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第九十六話 さようならには早過ぎる

今回、葬儀の描写があります。

予めご了承の上で閲覧していただくようお願いいたします。


金剛ハヤト

 エルドはすぐに爆破された神像の元へ駆け出したが、辿り着いた頃には大広場はすでに野次馬で溢れかえっていた。テミスの神像は、群衆の外から見ても一目で分かるくらいに無惨な姿を晒しており、広場のあちこちに琥珀色の炎に包まれた大きな残骸が散らばっている。

 

 広場のどこを探してもスルトの姿は見当たらない。しかしエルドは、残骸を燃やす琥珀色の炎からスルトの怒りに満ちた霊力の残滓を感じ取った。


 爆破されたテミスの神像、琥珀色の炎、怒りに燃えるスルトの霊力。現場に残された三つの証拠からエルドは、次にスルトが向かった場所を推理し、すぐさま行動した。向かった先は王国南西部、レグルス区ホド教会。そこは大きさこそ王国中央の神像に見劣りするが、確かに神像が設置されている場所だった。


 エルドの推測は当たっていた。彼がレグルス区に突入した直後、ホド教会の方向から聞こえてきた爆発音でエルドは確信を抱く。彼は一瞬立ち止まって、進行方向をホド教会からそのまま王国の正門へ切り替え、また駆け出した。

 

 そして見つけた。今にも正門から国を出ようとしているスルトの後姿を。


 エルドはスルトの名を叫ぶ。スルトは立ち止まった。


 返事はない。振り返ることも。


 エルドは何としてでも止めたかった。

 

 真の神を探しにいくという返答、馬鹿げているとしか思えぬその言葉。エルドには到底受け入れられぬ。故に「行くな」と、必死に声を張った。

 

 ────リルカは死んだんだな?


 その問いは弾丸のごとくエルドの頭を貫いた。


 ────なんで死んだ?

 ────霊魔に、殺されたから


 エルドは、咄嗟に嘘を吐いた。


 真実を知れば、スルトは今度こそ世界に絶望すると知っていたからだ。


 今のスルトはテミスに対する忠誠が怒りへ反転している。真実を知れば、スルトがオリガを殺しに行くのではないかと懸念する気持ちもあったし、或いは世界そのものに絶望してしまう可能性もあった。


 そうなればスルトは、正義が憎悪に転じ、いよいよ世界を破壊する炎魔になるだろう。


 だから嘘を吐いた。


 しかし咄嗟だったせいだろうか、エルドはボロを出した。


 亡きリルカから知らされた、嘘を吐くときに右手の親指を握り込むという癖だ。


 振り返らないまま視線だけ動かしていたスルトは、癖が露出したエルドの右手をしっかり見ていた。


 ────それが真実だ。


 スルトは、敢えて見ない振りをした。


 それはエルドの気遣いに対する感謝だったかも知れないし、失望だったのかもしれない。

 

 それでもスルトは怒りを爆発させた。通り一遍の本音をエルドにぶつけた。エルドは気圧されたが、それでも対抗して、「行くな」と叫んだ。


 ────オレは人殺しだ。


 その一言を返された瞬間、エルドは何も言えなくなってしまった。


 ────またいつか、同じ星空の下で会おう。


 スルトは、結局国を出て行った。


 もしもエルドが、一度でもスルトの肩を掴んでいたら。


 今頃二人は引き返し、王国の街並みを騎士団本部へと歩いていたはず。

 

「そうしておけばよかった」という後悔を抱きながら、エルドは街並みを通り過ぎていく。


 今はまだ涙も流せない。失くした物の大きさにまだ気付けない。


 凍えそうな寒空の下、エルドは夜の帳が落ちた道を一人ぼっちで歩いていく。

 

 帰って来た場所は暗い部屋、ベッドに寝転べば、鉛のような時の鎖に縛られた。


 枕元の動かなくなった時計の針を見つめるだけ。


 動かない時計を壁に投げて壊した後、エルドは、一晩中子供の様に泣き喚いた。


 ────そして迎えた次の朝、リルカの葬儀が始まった。


 

 葬儀は僕が想像していたよりも静かに終わった。団長が皆を代表して別れを告げて、そのまま棺の中で眠るリルに皆が順番に言葉を述べて終わり。殉職したのはリルだけじゃないから、一人だけ特別扱いにはできなかったんだろう。


 一番驚いたのは、遅れてやってきたエミーリアさんが両足とも義足になっていたことだ。大怪我を下とは聞いていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。まだ慣れていないのか、エミーリアさんは車椅子をテレジアさんに押してもらいながらリルの元まで行き、リルが好きだった魔法少女のアニメCDを副葬品として納めた後、涙を流しながら合掌した。


 僕は、不思議と涙を零すことはなかった。


 心がまだ追い付いていないんだと思う。色々あり過ぎて、まだ頭が混乱している。


 茫然としたまま、悲しみを感じることも出来ない。去る君を送り出してあげないとダメなのに。


「────我慢しなくていい。今日は泣いてもいいんだ」


 そんな僕を心配してか、アレクさんが僕に諭した。


 そうじゃない。そうじゃないんだ。


「……泣いたら、リルが安心出来ないと思うので」

「…………そうか」


 だけど説明するのも面倒臭くて、そういうことにした。


 結局、僕が泣けるようになる前に葬儀は終わってしまった。


 葬儀はここでお開き、今から火葬が始まるとのことで皆はここで解散となる。

 

 はずだったが、団長の計らいで、僕とアレクさんとエミーリアさんの三人は生前リルと親交があったということで火葬に立ち会うことが許された。


「────これより火葬が始まります。最後に言いたいことがある方はどうぞ」

 

 淡々とした口調で確認を取ってきたのは眼鏡を掛けた仏頂面の中年男性。恐らく火葬場に勤務している職員の人だ。


 僕は手を挙げて一歩前に出た。


「彼女に一言だけ……いいですか?」

「勿論。ただし悔いのないように」


 その職員は態度こそ不愛想だったが、その声には確かな温かさがあった。


「ありがとうございます」


 感謝を忘れず告げ、僕は歩を進めて、棺の中で眠るリルの顔を覗き込んだ。


 鼓動が早くなるのを感じる。


 君はやはり、美しい。


「サヨナラは言わないよ」


 深呼吸を挟んだ後、僕は頑張って微笑んだ。


 いっぱいの花の敷かれた棺の中で眠る君。


 少し微笑んで見えるのは気のせいじゃないと信じている。


 だから僕も頑張るよ。声は震えちゃったけどね。


「ねぇ。僕は上手く笑えてる?」

 

 君は微笑んだまま答えない。


「……ハハ、何か言ってくれよ」


 仕方がないな。


 今日は特別に許してあげる。


 今はただ、君が安らかな眠りについていることを祈るよ。


「またいつか、あの星空の下で会おうね」


 言い終わった後、僕は職員さんに頭を下げてから一歩下がった。


「……他の方はよろしいですか?」


 職員さんが最終確認としてエミーリアさんとアレクさんに目を向ける。

 

 二人とも首を縦に振って返した。それを了承と見なした職員さんは頷き。少しだけ大きな声で言った。


「それでは、始めます」


 その言葉と共に棺の蓋が閉まったとき。


 僕の頭は真っ白になった。


「ぁ」


 棺の上に、リルがいた。


「え……?」


 見間違い?


 違う、ハッキリと見えている。


 透き通るような微笑みを浮かべたリルがいる。


「────リル?」


 棺が炉の中へ吸い込まれていく。


『ありがとう』


 確かにリルはそう言った。


 走馬灯が走る。リルと共に過ごした日々が。幸せな思い出が。


 そして彼女は微笑みながら、炉の中へ消えていった。




















「待って、待って!!!!」


 嫌だ!!!


「待ってくれ!!! 止めてくれ!!!」


 行くな!!! 


「燃やさないで!!」

 

 なんでそんなことするんだ!! 


 そんなことをしたら……リルと過ごした日々が、幸せな思い出が……炎に焼かれて消えていく!!!


「リルが焼けてしまう!!!」


 僕からリルを奪わないで!!

 

「やめろエルド!! 止まれ!!」

「離してくれ!!! リルが、リルが!!!」


 ────これは後から聞いた話だけど、僕は棺が完全に炉の中へ消えるまでずっと、何かを掴むように手を伸ばしながらリルの名前を叫んでいたそうだ。


 アレクさんが僕を羽交い絞めにして止めたらしいが、記憶にない。


 ただ骨上げが出来なくてアレクさんにお願いして、貰った骨壺を抱きしめながらずっと泣いていたことだけは薄っすらと覚えている。


 リルは死んだんだと、改めて知らされた。


 その実感と悲しみがようやく追いついたんだと思う。


 もう、リルはいない。


 名前を呼んでも、メールを送っても、ご飯の時間になっても。


 僕の隣にはもう、君はいない。

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