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第九十八話 独りぼっちのエルド

「オリガ・ノーゴットはこの部屋だ」


 騎士団本部の地下一階。隠されたその場所まで僕を連れてきたモーリッツさんが短い廊下の先にある扉を指差した。


「万が一が起きぬよう、君にはこれをポケットの中に入れてもらう」


 モーリッツさんと入れ替わるようにして団長がボールペンを僕に手渡した。手に持ってみれば、それはボールペンにしては少々重く、耳元に持ってくるとピピピと無機質な音が微かに聞こえてくる。


「分かっているとは思うが、それは盗聴器だ」


 僕の確認作業を見た団長は、案外すぐに白状した。


 団長が白状したことに対してモーリッツさんが特に反応しなかったあたり、僕が確認しようがしまいが最初から説明するつもりだったんだろう。


「オリガ・ノーゴットとの会話は全て我々にも共有される。問題が発生したと我々が判断した場合、面会は即時強制終了させてもらう」

「了解しました」


 団長の説明に頷くと、モーリッツさんが申し訳なさそうな顔をして付け加えた。


「許せよエルド。他でもない君だからこそ許したが、本来ならば一対一の面会などあり得ないんだ。君の願いは最大限尊重したいし、彼女の精神状態も今は安定しているが…………それでも我々は、オリガ・ノーゴットが君を殺害してしまう可能性を考慮しなければならない」

「分かっています」


 むしろ謝らなければならないのは僕の方だ。


 事前に断わりもなく、いきなり一対一で面会させてくれなんて、我儘にも程がある。


 それを許してくれた二人には感謝こそあれど、文句を言う筋合いなどあってはならないのだ。


「……面会時間は30分。扉を開けた瞬間から計測する。時間が来たときは私がノックで知らせる」

「延長は認めない。団長からノックされた時点ですぐに部屋から退出するように」


 通達事項を述べた後、二人は僕を置いて扉から一歩距離を取った。


「……」


 鼓動が早い。静かな空間だから、自分の心臓の鼓動音がしっかりと聞き取れる。


 覚悟を決めてきたつもりだが、やはり緊張はするものだ。


 だからと言って止まっていられない。


 時間は止まってくれないんだ。


「よし────」


 深呼吸を挟み、僕は意を決して扉を開いた。


 その先にあった光景は想像していたよりも明るい部屋だった。窓こそないが、照明は暖かみのある色合いで部屋もそこそこ広い。テーブルの上には一切手が付けられていない折り紙セットが、ベッドの上にはぬいぐるみがいくつか置いてある。


 そして部屋の隅には────


「ひっ……!!」


 怯えた様子でこちらを伺うオリガ・ノーゴットがいた。


「……そんな目で見ないでくれ。まるで僕が悪者みたいじゃないか」


 余計に刺激をしないよう、慎重に声を出してみるが、彼女は怯え切ったままだ。


「……怠いな」


 溜息を吐くと少女の肩がビクッと跳ねた。


「とりあえずそこに座って」


 僕はベッドを指差した。


「話をしよう」



 部屋に置いてあった適当な椅子を持ってきた後、僕はオリガと向き合う形で着席した。オリガも大人しくベッドに座ってくれた。まだ僕が怖いようで、ベッドに置いてあったぬいぐるみを縋るように抱きかかえている。


「僕はまだ君のことを許すつもりはない」


 考えるのが怠かったので、僕はもういきなり本題から入ることにした。


 適当な前振りなんてしたところでオリガも察するだろうし、時間が限られているから無駄話をする余裕もない。案外合理的な判断なはずだ。


「君は人を殺したんだ。リルカ・イエスマリアという一人の人間を、君は殺した」


 オリガの肩がまたビクッと跳ねた。


「その自覚はあるか?」


 なるべく追い打ちをかけているみたいにならないよう、僕は極力優しい声色を意識しながら問いかけてみた。


 その甲斐あってか、オリガは震えながらもコクリと小さく頷いた。

 

「殺して良かったと、今でも思っているか?」


 オリガは首を横に振った。


 それはさっきよりも随分早い反応速度だった。


 食い気味とまでは行かないが、限りなくそれに近いと言える。


「後悔しているのか?」


 今度は少し遅かった。


 考えている素振りがあったわけではない。


 ただ彼女は、ひたすらに嗚咽を零しながら、ゆっくりと頷いていた。


「ふざけやがって……」


 僕は、彼女に聞こえないように小さく呟いた。


「後悔するくらいなら殺すなよ……!」


 嘘偽りのない本音。


 後悔しないなら殺してもいいというわけでは勿論ない。


 だが、言わずにはいられなかった。


「本当は分かってた……」


 おもむろにオリガが口を開いた。


「騎士様が嘘つきなんかじゃないって…………分かってた……」


 嘘つき。

 確か、オリガがリルを刺したときに言っていた。


「騎士様は本当に皆を守ろうとしてた……私と約束した通り……命をなげうってでも……」

「……」

 

 約束。


 約束、か。


 きっと彼女のことだから、「皆のことは私が守ってみせる」と言ったんだろう。


 考えなくても理解できることだ。


「嘘を吐いたのは……私なの」


 オリガの潤んだ瞳から涙がこぼれ始める。


「私が私に嘘を吐いた……!」


 オリガが手で涙を拭おうとした際、抱きしめていたぬいぐるみがベッドの上に落ちた。


 コテンと、ぬいぐるみは横に寝転んだ。


「黒い気持ちが抑えられなくて……楽になりたくて……だから、悪いのは全部騎士様だって、自分に言い聞かせた……!」


 思わず耳を塞ぎたくなった。


 見苦しいとか、不愉快とか、そんなんじゃない。


 だけど、無性に耐え難かった。


 動いた手を反射的に抑え込んで、何とか押しとどめることに成功する。


「私、私……」


 その抵抗が呆気なく崩れたのは次の瞬間だった。


「最低だ……!!」


 刹那、記憶がフラッシュバックする。


 リルが殺される前夜、あの噴水広場のベンチで交わした会話の一幕。


 全く同じことを言っていた。


 自分は最低だ。


 リルもそう言っていた。


「……」


 耳を塞ごうとしていた手を無理やり動かして目を覆う。


 それしか出来なかった。


 すすり泣くオリガの姿が、どうしてもリルの姿を思い出してしまう。


 ……これも君の悪戯なのかい?


「お前が何と言おうと、リルを殺した罪は消えない」


 未だすすり泣くオリガに僕は命令した。


「だからお前は人を救え」

「……え」


 嗚咽は驚き戸惑ったような声に変化する。


「人を救えば罪が消えるわけじゃない。だが、これはお前がやらなければならないことだ」

「!」

「リルが救うはずだった人間を、これからはお前が救うんだ」


 オリガはまた静かに涙を流した。


「入団試験は四月だ。絶対に合格しろ」

「~~!!」


 オリガは何度も頷いた。


 歯を食い縛るような表情で、涙を流しながら。


「約束だからな」

 

 何度も頷く彼女の姿を見ている間、僕はスルトのことを考えていた。


「……」


 なぁスルト。僕は約束を果たしたぞ。


 リルとの約束を果たしたんだ。


 君はどうするんだ?

 

 またいつか同じ星空の下で会おうって、君は確かに言ったよな。


 僕はずっと待ってるぞ。君が帰ってくるその日まで、一生だ。


 僕だけじゃない。騎士団の皆もそうだ。


 だから絶対に帰って来い。


 一発殴るだけで許すからさ────……


 

 ふわふわとした無重力に流されて、私はずっと宇宙みたいな空間を彷徨っていた。


 あの大穴に吸い込まれてからずっと。どれだけ時間が過ぎただろうか? 大分永い間彷徨っていた気がする。


 "名も亡き聖者"を名乗る不審者に助けられていなかったら、私は今頃どうなっていたんだろう。


 考えたくもない。


夜鷹佳奈英(よたかかなえ)。たった今君のエイドスを書き換えた。君の聴覚が聞き取るあらゆる言語は全て日本語に聞こえるし、君が話す全ての言葉はどんな存在にも伝わるだろう。……まぁ、いわゆる自動翻訳機能というやつだ、読み書きでは苦労するかもしれないがね」

「……ありがとう」


 私の隣にいる不審者、シカの頭を持つその人が私に言った。


「最後にもう一度だけ説明しておく。これから君が向かう世界の名はジャスティティア。君がいた地球とは別の次元に存在する。もしも君が地球に帰ることを望むなら────」

「暗い赤髪と琥珀の眼を持つ男を探せ、でしょ」

「……あぁ。君ならすぐに見つけられるだろう」


 彼は私に言いながら、ボロボロの本にボロボロのペンで何かを書き込んでいる。


「ねぇ、"名も亡き聖者"さん。アナタの本当の名前はなに?」

 

 ふと気になって、私は彼に名を聞いた。


「……()()。かつては"イエス・キリスト"と呼ばれていた」


〈第三章 エルドの長い夜・了〉

これにて三章完結です。

年内の更新はこれで最後となります。

四章の開始は三章キャラ紹介と用語解説を同時公開した後になると思います。

この機会にポイント評価・ブックマークなどしていただければ幸いです。

コメントに関しても全て返信いたしますので、皆様気軽にしていってくださいね!


それでは皆様、良いお年を!!


金剛ハヤト

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