表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき2

攫われた

作者: 狐彪

三題噺もどき―にひゃくきゅうじゅうご。

 


「―――!!!」

 私を呼ぶ声が、鼓膜を叩く。

 悲鳴のようなその叫びは、何度も繰り返される。

 目の前にはたくさんの人の顔が並ぶ。

 その中から、私に向かって伸ばされる1人の手。

 しかしそれは、次第に遠ざかっていく。

 叫びの声も徐々に小さくなり、最後には聞こえなくなる。

 その瞬間、真黒な獣が記憶を切り裂き、私を暗闇へと引きずり込む。

 ――――!!!」

 声にならない悲鳴が、喉から洩れた。

 のどを閉められるような息苦しさが襲う。

 小さく震える手のひらを重ね、何とか抑えようとしてみる。

「――――」

 叫んではいけない。

 恐怖してはいけない。

 これ以上、アレの気に障ることをしてはいけない。

 大丈夫。

 私1人が耐えて居れば、他の皆は安全なんだ。

「―――」

 未だ震える手のひらを、力いっぱいに握り締める。

 血の気が引いて、真っ白になっていくのが見える。

「―――」

 ここに来てから、連れてこられてから。

 毎日のように夢を見る。

「―――」

 母の悲鳴。

 父の苦しげな顔。

 兄弟の不安そうな顔。

 村人たちの。安堵と申し訳なさの混じった顔。

 母の伸ばした手。

 それを掴むことを許されず。

 気づけばアレがそこにいて。

「―――」

 遠ざかる視界の中で、ただ伸ばされた母の手。

 それに縋るように手を伸ばしても、ただかすめていくだけ。

 最後には、暗闇が広がるだけ。

「―――」

 震えが止まりそうにない。

 こんなに握り締めているのに、なんでいつもうまくいかないんだろう。

 あれから毎日。

 アレ怯えてしまって、機嫌を損ねてしまって。

「―――」

 毎日こぼれそうになる悲鳴を飲んで。

 震える手を抑えて。

 それでもアレが来ると、叫びたくなるし、手は震えてしまう。

 その度に、苦虫を嚙み潰したような顔をして、そのあたりにあるガラス棚を叩く。

 だから、部屋の中はガラス片が散らばっている。

「―――」

 ようやく、少しずつ、落ち着いてきた。

 ゆっくりと、深呼吸をする余裕が出てきた。

 それでもまだ、手は震えているけれど、いくらかはマシになったはずだ。

 これで。

 すこしは


 ―――――キ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛


「―――!!」

 部屋の扉がゆっくりと開く。

 調律のあっていないヴァイオリンのような、不安定な音。悲鳴のようにも聞こえるそれ。

 そんな耳障りな音と共に、アレは部屋に入ってくる。

「―――」

 やっと。

 落ち着いたのに。

 今日もだめだ。

 息が苦しくなってきた。

 手の震えがさらに酷くなってきた。

 嫌な汗が全身から噴き出す。

 ぱちぱちと、小さなガラス片を扉がつぶしていく。

 その音さえも、恐ろしく響いた。

「――――」

「―――」

「――」

「―――」

「―――――あれ?」

 思っていたよりも、きょとんとした声がのどから洩れた。

 んん。

 声の調節をまちがえたな、これは。

 変な声出た、我ながらなかなかに阿保っぽいなと思ってしまうような声が。

 バカにしたような、声が。

 ―まぁ、実際馬鹿にはしているんだど。

「……」

「今日は何にも言わないの?」

 軽く咳ばらいをしながら、アレに問いかける。

 扉の前で、うつむいたままに立ち尽くしている。

 そこに立ったままでいられても迷惑なんだけどなぁ……。

「んー???」

 いつもなら、入ってくるなり叫びだすんだけど。

 足枷をはずせだの、家に返せだの、家族を返せだの。

 悲鳴を、叫びを、聞かせてくれるんだけれど。

「……っるさい」

「ん??なんて?」

「うるさい!!!!!!!!!!」

「それはあんたよ」

 呟いた瞬間、アレの首が飛ぶ。

 どうやら、部屋の中―私に向かって駆けだしてきていたようで。

 その勢いのまま、胴体は倒れる。

 ガラス片の上に。

「ぁ」

 カッとなると、無意識にやってしまうのはよくない癖だから、直そうとしてたのに。

 今回もだめだったかぁ。

 パキリとガラス片を踏みながら、倒れたアレに近づく。

 倒れた掌には、どこで見つけたのか、ナイフが握られていた。

 その程度で、どうにかできればよかったけれどねえ。

「……はぁ」

 あまり、おいしくもなさそうだけど。

 ここに放置していてもいいことはないし。

 腹が満たされるなら、いいか。



 お題:足枷・ヴァイオリン・ガラス

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ