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黒き滅びの魔女 その3戦闘編

 長い作品です。元は去年から書いていたものを元にしているのですが、思いつきを加筆するのでどうしても長くなります。どうも六冊分ぐらいになりそうな感触です。

 雲の上。上は青空。

 「あ、まただ。」

 前には巨大な天使。身長五メートル。顔はイケメン。

 『我は天使と神の中間なる者。さて、ガブリエラ・フォン・アクセルよ。経過を聞こうか?』

 「テリットさんさあ。気にかけて貰って嬉しいけど、あんまりリアルな夢は現実だか何だか訳がわからなくなるんですけど。」

 『我々にはこちらが現実だが?』

 「でしょうけど。」

 『人間の本質は霊的存在だからこちらが現実だが?所詮、地上は仮の世だ。』

 「はいはい。で、経過を言えばいいのよね?神様的なテリットさんにはお見通しなんだけど、私の認識を見たいって事よね。私は今、十六歳。今年で十七歳になる。えっと、王宮魔法学園では、クリス王子に飛び級させてもらったのでもうすぐ三年生。」

 『うん。それで?』

 「伯爵令嬢のメルや、公爵令嬢のエリザ、隣の国の王女アスカ様と知り合いになって魔法と剣魔法を勉強中。」

 『知り合いか。友達と言わないところが君らしいな。」

 「うるさいわね。友達よ。」

 「何で魔法の勉強を?剣魔法は?』

 「ええと、私はこの剣と魔法の世界は二周目で、一周目は、魔法を極めたけど北の国から来た聖女様が王子を籠絡して私は処刑されかかった。で苦し紛れに神様に祈ったらカミナリが落ちてみんな死んじゃった。」

 『それは我々が助けたんだけどね。』

 「ありがと。で、ああ、前前世は松島アヤで柔道で高一で全国優勝したんだけど大学でも柔道やってて、剣道もやってて、そっちの腕はそこそこ。で、二周目で、十四歳で記憶を取り戻して、守護霊であり前前前世のポーラの勧めで剣士を目指すことにしたのね。だから剣魔法やってるの。」

 『それで?』

 「いろいろあったけど、魔法は極めつつある。で、聖地に行って洗礼受けて、キャルが、って一周目で聖女様だった奴だけど、今回は黒魔法使いだね。私を殺しに来た。でもあいつがマーティってメチャ強いクソガキ連れて来てて、聖魔法でみんなやテリットさんたちでやっつけた。キャルのやつ負けたら大人しくなっちゃって。でも危ないから監視中。」

 『いつも軽いな。で、』

 「割愛してるから、いい加減なのは勘弁して。で、聖魔法使える人が少ないから、王宮騎士団に教えないといけなくなって、勉強の旅に出た。で、酷い目にあっちゃったんだけど、この国クーデターが起きそうなんだよね。んで、どうしようか模索中。あっそうだ。ポーラが最初の時「まずこの国を救おう」って言ってた。できるか分かんないけど努力中よ。」

 『それで?』

 「でって、これで終わりだけど、あ!人生の目的ね!え、人生をクリアして、人間を卒業して、天使になる!」

 『うん。よく覚えてたね。』

 「しつも〜ん。天使になるにはどうすればいいですか?」

 『神に奉仕する。神に代わって人を愛する。基本は人助け。国を救う方向は正しい。自分のして欲しいことを他人にすること。して欲しくないことをしない。だが愛と正義の観点が入ると難しい。天上界の霊的視点から見て・・・』

 「ああん、しまった。質問しておいて失礼だけど、長いぃ。あの、もう一つ良いですか?アスカ様が『神の浄化』があるって言ったけど何があるんですか?」

 『その質問には答えない。』

 「えっ」


 意識が飛んだ。いつもなら目が覚めるのに。

 坂道を歩いている。懐かしい歩道。高校の時か。

 前に制服の男子が歩いている。胸が高鳴る。

 これは松島アヤの記憶だ。やっぱりこれはまだ夢だね?

 前の男子が振り返った。同じクラスのイケメン君。笑顔だった。

 「アヤちゃんじゃん。今日練習は?」

 ときめいた。でも冷静のフリして応える。

 「アヤちゃんなんて呼ぶのはあんただけよ。今日は顧問が休みだから練習も休み。」

 並んで帰った。

 また意識が飛ぶ。

 教室で携帯にイヤホンつけて二人で片方づつ聞く。

 顔が近くてドキドキする。何の曲だったかなんて覚えていない。

 また意識が飛ぶ。

 イケメンが言う。

 「今日金なくてさ。」

 「お昼食べられないじゃん。お金貸してあげるよ。」

 「いやあ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。」

 「なーによ。人の好意は受けるもんだよ。育ち盛りじゃん。食べな。無理すんな。」

 「いやあ、男のプライド。借りられない。」

 おお。単純に感動する。でも言う。

 「アハ、じゃあ金ないなんて言わないの。欲しいと思っちゃうじゃん。」

 「腹へってさー。つい言っちゃった。」

 「だから貸すってば。」

 「いいよお。お前騙されるぞ。俺はヒモじゃねえ。」

 「ウフフ。格好つけんなって。」

 「え?こんな俺ってカッコいい?」

 「ばーか。」

 

 目が覚めた。フカフカベッドの上。

 今の夢は実際あったことの記憶。

 松島アヤの時、確かにこんなことがあった。優しい幸せ感がまだ続いている。

 何でもないようなことが、しあわせだったと・・・こんな歌あったな。

 今思い出しても微笑ましい。当時はこんなささやかな事でも気持ちが高揚して幸せな感じがしていた。

 良い時期だったな。不毛の柔道人生かと思ったら、結構いい思いしていた。

 現在に意識を戻そう。自然とため息が出た。

 豪華なホテルの部屋。窓の外は坂の多い街。

 『魔法封じ』の師を訪ねたら、襲撃された事件。

 エリザは気にせず、というか「聖女として命を懸けて視察旅行を続ける」と言っていた。

 しかし結局、クリス王子からの命令があって昨日の治療施設の視察は中止になった。

 今日は予備日だが、エリザもキャルも外出禁止。

 私は十時まで二度寝していた。特に外出禁止とは言われていない。

 街に出よう。

 

 内陸部なのに魚の干物も売っている。干し肉や果物・野菜も豊富。王子の名がついた馬車道路のおかげだろう。あれは港から王都を通ってローデシア王国の最も北西にある属国ノースファリア公国にまで通じている。

 武具店には、メルが言ったように、貴族なら大概持っている刃渡り三十センチの『王賜の短剣』がたくさん並んでいて、値段も安めだ。他にも名工が打った剣や、年代物の剣などもある。こっちはとても高い。

 「げ、一千百万リーデって。」

 店主らしき恰幅のいい口髭の中年男性が言った。

 「それは今は手に入らない『ミスリル銀』を使った剣だ。」

 「父上に聞いたことがあります。『魔鋼』とも言うんですよね。鋼の十倍も魔力を通すことができるって。」

 「お嬢ちゃん良く勉強してるねえ。」

 「ありがとうございます。ふふ。」

 お嬢ちゃんって。あでも、今日は小綺麗な平服で、騎士団コスプレの黒い乗馬服では無い。まあ普通の呼び方か。でも、念のため腰には王子がくれた王宮騎士の剣を下げてきた。

 「この剣は三十二年前の人魔戦争で勝利を決めた剣だ。魔族を相当斬って魔王の将軍を斬ったって話だ。」

 「そうなんですか。」

 話盛るわねえ。でも、確かにこの剣は、柄や鞘に綺麗な装飾がしてあるけど、何か禍々しいオーラが出ている。

 『魔剣』か『祟る剣』よね。貴族は大体魔力が分かるので、この剣は持ちたがらないよね。

 店主「嘘じゃないぞ。剣に闇魔法無効の呪詛がかけられているとかで魔法ごと魔族を斬ったとよ。この剣の持ち主は戦争で死んで、後継の息子が戦争中の借金が膨らんで金に困って売ったものが回り回ってここに来た。」

 と言いながらも店主は『どこぞの貴族令嬢が道楽で剣術をやっているのだろう』と思っている。『金はあるだろうから、別のミスリルの剣を売り付けよう。』だって。分かっちゃうのよね。じゃあ言おう。

 「王宮の剣の方がミスリルの三倍魔力が通るのよね?」

 店主が『知ってたか』と思ったのが伝わってきた。

 「あれは別の大陸に棲む巨大甲殻類の殻だからな。人間の魔力も通りやすいのだろう。」

 店主は私の王宮の剣を見ている。『本物か?鞘だけのレプリカか?』と思っている。

 それでも、たぶん腕に覚えのある店主だろう。品揃えから見て、よくわかっている感じがする。

 店主「お嬢ちゃんの体型ならこれが良いな。」

 渡されたのは刃の部分が身長の三分の二ぐらいの剣。私のは半分ぐらいなのでかなりの長剣になる。

 「王宮の剣と同じ材質を使っているから反張力があって折れにくい。」

 「打ち込むと曲がったままにならない?」

 「いや、同じ殻製でも頭に近い部分を使っているので目が細かくて打撃に強い。そこの鎧でも叩いてみるといい。」

 抜いて構えてみる。重さは気にならない。先日の戦いを思い浮かべる。

 これならば、一人目を一歩も出ずに叩ける。あの老人も走らずとも二歩ジャンプすれば・・・

 店主と目が合った。お互いニヤリと笑った。

 「五十万リーデ。その腰の剣と引き換えなら六割引きでいいよ。」

 「え、でも鞘は傷だらけだよ?」

 長剣を店主に渡し、自分の剣を抜いて構えた。店主の驚きが伝わってきた。

 『これは、やっぱり本物と来たか。しかもこいつ口だけじゃない。できるぞ。剣闘だけでなく剣魔法もやる。剣にオーラが入って違う光が出ていやがる。』

 店主に聞いた。

 「あなたも剣士?」

 「三十二年前はな。」

 「へえ・・・う〜ん。どうしようかな。」

 誰かが店に入ってきていきなり怒鳴った。

 「こらあ!」

 見ると金髪のやさ男。クリス王子だ。

 「王宮騎士団の支給品を売るな!」

 「王子!見てたんですか!売らないですよ!」

 「王子って言うな!目立つだろ!」

 店主が驚愕して縮こまった。


 平服の王子と街を歩く。側近の二人のイケメンも一緒だ。赤い髪のクラレンス。黒髪にメガネのアルノー。

 今年厄年の父上も王子の警護隊長として平服で後ろを歩いている。いや、厄年の思想はこの世界にはなかった。

 前にも平服の騎士団の人が歩いている。

 私は長剣にストラップをつけてもらって肩にかけて背負っている。

 王子「それは褒美だ。エリザを護ってくれたし、ミシェルも治してくれた。しかし長剣は攻撃に有利でも防御には不利だ。内側に入られたらやられてしまうぞ。」

 「その時は格闘します。」

 クラレンス「簡単に言うなよな。」

 「でもみなさん随分お早いお着きでしたね?」

 王子「何しろ一大事だからな。アルノーは移動系の魔法なら何でも得意だ。エラの父上たち二人と私とクラレンスを連れて転移魔法で運んでもらった。」

 アルノーは黙ってほんの少し会釈した。無口だ。

 店頭に色々な色の大小の石が並んでいるのが見えた。

 クラレンス「ああ、魔石だ。加工前のは王都では見られないな。さすがにオシテバン国境が近いだけある。あそこはさまざまな魔石の産出国だ。」

 「色々な魔法効果があるという?」

 王子「そう。治療にも利用する。」

 「魔石は魔物を倒すと手に入るのでは?」

 クラレンス「オシテバンは魔物の数が半端ない。過去に倒された魔物の体内にあった魔石が至る所に埋まっているというぞ。川に行けば流れ着いた魔石がゴロゴロ見つかったりする。」

 王子「その王宮騎士団の剣の柄についている黒い石も魔石だ。防御効果があるものがはめ込まれている。」

 「ああ、飾りじゃないんだ。」

 アルノー「ええ?常識だが?」

 クラレンス「熱を出す魔石は、ポットの内側にはめ込まれてお湯を維持したりもできるぞ。」

 「へえ!すごいね!」

 王子「ローデシアには魔物がいない。これは討伐作戦を続けてきた成果ではあるが、オシテバン軍が魔物使いをたくさん養成しているので、オシテバンの魔物は山奥のものを除いて大体飼い主がいる。逆にそのおかげで単独でローデシアに来る魔物がいないのかもしれない。」

 クラレ「それに加えてエラたちが行った遺跡のように五千年前のローランド帝国の遺跡には異様な魔力を発しているものが多いから、魔物がそれを嫌うのだろう。」

 アル「あの遺跡も反魔法の魔石の産地になりそうだ。解体されるだろうな。」

 クラレ「いやあ、遺してもらった方がいい。今度オシテバン軍が攻めてきたら、そこに追い込んでやる。」

 王子「あはは!追い込んだらこちらも攻撃手段が無いぞクラレンス。」

 アル「バカだな。魔法抜きならあいつらの方が筋力も上だぞ。白兵戦じゃ勝ち目なしだ。」

 三人とも楽しそうだ。

 この三人とこんなに親しげに話せるなんて夢のよう。

 前世では何も言えなかった。王子にも彼らにも。

 聖女のキャルが百倍喋るので、そういう事にされてしまう。  

 私は『違う』と態度で示すために、キツい戦いに身を投じた。

 二人に両腕を掴まれ押さえつけられ、首を切られそうになった。

 王子はうつむく私の頬に剣を当てた。冷たい剣の感触がいまだに忘れられない。

 魔力が封じられ防護魔法も消えて寒かった。

 雨上がりの冷たい空気。今日の空気に似ている。

 王子「エラ。明日出発する。この州には魔石だけでなく薬草もあるから、エリザに見てもらいたかったんだが、それは中止する。」

 「ええ?もう王都に帰らないと行けないですか?」

 「いや、ノースファリアには行こう。我々も行く。」

 「おう、じゃなくてクリス様?エリザが襲われたという事は、あ、あなたも危ないですよ?」

 あなた、なんて言ってしまった。無駄に顔が熱くなる。この赤面は余計だ。全然必要ない。

 王子「この騒乱の中心はノースファリアなのだろう?何か武器を作っていて、完成したらクーデターと内戦が始まるという啓示を受けたのはお前だろ?」

 「え、ああ、はい。」

 啓示というか、一回目はそうだったんだよね。王子に処刑されかかった話はしたくないからエリザに誤魔化してもらったんだよね。

 王子「危ないから行くのさ。見極めて制止する。そのためにな。」

 やべ、かっけえ。

 

 翌日到着した騎士団二十人と共にノースファリアに向かった。

 標準の二頭立て四人乗りの馬車。巡航速度?で時速三十キロというところ。

 道路が良いので全然揺れない。

 また眠気がさした。また変なリアルな夢を見そうだ。

 

 寒い朝だ。部屋の机の上には全国優勝のトロフィーがある。棚に飾ってないということは高校一年の十二月。

 ねえー、ポーラ、毎回毎回、この夢なんなの?やっぱ修行なの?

 『過去の反省のために見せている。過去への見方を正しくすることが悟りの第一歩。』

 でも、もういい加減にしてよねー。

 『知らないの?しっかり反省できるとスッキリするし、心が清められて悟りが深まって神に近づくんだよ。』

 か、神って!

 隣のリビングから大きな声がする。朝から母と妹がTVを見てエキサイトしている。

 妹「政治家もバカ。この浮気俳優もバカ。次の家族刺した男もバカだね〜」

 母「バカなニュースでした。」

 アッ!この嫌な感じ。久々に思い出した。

 練習の疲労感はあるが、腹立たしくて眠気が飛ぶ。

 二歳下の妹と母は、毎朝ニュースを見ては素人論評を加え、コメンテーター気取りだった。

 父は早くに家を出る。毎朝起きてこの騒ぎの中に入って行かなければならない。

 妹「アヤちゃんはどう思う?」

 うぜえ。応えない。眠いし、めんどくせえ。無視する。

 妹「出た。いつものダンマリ。言いたい事は言った方がいいよ。」

 うるせえバカ。みんなそれぞれ都合があるんだ。お前ら何様なんだ。偉そうに裁くんじゃない。

 そう言いたいが、言わない。妹はそうして口論気味にやり合うのが楽しいと思っている性格だ。

 乗ってこい、という事だ。妹も母もそれを『会話』だと思っている。

 絶対乗らない。私はそんなの何も楽しくない。私の意見に批判と詰問が繰り返されるだけだ。

 母は昔は口が悪かったそうだが、私が生まれた頃に新宗教に入って、批判する側から、される側になった。

 しかし妹の戯言に、優しくも母は毎朝付き合ってやっているのが超ムカつく。

 無言のまま朝食を終えて、家を出る。毎朝頭に来ているので着替えも髪型も雑になって忘れ物が多い。

 ムカムカしてたまらない。心の中で妹と母を責める。奴らの考えは間違っている。

 駅から学校まで十分歩く。どうしてあんな家族なんだ。出て行ってやりたい。

 学校に着いた。玄関。下駄箱前。

 イケメン君が言った。

 「おはよー。」

 「あ?は?ああ、うん。」

 「・・・ごめん」

 行ってしまった。不意を突かれた。怒りからの切り替えができなかった。

 愛想も良くない私に話しかけてくれたイケメン君。一緒にランチしたこともある。

 ちくしょう!あいつらのせいだ!どうしてあんな家なんだ!朝の静寂の意味を知れ!

 これ以来、彼とはあまり話せなくなってしまった。

 関係が壊れた相手にどう接したらいいか分からなかった。

 改めて話しかけて「仲良くしてよ」じゃ告白になってしまう。もしそこで「は?」とか言われたら死ぬ。

 そこまで踏み込めなかった。何も言えなかった。

 家族だけでなく、言えない自分を責めた。こんな性格。

 部活に全力投入して不満を発散していたのだが、冬休みは顧問の里帰りということで練習が無しになってしまった。自主練なら筋トレと基本練習のみ。暇になってしまった。

 人は急に暇になると鬱になりやすい。新年早々学校を一週間も休んだ。その後の高校二年生の時は鬱の克服に費やされ、学校も休みがちになり出席日数も留年ギリギリ。部活はレギュラー落ちした。一番きつい時期だった。

 入院や通院した訳ではないが、周囲の目が苦しかった。

 みんなが遠くから見ている感じがした。冷たくされているとも感じた。

 でも、後で聞いたら担任の先生が気を回して「鬱の人に頑張ってと言ってはいけない。もう頑張って限界だから」と言ったからだという。私的にはなんか言ってくれてもよかったのに。

 『悲しいね。で?』

 え?ポーラ?でって何?

 『今ならどうする?怒りを向けてしまったら?』

 ああ。そうね。そうだね・・・

 イケメン君に「待った!ごめ〜ん!機嫌悪かった!おはよ!」って言うわ。追いかける!で、正直に「好き」って言うよ。今なら振られたって構わない。今からみても、あいつ以上の美形に会った事がない。

 あの時は分からなかったけど、向こうから近づいてきたんだから、あいつも気があるんだし付き合っちゃう。

 楽しいだろうな。最後まで行くわ。

 『おお。ま、いいけど。真相を言うとね。向こうも同じでどう接したらいいか分からなくなっただけだから、普通に話していれば関係は戻ったはずだけどね。』

 ええ?あの時言ってくれればよかったのに。

 『やだよ。あれは顔だけの男だ。中身無し。』

 でもね、優しくしてくれたのは間違いないんだし、あいつの好意に応えることが出来たならいいんだ。

 嬉しかったもの。感謝は表したいよね。

 『アヤってチョロくない?』

 あはは。いい女過ぎる?でも傷つけられた訳じゃ無いから。あの後に傷ついたってそれでもいいよ。

 今なら、人を愛せるのは貴重なことだって思える。

 『それは今思えばでしょ?もし傷ついてたら「あいつのせいだ!」って怒ってたんじゃないの?』

 そうかもね。

 『霊的な話をするとさ、あんたは・・・まあ私なんだけど、魔女の星に行ってたから地球の家族とか友人が少ないのね。一部の人はリモートみたく話はしてたんだけど、ほとんどの人は疎遠になっちゃったから。』

 うん。ああ、そうよね。そうなっちゃうよね。

 『だから、あいつには生前に霊界で約束した結婚相手がいたのね。アヤには早めに諦めてもらいたかった。だからこの選択でベターだったと思って欲しいな。』

 いまさらあいつと付き合おうなんて思ってないよ。私は感謝してると言ってるの。

 『お母様や妹さんには?今ならなんて言う?』

 そうね。今なら言いたいこと言うよ。家族だもん。

 二人も言いたいことあるんだろうけど、そんなに裁いたら怖いよ。やめな。って言うよ。真面目に話すよ。

 言い返されたって構わない。家族だもん。負けやしないし負けたっていいんだから。

 『家族に暴力を振るわなかったのは偉いよ。』

 そこは武道家の矜持よ。

 『そうかな?』

 意識が飛ぶ。

 剣道着で玄関に帰ってきたアヤ。小二。

 妹と父母が出迎える。

 妹がジッとアヤを見る。

 妹の思いが聞こえた。

 『かっこいい・・・』

 アヤ「なーに見てんのよ。」

 アヤは竹刀の柄で妹の胸を軽く突いた。

 後ろに倒れて尻もちをつく妹。

 「わ〜ん!お姉ちゃんのばかあ〜!」

 父「こらアヤ。それは武器だぞ。人のために使え。」

 母「孝也さん、その言い方ちょっとズレてる。」

 ハハ。でもそうだったのか。嫌味な妹にしたのは私か。

 『あの子もそんなに悪い子じゃないよ。』

 もっとちゃんと話せばよかったね。

 『家族にちゃんと言えたら。好きな人にも言えるよね?もうあの時のアヤじゃないよね?』

 そう。そうよね。今はもう言える。

 『黙ってても傷つくなら言った方がマシだ。人間関係ってのはさあ、『言葉で作る』ものなんだよ。放っといても良くはならんからね。』

 そうだね。どうせあんなに苦しい思いするんなら、言っておけばよかった。告白なんて信じてなかった。

 振られるぐらいなら友達でいい。あれこんな歌あったな。父と行ったカラオケだな。

 鬱の時、元自衛隊員の軍事オタクである父が、格闘技や昔の戦争映画の動画を解説しながらTV大画面で見せてくれた。始めは横のソファーで寝ていただけだが、勝手に喋っている父を眺めていて気分が楽になった。

 動く気が出てきたら、カラオケにドライブから始まって、駐屯地のイベントや航空祭、艦船見学に連れ出された。危うく大学に行かずに自衛官になる所だった。

 『お父様が色々な体験をさせてくれたね?あれは大きかったよ。妹さんだってアヤが学校を休みがちの頃は気を遣って騒ぐのをやめてくれたよね?お母様もあれこれ説教せず見守ってくれた。』

 分かってる。やっぱり気持ちは伝えないとダメだね。「命短し」だもん。


 目が覚めた。馬車の中だ。

 なぜか涙が流れた。いつもながらリアルな夢だった。

 エリザ「エラ?大丈夫?」

 「ん?寝てただけだよ?」

 エリザ「でも、泣いてるよ?」

 「ああ、ええ?なんでかなあ。へへっ」

 エリザは微笑んでそれ以上訊かなかった。いいやつだ。

 エリザ「あはは。私、人の思いは読めるけど、その人が見ていた夢の内容までは分からないの。エラみたく、意識的に人の記憶の中に飛び込んで読み取ったりは出来ない。勝手にイメージが視える事もあるけど、意識的に出来るのは、考えを読んだり、オーラを視たり、天使や神の光を視たり、そのぐらいよ。アスカ様はもっと視えるみたいだけど、何が視えてるかなんて分からない。」

 「アスカ様の思考は私も読めないよ。魂がツルツルで取り付く島もない感じ。エリザの考えは大体わかるけど、でも、エリザの見ている『天使の世界』は私には見えないよ。」

 そう言えばテリットさんの考えも読めないな。

 しばし沈黙した。

 しかし良い道だ。馬車が全然揺れない。

 南部領の馬車の旅では、ほとんどの道は舗装が悪く、馬車が揺れに揺れて、このように三十分近くも居眠りできるような道ではなかった。

 馬車で時速三十から四十キロぐらいは出ている感じ。騎士団は馬車の横を早駆けしたりして遊んでいる。馬も楽しそうだ。あまり速いと馬が疲れるので、停留所があって人馬が休めるようになっている。王子ぐらいの身分の人の旅の場合は、そこで三十分おきに待たせていた馬と交代させている。

 それにしても驚異的な道路の良さ。バスでもあれば一時間もあれば百キロ先の国境まで着いてしまうだろう。

 「・・・バス?」

 寝ていたキャルが私の独り言に反応した。起きたようだ。息を吸ってため息のように吐いた。

 王子も私を見た。四人で乗っている。

 キャルは目も開けずにあくびをしなから批判を始めた。

 「何言ってんの?ここにバスがあればな〜とか思っちゃってんの?」

 「きっとノースファリアは車を作ろうとしているのよ。」

 キャルは眠そうに眉をひそめて薄目で言う。

 「はあ?無いね。前回はそうじゃなかった。電撃魔法軍よ。でウエシティンからはワイバーン軍とサラマンダー軍よ。奴らが最大の被害を、って王子?ええ?」

 やっと気づいた。

 「キャルはおっちょこちょいだねえ。」

 エリザ「フフフ。」

 キャルは赤面する。

 王子「未来予知魔法か?それとも死に戻りというやつか?」

 「キャルは三回目なんだよね?」

 「ああ!もう!バラすんだから!あんただって二回目でしょ!」

 王子は考え込んだ。そして言う。

 「なかなか興味深い。自分の過去に戻る魔法。君たちはそういう悪い歴史を変えようと思っているのか?」

 キャルは黙っている。私が応える。

 「ま、そういうこと。でも多分珍しいんじゃないかな。」

 キャル「そうかなあ。結構多いかもよ。そういうマンガも多いし。」

 「ああ、ってあんたやっぱり日本人じゃない?」

 「ええ?ああいうマンガ海外でも買えたよ?」

 「う〜ん、絶対自分の過去教えてくんない。」

 王子「で、バスってなんだ?」

 「ええっと、まず自動車って、ええと」

 キャル「モータリゼーションとエレクトロニクスよ。」

 「ああ、ってキャルって頭いいの?ええっと石油を燃やして回転運動を作るエンジンっていうのがあって、」

 キャル「あとは電気を作る発電機やそれを貯める蓄電池。でもその前にまず『蒸気機関』っていう水を熱して水蒸気に膨張させて吹き付けることで回転運動にするものがあるわ。」

 「ああ、そう言えばサラマンダー軍は蒸気船で来たね。」

 キャル「エンジンは『内燃機関』よね。電気火花で揮発油を鉄の機械の中で発火させて回転運動に変える。」

 王子「ほお。君らは『いにしえの魔法科学』の知識を持っているのか。」

 「何がいにしえか分からないけど、エンジンを使えば馬がいらない馬車ができる。速さも数倍よね?」

 王子「馬飼いたちが失業するぞ。」

 「いやそれは今度は速い馬を育てて競馬で大儲けするよ。」

 王子「競馬なら各地でやっている。王都にも競馬場がある。優勝賞金は領主が出すが、それが大儲けか?」

 エリザ「いいえ、二人のイメージすごいです。何万人も観客が・・・」

 キャル「優勝を予想して金を賭けるのよ。」

 王子「なに?賭博ではないか!」

 「公営競馬は儲けが自治体に入るのよ。」

 王子「何だと?それは不純な収益だ。けしからんな。」

 キャル「ハハハッ、それは別の話。バスの話だよね。」

 「五十人ぐらいいっぺんに運べるのがバスよ。スポーツカーなら馬車の十倍ぐらいスピードが出る。大砲を積んだ戦車もあった。レールを引いて電車を走らせれば一日で何万人も移動できるし、飛行機で空を飛べば一時間で離島にでも行ける。」

 王子「ノースファリアでそんなものを作るというのか?反乱が起きたら負けてしまうではないか!」

 キャル「それはないよ。エラはあると思ってるけど。」

 エリザ「確かにノースファリアは『黒油』が出て以来、オシテバン王国やウエシティン王国から色々な人が往来して色々な便利なものを取り入れて生活が良くなっているようです。新技術の開発は進んでいて今はカミナリ魔法の転用が研究されています。」

 「色々な人って?」

 王子「一応は魔獣族や魔龍族は入国禁止なのだが、向こうの貴族で礼儀正しい人物なら入国許可になる場合がある。キャンディジョンはそれで入国できたはずだが?」

 キャル「ああ暴れてごめんよ。」

 「でも、そうなんだ。知らなかった。」

 エリザ「あと国内の魔獣族の人は、両親が追い出されて孤児になった魔獣族の子供たちがこちらで引き取られた場合があるわ。」

 ミラはそんな感じかな。

 「でも、人間より平均して強いって言われてる魔獣族をよく追い出せたね。」

 王子「集団での組織的な魔法戦闘では人間の方が強い。」

 キャル「それはどうかしらね。」

 王子「しかし、そんな技術開発をされたら一大事だぞ。」

 「うん。だから作ってもらって、買えばいいんだよ。」

 王子「それはまるで身代金だ!大損ではないか!国庫から金がなくなる!」

 エリザ「そうでしょうか?そんなに便利になったら国民が喜ぶし、経済速度が速くなるのでは?」 

 王子「ん?道路を作ったのと同じ効果か。確かに馬車道路の敷設で税収は倍になっているからな。さすが経済大臣の娘だな。」

 エリザは微笑んで頬を赤くして補足した。

 「それに資金援助して開発に関わっても良いと思います。」

 王子「ウエシティンに蒸気機関の技術を教えてもらうのも良いな。技術料を払えば可能かもしれん。戦争よりはずっと良いだろう。」

 「そうね!」


 向こうの世界のいろいろな話をしながらノースファリアに入った。

 第二王子は北部三公爵と関わりがあるのでこの件からは外されたらしい。

 急な王族の訪問にノースファリア王である公爵も貴族たちも、内心あまり歓迎ではなかった。

 聖女が襲撃された話も伝わっていて、公爵の本心では何か起きる前に理由をつけて私たち聖女一行を追い返す予定だったらしい。貴族たちの中には第二王子と親しい者もいて、クリス王子に対しては疑いの目を向けていた。

 しかし、休む間もなく王子は早速商談を持ちかけた。車や発電に関する国家事業。開始資金は王子のポケットマネーで足りるという。金持ち、って王族なら当然か。

 私とキャルは補足説明をした。エリザは、にこやかに聞いていた。

 側近役の二人も、もちろん同行していた。王子によるとクラレンスは『聴心』能力の持ち主で、相手を見ると、私やエリザたちのように、その心のつぶやきが全て聞こえてしまうという。知らなかった。コワ。あれ?私が前世で王子に処刑されかかったこと知られてるかも?

 とにかく、そのせいで彼はこういう交渉事の時には必ず同行させられるという。王子は彼が側近役で付くようになってから、思いに気をつけるようになったと言っている。

 ちなみにアルノーは移動系の魔法なら何でもマスターしてしまう天才だそうだ。ただ他人の嫌なところをズケズケ指摘してしまう性格なので、宰相の父から「とにかく黙れ」と言われて『無口なアルノー』になったと王子は言う。アルノーが思っている辛辣な人物評をクラレンスが王子に伝える。王子の洞察力はここから来ている。

 『馬のいらない馬車』の開発。ノースファリア公爵と貴族たちは始めは怪訝そうだったが、王子の未来構想を聞いて目を丸くして聞き入った。最後には「物流革命・大旅行時代が始まる!」と盛り上がった。

 聞くと、やはりこの国では『電気を貯める技術』の研究開発はしていたものの、雷魔法の第一人者がヘソを曲げたので計画は頓挫したままだという。『人間発電機』扱いだったので嫌気がさしたらしい。

 王子は代わりに、発電機があれば蒸気機関による発電が可能な事や水風力発電もあることを伝え、ノースファリアの不穏な空気は一変した。これは王子の政治家としての大仕事だった。

 顔の見えないクーデター派に一石を投じることができたはず。

 

 翌日の今日、王子たちはパーティや蓄電の研究施設を視察する。

 私は一人で件の雷魔法の第一人者に会うために独りで山を登っていた。ふもとまでは飛行魔法で来た。王子たちと、みんなで馬車で来るには遠すぎた。この旅は明日には帰る予定だと王子が言う。

 その人の名はナディア・メディス。

 王子には「王都に来るよう説得して欲しい」と言われたが、話を聞けるかも分からないし、また襲われる可能性もある。

 数年前にカトリーヌの名で本を出した『白き魔女』と同一人物かは分からない。

 山の中腹にある広場、というか庭。

 小さい家から長い巻き毛の黒髪の女性が出てきた。昔のテニスのアニメで『お蝶夫人』というキャラが居たが髪型はあんな感じ。でも黒髪。身長は低く小柄。顔も幼く同世代ぐらいに見える。目と口が大きくてかわいい。

 でも服装は地味で年齢を感じさせる。

 「カトリーヌです。何か用?」

 「え?カトリーヌ?雷撃魔法の人ですよね?ナディアさんって聞いてるけど。」

 女性は表情が暗くなった。

 「ナディア・メディス。最近はそう名乗っている。」

 態度も言葉遣いも大人だ。聞きたいことはいっぱいあるけど、とりあえず公の用事からにしよう。

 「あの、私、ガブリエラ・アクセルと言います。えっと、雷撃魔法を教えて欲しいんです。」

 「ほお。じゃあ地面に膝と手をつけて頼みな。気分が盛り上がったら教えんでもない。」

 「はあ?」

 「早くしな!」

 「やですよ。大体この国はこれから蒸気機関や水風力発電になるから、雷魔法の価値も下がるんですよ?」

 「知るか。教えて欲しかったら手をついて頼みな。お貴族さんよ。」

 「・・・知るか。」

 「ならば死ねえ!」

 ナディアの手から雷が出てバチンと後ろに一メートル飛ばされた。

 えええ!めちゃめちゃだこの人!でもすごい!手から直で雷出した!

 でも二の腕が少し焦げて痛い。防護魔法がなかったら腕がダメになっただろう。ひどいなこの人。

 この人の雷は、マーティの持続するものと違って自然界の雷のように一瞬だけ光る。しかもまっすぐ飛んでこないので完全には防御できない。

 彼女は両手から交互に雷を出し、それが私の腕や腹に当たる。焦げるし痛いし、もう頭に来た。

 後ろに走って十メートル離れて手を合わせ、呪文の代わりに魔法陣の図形を思い浮かべる。その内容は、

 『水の精霊よ。風の精霊よ。来たれ。雷雲よ。来たれ。大気よ。道を作れ。この者に雷を落とせ』

 冷たい風が吹き、空に黒い雲が集まってきた。

 「雷よ!落ちよ!」

 ドカン!とすごい音がして落雷し、ナディアは焼き上がった。

 しまったあ!強すぎた!

 しかしナディアは湯気の上がる体でそのまま喋った。

 「あんた魔導士だね?手加減無用か!」

 その手から白くて訳の分からない複雑な魔法陣が幾重にも現れた。

 周囲の温度が下がるのを感じた。地面に霜が降り体が冷える。足が地面に張り付き、白い霜が私の体を覆ってゆく。

 ナディア「大魔法・寒冷地獄。死にな!」

 ヤバい。ポーラよ。ポーラ、来てください!

 黒いマントの女性が空中に現れ、私に入った。

 勝手に口が動き、タクトを持ったように軽く握った右手を上に挙げた。

 「エルよ。エローヒムよ。メリクリウスよ。ヘルメス・トリス・メギュストスよ。」

 えええ?何つった?

 「我に光と力を与えたまえ。来たれ『大雷撃』!」

 光の魔法陣が上空に幾重にも出て黒い雷雲から直径十メートルぐらいある周囲を覆う赤い雷が落ちた。

 私も十メートル飛ばされて、ガーンと大きな雷鳴がこだました。

 ナディアは立ったまま黒焦げになっていた。強すぎだってば、絶対死んだよね?ひいい、人殺しになっちゃう。

 ナディアが何かぶつぶつ言っている。よかった。生きてた。てゆうか人間かよ。

 その体はすうっと元に戻った。その上に複雑な魔法陣が出て周囲に広がるように消えた。

 ナディア「大絶界魔法!」

 えっ!周囲の地面が白く光って蒸発してゆく。夢で見たポーラの大魔法だ。何で使えるの?

 皮膚が白くなってヒリヒリする。

 自分の口が勝手に言う。

 「硬性防御魔法!黄金球!」

 「ヴァン」と自分が半透明の黄金の球に包まれた。

 その外でゆっくり地面が白くなり蒸発して消えてゆく。

 ナディアの周りだけは円く地面が残っている。

 自分の口が言う。

 「時間停止魔法!」

 魔法陣がくちゃくちゃとたくさん出て周囲に飛び去っていった。

 周囲の感じが変わった。風も止まった。ナディアが止まった。

 ナディアは口だけ動いて言った。マジなの?だから人間かよ。

 「負け負け負け!あんたポーラか!早く時間戻して!」

 ポーラが両手を開くとバッと全てが動き出した。

 ナディアは魔法陣を放って座り込んだ。

 白い地面は土色に戻った。

 自分は黄金球の中で力が入らず座り込んだ。黄金球が地面を蒸発させて削ってゆく。

 黄金球は消えた。すごく魔力を使う。前に両手をついた。息が苦しい。

 ナディア「・・・あんた何なの?」

 「王都から来ました。ガブリエラ・アクセルです。」

 ナディアは首を掻いて横を向いた。

 「間違えた?王都の役人は初見で一人ではこないよね。特に私のような危険人物には。・・・あんた、役人じゃないのね?」

 「王都で騎士団に魔法を教えることになりまして、不安なので各地の先生を訪ねる旅をしている所です。」

 「あんた・・・何でポーラの魔法使えるの?あれは文献からは消え去っているはずよ。」

 「ポーラは私の守護霊です。」

 「ああ、もう!早く言いなよ!余計な魔力を使わせるな!」

 「へ?」

 「役人は貴族だし、偉そうに強要してくるからカミナリ食らわせて追い返してるのよ。私を訪ねてくるやつは本の読者か役人だから、住民登録は偽名だから役人はナディアって呼ぶから見分けが付くって訳よ。」

 「そうだったんすか。じゃあ、白い魔女のカトリーヌさんなの?何で『雷魔法の人』なの?」

 「そう。他の魔法もできるんだけど、どうもあたしの雷は金になるらしいの。」

 「でも、今後『発電機』を作るらしいですよ。」

 「じゃあ、あいつらもう来なくなるね。それは嬉しいや。」

 「手から直に雷出せるんですよね?雷雲も呼ばず、すごいです。」

 「そう?ウヒヒヒ。これはねえ、イメージから入るんだよ。」

 笑った。良かったあ。本当にどうなる事かと思った。ポーラありがとう。

 カト「でも、基本は中世紀のβ具現化魔法の応用だから、術式を積み重ねる必要はなくて、どんなに魔力がない人でも十年もかければ出来るようになるよ。これは役人たちには内緒ね。」

 「ベータ?ん?」

 「やった方が早いか。」

 カトリーヌは指先から蝶々を出した。それは、どこまでも遠くに飛んで行った。

 「わあ!すごーい!」

 

 

 馬車に乗っている。

 カトリーヌは「お前が気に入った」と冗談めかして言って王都に来てくれることになった。

 エリザとキャルも一緒の馬車だ。王子は別の馬車にいる。

 カトリーヌは魔法の知識が半端ない。でもたまに訳の分からない古い用語を使う。魔法の知識は前世のガブリエラの時みっちりやったが、それでも知らない事ばかり言う。

 カトリーヌ「厳密に言うと自分の魔力を術式を使って発動するのが魔術。これはこの世界では詠唱で魔力を起動する『ベーエル系魔術師団』から来ていて、一方の魔法という言い方は自分ではない外部の魔力を使う時に言う。これは召喚系が多いのね。流派としては聖魔法から分かれてきているから『アーケー神教団』が発祥ね。これは詠唱というより祈りだし、後世、詠唱しない流派も出てきて、これは一万五千年前の有名なトロミーナ三姉妹の速攻魔法術から派生して・・・」

 何なのこの人。一万年前の話してる。でもトロミってそいつら誰だよ。

 「両者が影響しあって色んな魔法術学派が出て、一万年前の『近代魔法学の父』とも呼ばれる魔法神モーリーンの前の時代ぐらいに、全ての魔法術を魔法陣で表そうとする『ウールユール大学派』がメジャーになって以来両方の言い方が混在しているの、あと、魔導士という言い方は・・・」

 エリザは興味深そうに聞いている。キャルは眠そう。

 『白い魔女』と言われて有名なカトリーヌは、この異世界の魔法の専門家なのだろう。

 カトリーヌ「髪も黒いから、何が白い魔女なのか分からないけどさ、誰が呼び始めたかは知らないのね。で、エルニーダでは霊力って言うんだけど、これは有名な教皇カーマリウスが・・・」

 思考を読まれた。読心術もいけるらしい。でも有名って誰だそれ・・・

 カト「カーマリウス知らない?一万八千年前の聖魔法師。レベルでSSSランク。男性は大抵攻撃魔法が得意だから治療や浄化が中心の聖魔法を極める人は少ないから歴史上は『聖女』が圧倒的に多いんだけど、彼は別名『聖者カーマリウス』。聖女で言うと大聖女と呼ばれても良い人だったわ。彼はアーケー神以来初めて神聖魔法のレベルに達した人物で当時のアルクメルク公国の主要エクスカリオンの首位をコンプザーイレベルまで・・・」

 また途中から訳分かんなくなった。

 彼女の本名はカトリーヌ・チャールズ・ビンソン。彼女の身の上話によると、元々公爵令嬢だったが、石油利権に絡む騒ぎで父母が亡くなって家が没落し、魔法で生計を立てていた。ひと財産作って山の中で七年暮らしていたが、今回、戦争の予感に引っ越しを考えていたのだという。雷だけでなく、色々な魔法が使えて、予知系の魔法も得意だというし、聖魔法も使えるそうだ。

 カト「今回はだよ。前回は平民だった。そん時はカゼリーヌ・アンデルソン。」

 前回って前世か?よく分からんけど。とにかくひたすら喋っている。独りの生活が長かったせいかな?

 そういえば、ポーラはあの時『メリクリウスよ。ヘルメス・トリス・メギュストスよ』と言った。

 大学の宗教学科で習ったが、どちらもイタリア・ルネサンス期の魔術や錬金術の神の名だ。起源はエジプトのパピルス文書にあり、テンプル騎士団がヨーロッパに思想を伝えた。ギリシャ神話のヘルメスが、古代エジプトでも神として信仰されていたという講義だった。

 何で異世界の住人だったポーラが私の世界の神の名を唱えるのだろう?

 『アヤの魔力を引き出すために記憶に干渉した。驚いたでしょ?心が動いたり興奮したりすると魔力が出る。』

 ポーラの声まで聞こえたのか、目の前のカトリーヌがニヤリとした。

 カト「ポーラは天才なのよ。見た魔法はすぐに全部使える。」

 「え?それ本当?」

 「第七位階のって、最近のローデシアでは七工程って言うんだっけ?エリクハリソン氏系のA分類型魔法とか、あんな大魔法見ただけで使えるなんて、天才通り越して変態よね?」

 だから誰だよ。訳がわからんのでスルーする。

 「でもポーラの大魔法をカトリーヌも使えたよね?」

 「あれは元々は私が持ち込んだ魔法なんだけど、一度見せたらマスターされたの。」

 「いつの話よ。」

 「いつだっけ?千年前?もっと古いか・・・ポーラはねえ、あたしが魔女の星から呼んだの。霊的な円盤型宇宙船ですぐに来てくれた。あ、待って、『呼び戻した』が正解だ。」

 エリザが小首を傾げている。まあ、この世界の住人では宇宙船と言っても分かるまい。

 でも私がこの話を分かると知っているカトリーヌって?千年前?一体何なの?

 カト「じゃあ大魔法使いポーラは、やっと帰ってきて生まれ変わったらすぐに千年も先の異世界に飛ばされちゃったんだねえ。お前は記憶ないの?」

 「ポーラの記憶は生い立ちと最期ぐらいしか知らない。あんまりアクセスさせてくれない。」

 キャル「嘘だあ。あんたってそんな大魔法使いと関係あるっての?」

 エリザ「ちょっとお待ちなさい!」

 みんなエリザを見た。

 エリザ「さっきからずっと、お前とかあんたとか失礼です。貴族ならそれ相応の呼び方があるでしょう?誠意と礼節を持って相手を敬うべきです。」

 みんな顔を見合わせた。

 カト「コワ。」

 「もう、エリザ様はかっこいいんだから。」

 エリザ「ビンセン様は今お幾つになられるのですか?」

 カト「ええ?年齢聞くとかお前が一番失礼じゃん。幾つに見える?」

 みんな顔を見合わせた。

 「ちょっと上?」

 エリザ「十八?二十歳かな?」

 カトリーヌの表情がパアッと明るくなった。てことは絶対相当歳行ってる。

 

 停留所、まあ日本で言うならドライブインなのだろうけど、それを二つ過ぎたから一時間。馬車道路はノースファリア公国を過ぎてエルニソン領に入った。

 エリザ「でも、ビンセン様のお話しでは、ビンセン家の廃止は黒油が出た直後という事なので、大体二十五年前です。ということは二十五歳以上・・・」

 カト「ふん。やな子だねえ。次期王妃候補様はスミソミリアン家だっけ?お宅にミシェルってのが居るだろ?あいつの家で昔、私が奉公人であいつの面倒を見てた。勝手に魔法を教えたらクビになったけどね。フフッ。」

 エリザ「ええっ?ミシェルは三十二歳で、私が生まれた時からメイドになったっていうから十六年以上前、」

 「十歳で奉公人になる人もいるけど、ミシェルが何歳の時のメイドかよね。でも魔法を教えたんだから少なくとも私たちぐらいだったと思う。じゃあ今は三十代ね?」

 エリザ「でも、カトリーヌ様の著作の後書きに『魔術師人生四十年の総決算』って書いてあってその本が出たのが十年前だから五十歳以上かも。」

 「あれ?計算合わない。」

 カト「ああ、ホントに嫌な子たちだ。でもその年齢は説得力をつけるためのハッタリかもよ?」

 カトリーヌは言いながらも私たちの推理を楽しんでいる。

 キャル「いやあでも、ミシェルと同い年には見えないよね。どう見ても同世代だよね。」

 「幻覚魔法ね?キャルと一緒だ。」

 カト「カカカッ、違うね。あたし有名な白い魔女よ。見た目ぐらい何とでも出来る。」

 「すげええ!」

 エリザ「習いたい!」

 カト「キャンディジョン様だっけ?あんた、とぼけてるけど、あんたも相当行ってるんじゃないの?」

 キャルは黙り込んだ。

 カトリーヌはその目を覗き込んだ。

 「あんたと会うのは五回目だ。あたしは全部の転生の記憶があるんだよ。」

 「えっ?キャルは三回目だよね?ちょっと多いよ。」

 「キャルになる前がある。そこでも会った。」

 キャ「言うな。厳密に言えばアンタじゃない。」

 カト「エラ様だっけ?あんたはこの世界は二回目だ。前回私も居たけど、本は書かなかったんだ。書いとけば接点が出来て、協力出来たら死ななかったかもしれない。」

 みんな黙った。

 この人なんなんだろう。とりあえず、沈黙を埋めるために感想を言った。

 「でも私今回は、剣士のつもりなんだけど。前回のガブリエラは記憶はあるけど生きた実感はないんだよね。『ああそういえばそうだったかな』って感じ。」

 エリザは興味深そうに聞いている。

 カト「別の並行世界から来た訳だ。向こうで死んでこちらに転生した。で、死ぬ寸前に並行世界のあんた、って日本人のね。その記憶が蘇って、死に戻ってまたこっちの世界での転生が始まった。今回は十四歳ぐらいで記憶を取り戻した。前世の記憶はほぼ完全に潜在化している訳だね。面白いねえ。」

 「全部お見通しだけど、日本人のねって?それ分かるの?」

 「感覚的には遠いけど、併行世界としては隣を走る線上にある。思想とか科学とかの条件が違うから全く違う世界だけどね。あっちにはあっちの自分が生きている。相手を知覚できれば、その世界を垣間見ることもできる。でも私の場合、併行世界の過去や未来に魔法で魂の分身を飛ばすこともできる。」

 「すげえけど、カトリーヌ・・様は転生者なの?」

 「転生者とは言えないかな。私は全ての別世界で生きている自分を認識できる。ここの私は『死に戻り』だけどね。大体同じ時代を繰り返している。今はメインの意識はこの時代を何度も繰り返して死に戻りしている。でも毎回少しづつ違う世界になるから、似た併行世界に横断的に生まれ変わっているのかも知れない。まあ・・・これも一つの地獄なんだと思う。」

 「え、でもポーラの時代も居たって、」

 「あの時代も何度も繰り返してみたけどね。駄目だったから少しづつ未来に来た。」

 含みのある発言。何が駄目だったんだろう??

 エリザ「でもなぜそうなっているんですか?」

 カト「自分に魔法をかけたのよ。と言うか『誓い』をたてた。『魔法とその代償』ある目標を達成するまで、あたしはこの剣と魔法の世界を離れない。だから『死に戻り』という条件と目標達成のためなら時代はずらすことができる。」

 エリザ「代償を決めた魔法は通常以上の効力を発揮すると、魔法学で習いましたわ。」

 「目標って何?」

 カトリーヌは沈黙した。そして話を逸らすかのように別の話を始めた。

 カト「キャンディジョン様は『北の魔女』じゃん。何回戦ったっけ?こうして話すのは久しぶりよね?」

 キャルが黙った。

 人の過去を暴露して話をそらすとは何て狡猾なの?でもキャルの過去は絶対聞きたい。まんまとカトリーヌの思惑にハマっている。確かに老獪。同世代の感じは全然しない。

 キャル「前回、ローデシアの聖女として女王位についた時、裏でそう呼ばれていたのは知っている。その時、最期の最期、私は魔王帝の憑依を受けた。私は魔王帝の顔と雰囲気を知っている。」

 キャルが珍しく語り始めた。今回の初対面の時、私を追い詰めながら喋っていた時のように。何かある。

 キャ「あんた・・・ネクロフィリアよね?若く化けてもダメよ。」

 「ん?」

 エリザ「伝説の魔女、アクサビオン魔王帝の娘フィリア。二代目魔王帝として五千年にわたって生き続け、世界の裏社会を牛耳っていると言われている。人を殺し、腐った肉を食べることから『腐った花』ネクロフィリアと呼ばれている。」

 エリザには言わなかったかな?フィリアは『腐る防護魔法』を使うって話は・・・

 エリザとキャルが私を見た。ああ、言っても同じだったか。

 カトリーヌは窓の外を見て黙っている。

 でもフィリアなら千年前にポーラが倒したはず。生きてるの?


 馬車が止まって、疲れた馬を、待機していた馬と交代させる。私たちはトイレ休憩だ。

 簡素な『茶屋』もあってジャンクフードが食べられる。別馬車の王子に串焼き肉を奢ってもらった。

 カトリーヌとはエリザもキャルも距離を置いてしまう。

 馬車に戻っても無言が続いた。気まず。

 カトリーヌは、ため息をついた。

 「ふー。魔法で魂を物質化させたら生き返ったと言えるのかしらね?」

 エリザ「でもそれは霊ですよね?フィリアが千年前まで生きていたのならやっぱり長生き・・・」

 「じゃあ、カトリーヌ様はフィリアなの?」

 カトリーヌ「う〜ん。どう言えばいいかな。」

 否定しない。エリザもキャルもさらに緊張してきたのが分かった。

 でも、似てるかなあ。確かに夢に出るポーラの記憶のフィリアは、目と口の大きな美人だった気がする。あれは三十歳前後の顔だからもうちょっと怖いが、似てるっちゃあ似てるかなあ・・・

 馬車は動き出した。

 エリザ「でも、そんな人があんな山奥に一人で住んでいるのかしら。」

 カトリーヌは説明した。

 「あいつは魔人だよ。私は人間。ああ、魔人ってのは古い言い方で『魔族』の事ね。ゴブリンみたいに青黒っぽくて角が生えた魔物系民族。翼や尻尾が生えたやつは中魔族って呼ばれてる。」

 「私は今回はまだ見たことがないけど。」

 エリザ「私も。生きた魔族はウエシティンかアクサビオン帝国にしか居ないはず。」

 カト「魔族は長生きなのよ。平和な世の中なら二千年や三千年ぐらいは平気で生きるからね。魔龍族は千年以上は生きる。不老不死のドラゴンの血が入っているだけある。魔獣族と人間は何度も転生できるから良いよね。」

  「フィリアも長生きしたの?」

 「奴はね、長寿なのにさらに長寿を目指して肉体を強化する魔法科学を追求してた。それができる組織と権力があった。色々な犠牲を払えば、というか犠牲を受ければ、寿命が伸びるらしい。」

 「でも、夢でポーラは「人間を食べても寿命が伸びないのに魔族はそれを信じている」って。」

 カト「あれは奴らの信仰だからね。先祖の天鬼族が人間を襲い始めて魔族を名乗り出した頃、そう言い出したんだけど、実際に寿命が伸びているかは誰も知らない。それに私もだけど色々な魔法があるから、あいつが生きてるか死んでるかは会ってみないと分からない。」

 キャル「何で長生きなんかしたいのかねえ。」

 カト「ハハハッ。あいつらみたいな上級魔族は悪いことしかしてないから死んだら天使たちが来て地獄に封印されちゃうからね。でも、その封印も完璧じゃないから、地上に出てくる魔族の霊はたくさんいるけど。」

 「ま、それはいいけど。結局カトリーヌとフィリアの関係は?」

 エリザがうんうんと頷いた。キャルも横目でカトリーヌを見た。

 「エラは分かると思うんだけど、ずいぶん前、死んだ後、神様みたいな人に言われたんだよね『君は天使になれる』って。」

 「ああ。」

 エリザ「ええ?」

 キャル「ああじゃないでしょ?何それ?」

 「テリットさんでしょ?」

 カト「ずいぶん前だから、その前の人。その人が言うには、あたしの場合は『障壁』があるって。パラレル世界の『あたし』が魔王帝になるからそれ以上進めないってのよ。」

 ん?何だって?

 カト「このままじゃ魂全体の比重が重くなって、いくら頑張っても天使になれないって言うのよ。頭に来るじゃない?だから、フィリアをやっつけるために転生した。全ての世界の創造者エルの神に誓いを立てた。フィリアの悪を止めるまでフィリアの世界に転生しますって。」

 キャル「え、でもおかしい。それすごい前でしょ?フィリアはここ五千年の人物だから、時代が合わないんじゃないの?」

 カト「その時代から魔王帝が生まれるという未来が見えていたということだけど、フィリアになる前の『並行あたし』を見つけて何とかすることは出来なかった。それは普通のあたしの分身でしかないから分からない。」

 キャ「それは創造主エルの時代の前?」

 「本にも書いたけど、あの世には時間がないの。原因と結果の連鎖しかない。あたしの生きていた世界はこことは別。過去だか未来だかは関係がない。」

 キャル「え?じゃあ『魔王帝のフィリア』が出来た原因があるでしょ?あんたの言うことが本当なら、あんたに原因がない異世界のことは関係ないはずよね?勝手に魔王帝になった異世界の自分の責任まで負う必要あるの?」

 カト「それを言わせるかねえ。私はこの魔女としての力を得るために幾つかの禁じ手を使った。それを説明する気は無い。でも、それが異世界の自分を変化させてフィリアにしたんだと思う。魔力の代償。あんただって、その魔力を得るために何かやったはずよ。」

 キャル「知らないし。前世の記憶があるのは五回前ぐらいまでだし。」

 不安になった。

 「ねえ、私は?ポーラだって大魔法使いじゃない?何か弊害が起きてるとか?」

 カト「ポーラはないなあ。」

 「何でよ。」

 カト「あいつが大魔法使いになるまで三万年近くかかってる。地球なら何回生まれ変わらなきゃいけないか分からないくらい。あいつの場合はそれが代償だから、これから払わなきゃいけない借金はない。まあ、こっちの人たちと疎遠になってるから苦労するぐらいの事じゃないの?」

 「ホントに?そんならいいけど。」

 エリザ「カトリーヌ様はこの世界で何回生まれ変わったんですか?」

 カト「てゆうか死に戻りだから生まれ変わりとは言えないんだけどね。・・・何回かね。もう数えてないや。もう何百通りもやってみた。フィリアとの戦いも何回したか分からない。今回もあいつはまだ生きている。あいつは魔法や剣では死なないよ。」

 「ポーラがやっつけたはずなんだけど。」

 「千年前、魔族としてのフィリアは死んだ。その上級魔族の肉体は失った。でもその魂は地上に留まり、世界の帝王の立場にある人に憑依し、その人格を支配し、魔王帝となる。その連鎖を止めないとあいつが作った金と欲の組織が存続され続ける。」

 キャルが言う。

 「でもそれ意味あんのかな。私も何度か死に戻りしたけど、前とは別の選択をした時、別の世界線に入っただけで、元の世界はあるんじゃないかって思う。だからフィリアが世界を支配し続ける世界は、あんたが何をやったって存在し続けるんじゃないかな。フィリアを消し去ろうが救って天使にしようが、関係ないんじゃないかな?」

 カト「う〜ん。運命論に近い言い方だね。全ての努力は無駄になるということかな?」

 キャル「そこまで言う気はないけど、」

 カト「私は魔女の力で全ての自分を認識できる。まあ瞑想したらだけど。現在、色々なパラレル世界に生きている数限りない自分と、過去生きてきた自分と未来の自分。生まれる前と後の『あの世』にいる自分。全部合わせて『あたし』だと認識している。だからフィリアも自分だし、フィリアを倒したパラレル世界はまだないし、フィリアが救われたパラレル世界もまだ無いの。それが出来ればマイナスとプラスが相殺してあたしは次の段階に行けると思っている。フィリアを超えたならば、フィリアのような人なら救うこともできる。」

 キャルは黙って横を向いて窓の外を見た。

 「キャルは、そのフィリアに会ったことがあるの?さっきそう、」

 「知らなあい。」

 「ええ!何それ!あったま来る!絶対過去のこと教えてくんないよね?」

 カトリーヌは少し笑った。

 みんなしばし黙った。


 カトリーヌはおしゃべりだ。沈黙しても三分も黙っていられない。

 でも内容が変に難しくて困る。

 エリザは「認識の飛躍がいるよね?」と停留所の休憩で言っていた。それは自分もポーラが霊的な話を始めた時に思った事だけど、不思議の連続に耐えるのも理性が要る。

 馬車道路を走り続けて、右側に大きな川が見えてきた。王国を南北に分けるヨース河だ。この川と並走するようになったらそのうち南下する道路に入るから、王都までもう一息だ。

 カトリーヌがキャルに言う。

 「あんた、今回の名前はキャンディジョン様?この人大体邪魔するの。でも前回は滅びの魔女さんに突っかかったから私はその間に準備できた。それでもフィリアには負けちゃったけどね。」

 キャル「前はカトリーヌ様がアクサビオン側につくから邪魔したのよ。だからフィリアだと思ったんだけど。」

 カト「あいつら滅ぼすの大変なのよ。内部崩壊の種を撒かないといけないから、あの国に行くにはこっちの国は裏切らないと行けなかった。」

 「へえ。演技力あるんだねえ。白い魔女さんは。」

 カト「嫌味だねえ。あんたは大体、あたしがアクサビオンと戦うぐらいの時期にのし上がってくるから、そこでいつも死んだ魔王に憑依されちゃって、いつも戦わざる得なくなって、すげえ面倒なんだけど。」

 キャル「今回はもうあっちへは行かないよね?もうずいぶん前に手を打ったみたいだね?」

 「え?何それ?」

 二人とも沈黙した。心の声すら聞こえない。霊眼で見ても何も視えてこない。

 心に入り込めない。こいつらホントに魔女だな。秘密かよ。

 カトリーヌ「フッ。」

 エリザが訊いた。

 「本当に何でもご存知ですけど、本当に今おいくつですか?」

 カト「しつこいねえ。何歳かなんて意味ないんだよ。あたしは死に戻っても前の記憶は失わないし、見た目は魔法でどうにでもできるし、前世の事も未来の予測も瞑想すれば何世紀分だって見られるからね。これは魔女になる前からの天賦の才能だから。前は『記憶の魔女』と呼ばれたこともあった。その呼び方を知っている人はみんな死んじゃったけどね。」

 エリザも黙るしかなかった。ここには聖女様と名のある魔女が三人も居ることになる。

 「今回はどうする気?」

 カト「わかんないね。今回はエリザベート様たちが宗教改革をしたから良い方向ではあると思うよ。」

 エリザ「教会が増えるのは良いことなのね?」

 カト「うん。でも滅びの魔女さんも『バグ』何だよね。呼んでおいて悪いけど行動が読めない。前回なんて私に会う前に死んじゃうし。でも北の魔女さんは嫉妬と利益で動くから行動予測は簡単よ。」

 キャル「馬鹿にしないで。私にも理想はある。」

 エリザ「どんな?それ教えてください!」

 キャル「教えなあい。」

 


 四月。王宮魔法学園の三年生になった。

 大した変化もないが、私は前髪を作るのをやめた。アヤの時は美容院に行く気力が出なくてそうなってしまったが、ワンレンも気に入っていた。まだワンレンにはなっていないが、今回は鏡を見て「もういいかな」と思ったからであって大きな理由はない。

 メルが始業前、生徒会室で訊いてきた。

 「発電機ってどうやって作るの?」

 そう。クリス王子の自動車の商談以来、ローデシア王都はエネルギー開発に意識が向いて、メルの家だけでなく貴族たち全体が大騒ぎになっている。今まで変人扱いだったその道の専門家が急に集められたり、名家の書庫に眠っていた古書『古代魔法科学』の中に『火や水を使った回転運動』とか『雷を溜めておく魔法の箱』とかの記述があるため脚光を浴び、持って歩いているだけでステータスとなっている。

 私は小中高大の理科の知識を総動員して話をする。柔道ばかりしていたが、勉強の成績は悪くなかった。それに加えて高二の鬱の時代は気晴らしに動画や本の知識を詰め込んで過ごしたので細かい雑学もある。

 「それはねえ、銅線を巻いたやつに磁石を近づけるんだよ。」

 メル「へええ。じゃあ蓄電池は?」

 「リチウムだっけ?」

 キャル「無理よ。まずは酸化鉄と鉛と硫酸でいいんじゃないの?ガラス容器でもできるけど、石油が出るならプラスチック容器も作れるよね?」

 もっと細かい事を知っている奴がいる。ちょっと、と言うか、地味に悔しい。

 王子たちは黙って聞いている。

 「キャルって、たまに頭いいのよね。」

 メル「モーターは?」

 「うんと、たぶん発電機に逆に電気を通せば回るよ。」

 キャルが首を傾げた。

 「作りは似てるけど、回んなくないかい?」

 というような事をメルや王子たちが、カルビン伯やノースファリア公爵の御曹司カール様に伝えると、四ヶ月ぐらいで試作品が出来、学園の研究所棟に届いた。

 直径一メートルの、どでかい手回しの発電機と電圧計。同じく、どでかいバッテリーとモーター。でも、ゆっくりだが立派に回る。

 王宮関係者や企業代表の貴族たちが見学に訪れる。王様もお忍びで来られたとか。

 騎士団も来た。武器開発は騎士団やその引退者がやっている。

 その中に騎士団の黒い制服を着たカトリーヌが居た。

 「聖魔法でなくても魔法レベルを大きく引き上げればオシテバンに特使で行く人材は作れる」とカトリーヌは言う。私やエリザより、よほど魔法指導ができるので王様に騎士団への指導講師に任命されたのだった。

 メル「カトリーヌ様、その服似合いますね。」

 カト「むははは、そう?」

 カトリーヌは、大魔法使いのくせに権威意識とかプライドはなく、適当でいい加減だ。騎士団への指導も二つ返事で引き受けたが、うまく行かなかったら辞めれば済むと言っている。王命なんだけど?と言っても聞く耳がないらしい。

 騎士団の中年男性が言う。

 「しかしクリスワード殿下は本気で『無馬車』を作るつもりなのですね?」

 カトリーヌが質問の答えを遮った。

 「こんなんしなくてもイメージだけで電気は作れるけどね。」

 カトリーヌはその手で発電機に触れた。

 電圧計が振り切れた。騎士たちは「オオッ」と、どよめいた。

 モーターに触れると「ギュオオオオ」とすごい音を立てて高回転を始めた。

 身長百九十センチはあるのにかわいい系イケメンの御曹司カールが言った。

 「壊さないでくださいね。」

 カトリーヌはパッと手を離した。

 エリザ「電気で明かりは取れないかしら?雷って結構明るいから。」

 カトリーヌは手の上で一瞬バチッと放電させた。辺りが一瞬照らされた。

 「白く塗ったガラス管の中で放電したら明るいかも。」

 キャル「蛍光灯?難しいよ。あれは真空放電でアルゴンガスと水銀を・・・」

 カールが抜け目なくメモっている。

 キャル「電球の方が簡単かも、でもタングステンフィラメントなんて作れるかなあ。エジソンは竹炭を使ったんだっけ?」

 「知らん。」

 カール「後で技術者を寄越すから説明してくれんか?」

 キャル「いいよ。」

 クラレンス「うん。『知識の魔女』と言ってもいいな。」

 キャル「ふふん。」

 「何よ。なんかそれかっこいいじゃん。」

 カトリーヌ「でもそれはこっちでも五千年前まではあった技術だよ。古い文献を探すといい。そういうものづくりには物質化魔法や複製魔法を使うといいよ。ローランド帝国の頃は、熱に強い金属だとか、硬いけど軽い金属だとか、最初の見本を作る時はよく物質化魔法が使われていたよ。」

 クリスが来た。

 「カール。今困っていることは何だ?」

 「職人が足りんな。そのモーターというものの外板は、金槌を使って金属板を伸ばして丸めたものだ。他の金属部品も鋳造品だから大きく重たい。小さいものを作れる職人は少なくてな。それにその蓄電池というやつの器も黒油樹脂を熱いうちに練って型に入れて固めたものだ。でも本当の木の樹脂を使うともっと高価になるから、いい手段ではある。」

 カトリーヌ「だからそういう手作業が危ない時のために作業魔法が出来たんだよ。王宮魔導士の何人かを作業魔法に従事させればいいよ。」

 クリス「うん。提案してみる。」

 「製品を作る作業も動力があれば自動化できるのでは?工場には重い物を運ぶクレーンとか付いてたよ。」

 クリス「それも後で説明してくれ。」

 カール「そうだな。上手く行ったら作業所がもう少し便利になるかもしれない。」

 クリス「これは国家事業になったから日当も国庫から出る。職人募集もギルドに頼むか。素人を職人に育てる必要もあるな。」

 「ギルドって冒険者組合だよね?冒険者希望なのに職人にされちゃったら文句がくるよ?」

 クリス「堅いこと言うなよ。」

 カール「それより、蒸気機関というやつを実用化してほしいな。技術者をウエシティンから呼ぶのだろ?」

 クリス「そうだな。あの国には一度行かねばならぬ。」

 メル「あ、でも蒸気機関なら有りますよ。」

 クリス「何?」

 メル「三年前に来たウエシティンの交易船が、故障してそのまま港に停泊しています。乗務員は他の船で帰ってしまって、船会社に言ったら「部品を送って修理したりすると高くつくからそちらで廃棄してくれ」って。でも大きくて重たいので放置されています。」

 クリス「ほお。しかし故障しているのだろ?」

 メル「暗礁に乗り上げて舵とスクリューが壊れたそうなので蒸気機関は無事のはずです。」

 クラレンス「連中もいい加減だな。技術流出とかを恐れんのか?」

 メル「民間はこんなもんですよ。」

 アルノー「しかし、動かし方がわからんぞ。」

 メル「この国が気に入って帰らなかった人が一人います。父が雇い入れて港で技術者として働いています。確か機関士とか言ってたので、彼ならわかるはずです。」

 クリス「面白い。一通り調べて同じ物を作ろう。」

 メル「でも石炭火力が必要とかで、彼らはそれは持ち帰ってしまったので、どこかで調達できますか?」

 カール「いいや。ローデシアでは石炭は取れないから動かせんな。」

 アル「黒油で代用できないのだろうか。」

 クリス「やってみる必要があるな。」

 「そういうのも魔法で代用できる?」

 カトリーヌ「五千年前はあったよね?エリザ。」

 エリザ「えっ?そんなの知らないです。」

 カト「フフフ。」

 クリス「まあ、あの時代は進んでいたからな。戦争でみんな滅んでしまったが。」

 カール「船のような大きな物を空に浮かべたり、すごい速さで空を飛ぶ乗り物もあったそうだ。」

 カト「何だ。みんな文献読んでるんじゃん。あれはユーディーン大陸の技術なんだよね?」

 クリス「ん?留学していたが、そんな物なかったぞ?」

 カト「あそこも戦争が好きだからねえ。みんな失われてしまったんだよ。」

 

 土曜日は半日授業。

 昔、週休二日制になったり祝日が月曜日になる前の日本もそうだったらしい。私は覚えていない。鉄工所をやっていた祖父が「日本人はいつからこんなに怠け者になったんだ」と嘆いていたのは覚えている。

 学園寮の談話室でエリザたちとお茶会だ。爺ちゃんが見てたら「贅沢だ!」って怒るかも。

 メル「でも良かったですね。北部三公子の三人もクリス王子と打ち解けて前のように刺々しくなくて。」

 エリザ「同じ目標に向かって充実されているようで何よりですね。」

 クリス「北部三公爵子なんて誰が言い出した?」

 そう。その一人はエルニソン公爵の御曹司ニッケル。この前の『魔法封じ』の遺跡があったヨース河の北一帯の領地。オシテバンとの国境紛争でよく陸軍や王宮騎士団が出動する地域になる。

 もう一人は今回のカール。ノースファリア公爵国の後継ぎ。

 三人目とはまだ会っていないけど、王国の東北部、海に面する領地を持つライフ公爵家の令嬢ノルーリア様。この三人を学園では『北部三公子』と呼ぶ。三人とも第二王子派だと言われている。

 クラレンス「カールやカルビン伯に任せておけば仕事は進むだろうね。」

 アスカ「技術的なことは私たちには難しいですからね。」

 アルノー「ま、エラもこんなことになるとは思わなかったよな?」

 その時、ドアを開けてクリス王子に似た人が入ってきた。ズオオと黒いオーラを放っている。

 隣にはノルーリア嬢がいる。会った事はないが珍しいグレーの髪色と聞いていたのですぐに分かる。

 無表情な女子。いつも第二王子の横にぴったりついている人だと聞いている。

 ならばこの王子に似た人は、第二王子ファルコンだ。イケメンだが、にやけた口。でも目は冷徹。

 霊眼で見ると訳のわからない黒い影たちが後ろで渦を巻いているが、本人は黒っぽい強力なオーラで守られていて、影は触れられない。その複雑な霊的状況が異様な存在感となっている。

 エリザを見る目がいやらしくて不快だ。アスカ様に至っては硬い表情で硬直している。

 確かクリスの一歳下でまだ二十歳のはず。どうやったらこんな魔力を持てるんだ。

 集まっていた私たちは一斉に礼をした。王子とアスカだけが座って紅茶を啜っている。

 ファルコン「おかげで俺は暇になった。旅にでも出たいところだったぜ。」

 ドカッとソファーに座った。盗み聞いていた話に感想を述べる。何だこいつ。

 エリザ「あら?どちらに行かれたいですか?」

 エリザにも見えているはずなのに、気さくに話しかける。公爵令嬢はつらいな。

 メル「ファル王子は遊び好きですからね。」

 メルは聖地エルニーダにいる時だけは霊視が出来たが、帰ってきたら見えなくなった。幸か不幸か。

 ファル「ハハッ、いつも失礼だな。でも暇だと見られて王様から仕事を貰ったよ。王様からウエシティンへの使者を仰せつかった。蒸気機関や金属加工の技術者を呼ぶことや、蒸気機関の購入に関して交渉しろとよ。」

 エリザ「それは大仕事ですね。」

 ファル「おいメル。カルビン伯のところに向こうの人間が従者で入ってないか?貿易も戦前からやっているのだから付き合いがあるはずだ。」

 メル「う〜ん、何人かいますけど。」

 ファル「最終的には正式に講和条約を結ぶためにウエシティン王ウエスタニア三世に親書を渡さなければならない。向こうの貴族と関係がある者がいたら皇帝に取り次いでもらいたい。向こうでの案内人も必要だしな。」

 エリザ「護衛が必要なのでは?」

 みんなが私を見た。でも黙っている。

 メル「なんか言いなさいよ。」

 「私は下級貴族の娘ですので、発言は控えます。」

 エリザや側近の二人が凍りついた。第二王子にはマーティに襲われた件を『下級貴族の娘の揉め事』と私のせいにされた。封建社会の誤魔化し方なのだろうが、一言は言ってやりたい。

 『おおいケンカ売るな』『喧嘩しないで』『適当に合わせろバカ』

 沈黙の中、貴族たちの思いが伝わってきた。

 メルはポカンとしている。

 ファル「はっは!マーティの件はお前のせいになっているが、真相はみんな知っているから案ずるな。」

 意外と寛容。ブチギレするかと思った。

 「ありがとうございます。でも学園生には以前より恐れられていますが?」

 『やめてー!』『ことを荒立てるな』『バカ』

 ファル「まあ、お前が強い魔法使いである事は認めてやろう。ただ、もっと強いやつはいっぱいいる。あんまり調子づくなよ。ちなみに王族への不敬罪は軽くても流罪だ。」

 ちょっと言い過ぎたかな。王族を謝らせたいわけではない。でもさらりと脅しが出るあたり、言い慣れている。エリザたちの表に出さない狼狽といい、怖い存在なのはわかった。

 「ああ、私も失礼が過ぎました。謝罪いたします。」

 とりあえず頭を下げる。ここは封建主義社会であって、パワハラが裁かれる現代日本ではない。

 ファル「まあ、謝罪を受け入れてやる。」

 偉そうだなあ。でも王族はこんなものかもしれない。クリスの馴れ馴れしさが異常なのかもしれない。

 ファル「まあ護衛はもちろん必要だ。奴らは念力が強い民族だ。魔力レベルも平均的に高い。魔龍使いもいるぐらいだから田舎や海上は魔物が出るかもしれん。王宮魔導士局や騎士団から何十人か見繕って連れて行くよ。」

 メル「王子、それじゃ示威行為か宣戦布告と受け取られますよ。」

 ファル「アクセル嬢やキャンディジョンを連れて行ったって示威行為だろうよ。」

 キャルは?見るとうつむき気味に菓子をポリポリ食べている。存在を消している。こいつもファル王子の『ズオオ』が見えるはずなのに冷静だ。面識がある、あ、そうか。キャルはファル王子が連れて来たんだっけ。

 クリス「だが、ある程度は力を見せないと舐められるぞ。」

 ファル「さじ加減が難しいな。やっぱりまず、カルビン伯あたりが行って段取りをつけてくれねえかなあ。」

 ああ、それを言いに来たな?普段ここに来る人ではないから不思議だったのよね。

 メル「父上に言っときまあす。」

 ファル「本当は全部頼みたいところだが親書は王子が渡さないと失礼だろう。王を怒らせたくはない。」

 

 数日後、校庭。

 マーティが爆発して出来たクレーターはすでに埋められて運動ができるようになっている。

 キャル「暇だね。剣でもやる?」

 「こらあ。剣は命懸けだぞ。」

 「木剣でも怪我するかも、だよね。気をつけるよ。」

 放課後、学校に残っている。ウエシティンに誰が行くかで数日揉めている。生徒会室でみんな話し込んでいる。 キャルは「私が居てもしょうがないし」と出てしまった。私は一応キャルを見張らないといけないので「決まったら教えて」と言って生徒会室を出て来た。

 「じゃあ『面擦り上げ面』百回な。」

 「へえへ、先輩様。」

 互いに木剣を持ち、守り手が面を打つところを攻め手が剣で下からシャッと払ってそのまま面を打つ。もちろん型だけで頭には当てない。攻守を交互に交代する。繰り返して体に覚えさせる稽古だ。

 揉めているのは、エリザが「もし伯爵が向こうで襲われたり人質になったら困る」と言い出したからだった。

 何しろ戦後三十年も国交がない国だ。まだ停戦しているだけで講和条約を結んでいない。貿易は伯爵たちが勝手に商取引を再開したからであって、両方の国家は感知していない。

 エリザは「向こうにもエルニーダを聖地とする教会があるのでシスターの資格がある私が行く」と言い出した。エリザは教会を建設する時の浄化をするにあたって、いつのまにかそんな資格を取っていた。しかし、エルニソン領での襲撃事件もあって、聖女が暗殺されたり捕まったりしたらもっと困る、と揉めている。

 キャル「メルも大変だね。向こうに詳しいわけでもないのに。」

 「こら。危ない。無駄口叩くな。」

 「ねえ、剣魔法見せてよ。私のはまだ未完成だから。」

 「ん?でも魔法の杖の代わりに剣を使うだけだよ。」

 「一番得意なのやってよ。」

 「みんな平均してできるけど、う〜ん。黒魔法になっちゃうけど、ってキャルはその方が得意か。」

 木剣を前に構えた。

 「闇魔法。ブラックメテオ。」

 バッと自分から黒いオーラが出た。木剣からも青白い怪しい光が出た。

 普通、闇魔法もしくは黒魔法というと、魔王の霊を召喚し、その力を使う。

 しかし私のは違うらしい。ポーラの力かと思ってたが、そのポーラが使う時のイメージは『闇パワーの根源』にしろと言う。しかし『究極の悪の神』の力ではないと言う。ならば天国の裏側にも魔法が得意な霊たちが住んでいるからそういう『力の神』のエネルギーかとも思ったが、ポーラは『もっと根源だね』という。どうもはっきりしない。よく分かっていない。でも使えるものは使えるのだ。

 キャルにも小魔王が憑いていたがエリザやアスカ様から出ている霊光を嫌って離れて行った。

 ピンポン玉大の黒い球を出した。周囲の空気や埃を引き寄せて分解吸収してしまう。

 キャルはそれを見て邪悪な笑いを浮かべた。

 「ちっ、やめた。」なんか嫌になって球を消した。

 キャル「ええ?何よう。もっと見せて!」

 「なんかやだ。」

 キャル「何よー!私たち友達でしょー!」

 キャルは木剣を捨てて抱きついてくる。

 「ちょ!何やってんのよ!」

 キャルは私がスキンシップ多めな相手が苦手なのをークリスだがー見てこんなふうにしてくる。前は指でつっ突いて来たりするぐらいだったが、何しろ調子が狂う。

 でも私もみんなもキャルを以前のようには警戒していない。こいつもすっかりこの国に馴染んできた。

 「キャル!やめな!」

 抱きつかれて両腕をロックされた。グイグイ押してくる。でかい胸が暑苦しい。

 押し倒されて、私も木剣を手放した。

 上に乗ったキャル。マウントポジションを取られた。キャルは「キャハハハッ」と上を向いて笑った。

 私も声をあげて屈託なく笑った。

 ファルたちが歩いて来た。

 「おい、決まったぞ。まずは俺と伯爵が行って向こうの知事に会う。我が国の方針を説明し、王との謁見の日程を決める。そして謁見でクリスとエリザが行って親書を渡す段取りだ。」

 「クリス様が?」

 「エリザが行くなら婚約者の第一王子が出ないわけには行かないとよ。」

 「護衛は?」

 クリス「第一陣は俺の馴染みの魔導士と騎士団を十人づつ。第二陣は騎士団や魔導士局から精鋭を同じ数。逃げられるよう転移魔法の能力者を選ぶ。そこには君らも付いてきてもらう。」

 「いいんですか?魔力レベルが全体に高くなりすぎると警戒されて揉めるのでは?」

 メル「お父様が「彼らは初めはケンカを売って相手の力を見定めるんだ」って言うの。」

 「じゃあ、勝たないといけないね。」


 翌朝

 旅立ちは三日後。荷物の準備にはまだ早いか。

 寮の部屋のドアがノックされた。ミラが出る。メルが来たと言う。

 いつもの変なノックじゃなかった。

 出るとメルが急いで来たらしく下を向いて膝に両手を当ててハーハー言っていた。

 「何?メル、どうしたの?」

 「キャンディジョンがいないの。」

 「あいつ、夜は騎士団寮だよね。」

 「だからいないのっ!騎士団も王宮の魔力探索機で探してるけど分からないんだって!」

 ポーラを呼んでみた。

 「魔力探索じゃなくて霊的に探すといいよ。瞑想して意識を広げてみ?」

 目を閉じて、意識を拡大し王都を俯瞰した。その北の田園に飛ぶ小さな影を見つけた。


 エラは転移魔法で王宮北の田園に出て、飛行魔法で北に飛んだ。高度は三百メートルほど。

 地上をキャルがすごいスピードで飛ぶのが見えた。

 いや、飛ぶと言うよりすごい跳躍力でジャンプし続けている。

 エラ「ああ、キャルは魔獣族だから飛行魔法を使わなくてもいいのね。体力だけなら魔力探索に掛からないんだ。瞬間移動で前に出よう。」

 エラは何の前触れもなくキャルの百メートル前方に出た。

 見渡す一面の休耕地。キャルは着地して土煙を舞い上げて止まった。

 その服装は、マントに騎士団の乗馬服。それは戦闘服と言って良い。腰には王宮の剣を下げている。

 エラもいつもの乗馬服。腰には騎士団の剣。背中にはあの長剣。丸い防護魔法で土煙を防いだ。

 キャル「エラ。あんたの転移魔法は急いでる時に編み出したと言うからさすがだね。現れるまで全然感知できなかった。普通なら光ったり、魔法陣が現れたり、黒い穴が現れたりするもんだよ。」

 「キャル?ウエシティンに行くの怖くなっちゃった?」

 「え?ああ・・・だって、私は魔獣族の血が入ってるの。奴らは人間より魔獣族を嫌うのよ。私怖いわ」

 キャルは、しなっと口に手を当てて横を向いた。エラは暖かい口調で言う。

 「大丈夫よ。私たち強いから。そういう差別意識を超えるのも今回の目的だとクリス王子も言ってたわ。」

 「私、帰る事にしたの。」

 「それ困るのよね。でもキャルがそうしたいんなら私は構わないけどね。今から戻ったら王宮の都合によっては重罪になってもおかしくないし」

 「逃がしてくれるの?・・どうして?」

 「キャルを信じるよ。私たち友達じゃん?」

 エラはキャルに近づいた。

 キャルはいきなり右手で剣を抜きざまに横にシュンと振った。

 エラは右手をかざしながら後ろに跳びよけた。

 キャル「フッ、友達よ。あんた私を殺せないでしょ?私は平気。前からあんたを狙ってた。」

 エラの開いた手が切れている。喉からも血が出ている。

 キャルは剣を担ぐようにしてゆっくりエラの周りを歩きながら言う。

 「洗脳魔法はあんたや騎士団には効かないし、学園の周りの人間は警戒してるし、そいつらはエリザが守ってるから魔法はかけられないし、だから自力でやる事にしたのよ。」

 エラは手の傷を見た。血が流れる。首から服に血が流れているのに気づいた。

 キャルは止まって剣を向けて言う。

 「剣持ってる相手に油断したね?『剣は命がけ』だっけ?私、魔力を抑えたり殺気を消す練習もしたわ。でも剣魔法って便利ね。当たってなくても鎧の上からでも斬れるから。」

 エラは血の出る手で自分の喉を押さえた。血は流れ続ける。

 キャル「回復魔法?でも片手で戦えるのかしら?普通、首を切られたら死ぬのよ。まだ倒れないなんて、さすが魔女。それなら、ネクロフィリアで思いついた『ネクロソード』をお見舞いするわ。」

 キャルの剣がポッと黒いオーラを帯びた。

 「この剣を受けたら傷口が腐るから修復出来ないよ。」

 エラは膝をつき、斜め後ろに倒れた。

 キャルは近づきながら言った。

 「ハハ。ノースファリアを使ったクーデターは失敗したからね。オシテバン王は怒ってる。『新情報』でも持っていかなきゃ帰れない。あんたは危険人物。未来で私を殺すかもしれないからね。」

 キャルはエラを冷たい目で見下ろした。

 「言ったよね。あんたは前世でオシテバンを滅ぼした。今のうちに葬っておく。私はオシテバンを救うことを条件に召喚された。ローデシアのために戦う気なんて最初から全然ないから。」

 キャルは上からエラに剣を向けた。

 「あんたのブラックホールだっけ?あれは全ての物質を光子レベルまで分解する。でも、霊体や物質の持つ理念までは分解しないから、どこかにホワイトホールを作ればまた物質化して出て来れるかもしれない。この魔法解釈合ってる?」

 エラは倒れたまま答えられない。

 「でもホワイトホールなんて誰も作れないよね?ブラックホールの概念だって、この世界にはないんだから。でもね、マーティはブラックホールの向こうは地獄なんだって言ってた。そこからは幾らでも強い悪魔の霊を召喚できる。だからあれはやっぱり闇魔法なんだってさ。あんたは信じたくないだろうけど。」

 エラは動かない。

 キャル「ふう・・・さよなら。滅びの魔女さん。いでよ!ブラックメテオ!」

 剣からグルグルと黒い魔法陣が出て、剣先からグワッと大きな黒い球が出た。それがエラを包み消えた。

 そこに向かって突風が吹き、地面に直径二メートルの穴が空いた。

 キャルは少し悲しげな顔をして剣を鞘に収めた。

 「ふうっ」

 キャルの横から息遣いが聞こえた。振り向くと二十メートル先にエラが片膝を立てて座っていた。

 「喋りすぎ。あんたが消したのは光魔法の幻だけど?」

 キャルが飛びかかる。エラは座ったままキャルに両手を向け唱えた。

 「ファイヤボールファイヤボールファイヤボール!」

 エラの手から二メートルを超える火の玉が三つ連続で飛び出した。

 キャルは地面を蹴って方向転換し一発目を避ける。

 残りの二つはキャルを追ってくる。

 よけられた一発目が地面で大爆発しキャルに熱風を浴びせる。

 残りふたつも爆発し、キャルはその度に左右に翻弄される。

 エラ「私、もう頭に来たから!」

 エラは立ち上がって長剣を抜いて、キャルに真っ直ぐ向けた。

 「アイススピアアイスピアアイスピア!」

 立ち上がったばかりのキャルに、数えきれないほどの尖った氷の塊がザアッと向かった。

 逃げるキャルに数本が刺さった。

 エラは長剣をビュンと振る。

 「ソードソニック!」

 衝撃波がドン!と広がる。

 キャルはジャンプしてバク宙して衝撃波を避けるがマントがズタズタになる。

 エラ「グラウンドソード!」

 エラが長剣を上にあげると、地面から土が黒い剣になって数十本がザザザザッとキャルを下から刺してくる。

 キャルは背面跳びのように跳び避けるが数本が背中に刺さる。

 「ぎゃっ!無理無理無理!」

 キャルは土の剣が刺さったマントを外して捨て、浮遊魔法から飛行魔法で加速して逃げてゆく。

エラ「防護魔法と回復魔法ね?効かないのか。」

 エラは長剣を鞘に収めて飛んで追いかける。

 地上ニメートルを高速で飛んでゆく二人。後ろに土煙が上がる。

 キャルが減速して、地面に落ちて転がった。エラも落ちて転がった。

 正面にはあの魔法が効かない石造りの建物。

 キャルは転がりながら両手でポンと地面を押して飛び上がり伸身でバク宙して回転の余力を殺して着地する。

 エラはもう少し転がってから前方回転受け身風に転がって横の地面を片手でポンと押すようにして立った。

 キャル「つよ!コワ!前世はそこそこ戦えたのに!」

 エラ「あんただって前世では最後まで自分で殺そうとはしなかったよね!」

 キャル「冷静じゃないとケンカに勝てないなんて嘘ね。キレたあんたが一番強い。」

 言うとキャルはエラに向かって三段跳びのように跳び、グルグル横回転してガッチーンと『飛び後ろ回し蹴り』を、エラの側頭部に浴びせた。

 エラはまともに食らって回って頭を地面に叩きつけられた。

 キャルはクルンともう一回転して着地して、片足を上げて中国拳法のように構えた。

 「ここは魔力十分の一の世界。魔獣族の私にフィジカルで勝てると思ってんの?」

 エラはしばらく動けないが両手を突いて起き上がり、よろよろ立ち上がった。

 キャル「回復魔法使えるのね。でもフルパワーでその程度でしょ?いつまでもつかな?」

 エラは苦しげに叫ぶように言う。

 「私だって!魔法で筋力もつけたから!普通の人より強い!負けないよ!」

 走り込んでエラ渾身の右フック。キャルはスッと後ろによけた。

 「魔獣族は平均で人間の三倍の筋力と反射神経を持っている、のよ!」

 キャルの右回し蹴り。股関節が柔らかいので横からくるはずの回し蹴りがグニャリと真上から入ってくる。

 エラは自分の左横に出していた両腕をXにして上に対応してガチッと受けるが、受けきれず片膝を突いた。

 キャル「フッ」

 その刹那、エラはその足を掴んで体を横回転して足を担ぎ、『足一本背負い』の形でキャルを投げ落とした。

 キャル「わわわっ、ぐふ!」

 キャルは背中を打ちつつも咄嗟に両手で頭を抱えて顎を引き、後頭部を打ち付けるのを防いだ。

 そして後転倒立してピョンと立ち上がった。

 つかみかかるエラ。その手を巧みに手で左右に払い、よけるキャル。

 キャル「さっきの技は何よ!」

 エラ「名前なんかない!勝手に出たのよ!」

 エラはキャルの右の袖口を捕まえた。エラはそれを思い切り引っ張り上げて、そのまま自分の体を反転させてキャルを腰に乗せて前に投げ落とした。

 キャルは背中を打って「ぐは!」と声が出たが、反射的に立ち上がる。

 エラは手を離さず、引きながらすぐに低い姿勢で反転して足をかけて地面に引き倒した。

 キャルは「ぐふぁ」と声が出る。

 キャルはまたすぐに立ち上がるが、エラはその片足を素早く払いながら袖を引いてまた倒した。

 キャル「ぐは!もおおッ!」

 キャルはエラの手を無理やり振り払って地面に転がって離れ、片手をついてピョンと立ち上がった。

 「ジュードーね?投げるのは得意なのか。」

 キャルは低い前屈みの姿勢でシャリンと剣を抜いた。

 エラは長剣を抜いて二歩出ながら横にそれを振った。

 キャルは剣を横にガインと払われた。まだ剣を持っているが、その首が浅く切れている。血が流れた。

 エラ「あ」

 キャルは胸の服につく血を見て斬られたことに気づいた。

 エラ「・この剣長いからね。一撃目はよけられないでしょ?」

 キャルは剣を放して両手で首を押さえ倒れた。

 エラは一息ついて言った。

 「ふうっ。回復魔法ね?ここでもあんたなら時間をかければ治るよね。普通は首を切られたら死ぬのよ。剣を抜いたら命懸けって言ったよね?」

 キャルは答えない。

 エラは荒い息を整えながら、しばらく立ったままキャルを見ていた。

 キャルの傷は治った。そしてゆっくり立ち上がってから剣を拾って言った。

 「待っててくれたの?ずいぶん甘いわね。」

 「さっき待っててくれたのならこれでチャラ。言い訳できないぐらい完全に負かす!」

 「でも剣を二本も持ってきたのは、あんたも私を殺す気だったんだよね?」

 「あんたを斬るためじゃないよ。あんたを守りたいと思ったんだよ。」

 「へっへっへ。私たち友達だもんねえ。私は友達でも殺せるよ。還るためならね。」

 「また言う・・・勝負よ。」

 二人は剣を構えた。

 エラは飛び込んで左手で長剣の突きを伸ばした。

 キャルは下から長剣を剣でジャリンと擦り上げて払い、返す剣をエラの肩口へ、

 エラがいない。

 長剣が宙に舞っている。

 剣を空振りしたキャルの左脇腹が斬られて血が出た。

 エラはキャルの真後ろに立っている。王宮の剣を横に振り切った姿で。

 エラはこの一瞬、キャルが長剣を払う時にそのまま駆け抜けつつ王宮の剣を抜きながら『居合斬り』した。

 父に習った技だ。

 エラは反撃に備えてキャルに向き直って正眼に構えた。

 キャルは身をかがめ、剣を落として、斬られた左脇腹を上に横に倒れた。

 宙に舞った長剣がカシャンと地面に落ちた。

 キャルはもう動けず、必死で腹を押さえながら目を強く閉じて、はっはと速い息をしている。

 エラは上から怒りの目で見下ろしている。そして騎士団の剣をキャルの鼻先に向けた。

 遠くから声が聞こえた。

 「そこまで!そこまでー!エラやめろーっ!」

 遠くからクリスとクラレンス、アルノーが走ってきた。遅れてエリザも走ってきた。

 エラは剣を構えたままキャルを見ている。

 エリザが追いついてきた。

 「エラ。やめて。お願い。」

 クリス「エラ落ち着いてくれ。」

 キャルの傷はゆっくりと治ってゆき、脱力した手が落ちて白い腹が現れた。

 キャルは目を開けた。

 クリス「キャンディジョン。君が使者になるなら一番いい。オシテバン王に伝えてくれ。我々は馬のない馬車を作る。だからオシテバンの資源を買い取る準備がある。黒油、石炭、砂鉄や木材、魔鉱石や貴金属、何でもだ。ローデシアの情報はなんでも伝えて構わない。こうなることは考慮していたから大した情報は知らないはずだ。」

 キャルは寝たままエラを見た。

 「へへ。負けちったよ。」

 エラは答えない。

 キャル「邪魔よ。」

 キャルはエラの剣先を指で横に押しのけてから立ち上がった。

 そして無言で跳び走って、あっという間に居なくなった。

 エラは剣の血を、持っていた手拭いで拭きとりながら荒い息を吐いて言った。

 「ふうう。よくここが分かったね。」

 クラレンス「王宮の魔力観測機で君らの戦いが観測された。それが消えた場所がここだったので、魔力制限がある結界の外に急いで空間転移魔法で来た。二人の戦いを止めに来た。」

 「まあ、建前上は、あいつはオシテバンからの賓客だし、「国際問題だー」とか言われても困るもんね。私も逃してあげる気だった。でも、あいつの考えは何も変わってないよ。私を殺す。クーデターを起こす。ローデシアを滅ぼす。あいつが軍隊を連れて帰ってきたって知らないよ?」

 王子はエリザを見た。

 エリザはうつむき加減に小声で言った。

 「エラが死ぬのも、エラの友達を死なすのも嫌だったから。」

 「・・・そんな可愛いこと言っちゃって。たぶんあいつ攻めてくるよ。」

 「その時はその時よ。」

 

 

 今日は眠っていない。夢の中ではない。でも目を閉じてポーラと話している。

 キャルに勝った。そしてあいつはローデシアから出て行った。前世の繰り返しはもうあるまい。

 でも、王子に処刑される可能性はあるの?

 『反逆罪だったよね。キャルに王子たちが洗脳された以外の原因て、ある?』

 そういう事って霊体のポーラの方が分かるんじゃないの?

 『答えて良いことと、答えずに地上の人間に選ばせなければならないことがある。』

 そうなの?ふ〜ん。第二王子にかかれば私なんかすぐに反逆罪だよね?キャルはなんだか第二王子を避けてる感じがした。

 『キャルは強かったね。』

 そうよ。こっちは必死よ。殺されかけたし。私もっと強くならなきゃ。

 『すぐには強くなれんよ。』

 えっと、精霊と契約すると強い魔法が使えるって言うじゃない?

 『あああ。でも信仰というものも旧約聖書的には契約に入るそうだし。父と子と精霊って言うじゃん?』

 ポーラ。それは聖なる霊で『聖霊』だよ。日本語では発音は同じだけどさ。

 『うん。とにかく私もそのくくりに入るから、私はお前を助ける。お前は少しでも神のために助けになることをしなければならない。』

 うん。・・・あれ?そういう話だっけ?精霊との契約で魔法が強化される話だよね?

 『まあ探しとく。』

 目を開けた。

 朝もやの立つ海上を船で進んでいる。頬を温かい潮風が撫でてゆく。

 キャルがオシテバン王国に帰ってから一ヶ月。

 人選で色々揉めたが、なんとかウエシティン王国の東の窓口である港町イーグルまで来た。

 大きな帆船に乗っている。全長六十ヤールだから約百メートル。右側に朝日の差す陸地が見える。

 甲板上には三本のマスト。高さは五十メートルはある。大きな帆が三つづつ風を受けて膨らんでいる。

 その後ろに十メートルほど高くなった艦橋と貴族用の居住スペースがある。中は日本人的に見てもちょっとした豪華客船か、一流ホテルのようでよく出来ている。一週間の航海も快適だった。

 日が登って朝もやが消えてゆく。

 今いるのは艦橋前のテラスになった所。横十メートル×縦十メートル程で、手すりがついている。背後には窓があって司令室になっていて、ドアがあって出て来られる。

 黒い顎ヒゲの船長とクリスたちが、話しながらテラスに出てきた。カトリーヌは留守番役で来ていない。

 右側に岸が近づいてきた。街並みが見える。建物は黒っぽい四角い石を組んで作られているが、真っ平らに加工してあり、石と石の隙間には剃刀一つ入らなそう。石を溶かす技術とはこれか。

 海岸にも港にも人が集まっている。

 メル「大きい帆船が珍しいんだよ。こんなの使ってるのはローデシアとエルニーダぐらいだからね。」

 カルビン伯は来ていない。しかし相当準備してくれたし、彼の部下が先にウエシティン入りして色々根回しをしてくれたと聞いている。

 横を漁船が並走している。煙突からは白い蒸気が出ている。その甲板上では漁師親子が手を振っている。

 「ローデシアの人たちと姿は変わらないね。」

 クリス「一般人はドラゴンのハーフのクオーターのクオーターぐらいだからドラゴンの特徴はないよ。」

 メル「魔龍族が長生きだって言っても、王族だったドラゴンと人間のハーフが生きていたのはせいぜい千年前ぐらいまでなんだって。」

 ファル「貴族になるほどドラゴンの特徴が出ているらしいぞ。純血というわけだ。王はでっかいトカゲ人間らしいぞ。」

 メル「ファル様、トカゲという言葉は禁句ですから気を付けてください。それに王族も貴族も肌色と顔つきが爬虫類っぽいだけでトカゲの姿ではないですよ。」

 エリザ「トカゲは差別用語に当たるそうです。」

 ファル「二人ともトカゲと連呼しているではないか。」

 聞いていた船長たちが笑った。

 でもアスカ様だけは顔をこわばらせて絶句している。

 王宮魔法学園三年生になって半年。先日ファル王子はアスカ王妃を婚約者候補に指名した。アスカ様は答えを保留している。ローデシアの王家は成り立ちとしてエルニーダ王家に師事する関係なので、アスカ様の方が立場が上なので保留しても失礼には当たらない。でも、政治的に見て、あからさまに拒絶はできない。ファルはノーと言われていないのでグイグイ近づいている。かわいそうだがアスカ様はファルが何か言うとこんな感じになっている。

 ファル王子が、霊眼で見ると真っ黒けでなんか死霊のような黒いでかい影が付き纏っている「ちょっとヤバい」感じなのは私もエリザも分かっている。霊眼は人によって見え方が違うので、明らかに私より霊的に研ぎ澄まされているアスカ様にどのような魔物が見えているかは分からない。

 でもなんか言わないと・・・こういう態度だと相手がストーカーになるぞ。

 その時、私たちのいる艦橋前のテラスに、翼の生えた人影が降り立った。

 緑色のコウモリっぽい翼が背に生えた、顔肌も緑色の男性。顔は人間。体型は痩せ型で、服装は貴族風だ。

 「ようこそウエシティン王国へ。わたくしは州知事の使いのエイスンです。第二桟橋に停船をお願いいたします。隣接のホテルで歓迎レセプションを予定しております。」

 クリス「うん。了解した。ありがとう。」

 エイスンは「では」と言って飛び立った。

 今回はローデシア王子二人の公式な表敬訪問。人選や向こうでの振る舞いや一人一人の役割などで、みんな徹夜で考え過ぎて面倒になったのか「小細工は考えず堂々と行こう」と、このような目立つ旅行となってしまった。王家が所有する帆船ローデシア号で海路一週間もかけてやってきた。ローデシアの西にある山脈の谷の山道を超えた方が早く来れるが、冬にその谷から吹く風が「南部病」の原因かも?という事で避ける事になった。メルによると、今はその道を使う人はいないそうだ。

 クリスは最近、私よりエリザに話しかける方が多くなった。特にこの航海ではいつも二人でいる。前世で惚れ込んでいたガブリエラとしては寂しい限りだが、松島アヤの記憶を取り戻したシン・ガブリエラの私としては、ホッとしている。面倒な王族など相手にしたくない。

 そういえば、ファルコン王子の横にはいつも側近のようにライフ公爵令嬢のノルーリア様が付いている。

 グレーの髪の無表情な女。ファルは侍女を相手にするように事務的口調で何か言っている事が多い。関係性が分からない。そのくせアスカ様にデレデレ話しかけたりする。メルは「前はエリザ様にああだったのよ」と言う。とにかくムカつく。

 メル「じゃあ、アン、よろしくね。」

 メルの侍女『アン』。今日はメイド服ではなく貴族の服装をしている。いや、ドレスではなく男装というか、ブーツにパンツ、ブラウスに紐のタイ、薄手のハーフコートを着ている。

 アンは確か一緒に洗礼を受けたメンバーの一人だったはず。

 彼女は両手を上に向けて顔の高さに挙げ、目を閉じて念じた。

 白い光の魔法陣が現れ、黒髪の中からニョキッと黒く光沢のある角が二本伸びた。長さは二十センチぐらいで、太さは中指程度、後ろに向かってすこし反っている。

 クリス「メルウィンのメイドのアンだったね?」

 アンは目を閉じ胸に右手を当ててひざまづいた。

 「ラザーニア侯爵の娘、アンドレアにございます。」

 クリス「楽にしなさい。人魔戦争中は父王が大変世話になったそうだね?惜しい人を亡くした。」

 アンはうつむいたまま立ち上がり言った。

 「お言葉ありがとうございます。冥府の父も喜んでいる事でしょう。」

 コソッとエリザに聞いた。「アンの父上は偉いの?」

 エリザ「人魔戦争中に、聖地を守る戦いで魔王軍を破った、通称『龍将軍』。現皇帝の従兄弟よ。その後、「信仰があるからエルニーダに近い方がいい」と言って国に残ってくれた。本国と敵対してしまうのに。亡くなったのは十五年前よ。」

 みんな沈黙して聞いていた。エリザの声は高音がよく通るので小声でもまる聞こえなのだ。

 アン「龍族の帰還の際には父にローデシア国内での責任者を命じてくださり、その後もローデシア王陛下からの手厚いご支援、父に代わって深く感謝申し上げます。」

 アンがしっかり頭を下げた。

 「残ってくれた?魔族や魔獣族と一緒に魔龍族も追い出されたと聞いてるけど?」

 エリザ「それは違うわエラ様。魔獣族は品行が悪い人が多くて、文字通り追い出されたけど、魔龍族は上下関係が厳しくて統制が取れていて、私たちも一緒に暮らすことを歓迎していたのです。」

 アン「我々魔龍族は、戦後、先王ウエスタニア二世の呼びかけで、この故郷ウエシティンの地に国を興そうとして集まったのです。父上の死後は家の者たちや親類たちはこちらに移住してしまいました。」

 クリス「魔龍族はたくさんいたドラゴン系の魔物たちを魔物使いを使って連れて行ってくれた。」

 メル「でもアンのお母様はあなたを連れて帰るのが怖くなってローデシアに残ったのよね?」

 「え、なんで?」

 アン「母が懸念していたのは、一つは思想統制です。この国の庶民は、工業活動への従事と身体強化魔法が推奨され、魔法職がほとんど禁じられ、多くの魔法は王家秘伝とされました。現在の庶民は生活魔法以外の魔法を学ぶ事ができません。またウエスタニア三世の代からは、外国への旅行と移住が許可制になり、事実上の出国禁止となりました。」

 エリザ「こちらの聖教会では、治癒関連の聖魔法なら教えて良いと言われているそうですが?」

 アン「はい。当局の『お目こぼし』ですね。攻撃魔法を教えなければ問題ないのではないでしょうか。ウエシティン人の聖魔導士もたくさんいるので、聖魔導士を目指すという名目なら魔法を学ぶことはできます。」

 アルノーが興味深そうな面持ちで聞いている。

 アン「母のもう一つの懸念は、工業地帯から毒のある煙や排水が出て、病気になる者が多発している事でした。母もまとまった資金が必要な時、度々こちらに来て、家の者に私物を買ってもらったりしていましたが、十年前に体を壊して亡くなりました。」

 「魔龍族は長生きのはずなのに?」

 アン「はい。」

 メル「それで私たちの家に来てメイドになったんだよね?」

 クラレンス「確かに、ウエシティンが戦後開発した鉱山で採れる魔鉱石には強い毒があるというしな。」

 メル「横を走っている様な漁船の蒸気機関も小さい魔鉱石で水を沸騰させて動かしてるんだって。でも、あの蒸気をたくさん吸うと病気になるし、その魔鉱石は触ると手が腫れ上がるらしいよ。」

 「ねえ、クラレンス、前に言ってた『お湯が冷めないポット』って?」

 「いや、あれは火龍の腹から出る魔石だから触っても暖かいだけだ。熱魔法が出ているだけで人体に害はない。」

 でも、この国の魔鉱石って多分『ウラン』だよね。あっぶな。蒸気機関って言っても『原子力タービン』な訳?

 エリザ「エラ様?ウランって何ですか?」

 「ああ、そうねエリザ様。殿下たちも聞いて。その魔石は体に悪くて目に見えない光が出ているの。この国みたいに簡単に使ってはだめ。そんな代物じゃないの。それが触れた水にも毒がある。毒を取り除くには特別な技術が必要よ。もっと徹底した管理が必要なの。」

 みんなが顔を見合わせた。

 アスカ「でも、そのウランというものも神の被造物ですから、魔法や祈りで護られるのでは?」

 「うん。多分ね。でもそこまで慎重に使っている感じじゃないよね?あの漁船だって蒸気を振り撒いてるし。」

 アン「やはり・・・母はこちらの料理を口にして病気になったのだと思います。魔龍族の私たちはローデシア人よりも若干胃腸も強いはずですが、こちらでは湯沸かしにもあの魔石を使うのだと思います。」

 クリス「おい待て、着いたら晩餐会だぞ。」

 ファル「まあ、心配ないさ。我々王族やその近しい者は、王宮魔導士団の防護魔法で幾重にも護られている。食べるという事に関してもな。みんな護ってもらえ。王宮魔導士も十人かそこら来ているだろ?大丈夫さ。」

 クリス「そう言ってもなあ・・断れんかな。」

 ファル「断れんなあ。この州の知事主催のパーティだろ?その知事は王弟殿下だ。」

 メル「そのまま伝えて食べなければ良いではないですか。」

 ファル「バカ!王弟殿下は面目丸潰れだぞ。それはまずいだろ?殿下は海軍の最高司令官でもあるんだぞ。」

 クリス「でも病気は嫌だな。食わないわけにはいかないかなあ。」

 ファル「そうはいかん。カルビン卿だってこの表敬訪問のために相当根回ししてくれたんだろ?全部ぶち壊しになるぞ。」

 エリザ「でも毒は食べなくて良いと思います。」

 ファル「エリザまでか。駄目だ。貴族は面目で生きているのだ。断ったら戦争だぞ。」

 メル「ああ、向こうは戦争を仕掛けるつもりなのかもしれませんよ。」

 アン「申し上げたとおり魔龍族の方が若干胃腸も強いので、ローデシア人の防護魔法のレベルを見たいのかもしれません。」

 ファル「何だと?出まかせを言いやがって。毒などないかもしれんぞ?」

 アスカ「でも、エルニーダ聖教会に、この国の聖教会からの治療魔法師の派遣依頼がとても多いので、何か害がある物はあると思います。」

 ファルがアスカ様を見た。アスカ様はうつむいてファルを見なかった。

 エリザ「体が悪いと知っていて、その魔鉱石を使っているこの国の政治も問題です。一般民衆に知らせなくてはなりません。」

 クリス「食えば病気、食わねば戦争。・・・どうする?」


 帆船ローデシア号は桟橋に横付けした。

 港側には民衆が集まり、その前には貴族風のお偉方が立っている。

 皆、肌色は緑や青、黒などで顔つきは尖っていて爬虫類っぽい。

 楽団が歓迎の明るい曲を奏で、女性たちが花束を持って待っている。

 ローデシア号からタラップが降りてこない。船と港を繋ぎ止める「もやい綱」が投げられる気配もない。

 明るいマーチが演奏され続けるが帆船には動きがない。

 マーチは止んだ。群衆がザワザワする。

 エイスンが飛び立とうとした時、船上にアンが現れた。

 群衆がざわめいた。

 「二本角?」「ツノがあるのはかなり高位の人だぞ。」

 アンが大声で言う。

 「我は!ローデシア王国に残りし!魔龍族十二氏族ラザーニア家長女!アンドレア!」

 群衆がワッと歓喜しざわめきが起きた。

 「ご存命だったか!」「ご成長されて美しい」「母君にそっくりだ」「父君に似て凛々しい!」

 こちらのみんなは船内から見守っている。

 ミラ「かっこいいですね。」

 ミシェル「そうですわね。」

 アン「我ら!ローデシア王宮使節団は!魔鉱石の熱で調理された食事を拒否する!」

 民衆はどよめいた。

 「やっぱり」「毒あるよね」「さすがアンドレア様」

 帆船は前の三角帆を貼り全ての帆の向きを変えて、反転を始めた。

 アン「ウエシティンの同胞たちよ!健勝なれ!」

 民衆は「おお」と感動の声をあげてから拍手し歓声を送った。

 アンは民衆に大きく手を振ってから船内に戻った。

 すぐに艦橋のテラスにエイスンが降り立った。

 貴族風に胸に手を当てて一礼してから言った。

 「魔法鏡で見ていた王弟殿下がご立腹です。儀礼に反する行為ですので。このような攻撃的なご挨拶でよろしいのですか?」

 クリスがドアを開けて応えた。

 「すまんな。腹は下したくない。」

 エイスン「よろしいのですか?」

 クリス「仕方なかろう。」

 エイスン「よろしいですね?」

 エイスンはニッと笑って一礼して飛び去った。

 ファル「オレ知らねえよ。」


 帆船は桟橋を離れ港内でバックしながら反転を始める。

 帆船の甲板上で乗組員が走り回る。

 「帆を全部張れ!」「急げ!」「風は魔導士様たちがやってくださる!」

 その真ん中に緑の翼を持つ三人の男が降り立った。

 艦橋でもそれが見えた。

 クリス「騎士団行け!」

 艦橋にいた騎士たちが奥の階段に走って行った。

 ファル「やめとけ。強えぞ。」

 甲板に出た騎士団二十人が剣を抜く。剣は剣魔法を帯びて光っている。

 騎士「かかれ!」

 まず十人が走ってゆくが前から押されるように足が遅くなり、力尽きるように膝を突く。

 「あれは力を奪う魔法だわ。」

 騎士団たちが苦しそうな表情で倒れてゆく中で、三人は立っている。

 真ん中の男が両手を両側に向けて開いた。残りの騎士たちも押さえつけられるように倒れた。

 その真ん中の男が小さめの拡声器で告げた。

 「出航を禁じる。全員作業をやめ、その場で座りなさい。」

 船員たちは作業をやめた。

 クリス「まずいな。魔導士行けるか?」

 白いマントのフードの男が応える。マントの中も白服。

 「はっ!御意!」

 白マントはふっとその場から消える。

 彼は三人の上空三メートルに浮かんで現れた。

 白マントは三人に両手を向けた。

 広がった魔法陣がキン!と集まって、三人に圧がかかった。その体勢が揺らぐ。

 しかし真ん中の男が上に手を向けると、白マントが急加速して、横の海に突き刺さるように落ちた。

 

 艦橋

 唖然のクリス。船員たちがザワザワする。

 クリス「・・・あいつレベル四百だぞ。」

 ファル「まあ、魔龍族のレベルは人間の二から三倍と言うからな。魔法が使えない一般人でも人間の少々の魔法なら跳ね返すと言うぞ。貴族には勝てまいよ。」

 クリス「お前・・・よく知ってんな。」

 ファル「降参した方がいい。その方が生き残れるだろうよ。」

 エリザ「だめです。」

 「やばいよね。魔龍族は人間を食べると言う噂があるし」

 メル「それは誤解よ。でも人身売買の噂はあるし、アクサビオンとの交易船があるというから、やばいよね。」

 「てゆうか、私たちが捕まったらローデシアが困るでしょ?戦争かも。」

 メル「それは私たちを見捨てた場合でしょ?」

 「いや、見捨てたらこの航海自体なかった事になるよ。隠蔽よ。」

 メル「まさかそれはないよ。でも、どうしよう。」

 「・・・じゃあ、私が。」

 ファルの横にいたグレーの髪のノルーリアが私の前に出てきた。そして言う。冷たい声。

 「だめよ。これ以上闘ったら皆殺し。降参すれば生き残れる。」

 「バカ言っちゃいけない。降参したら拷問と奴隷よ!」

 「大丈夫よ。私たちは貴族だもん。考慮してくれるよ。」

 「甘いよ!そんな事ない!元敵国でしょ!」

 「私とファル王子は大丈夫。」

 「ん?」

 何言ってんのコイツ。エリザを見た。

 エリザはうなづいた。

 また霊眼でエリザの視ているノルーリアを視た。

 「ああ、この人も真っ黒けなのね。」

 ノル「何言ってんの?」

 ノルーリアは刃渡り三十センチの短剣を抜いて私に真っ直ぐに向けた。

 刃がじんわり光っている。剣魔法・・・でもこの人・・・なんか相当強そう。

 試しに剣を抜いてみよう。

 私が動く前にノルーリアは一歩前に出た。剣先が顎の前二センチに来た。あと一歩で突かれる。

 クリスが叫ぶ。

 「やめろ!我々は絶対に降伏しない!」

 王子がメルを見た。メルがうなづく。

 メル「アン!お願い!」

 アンが走ってドアを開けてテラスに飛び出した。

 そこから走って手すりを蹴って空中にジャンプし、帆を張ってある支柱に飛び移り、そこから『三人』に向かって飛び降りた。

 空中で物質化魔法で手から剣を出し、魔力を込めて真っ赤に燃える剣を大きく振りかぶって真ん中の男の肩口に叩き込んだ!

 男は斜めに肩・胸・胴を斬られ血が飛ぶ。

 アンは着地して剣を横にシュンと振った。

 横の男の首が飛んだ。

 もう一人が飛んで逃げる。

 アンは剣を振りかぶってからまっすぐに投げた。

 ザクッと剣が背中の真ん中に刺さって、その男は海に落ちた。

 アン「出航しなさい!」

 船員たちは「おおお」と感動に声をあげ、走り始めた。

 白マントの女性二人が海に落ちた白マント男を牽引魔法で引き上げた。

 他の魔導士たちは、風魔法で張られた帆に風を送る。

 船は反転を終えて港を後にした。

  

 艦橋

 「王宮魔導士が四百レベル。あいつら三人は五百ぐらい?それならアンはレベル六百?」

 緊張をほぐしたいので適当に話している。ノルーリアは私の顎先に剣を突きつけたままだ。

 メル「エラ、アンのレベルなんて計ってないよ。」

 アンが戻ってきた。返り血をタオルで拭き取りながら言った。

 「真ん中が魔導士。両脇は副導士。三人でレベル五百というエラ様の読みは正確ですね。」

 「聞こえたんだ。耳がいいね。」

 ファルコンが言った。

 「ノルーリア。もういい。」

 コイツはすぐに剣を鞘に収めた。そして冷たい一瞥を私に加えてファルと一緒に艦橋を去った。

 「コワ。」

 クリス「みんな気を抜くなよ。新手が来るぞ。」

 アンはクリスにひざまづいた。

 「殿下。申し訳ありませんでした。許可なく斬ってしまいました。」

 クリス「いや。助かった。ありがとう。」

 アンはそのまま一礼した。

 クリス「汚れた服を着替えて一休みしたまえ。」

 アン「ありがとうございます。」

 去るアンにメルは笑って軽く、その腕に拳を当てた。アンも微笑んで応えた。

 クリス「でも、追撃の者たちが来ないところを見るとあの三人はよほど強かったのだろう。簡単にやられたので様子を見ているところかも知れん。全速で逃げるぞ!」

 船長「了解!」

 クリス「私も行くが、風魔法ができる者は船を進めるのをサポートしてくれ。」


 外洋を進むローデシア号

 甲板で王子たちや王宮魔導士たちと風魔法を行使する。

 アスカ様とエリザは手を合わせてひざまづき祈り続けている。

 エリザ「風の精霊よ。船を進める風を送り続けたまえ。」

 私の霊眼には、それらしき白っぽい霊人たちが数人来て、マストの上に浮かんでいるのが視える。

 船長が来て言った。

 「もう外海ですから風があります。風魔法は大丈夫です。」

 皆休んだ。エリザは精霊たちに礼を言った。精霊たちは空に帰って行った。

 後ろの水平線に黒いものが見えた。

 船長が望遠鏡で見て慌てた。

 「わわ!せ、戦艦だ!戦艦ウエシティンだ!」

 真っ黒い鉄の塊。前の船体に大砲らしき穴が二つ。それが目のように見える。

 上の煙突からはもくもくと黒煙が上がっている。

 クリス「おい、人魔戦争の時の最終兵器だぞ。まだ健在だったのか。」

 見ている間にズンズン近づいて来る。

 みんな注目している。ファルたちも出てきた。

 ファル「まずいぞ。もうすぐ三ヤルデルだ。船首の『ウエシティン砲』が届く距離だ。人魔戦争では魔軍が魔法で作った鉄の戦艦を片っ端から沈めたというぞ。あれを撃たれたらこんな木造船は弾がかすっただけでも粉々だ。」

 三ヤルデルは二キロぐらい。かなり近い。

 船長「皆様は中に入ってください。」

 クリス「いや、また風魔法で加速しよう。」

 船長「危険です!左右に回避運動しますので中に入ってください!」

 でも黒煙が出てるということは、燃料は石炭か重油だよね。最近の船じゃないからウランじゃないのね。

 砲弾に劣化ウランなんか使われた日にゃあ、木っ端微塵どころか炎上しちゃう。

 こういう知識は『軍事オタク』の父親譲り。私が死んじゃって泣いてただろうな。

 砲口から煙?・・大砲が撃たれた!

 丸い砲弾が二つ、ほぼ水平に飛んでくる。

 みんなゾッとした。

 私は砲弾に両手を向けて念動魔法をかける。

 「ぐお!重たいい!」

 飛んでくる直径一メートルの丸い砲弾。両手にズシンと重みがくる。

 すぐにメルとクリスが加わった。魔導士たちも加わり、エリザたちは祈った。

 全力で砲弾を掴むようにして下に下ろした。

 海上に二つの水柱が上がった。砲弾は沈んだ。

 遅れて発射音がドドーンと聞こえた。

 その時、海面の広い範囲でバシャッと白い波が上がった。次の瞬間、海中から灰色から黒っぽい爆発が上がってきてバフン!と音がして巨大な太い水柱が二つ上がった。両方とも船の長さを超えている。

 クリス「砲弾が海中で爆発したのか?火薬の量が半端ないな。船の下なら確実に船体が折れてしまったぞ。」

 ファル「どうする?白旗を掲げれば助かるぞ。」

 クリス「論外だ。絶対に降伏はしない!」

 ファル「でももう一度撃たれたら?みんな疲弊しているではないか。魔力も持つまいよ。」

 クリス「まだだ。まだ魔力切れはしていない!」

 「もう、じゃあ私が何とかするよ。」

 返事を待たずに飛んだ。またノルーリアに止められないために。

 そして戦艦を掴むイメージで引っ張った。

 ギュンと加速した。すごい速さで戦艦に近づいた。

 見えた。全長は約二百五十メートル。父に無理やりドライブに付き合わされ、着いた横須賀で見た海上自衛隊の護衛艦『いずも』と同じぐらいだ。でも全体の作りは明治初期の戦艦のようにゴツゴツしていて水上部分は上が狭い台形に見える。側面は前のウエシティン砲の半分ぐらいの太さの大砲が十門。左右で二十門も並んでいる。

 魔法学園で習った『人魔戦争史』では、戦争終盤、この戦艦に人間、魔獣族、魔龍族の三族の対抗魔法師たちが乗り込み、魔族の攻撃魔法と結界を破りながら魔軍の軍港アクサビガリアに突撃し、十時間の砲撃の末、軍港は壊滅。魔王の将軍の一人が砲撃で直撃弾を受けて死んだと言われている。

 こんなものがローデシアの海岸に来て撃ちまくられたら勝ち目はない。

 戦艦の中を透視する。兵士たちが台車を押して二発目の砲弾を運んでいた。

 長剣を抜いた。色々な魔法で沈められる。中に対抗するような魔法使いはいない。なぜかな?ま、いい。

 乗員は二千人ぐらいいる。かわいそうなので、駆動系を壊して動けなくしてやろう。

 長剣に魔力を込める。目を閉じ、海中の舵を霊眼で視て、剣魔法で舵を斬った。

 舵が艦底を離れ、海底に落ちてゆく。

 そして四本あるスクリューの右二本を斬った。回転しながら海底に落ちてゆく。

 戦艦が右に曲がって行く。

 

 ローデシア号に帰ったら、またエイスンが艦橋のテラスに居た。クリスたちが離れて立っている。

 エイスンは水晶玉が付いた杖を床に立てた。

 「王弟殿下からの光魔法通信です。」

 クリス「うん。聞こう。」

 水晶から懐中電灯のように円錐状の光が出て二メートル大の人物像を映し出した。大きな椅子に座る初老の男性。肌色は緑で頭には三本の黒い大きなツノが生えている。男性は肘掛けに肘を突き頬杖をして言った。

 「フフフ。負けたよ。完敗だ。先の戦争の英雄『ツァーリー三兄弟』と言えども角がないからな。所詮、わしの姪アンドレアには勝てんよな。戦艦ウエシティンも老朽艦とは言え、随分とあっさり片付けられたものだ。その上、領民にあの魔鉱石には毒があるという事が周知されてしまった。」

 クリスは一礼してから答える。

 「お初にお目にかかります。ローデシア王国第一王子クリスワード・デ・ローデシアであります。・・・晩餐会は貴方の策でしたか?」

 「ワハハハハ!その通り!お前たちが拒否することは大体わかっていた。たとえ食べても文句は言うだろう?捕縛か何人かを無礼打ちにして、それを理由にローデシアを脅して何か譲歩を持ちかける予定だった。」

 クリス「そんな事をせずとも戦艦を差し向けられたら我々は手が出ませんよ。」

 「砲艦外交な。フッ。エルニーダがなければそうする。しかし戦艦ウエシティンを航行不能にしておいて何を言っておるか。旧態然としたローデシアにここまでやられるとは思わなかったぞ。あれも老朽艦ではあるがそれなりに使えていた。あの魔鉱石は使い勝手が悪くてな。海軍では石炭しか使っておらぬ。しかし我が国ではあれを使用中止する予定はまだない。だが、逆に言えば今回の事件を理由にあれを使用中止に出来る。」

 「殿下の戦艦は石炭でしたか。私どもの調べではランプ用に精製した黒油を使えば蒸気機関が問題なく動かせる事が分かりました。我が国から燃料を買われてはいかがですか?」

 「ほう・・・貴殿は殺されかけた相手に商談を持ち込むのか?」

 「我々は戦争をしに来たのではありません。」

 「刃を向け合った直後に商売か?ローデシア人はそのような民族であるのか?商売には信用が必要だ。貴殿が、我々が裏切らないと思った根拠は?また貴殿たちが裏切らない保証は?」

 沈黙した。クリスは落ち着いて話し始める。

 「お答えしましょう。私が手がける『馬のいない馬車』の開発や『蒸気機関を使った発雷とその平和利用』には継続した資源の調達が必要不可欠であります。われわれローデシア王国はこの二つの事業によって一段上の文明国家になるのです。事業成功の暁には我が国の王宮からここイーグルの街まで、陸路を造れば一日で到着できます。我が国民は港で獲れた魚を新鮮なうちに食べる事ができるようになるでしょう。商売は進み、都市に物が溢れ、国民は豊かになります。あなた方ウエシティン王国でもこの文明の利器は導入せざる得ないでしょう。あなた方は資源をお持ちだ。この発展繁栄を目指すなら我々は利益共同体となる以外にないのです。裏切りなどという愚かな選択は我らは言うまでもなく、賢明な王弟殿下なら出来はしない。そう確信しています。」

 また沈黙した。王弟は写真のように動かなかった。

 クリス「まあ、もちろん食用の魚の輸入の際は、例の魔鉱石の船への使用は中止にしていただきます。」

 王弟は笑った。「フハハハ!面白い!自信満々のようだな。」

 クリス「全ては生きて帰れればの話ではありますが。」

 「ムフフ。まあ、お前たちにも、我が戦艦の乗員にも死者は無かった事だ。三兄弟の事は姪っ子の「おいた」であるから目をつぶろう。戦艦を壊されたこと、その他諸々の非礼の慰謝料として、今も輸入している高価な精製油を、輸入一回分を無料にするなら、その後の精製油の輸入を二倍にする事を約束しても良い。」

 「大型輸送船三隻分ですね?私はこの件の全権をローデシア王から授かっています。その提案を正式にお受けします。あの魔鉱石を使うのを中止したらそのぐらい燃料が必要ですからね。」

 「フッフッフ。しかし黒油は普通、砂漠や海岸で出るのだぞ。あんな内陸地でよく見つけたものだな。」

 「よくご存知で。」

 「我が国でもあれがよく出るのだが、あれを蒸気船に使うと石炭よりヤニがひどくてな、焦げ付いて、一カ月しないうちにドック入りさせて掃除しなければならんのだ。」

 「では我々の精製技術が欲しいのではないですか?」

 「フッフッフ。面白い男だ。お前たちを船ごと沈めたら戦争だったが、撃ち漏らしたから商談ができる。兄王は頭が固いから商談など進まんぞ。俺に言え。お前たちの作る馬車も出来たら高く買ってやる。その代わり複製しても文句は言うなよ?」

 結局、船内で商談が進んだ。王弟はウエシティン王国の商業を牛耳るトップなのだそうで、兄王の方は政治を全て握っている。軍事的には兄王は陸軍を握っていると王弟は言っている。

 精製油の輸入に加えて、黒油の精製技術の協力と引き換えに蒸気機関の専門技術者を送ってもらえることになった。こちらも車ができたら買ってもらえるし、ウエシティン産の精製油や車が出来たら買う話までした。

 クリス「我々を撃ち漏らしたのも策ですか?確実にやるなら海竜シードラゴン軍を使うべきと思いますが?」

 「わははは!沈める気だったぞ!しかし強い魔女がいるという話は聞いていた。あっはっは!」

 私たちは上手く「小手調べ」されてしまった。

 エリザが口を開いた。

 「殿下。発言をお許しください。」

 「君は?」

 「スミソミリアン公爵の娘、エリザベートであります。」

 スカートを上げて一礼した。

 「おお、奴とは人魔戦争の時は先陣争いをした。もちろん先にアクサビオンに上陸したが。ワハハ!ローデシア一の美人と名高いマリア・マクシミリアンの娘か。確かに美しい。」

 「お褒めに預かり、ありがとうございます。」

 「で、何だ?」

 「陸路ローデシアと貴国を結ぶ谷がございます。」

 王子たちが警戒した。王弟は表情を変えなかったが、エイスンの方が緊張したのが分かった。

 エリザは公害の話をする気だ。下手をしたら全部ぶち壊しだが・・・もう遅い。

 「冬に吹く西風が毒を持っていると、もっぱらの噂でございます。どうか、ご調査いただきたく、」

 王弟は笑う。

 「ははは!おぬし度胸あるな。それ兄王に言うでないぞ?激怒されて戦争になるわい。確かに我が国は工業に力を入れているから排煙が毒を持っていてもおかしくはない。結果が分かったら使者を送ろう。」

 みんながホッとしたのが伝わってきた。

 エリザ「王子殿下。親書は?」

 クリス「あ」

 王弟「カハハハ!そんな儀礼的な物はいらん!兄王なら戦艦を壊されたと知ったら破り捨てるわい。まあ、あいつにはうまく言っとく。任せろ。」

 


 また一週間かけて王都まで帰ってきたら、大変な事になっていた。

 船上で三日前、王子たちが慌ただしくなってアルノーの転移魔法で先に王都に帰った。

 港に着いたら「ローデシア教会の使い」を名乗る屈強そうな男たちが待っていて別の馬車にエリザとアスカ様を乗せて行ってしまった。拉致、誘拐に見えなくもなかったが、彼らも教会の人間なのは間違いなく、二人に敬意を持って接していた。

 王都に帰ると殺気立った騎士たちが走り回っていた。

 とりあえず学園に登校すると普通にクラレンスが廊下を歩いていたので話を聞いた。

 クラレンスは言う。

 「三日前、魔法防衛局に「北部国境に狼型魔物百頭と騎兵三百騎」の情報が入った。すぐに王宮騎士団三百騎と陸軍重魔装歩兵団九百人が派遣され迎撃した。」

 「えええ?」

 「安心して欲しい。魔物は討伐された。でも今回のやつはデカかった。体長四メートルで体高二メートルの狼型の魔物というから街に侵入されたら何人喰われたか分からん。でも、魔物使いもその場で斬られたので魔物による攻撃はもう無いだろう。」

 「による・・って事は?」

 「うん。その夜、魔獣族騎兵隊の襲撃を受けて歩兵隊は大打撃を受けた。死者も出たし、騎士団が助けに入った時には連中は撤退していた。重装歩兵団は撤退した。クリスや騎士団長が対応策を練っている。」

 「エリザやアスカ様は?前線で治癒魔法要員でもやっているの?」

 「いやあの二人は中央教会で手伝いをしているはずだ。中央教会も北部の教会;と魔法通信で連絡を取ったりして避難してきた信者をフォローする対応をしているはずだ。」

 メルが来た。

 「こんなところで軍事情報を。二人ともとりあえず王子の執務室に来て。」


 アルノー、クラレンス、メルと四人で話す。

 「そう言えば陸軍て居たのよね。」

 アル「エラはどこまでお嬢様なんだ。そんなことも知らないのか。」

 「へへへ。」

 メル「エラは魔法オタクで剣術オタクだから世間に疎いだけで、育ちが良くて何も知らない訳じゃないよ。」

 「メル言わなくていいから。ごめん。陸軍の基地は内陸の田舎にあるから接点がなくて忘れてただけ。」

 クラレ「知っての通り、陸軍は魔導士が魔力を込めた『魔装具』に頼る平民の軍隊であって、魔法が使える者は原則いない。使えるなら騎士団や魔導士に引き抜かれるからだ。」

 「ごめんて。知ってるよ。魔装具も知ってるけど、陸軍の装備ってどの程度のものなの?」

 クラレ「魔導甲冑に魔導剣、魔導槍が標準装備だな。魔導弓矢も上手い奴には渡される。通常の魔物、というのは、知力が低くて自分の魔力を変化させられないやつだが、その程度の魔物なら無効化できるので包囲殲滅できる。たまに出る手強いやつは騎士団が相手をする。『ローデシアには魔物がいない』と言われるのは陸軍による大軍勢の組織立った掃討作戦が長年続いたからだ。」

 「へえ強いんだ。」

 アル「生きた魔物を生み出す魔族が追い出されて国内にはいないことも大きいぞ。」

 クラレ「しかしその魔装具も魔力値レベル百を超える騎士の剣魔法に対抗できるものではない。」

 クリス王子と騎士団の黒い乗馬服の男性が来た、何やら雑談している。大柄な白髭の人、父上より年上だろう。肩の階級章には星がたくさん並んでいるし、王子と雑談できる身分の王宮騎士は、多分騎士団長ぐらいの人だろう。その後ろからカトリーヌも来た。

 騎士「魔獣族騎士団は魔法局の魔力観測では集団でレベル六千です。平均すると一人二百。」

 クリス「魔獣族は平均魔力が人間より高いが二百は高すぎだ。もう一度、確認し直すべきだ。」

 騎士「いいえ、責任者に何度もレベル再確認を促しましたが、偵察魔導士の報告はその数字が最終です。」

 メル「騎士団長?なぜここに?」

 クリス「追加部隊を送る。」

 団長「王宮騎士団五百騎と王宮魔導士二十名に、ガブリエラ嬢とカトリーヌ嬢を加えると、何とか集団値でレベル七千、平均レベルで一人三百に達するので押し返せるという計算が立ちました。今回は陸軍は送りません。」

 「待って、勝手に加えないで!」

 クリス「すまんが、すでに出動の王命が下った。クラレンスが隊長になり私に状況を伝えてくれる。アルノーも偵察要員で行ってもらう。私も必要なら行くつもりだ。」

 「困るんだけど。」

 メル「でも笑ってるよ?」

 「え?」

 口角が上がっていた事に気づいた。

 団長「やる気満々か。頼もしい。」

 「そんな事はないッ!」

 なぜ笑う?私よ。

 ああ、潜在化している一回目のガブリエラの感情だ。王子のためなら大小のゴブリンたちを雷で焼き殺し、岩石を降らせ圧死させ、ワイバーンやサラマンダーたちを魔法で生きたまま分解させて消し去った。魔王と殴り合うことも厭わない。コレ何て言うんだ?

 そう「戦闘狂」だ。私が?

 いやポーラだって戦いの人だった。三十歳の誕生日まで毎日戦っていたと言っていた。

 私はそんな戦闘狂なのだろうか?

 王子のために戦う自分を絶対的正義と思っていた。王子への愛のためなら王子の敵を滅ぼす事に何の躊躇もなかった。王子のために仕方なくやっている。そう思っていた。

 でも松島アヤの自分は日本人だから平和主義だと思っていた。

 メル「ええー?今度は泣くの?どういう感情?」

 泣いているらしい。胸から何かが込み上げて止まらない。

 「私、そんな戦争バカじゃないもん・・」

 みんな黙った。

 クリス「・・・うん。そういう気持ちは大事だ。戦場では死に物狂いにならないと生き残れんが、帰ってきたら人間らしい優しい気持ちを失ってはいけない。お前は間違っていない。」

 王子のバカ。好きになっちゃうだろ。

 クラレンスが子供をあやすように背中をポンポン叩いて言う。

 「いいんだ。みんなもそうだ。誰も殺し合いたい訳じゃない。」

 アルノーも私の肩に手をかけて言う。

 「そうだ。誰もお前を責めたりしない。お前の非凡な力でみんなを護るのは良い事だぞ。」

 みんな優しい。前はこの三人に殺されかけたのに。

 メル「いいなあ。慰められちゃって。私も優しくされたいなあ。」

 クリス「メルお前、そう言えば最近泣かないな。」

 「ふふ。大人になったのよ。」

 泣いてるけど笑っちゃう。こういう自然に話せる関係っていいな。


 先遣隊の白い服に白マントの王宮魔導士数名が、国境まで魔法転移し、集団移動用の大魔法陣を地面に描く。

 王都の広場にも大魔法陣が描かれ、魔導士隊と騎士団が馬とそこに立ち、呪文を詠唱すると向こうに消えた。

 迎撃隊の追加部隊は次々と大魔法陣に入り戦場へと消えてゆく。

 私とカトリーヌも大魔法陣の上に立った。私は霊眼で魔法陣の真ん中に開くトンネルが見えるので詠唱しなくてもそこに飛び込むだけで行ける。カトリーヌは魔力がラインになって見えているそうなので、それに乗るだけだと言っている。

 国境に着いた。一面の草原。小高い丘が多い、緩やかな起伏の丘陵地だった。

 騎士団が八百騎。後ろからでもなかなかの迫力。

 白馬のクラレンスがいた。彼は馬上から言った。

 「知ってると思うが、私は見えている光景を任意の人物の意識内に流すことができる。」

 「ええ?そこまでは知らなかったけど。」

 「聞け。今は第一王子に見せて命令を仰ぐが、エラも必要なら言え。」

 「ハイ。」

 素直に返事が出た。さすがに戦場だと貴族殿も凛々しいものだ。

 「敵の様子は分かりますか?」

 「八ヤルデル以上離れているし、丘が遮っているからはっきりは見えぬ。」

 馬上のアルノーが言う。

 「偵察隊によると司令官は三人。それぞれライオン族、黒牛族、牙狼族の者と思われる。集団の中なのではっきりしないが、指向性のレベル計測器によると司令官のそれぞれの数値は平均四百だそうだ。」

 クラレ「他の騎兵たちはイヌ族の者たち。個人の推定レベルは五十から六十。さらに後方からはネズミ族と中型ゴブリンの混合軍一万が南下中だ。計算上は到達まで一時間。レベルは平均三十前後だがネズミ族は動きが早いし、中ゴブリンはデカくて力が強い。数が多いから油断するとやられる。そいつらがくる前に勝負を決したい。」

 「軍用のレベル計測器はレベル千ぐらいまで測れるの?」

 アル「うん。別の広域計測器では集団値が出る。敵騎士団の集団としての魔力レベルはやはり六千程度だ。」

 カトリーヌ「あいつら完全にやる気だねえ。」

 クラレンス「いや、こういう事は過去何度もあった。脅しなのか前線の暴走なのか、防衛状況を調べるためかは知らんが、こっちは戦える軍を集結させて奴らが撤退するまで戦う。」

 アル「撃退したら使者が来たり、こっちから送ったりして停戦和平する。王子が場合によっては来ると言っていたのは和平の時のためだ。」

 クラレンス「それより誰か前線を見て来い!もっと魔力が分かるやつが行け!」

 アルノー「今回は僕が行く。何かあれば転移魔法で戻ってこれるからね。」

 背中に四角い機器を背負った騎士が来てクラレンスに電話の受話器のようなものを伸ばして渡した。

 クラレンス「待て、前線の偵察兵からだ。三人の将軍の横にキャンディジョンが居るそうだ!」

 騎士たちが、ざわっとした。

 クラ「まったく!なぜ見落とした!」

 「仕方ないよ。あいつ幻覚魔法得意だから。」

 「いや、そんな事は想定済みでなければならない事だ!王子に追加戦力を要請する!アル!偵察を頼む!」

 「一人じゃ心配だから私も行くよ。転移魔法もできるし、カトリーヌはみんなをお願いね。」

 カトリーヌ「りょーかい。」

 

 アルノーと二人で飛ぶ。地上二メートルの低空飛行。

 丘を越えるとはるか向こうに黒い粒のように騎兵の集団が立っているのが見えた。

 アルノーが横に飛び始めたので着いて行く。

 アルノーは草原に降りた。望遠鏡を覗く。

 私も降りた。双眼鏡を渡された。二人で見る。

 「騎兵・・・あれがイヌ族ね。みんなイヌっぽい顔してるわ。耳が上に立ってるから魔獣族としては純血に近いのかしら。霊眼で視たらみんなイヌだわ。ウフ。立った犬が馬に乗ってる。」

 アル「耳が頭の上にある魔獣族は強い。それにあれは下級戦士階級のイヌ族の中でもヤマイヌ家の連中だ。奴らは野蛮で知られている。捕まるなよ。女は通常やられるし、最悪食べられる。」

 「ああ、ヤダヤダ最低。」

 「魔獣族はそんな奴らが多いから追放になったのさ。その下の身分のネズミ族とかゴブリンなんかは食うことしか考えていない。話が通じる奴らは半分もいないよ。」

 司令官を見た。

 「ライオン顔。狼風の顔。黒牛?二人より二回りも大きいね。」

 アル「乗ってる馬もでかいな。普通じゃないな。魔馬というやつだ。よく調教できたものだな。」

 「あいつの威圧感すごい。牛のように両側に跳ね上がった太く大きな曲がったツノが黒光りしている。全身青みがかったグレーの毛。顔まで毛で覆われていて赤い目だけが分かる。・・・?」

 アル「見事なツノだが、あれは黒牛族というより毛長トロールか大ゴブリンだな。」

 「霊眼で後ろから見てみる。・・・コウモリの翼かな。でもあの巨体にあれで飛べるのかな・・・あれ?」

 アル「どうした?」

 「アレは魔王だ!逃げた方がいい!」

 「何ィ!魔王を見たことがあるのか!」

 「前にね!早くみんなを逃して!」

 「くっそ!バカめ!偵察隊の奴ら魔力計の数値が信じられなくて過小報告したな!」

 「怒ってないで早く!私は時間稼ぎする!」

 「魔王のレベルは千前後だ!攻撃魔法は効かないぞ!お前も無理せず逃げろ!」

 アルノーはフッとその場で消えた。

 改めて霊眼で見ると真っ黒だ。意外なものを見る時は意識がついていかないので見落としやすい。

 あの空間に穴が空いたかのように真っ黒けだ。

 赤い目がこっちを見た。気づかれた?まずい急がないと!

 向こうの地面を掴むイメージで飛んだ。ギュンと相手に近づいた。

 こうなったら土魔法で地震を起こして動けない間に空中から聖魔法でマーティの時のようにやるしかない。

 私一人でも出来るはず。

 地面に降りて手をつける。

 魔王が上に巨大なブラックメテオを浮かばせた。

 「げっ」

 真っ黒い直径十メートルの球が周囲の空気を吸い込みながら飛んでくる!

 横にジャンプして飛行魔法でよける。

 球が落ちて地面を削りながら消えて行く。

 「何あいつ!ブラックメテオが使える魔王なんていなかった!」

 不意に上から声。

 「でも居てもおかしくないんじゃない?」

 キャルが浮かんでいる。

 「キャルあんた何で魔王と一緒にいるのよ!」

 「言わなかった?マーティは魔王より強いって。あいつはマーティに負けて部下になってたの。マーティが死んだら勝てる奴いないに決まってるでしょ。今はみんな魔王のいう言うなり。あいつ毎日魔獣族を三人も四人も食べる。でも飽きたから人間を食べたいんだってさ。」

 その時、魔王が放ったブラックメテオが落ちてきて、私は吸い込まれた。


 漆黒の闇。

 光の点が見えた。

 意識をそちらに向ける。

 光が近づいてきた。覗き込むと中に人が見えた。

 看護師がいる。白衣の医者もいる。病院?

 髪をまとめた眼鏡の看護師が近づいてきた。

 手が光っている。それを回した。?これは夢だ。変だもの。

 看護師の前の白く光る球に吸い込まれた。

 

 目が覚めた。リアルな夢だった。

 天井。点滴が吊るされているのが見える。管が腕まで伸びて左腕に刺さっている。

 「点滴あるんだ。ブドウ糖リンゲル・・・あれ?日本語?」

 「アヤちゃん!」

 中年女性が抱きついてきた。

 「母ちゃん?」

 その後ろではセーラー服にショートカットの女子が涙して私を見ている。妹のマヤだ。父の孝也もいる。

 ああ、帰ってきた。日本だ。

 「日本に帰ってきたんだ。何年ぶりだろう。十四からだから二年半以上経ってる。懐かしい。」

 涙が流れた。

 でも母は絶望的な顔をして私から離れた。どうしたんだろう?ベッドの上で起き上がった。

 妹のマヤが言う。

 「アヤちゃん何言ってんの?車に轢かれたのは昨日だよ?」

 「え?ええっとねえ、ローデシアというところに行ってたの。剣と魔法の異世界よ。」

 みんなゾッとしている。

 マヤが嫌な形の口をして言った。

 「お姉ちゃん。・・・頭打ったんじゃない?」

 「でも、母ちゃんなら分かるよね!パラレル世界よ!」

 「アヤちゃん。パラレル世界はマンガじゃないの。今いる世界とちょっと違う世界であって、剣と魔法の世界じゃないのよ。」

 「でもでも、あれ?」

 父の隣の初老の男性。見覚えがある。

 「あれ?伊東の叔父ちゃん何でいるの?去年亡くなったよね?」

 みんなまたゾッとした。

 父が言った。

 「アヤ。そこには誰もいないよ。」

 妹のマヤは腕を組んで疑いいっぱいの口調で言った。

 「パラレル世界?霊が見える?精神科に行くべきじゃないのかな。」

 みんな沈黙。

 「みんな?何で分かってくれないの?今まで大変だったのよ?」

 さっきの眼鏡の看護師がやってきた。

 「どうしましたー?あら、意識が戻ったんですねー。」

 母が震えながら言う。

 「様子がおかしいんです。何か訳がわからないことを言っているんです。」

 「母ちゃん!私も神様に祈ったのよ!そうしたら、また生まれ変わることができたの!ローデシアでは信仰がある人の方が多いのよ!」

 母が泣きながら言う。

 「やめて!信仰はファンタジーじゃありません!」

 「私は真面目よ!」

 看護師「まあまあ落ち着きましょうねー。」

 注射を打たれた。おい!注射は医者の指示が必要なはずだろ!

 でも、朦朧として眠くなった。

 看護師は私の家族を部屋の外に出して一緒に出て行きドアを閉めた。

 霊眼に外の様子が視える。言い争う両親。呆れて帰る妹。

 みんなごめん。余計なこと言ったから。黙っていればよかった。

 家族相手でも何でも言えばいいってもんでもないな。

 伊東の叔父はまだ居る。

 『アヤと、もう一人違う服装のアヤが重なって見える。髪が青っぽい。』

 ポーラかガブリエラだ。どうなってるの?

 だれか教えて!エルよ!エローヒムよ!モーリーンよ!アーケーよ!

 ポーラが前に来て優しく言った。

 『うるさいなあ。落ち着け。』

 私は泣いた。いつかのメルみたく上を向いて泣いた。

 ポーラは私が泣き止むまでそこに居てくれた。

 看護師がドアを開けて戻ってきた。そして点滴を抜きながら言う。

 「心配しないで、さっきの注射は薄めてあって大して効かないから。」

 何で?わけわからん。

 看護師「でも、こっちの世界でもポーラが見えるなんてエラは霊能力もすごいのね。」

 「え?」

 看護師は髪留めとメガネを外した。

 見覚えのある巻き毛の女性。でも見た目は三十代。

 「カトリーヌ?」

 「やっと会えた。このために二十回以上死んだわ。助けに来たよ。」

 また涙が出た。

 カト「あんたこのままじゃ、施設に入れられて研究対象にされちゃう。あっちに帰って魔王と戦ってもらわないと困るの。」

 「どうやって来たの?死に戻りであっちから離れられないんじゃないの?」

 「分身を飛ばせると言ったでしょ?私は日本に居るけれども、あっちの世界のカトリーヌでもある。」

 「わかんない。」

 「だろうけど、二つの私は一体なのよ。大変だった。分体の私は日本に生まれてあんたを探して死んで、また隣のパラレル日本に生まれてを繰り返した。何度もやってたらパラレル世界の警備をしているっていう『異世界おじさん』に会ってね。『ほとんどのパラレル世界、並行世界を調べ上げた』っていう世界があるんだって。彼は普通は迷子になっている人を助けているんだけど、事情を話したら効率的な移動法を教えてもらった。イメージとワームホール的なトンネルで、いろいろな世界に行けるようになった。」

 「え?どうやって?」

 「人をイメージするの。それで、日本の主な並行世界の中で、魔法使い的な活躍をした松島アヤを探したら高校柔道で一年生にして全国優勝したあんたを見つけた。それがこの世界。」

 「ああ、頑張って優勝して良かったわ。でも私、死んだはず。」

 「今の世界は、あんたが死んだ世界の隣の世界。前の世界で瀕死だったあんたを治療魔法で復活させた世界。だから世界が二つに分岐したけどね。『死んだ世界』も別に存在している。そこからあんたが転生したからね。ここは『回復させた世界』。」

 「分岐って何?」

 「『時間魔法』を使ったり、時間を戻って過去を変えたりすると小さく時空世界が分岐するの。あんたも二人になる。並行アヤが出来る。」

 「んんー?私今どうなってるの?」

 「あんたは異世界転生してローデシアのガブリエラになった松島アヤ。でも、ここにも松島アヤがいて、これは異世界転生しなかった場合の『パラレルアヤ』。今あんたの二つの人格は同居して同化している状態。」

 「え?よく分かんないけど、」

 「あんたが一回目で記憶を取り戻した時ガブリエラと話してる感じがあったでしょ?あの時みたいに二人の自分の魂が一体になっている状態。同じ魂だからね。意識を共有している状態。私の魔法で同化しているのよ。私の場合は両方の世界で生きてるからあっちのカトリーヌに言葉を伝えることもできるよ。」

 「んん?自分が二人?でも二人の感じはないし、同化してるって?」

 「例えば、守護霊は過去の自分ポーラでしょ?過去世の自分と話ができる。あるいはタイムマシンで過去や未来に行けば自分がいる。過去で大きく条件を変えてしまうと世界が分岐するの。それは並行世界として別の時空軸として同時に進んでゆく。それは個人的なものから世界的なものまで大小あるけど、メインの幹でない方はそのうち合流したり消えたりするのよ。」

 「なんか不安になって来た。私帰れるの?」

 「帰すよ。あんたがここに来たのは、私がここに呼び寄せたのもあるけど、強く『日本に帰りたい』と思っていたから。ローデシアに帰りたいなら強く願うこと。それはこの世界のアヤを救うことにもなる。このままだと『異世界を語る松島アヤ』として研究されちゃう。あんたが帰れば松島アヤは、ただの異世界マンガ好きの柔道ガールに戻るだけよ。晴れて退院。」

 「二十一歳はガールかなあ?」

 「私にはどっちでもいい。さあどうする?帰る?」

 「一応聞いてくれるんだ。帰るよ。家族とギクシャクしちゃったけど、私は別人でもあるんだものね。仕方ないわ。私の家族をお願い。」

 「あんたのお願いって重いの。あの後どうしたと思う?私はキャルと魔王両方と戦って死んだわ。魔王を倒すには第五位階、いや五工程って最近は言うんだっけ?ま、五以上の大魔法が必要なんだけど、キャルが邪魔すんのよ。ローデシアはめちゃめちゃになって滅びたわ。何度も死に戻りしたけどダメだった、あんたを呼び戻すしか方法はないの。」

 「苦労させちゃったね。」

 「でも執着が無くて切り替えが早いのはさすがね。向こうのエリザにホワイトホールを作るように言うわ。聖魔法の人の方が理解が早いから。」

 「ホワイトホールって?」

 「宇宙天体物理学で言うところの『白色矮星』だけど、」

 「知らーん!」

 「へへっ、ブラックホールが全てを吸い込む穴なら、ホワイトホールは全てが放出されてくる穴。二つは対になっていると言われている。さっきも私がつくって出してあげたんだよ。」

 看護師カトリーヌは話しながら私のいるベッドの下から大きなトランクを出した。

 そして大きなライフル銃を組み立てた。

 「何これ!」

 「M82対物ライフル『バレット』よ。五キロ先まで届く。」

 「父ちゃんに聞いて知ってる。五十口径。十二・七ミリ弾を撃つやつ。」

 「魔王を倒すのに必要なのよ。工程を省略できる。」

 「どうしたのこれ?」

 「・米軍から盗んだ。」

 「やるじゃん。悪い子ねえ。」

 「ハハハ。苦労したわ。こっちじゃ魔法も十分の一も使えないし。魔法も信じない人ばかりだし、神への信仰も知らない人ばかり。」

 「そうよね。」

 「愚痴ってもしょうがない。魔王の魔力感知能力は一ヤルデルと言われてたけど、アイツは入っている魂が大魔族だから三ヤルデルまで感知できる。これを知るまでに三回も死んだ。」

 「そうなんだ。確かにあいつブラックメテオ撃ってきた。そんな魔王前回いなかったもの。」

 カトリーヌは銃の右横のレバーをガチャンと引いて引き金を引いた。カチンと音がした。

 「撃ち方わかるね?安全装置しておくからね。重たいからね。」

 「何か母ちゃんみたい。」

 「フッ。時間ないのよ。ドクターが来ちゃう。ああ、このままじゃ効かないからね。魔王の魔力レベル千は通常の魔法を全部弾くだけじゃ無く、体の再生も超早いから。帰ったら弾にカトリーヌの血を付けて。」

 カトリーヌは言いながら弾倉を取り付けた。

 「血?」

 「あの頃は邪悪な『ネクロフィリア信仰』があるから、その生まれ変わりの血なら敵を腐らせる魔力がある。魔王の体すらもね。邪教の魔力を逆用するの。」

 「怖あ。そこは魔法の知識なんだ。」

 「当然でしょ?私『白い魔女』よ。さあ、早く帰って。私の渾身のレベル三千六百の魔力でブラックメテオを作るわ。この唯物日本でね。」

 「え?レベルそんなに高いの?」

 「異世界転生するたびに上がるの。さあ、分離させるよ。」

 カトリーヌが右手をX印に振ると魔法陣が二つ私を回って消えた。

 ベッドから降りた。ベッドには松島アヤが寝ている。

 「カトリーヌが銃でやれば勝てるんじゃないの?」

 「それはダメだったんだよ。向こうの世界も分岐して訳がわからなくなっちゃったから。」

 カトリーヌは両手を合わせて指を組んだ。

 「エラが一番最初の並行世界に帰るしか勝つ方法はない。全部試したの。」

 言いながらカトリーヌがかざす両手の前に魔法陣と直径五十センチの黒い球が浮かんだ。

 空気が吸い込まれるのを魔法陣が押さえ込んでいる。器用。

 「苦労させちゃってごめん。ありがとう!」

 メテオの中に飛び込んだ。

 振り向くとカトリーヌがライフルを持ち上げて投げ込んだ。

 その後ろに松島アヤがベッドで寝ている。

 前は松島アヤの意識でガブリエラを見ていたが、今はガブリエラの意識で松島アヤを見ている。

 病室は遠ざかり光の点になった。

 漆黒の闇の中に黒い服を着た私の体が浮かんでいた。地上世界的には分解されてエネルギーになった私ガブリエラの肉体の理念体。私の今語っている意識である魂とは別のやつ。私の頭とその頭が銀色の紐でつながっていた。

 体を捕まえたら容易に同化した。

 ライフルも浮かんでいた。怖いが持った。同化はしなかった。

 そしてローデシアの景色とカトリーヌを思い浮かべた。若い顔のカトリーヌ。

 光の点が見えた。ポーラが手を引いてくれた。

 見えた。エリザがクラレンスに怒られている。

 霊眼だと経緯まで見える。魔王出現を聞いて聖魔法が必要だと思い、急いで広場の魔法陣トンネルを通って前線に移動してきたらしい。私を助けにきた、と言っている。くう。泣かせる。

 カトリーヌが、エリザに何か言う。

 「聖魔法の魔力の球を作れ」と言った。

 祈るエリザの上に五十センチの光の玉が浮かんだ。カトリーヌがそれを引き寄せるとビカッと強く光った。

 ポーラ『今だ。』

 そこに飛び込んだ。

 

 白い球から吐き出されるように下に落ちた。着地するが、持っていたライフルが思いのほか重量があって引っ張られて座り込んだ。

 エリザが飛びついてきて、ぎゅうっと抱きついた。

 座ったまま私もエリザを抱きしめた。嬉しい!帰って来れた!

 唖然とするカトリーヌと目が合った。

 「エリザ!ありがとう!カトリーヌ!悪いけど、」

 カト「分かってる。」

 銃の弾倉を外した。

 エリザは私を放して言う。「何ですか?これ?」

 カトリーヌはポケットを探りながら言う。

 「エラ、寝て打てってさ。魔法で弾道をコントロールして当てろってさ。意味わかる?」

 「うん。」

 カトリーヌはポケットから折りたたみナイフを取り出し、自分の親指の真ん中を切った。

 そしてその血を弾丸部分に数滴落としながら唱えた。すごく低い声で。

 「我が魂と繋がりし忌むべき暗黒世界の呪われし邪悪の権化、魔王帝ネクロフィリアの名において命じる。我が血よ。我が生み出したる邪悪の子を蝕み、滅せよ。」

 私の持つ弾倉がズムズムと黒いオーラを帯びるのが視えた。

 「コワ。」

 弾倉を銃に取り付けた。

 少し前方では王宮騎士団と魔導士たちが馬上からジッと前線を見ている。

 クラレンスは魔法通信機の受話器に怒鳴っている。

 「エリザが来ちゃったぞ!ああ?クリスも来るだとお!やめさせろ!」

 アルノーが怒鳴っている。

 「早く逃げろって!魔王が来てるって言ってんだろ!」

 少し浮かんで前線を見る。丘の上に敵の騎兵たちが黒い点のように湧き出してくるように見えた。距離は五ヤルデル。三キロというところ。

 着地し辺りを見回した。左に小高い丘がある。そこから撃てるはずだ。

 ライフルを持ち上げる。実に重い。

 「うんニャロメどっこいしょ!」

 エリザはさりげなくカトリーヌの指を魔法で治しながら振り返って言う。

 「ねえ、それってエラの腕力で扱えるの?」

 肩に乗せて空間移動した。

 銃を銃床側から地面に降ろし前線を視た。オシテバン軍は丘の上にほぼ全員が現れ、ローデシア軍を見ている。

 重たいライフルを引きずってオシテバン軍に向けて地面に置いた。

 銃身の前についている『二脚』を立ててライフルを地面に立てた。

 次にうつ伏せに寝て銃床を肩に当てた。『伏せ撃ち』の体勢。

 右側のレバーを引いて一発目を銃身に送り込む。引けない。レバーが固い。

 思いっきりガッチャンと引っぱりきって放す。出来た。あの人よく引けたな。

 「もー、初めて撃つ銃がこれかよー。」

 スコープを覗き、馬上の魔王の胸に照準を合わせる。照準は事前に試し撃ちしないと合わない気もするが、魔法で方向修正するなら問題ない。

 五十口径のライフルで撃たれると、普通の鉄板なら五センチぐらいなら貫通する。人間の胴体に当たると衝撃で上半身と下半身が分離してしまうという。国際条約で必要以上に苦痛を与える兵器は禁止されている。ゆえに、建前上は対人用に使ってはいけないので『対物ライフル』と呼ばれている。しかし現実には対人にも使われている。

 この辺の知識は父・孝也が、映画をTV画面で見せながら同じ口調で説明してくれた。

 弾丸の太さ十二・七ミリは、〇・五インチ。最大射程距離は普通のライフルの三千メートルの倍の六キロに及ぶ。有効射程距離、つまり確実に当てて相手にダメージを与えられる距離は二キロとされているが、狙撃の世界記録は三・八キロ。状況を明かせない非公認記録では五キロ近い距離での狙撃も成功したという。

 魔王まで五ヤルデルで三キロ程度。有効射程とは言えないが余裕で届く。

 さすがカトリーヌ。こっちは魔法使いだ。多少ズレても魔法で補正できるのだ。

 左側の安全装置を外す。これは固くない。引き金は絞るように引く。

 ズガーン!とすごい音がした。肩に衝撃が走る。超痛い。発射の衝撃で地面から細かい土煙が舞った。

 この弾丸の速さは音速の約二・七倍。三キロなら到達まで約二・七秒。普通の相手は撃たれたと気づく前に死ぬ。耳元だから大きく感じた発射音だが少し離れたら『ターン!』ぐらいか。

 とか考えながら、目を閉じ霊眼で弾丸を追う。念動魔法でズレを修正し魔王の胸の真ん中に!

 魔王が両手を開いて魔馬から落ちた。やった!

 でも魔王が立ち上がって大きな魔馬に再び乗るのが見えた。

 魔王がこっちを見た!前のイヌ族騎兵たちを蹴散らして丘を下って疾走してくる。

 エリザとカトリーヌが光る移動魔法陣と共に現れた。王宮騎兵のジョンとジェーンも同じように現れた。

 「まずい時に、」

 北の丘を見ると魔王に続いて騎兵三百も土煙を上げて突撃して来た。

 王宮騎兵隊八百も北に向けて突撃を始めた。

 「逃げろって言ったはずなのに、もー!」

 北西に全速力で飛んだ。魔王が方向転換して追ってくる。敵方騎兵も魔王に追随して方向を転換した。

 カトリーヌも飛んで追いついて来た。

 「好判断だね。ローデシアの騎兵は『死地を見出せ』なんて伝統があるから敵が強くても引かないんだよ。教え子のあいつらが死ぬのは私も嫌だよ。」

 魔王の乗る魔馬はすごく速い。魔獣族の馬もこちらの馬より速い。王宮騎兵隊と充分距離が開いたのを見て、方向転換して魔王の前に降り立った。

 身長三メートルの魔王が巨大な魔馬から飛び出して私にパンチを浴びせて来た。

 その拳に長剣を突き立てたが、刺さらず剣が曲がってバネのように飛ばされた。

 長剣を手から離して空中で体を伸ばして一回転して着地した。

 そこに急にキャルが黒く燃える足で、飛び後ろ回し蹴りを浴びせて来た。

 のけぞってよけながら、至近距離を通り過ぎるキャルに「ファイヤーボール!」を返した。

 大きさは二メートルないが温度の高い青い炎が出た。

 ゴッと一瞬でキャルが黒焦げになって斜め上に飛ばされた。

 それでもキャルは平気で着地してしゃべる。

 「あんた、また強くなった?」

 そうだ。ナースのカトリーヌが「転生するとレベルが上がる」って言ってたな。

 キャルに両手を向けた。

 「黙って消えろーっ!」

 魔力を放出した。キャルはギュンと後ろに加速して見えなくなるまで飛んでいった。

 魔王が立っている。巨大だ。大きな角が金属でできているかのように光っている。

 魔王は何か上を見て動かない。

 そっちを見ると上空にカトリーヌが浮かんでいる。魔王が警戒している。

 見ていたら追いついて来たイヌ族騎兵に囲まれた。

 彼らは嫌らしい笑いを浮かべて品のない笑い声を聞かせた。

 「げへへへへっ、ヤッテから食べてやるう」

 「ちっ、最低バカ。品性ゼロだな。魔龍族の方がずっと紳士だったぞ。」

 「バカ言うんじゃねえ。奴らも同じ肉食さ。裏では同じことしてらあ。俺たちの方が正直なのさ」

 魔王が動いた。しゃべっていたイヌ族を引っこ抜くように掴んで私に投げつけた。

 跳びよけた。そのイヌ族はベシャッと地面で潰れた。

 魔王が言う。

 「お前が先ほど撃ち込んだものは何だ?」

 魔王が指さす胸の中心からは、ブスブスと泡立つ黒い血が流れ続けている。

 「ああ、やっぱり当たったのね。動いてるから外れたのかと思った。」

 「自律的に排出する力があるのだが滑って出てこない。」

 「それはね。」

 カトリーヌが降りて来て、着地して言った。

 「私に言わせて。コツがあるんだって。」

 「じゃ、どうぞ。」

 カトリーヌは将軍のように全員に呼びかけるように言った。

 「イヌ族の者どもも聞け!我らが、この魔王に打ち込みしもの!それは!あの恐怖の破壊大王!魔王帝ガルドエガルド・アクサビリオンが娘!ネクロフィリアの血である!」

 イヌ族たちが震え上がった。

 「馬鹿が!魔王帝の名前を呼びやがった!」「魔族の怨霊が来るぞ!」「呪いにかかるぞ!」

 魔王は騒ぐイヌ族たちを制するかのように怒鳴った。

 「ネクロフィリアは死んだ!」

 イヌ族たちは一旦静まるが、ザワザワ話しだす。

 「死んだんだっけ?」「でも呪いは生きてるよな?」「祟るよね。」

 カトリーヌは不敵に笑いながら話を続けた。

 「我が顔を見よ!我はネクロフィリアの生まれ変わりである!我が呪いの血を受けて死なぬ者はいない。」

 魔王の真っ赤な目がどんどん恐怖に染まってゆく。

 「いや、いくら魔法でも、そんなはずはない。ありえない。」

 「フハハ。お前を知っているぞ。お前は千二百年前の戦いで大魔族の肉体を失った。そしてその大ゴブリンから作った穢れた肉体に魂を召喚された。大魔族のお前がそのような脆弱な肉体に宿るとは情けない話だな!お前は死後その絶大な魔力を失い、今や二代目魔王帝ネクロフィリアの霊と話すことも出来ず、見ることすらもできぬ!」

 魔王がビクッとした。

 「なぜ分かる、いいや、なぜそう思う?」

 カトリーヌ「フッフッフ。 名のある大魔族なら全員知っているぞ!お前は副帝ベンザニールの十八番目の子、魔王四将であるビニーリエの子、マルドークだ!」

 魔王「本当にフィリアか!おおお!やめろおおお!」

 魔王の胸から黒い泡が大量にぶすぶすと噴き出してきた。

 イヌ族たちは恐れおののき、大半が逃げ去ってゆく。が、興味に負けて魔王の様子を見ている者たちもいる。

 カトリーヌは小声で言った。

 「呪いってのはね、恐怖心に囚われた奴には何倍も効くのよ。また観客が居ればその念力も呪いの実現に力を貸す。ハッタリでもいいの。もうコイツも自己暗示が解けないから自分の魔力が暴走して自分の体を腐らせて死ぬ。魔力が強いほど実現は早いのよ。」

 「コワ。やっぱり魔女だね。」

 魔王「グワアアア!」

 魔王の肉体は胸から腐って溶け落ちて白骨に変わってゆく。やがて魔王は骨になって崩れ落ちた。

 残ったイヌ族たちも四方に逃げ去って行った。

 いつの間にかエリザが来ていた。

 「エラ、それは逆も同じよ。良い願いも多くの人が願えば実現する。」

 「そうなんだ。」

 白骨から湯気が上がっている。

 カト「はあ、やっと倒せた。」

 カトリーヌは魔王の骨を蹴った。ドシッと地面を少し転がる。

 「よく魔王の名前なんて知ってるわね。」

 カト「長い事戦ったからね。でも情報元はフィリアだよ。同じ魂だから記憶を共有できる。瞑想してアクセスすると情報を取れる。あっちに気づかれたら意識が同通して憑依される危険はあるからめったにやらないけどね。フィリアの配下で名のある魔王は百人ぐらいいる。遠い昔は人間だった奴も居るよ。」

 「へえ。キャルみたいなこと言うんだ。」

 ジョンとジェーンも現れた。王宮騎士団が追いついてきた。

 遠くの丘には、あのライオン族と牙狼族の将軍が馬上から見ている。

 やがて、私たちの視線に気づいて丘の向こうに去って見えなくなった。


 あれから一ヶ月半。

 王宮の大広間でオシテバン王国との調印式を見ている。

 あのライオン族の将軍と餓牙族の将軍が貴族風の服装で立っている。

 彼らは国王陛下のサインがある文書にサインした。資源の買取の条約に調印した。

 ライオン族の男は「魔王が居なくなったので利益に関する話ができる」と言っていたという。

 しかし、人的交流は今まで通り細々と行なってゆくことになった。信用ある貴族しかローデシアへの入国は許されない。やはりイヌ族のような野蛮な者たちが都市に流入する事は許される事はなかった。

 しかし創造主エルを信じる宗教は、オシテバン国内にも教線を伸ばしていて、貴族でなくても信仰に基づいた礼儀正しい行動と戒律的に欲望の制御ができ、ちゃんと知的会話ができる者たちはローデシアへの入国が許される。

 一方、私とカトリーヌは『魔王を倒せし者』として王宮貢献勲章、別名スター勲章を貰った。

 さらに『聖騎士・ナイト』の称号をもらった。王に忠誠を誓い。国民に奉仕を誓った。

 これは『貴族令嬢』から『貴族』になった、という事だった。

 聖騎士は国王陛下から小剣をもらえる。例の刃渡り三十センチのダガーソードだ。これは貴族ならみんな貰えるし、年式の古い中古品なら庶民も買える。

 問題は、『対物ライフル』だった。

 笑っちゃうが『魔王を倒せし聖なる武器』とされて、国王陛下から「複製せよ」と王命が下った。

 カトリーヌの血の事は伏せたが、イヌ族がオシテバン国内で色々しゃべりまくり、それがローデシアまで伝わってきた。『ネクロフィリアの血』という何かを撃ち込まれた魔王が腐って死んだ、と有名になっている。ローデシアには魔王を倒す秘術があると噂になっている。

 カトリーヌ「エラ、ダメじゃん。この時代にないもの持ってきちゃ。」

 「あんたが持たせたんだけど?」

 エリザ「大砲ならあるけど・・・」

 メル「あんなに細くて精度の良いものはローデシアには無いわ。」

 クリス「分解して部品の型を取って鋳造したが、使える代物にはならなかった。」

 「コンマ一ミリ違ったら球がまっすぐ飛ばないだろうね。」

 クリス「何か技術的に知っている事はないか?王命とあっては失敗したら首が飛ぶ者が出る。」

 「じいちゃんが鉄工所をやってたから少し分かるんだけど、『旋盤』がいるかなあ。金属を速く回転させて削る機械。あとは鉄自体の強度かなあ。『鍛造』とか『圧延』とか?」

 クリス「似たような使えるものができれば良い。王が納得する威力さえあればいいんだ。」

 クラレンス「騎士団長が試し撃ちしたから弾はあと八発しかない。」

 アルノー「ふふ。怪我をしたしな。」

 クリス「ああ、持ち方が悪くて肩と手首を痛めた。」

 「呼んでくれれば良かったのに。」

 アルノー「女の子が撃てたと言うので油断したらしい。」

 クリス「まあ何にしても、同じものは作れまい。旋盤?ぐらいはカールのとこで作れるかもしれん。あとは鍛治職人の腕次第だな。」

 「ねえカトリーヌ?これも狙いなの?軍備増強?」

 カトリーヌ「はあ?異世界の私に聞いてんの?知らないよ。」


 また一ヶ月が過ぎた。

 田園に真っ黒い大砲がある。土と木材で水平に固定されている。

 長さ約三メートル。太さは十五センチほど。真ん中にはあの対物ライフルと同じ口径の一センチちょっとの穴が空いている。

 後方の高台にテントがある。高台は高さ四メートルほど。土を固めて作ったらしい。横は坂になって木材で階段が作ってある。そこに王と王子二人。エリザやアスカ。あとは見慣れない貴族代表たちが十人ほど来ている。

 私は騎士団と同じ扱いで、テントの高台の下で見守る。

 カトリーヌは来ていない。「私は魔王帝の魂と関係があるので王族関係のことに呼ばれても遠慮させていただく」と若干偉そうに言っていた。余計な質問をされるのを嫌ったらしい。

 蓋は分厚い鉄の塊になっていて、開けると溝があって、そこに騎士団自作の薬莢付きの弾丸をはめ込んだ。

 蓋を閉めてロックし大砲の横に出たレバーを騎士団長が持った。

 彼は先日まで手首に包帯をしていたが治ったらしい。この砲は彼が開発責任者だ。

 「撃ちます。三、二、一」

 レバーをカチンと引くと「ガシュン」と独特な発射音がした。

 騎士団数十人も王侯貴族たちも立ち上がって行方を見守る。

 三キロ以上先にある高さ二メートルの大きな白い壺が粉々に割れたのが見えた。

 団長は高台の下まで来て国王陛下に一礼した。

 二人の王子はよく似ている。でも並ぶとクリスの方が若干、金髪の色が濃いように見える。王の髪はどっちかと言うとファルに近い。国王陛下の顔は見てはいけないと言われているが、遠目にも二人と似ている感じだ。

 王が言う。「でかいな。しかし一ヶ月で良くここまで仕上げた。褒めてつかわす。今後も励め。」

 団長「はっ!御意!」

 王「エラは居るか。」

 「はっ」国王陛下の前に出てひざまづく。話す時も国王陛下を見てはいけないと言われている。

 王「かしこまるな。エラよ、これでも魔王倒せるか?」

 「はいもちろんです。あの時も魔法で方向修正しましたので、弾丸に速度さえ出ていれば出来ます。」

 王の横に居た黒髪で口髭の中年男性が話しかけてきた。

 「アクセル嬢。私は宰相のメイランドである。アルノーの父だ。」

 「はい。ご子息には大変お世話になっております。」

 メイランド「うむ。かつてローランド帝国時代には『聖魔法銃』というものがあった。また千年前までは『ミスリルの弾丸』と呼ばれる降魔の武器があった。これはそれに匹敵する武器と考えて良いのか?弾丸に魔力がなくても効果はあるのか?また『ネクロフィリアの血』とは何のことか分かるか?」

 「カトリーヌ様の魔法のことはわたくしでは理解不足で説明できませんが、魔王の防護魔法を超える貫通弾を大量に受けたら自己修復は難しいのではないでしょうか。」

 メイランドはじっと考えた。

 ウソではない。前回の人生で攻撃魔法が効かない魔王を、自分の体を強化魔法で強化して素手で撲殺した経験から言っている。自分ながら野蛮で恐ろしい。

 メ「確かに魔王四将の『色魔ビータ』はウエシティン砲で爆死しました。有効と見て間違いないですな。」

 王「うん。よろしい。団長はより軽量な『銃』を作るようにな。」

 団長「はっ!」

 王侯貴族たちは立ち上がって帰路に着く。

 エリザが歩き出しに不整地に足を取られてよろけるのを、クリスがギュッと引き寄せた。

 エリザはうつむいて赤くなって恥ずかしげにした。

 うん。仲が良い。本来これで正しい。


 以下、その3に続く。

その1、その2、その3と長い作品にお付き合いいただき、ありがとうございます。

その4は、魔龍編とします。

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