状の白い部屋だ。壁にはさっきの近未来的自動ドアが幾つかあり、その先にはさっきいた実験室か、それとも違う部屋があるのだろう。
ドームの中央には神話とかに出てきそうな特別感のある巨大樹のホログラムが浮かんでいる。このドームもまた何かを研究している場所なのかと思いきや、それ以外に機器や実験道具の類は見当たらず、代わりに枕やらぬいぐるみやら食べ終わった後のお菓子の袋やら、生活感満載な物品が散乱していた。
「ほんとになんなんだここ……訳が分からなくなってきたぞ?」
あまりにもちぐはぐ過ぎる。
そう思っていた時、ふと目に入ったのは、人をダメにしそうなクッションに座りながらノートパソコンで作業をしている白衣の男だった。
その男にオレっちが気付くと、相手もオレっちのことに気が付いた。パソコンを閉じて地面に置くと立ち上がり、オレっちへ近づいてくる。
「誰だ? 何かどっかで見たことがあるような……」
眼鏡をかけたその男の顔には見覚えがあった。何かの拍子に見たことがある気がする。
記憶を辿っていたそのとき、白衣の男が床に捨てられていたお菓子の袋を踏んで盛大にすっころんだ。
「……」
絵面があまりにもシュールだったので、笑うに笑えなかった。白衣の男は痛がる様子もなく、スッと立ち上がって身だしなみを整えると、何事も無かったかのようにまたこちらへやってくる。
「目が覚めたようだな。身体に痛みや違和感はないか?」
「うん、それはこっちの台詞だと思うなオレっちは」
最早わざとやったんじゃないかと思うほど自然に言って来たので、思わずツッコミを入れてしまった。
「問題ない。ここではよくあることだからな」
「よくあることなのか……」
「それで、二度目の命を手にした感覚はどうだ?」
「!」
そういうことか。
オレっちを蘇らせたのはコイツらしい。
「ひゃひゃ! どんなイカレポンチが出てくるかと思えば、案外理性的な奴が出たな。オレっちを蘇らせたのはお前だな?」
「蘇らせたというには少々語弊があるな。より正確に言えば「君」は本来の「君」ではない。夜鷹佳奈英に心臓を射抜かれて死んだ「君」と、今私の目の前にいる「君」は違う存在だ」
「……あ?」
「君の魂は私が発見した頃には既にボロボロだったのでな。完全な復元が難しかったので、君の魂と全く同じ情報を持つ新しい魂を作成し、それをラークたちが対魔組合から回収してくれた君の遺体に定着させた」
「いつもの方法なら蘇らせたと言えたがね」と、白衣の男は嘆息を吐きながら付け加えた。
しかしオレっちにはよく理解できなかった。何やら頭の良さそうな言葉を使っている。オレっちは頭が悪いからそういうのはよくわからない。
「……見たところ理解できていないようだな?」
「生憎だけどオレっち捨て子だからさ、教育って呼べるもんをまともに受けたことがねェんだわ。だからオレっちみたいな学歴弱者にも一発で分かるくらい、簡単に言ってくれよな」
「コピペした」
「クソ分かりやすいなオイ。つーか魂をコピペって……え!? ヤバッ!?」
「やり方を知れば誰にでもできることだ」
白衣の男は当然のように言い切った。魂のコピぺ、普通に考えて出来るわけがないはずだが、実際オレっちはここにいるし、まぁそういうもんなんだろう。
「改めて名を名乗ろうか。私はハート。[ワールドブレイン]の創設者であり、今はメシアという組織を立ち上げ、リーダーをしている」
「あぁ! どっかで見たことあると思ったら、あの"霊力学の父"だったか!」
「確かに、今はその肩書で呼ばれることが多いな」
白衣の男ハートは疲れたように息を吐く。
「ブーマー・ハルトマン、人道を外れたロクデナシめ。君は存在するだけで世界の不利益になるようなクズだ」
「こわこわ。え、急にどうしたの? オレっちのこと嫌い?」
「ハッキリ言って、この手で抹消してやりたいと思っている」
「真顔で言われるとガチ感がやべぇ」
「それでも私が君を復元した理由は君が持つその霊臓にある」
唐突な罵倒の後、ハートはオレっちの心臓を指差した。
「君のソウル・アフター・デスは変数となり得る能力。それはつまり、私の怨敵テラーに対するワイルドカードになれるかもしれないということだ」
怨敵。要するにどうしても殺したい奴がいるらしい。
「ブーマー・ハルトマン、我々メシアの一員となれ。そうすればお前が好きな殺しをいくらでもさせてやる」
ハートが左手を差し出してくる。
「は~ダメダメ。なぁんも分かってないんだから」
オレっちはその左手を払いのけた。
「いいかよく聞け? 殺しの醍醐味は背徳感だ!! 「それをやってはいけません」って、全世界のお利口さんが律儀に守ってるルールを思いッッきりブチ犯すからこそ気持ちいいのさ!!!」
「……」
「それなのにお前さぁ……萎えるんだよ……やってもいいよとか言われたらさァ!!!! なぁそうだろォ!?」
他人の許可を得てやる殺しなんかクソでしかない。そんなことするくらいならボランティアでもやってる方がまだマシだ。
んなコト絶対やらねぇけど。
「……なるほど」
ハートは、忌まわし気に目頭を押さえながら呟いた。
「敢えて君のそのロジックに乗るならば、禁忌とされる不老不死の研究に手を出す者が後を絶たないのはその背徳感が原因なのかもしれないな」
「それに関してはソイツらが死にたくねぇだけだと思うが、まぁそうだな。オレっちも興味はあるぜ? 一回死んでるし」
「私は不老不死になる方法を知っている」
オレっちは、一瞬、脳みそが止まった。
「は?」
「証拠は私自身だ」
そう言ってハートは、どこからか取り出したナイフで自分の首を切り落とした。
ゴチャ、と。
地面に落ちた首は水気の多い鈍い音を鳴らす。
切断面から噴き出した血がオレっちの顔に飛び散って、落ちた頭から溢れだした血がどんどんと広がって池になっていく。
……突然、血の池の拡大が止まった。
「……しまった。君も心臓が破壊されない限り実質的な不死であることを失念していた」
ついうっかりと、そう言わんばかりの声が聞こえてきた。
切り落とされたハートの頭だ。
「それでは、これでどうだろうか?」
次の瞬間、首を失くしたハートの身体が勝手に動いた。
ナイフで自分の胸を突き刺し、すぐに引き抜く。
当然大量の血が溢れ出してくるが、それもまたすぐに停止する。
そしてまた次の瞬間、ハートの血と首が独りでに動き始めた。
「なんじゃこりゃ!?」
「ふむ、納得してもらえたようだ」
オレっちの超再生とは明らかに違う。
それはまるで、時を巻き戻しているような光景だった。溢れ出した血は先ほど外に飛び出した際の軌道をなぞるようにして戻っていき、切り落とされた首はふわりと浮き上がって、胴体側の断面と接着する。
ついにハートは元通りになった。
「AC暦よりも遥かな昔。霊魔に霊臓、霊力といった概念が存在しなかった頃の話だ。私はマルクトという名の王国にある小さな村で生まれ落ちた」
ハートは言いながら、ホログラムの巨大樹の傍まで移動した。オレっちに背中を向け、過去を懐かしむようにその巨大樹を見上げている。
「その村は酷く貧しかったので、私は幼い時分に口減らしとして村を追い出された。霊魔がいないとはいえ、まだ歯も生えそろっていない子供には過酷であることに変わりはない。当然だが私は飢えに苦しんだ。誰にも見られず、気付かれず、独りぼっちで死ぬんだと絶望した」
ハートは巨大樹から目を離さない。
「だが死の間際。私はこのユグドラシル、あるいはセフィロトの樹との邂逅に成功した。それは本来あり得ない事象だが、生への渇望が私の魂を押し上げたのだろう」
気が付けばオレっちは、ハートの話にのめり込んでいた。
「私は非力だが、幸運なことに人より頭が良かった。だからユグドラシルを一目見たその瞬間、それがジャスティティアの根幹を成す情報世界の核であることを看破できた」
「……えいどす?」
知らない情報が多すぎる。話も難しい。
「それが分かれば後は芋づる式。私はすぐに情報世界を書き換える術を発見し、「ハート」という「人間」の情報世界からあらゆる「死」を削除した。だから私は「死」なないし、「死」に向かう「老い」もない。後に外なる悪魔が「私」に「死」を与えないようプロテクトも掛けたので、情報世界の改竄も不可能だ。「成長」に関しては別だがね」
相変わらず何を言ってるのかは半分も理解できなかった。
だが、それ以上に引き付けられる何かがあった。
「私の話に釘付けのようだな。ならば君は今「より深い真相を知りたい」と思っているのではないか?」
「!!」
不意に振り返ってオレっちを見たハートが見透かしたように言って来た。
いや、見透かしたんじゃなくて、最初からそのつもりだったんだろう。
「それとも、どうやって私に刺激された知的好奇心に気付かない振りをするか、考えていたのかね?」
こいつは頭が良い。だからいくつも展開を用意していたんだ。
オレっちみたいなイカレた殺人鬼を、対話など通じない存在を。
言葉で説得するために。
「あひゃひゃ! 降参だ降参!! そんなの聞かされたら誰だって知りたくなるって!」
両手を挙げ、白旗を振る。
完敗だ。本当は何を言われても頷く気なんてなかったのに。
「アンタのいう通りだ。オレっちは今、アンタの話に夢中だった」
今はもっと知りたいという欲求でいっぱいになっている。
「分かったよリーダー。オレっちもメシアに入ってやる」
あいさつ代わりに、オレっちはちゃんと右手を差し出した。
「勘違いするなよ。君は「仲間」ではなく「道具」だ」
「それでもいいさ。ただしもっと色々聞かせろよ?」
「あぁ。対価として支払おう」
そう言って、ハートはオレっちの握手に応えた。
「メシアへようこそ。ブーマー・ハルトマン」
「あひゃひゃ! これから楽しくなりそうだ!」
ブーマー・ハルトマン、メシアの仲間入りです。
今までばら撒いてきた伏線や設定はこれから出していくものも含め、全て回収します。気になっていた設定や伏線がある方は、今のうちに読み返してみるのもいいかもしれませんね。




