レイモンド殿下と取り巻き
前回のあらすじ
シア先生「ちょい屋上でも見てくるか」
2人の様子が変わっていったのは、いつ頃からだったか。 それは人によって意見が分かれる。
「夏休み以降から妙に距離が縮まった」・「アルメリアさんに感けててカトレア嬢のお茶会に来なくなってから」・「アルメリアさんのあの噂が広まった時期でしょ」……等々。
真相は当事者達にしか分からない。 ただ俺は、アルメリアさんが転入してきた当初の違和感に納得していた。
学園でも珍しい、精霊魔法と神聖魔法の二重適性による子爵推薦だったからと言って、レイモンド殿下自らが日常的に構うのは何かがズレている気がしてならなかったのだ。
勿論この件は殿下に近付きたい令嬢達を中心に騒がれるも、結局、カトレア嬢がアルメリアさんを派閥争いに巻き込まないよう敢えて婚約者である殿下に任せ、同事に王族の定めた生徒間平等の理念を殿下ご自身に表面化させる狙いなのだ。 と、議論は落ち着いたが。
だからこそ、「あの子? 殿下と遊ぶ金欲しさに夜な夜な寮を抜け出して、娼館で勤めている孤児って」と囁かれるようになっても、カトレア嬢に疑いの目が向けられる事はなかった。
・ ・ ・
「お前っ……」
一言も無しにカーテンを開け放ち、ベッドの上で猫の伸びのポーズをとる知人に愕然とするレイモンド殿下。
知人といっても、王族という立場でありながら「お前」呼びされる程度には嫌われているが。
原因はアヴィトにある。 取材と称して周囲を嗅ぎ回ったり、隠れて付き纏うなどの行動力。 そんな奴と共にいることの多い俺も警戒されるのは、心外だが納得もしている。
……なので。
「一応言っておきますが、アヴィトは教室に戻りましたからね」
初手、話題逸らし。
恐らく親しい間柄にしか見せていない素を聞かれていたと焦る殿下が、意図を察してくれたのか何か言いたげにパクパクしていた口を閉ざした。
懸命な判断だ。
そんな僅かな間に俺は、何ら恥じる汚点など無かったかのように開き直り、上体を起こしベッドの上で足を崩す。 と、
「…………誤解があるようだが、君を彼と同一視した覚えはないよ」
(おや、それは意外だ)
判断早く、俺の言に乗っかることにした殿下。 とはいえ王族たろうと平常心を装ってはいるものの、表情は苦々しいままで。
「むしろ君のことは信頼しているさ。 毎度、彼を連れ帰ってくれているのには感謝しているんだ」
……今のは王侯貴族間で腹の探り合いをする時のアレである。 裏の意味を読み忖度しないといけない隠し言葉。
例えば、 王族が下の者へ信頼しているなどと口にし、剰えアヴィトを言及しつつの感謝。
意訳・『さっきの聞いた事は他言無用だからな? 特に彼には(焦り)』 だろう。
学内平等を謳う殿下にしては珍しい。
言われなくてもそうすると、初手で表情や行動から伝えたつもりなのだが……伝わらなかったのか、それとも念入りに釘を刺しにきたのか。
どちらにせよ最短で話を終わらせに来てくれたのは、こちらとしても助かった。
わざとらしく深々と頭を下げる。
「そうでしたか。 ありがとうございます。 では寝不足で運ばれてきたもので、横になっても宜しいでしょうかね?」
意訳・『何度も言わせるなさっさと出ていけ』
一方的に話を切り捨てて眠気と怠さを伝える事で不満を表し『察しろボケ(怒り)』を表現。 加えて「宜しいですかね?」と要求することで『口を噤ませたいのならば寝させろ、それで勘弁してやる』とした。
これが腹黒い輩ならば「こちらのことなど気にせず、どうぞお楽しみください」と、先延ばしにされていただろう。 俺が庶民で助かったな。
「あぁ……すまない」と殿下がカーテンの端を掴み、
「ゆっくり休んでくれ」
閉めようとしたところで、アルメリアさんが「あっ! 待って!」とその手を止めた。
想定外の事態に俺と殿下の視線がアルメリアさんへと集まる。
「ぁ、あのっ! さっきの話、誰にも……言わないで……くれ……ません…か?」
よっぽど恥ずかしかったのか、1音ずつ顔が赤くなっていき視線と頭が落ちていく。
これがアヴィの言うドジ可愛なのだろう。 俺は血の気が引いたけど。
「…………」
言葉を失い、視線で殿下に抗議する。 お前、婚約者にどんな教育受けさせてるんだ、と。
庶民が第一王子と結婚するのだ、最低限、未来の王妃として相応しい教養を身に着けていなければならない。 でなければ公の場に出せないからだ。
言質取り放題王妃様とか、そりゃぁ一部界隈からは人気者として祀り上げられるだろう。
頑なに俺から視線を逸らし続ける殿下。 だが空気は伝わったのか、ここは俺に譲ってくれるらしい。
ため息を1つ、アルメリアさんにも分かりやすいように要約する。
「えっとな……俺、昨日一睡もしてなかったせいで限界きてたのを、アヴィトに運ばれてきたらしいんだよね。 だから眠たいんだけど、話し声が耳に入るとどうにも寝付けなくてなぁ……」
これみよがしに、髪をガシガシと掻いて眠気と苛々を表す。
当然だが、嘘は吐いていない。
「君達の関係なんて誰にも言いふらす気は無い……けど、もしどうしても何か要求してほしいのなら、静かに寝させてくれ。 それだけで充分だからさ……ってのを伝えてたんだよアルマースさんに」
「あっ……そっかぁ」
言わんとしている事を察したらしく……察してくれたよな? 申し訳無さげに言葉が詰まるアルメリアさん。
アルメリアさんは孤児院出身なので、貴族的な言い回しはおろか行商人の話術にも明るくない。 が、最後に混ざってしまった毒はさすがに伝わったのか。
「その……ごめんなさい、騒がしくしちゃって。 レイ君もここまでありがとうね、授業に戻ろう」
ベッドから立ち上がろうとするアルメリアさんを慌てて殿下が引き留める。
「君は寝てなさいっ!」
「うぅ……」
ちゃっかり復帰しようとした彼女を再び横にさせる第一王子。 そんな2人のやり取りは、付き合い始めて1年の距離感には見えなくて……
(……よそう)
俺はそっとベッドで横たわった。
もうバレたし、いい加減付き合いきれない。
寝るか……と、カーテンを閉めようと手を伸ば――
保健室の戸が乱暴に開かれた。
「やっぱまだここに居たかサボり魔ぁ!」
貴族家らしからぬ粗暴さで怒鳴り込んで来たのは、殿下の取り巻きである銀髪男子。 『筋肉でできたデブ』ことラムプ・ブリネル・メナカイトと、
「まったく、いつまで経ってもお似合いな2人ですね。 いっそ卒業式まで休学して国外の観光地でも外遊に行かれては? きっと現状よりは学びを得られるかと」
平静に振る舞いつつも眼鏡の奥が笑っていない、紺髪男子『副会長』ファセット・クロス・エン=ハンスメントだ。
またうるさいのが増えた。
泣きたい。
「お前らっ、抜けてきたのか?!」
「テメェが帰ってこねぇからだろがダホがっ!」
驚愕する殿下にラムプが殴り掛かりそうな怒気を纏いながらズンズン迫る。 さすが、これまでにも度々拳を振り降ろしている姿が目撃されているだけあって、威圧感が口だけ素人のハッタリではない。
たじたじになる殿下に詰め寄る2人。 と、胸ぐらを掴もうとラムプが手を伸ばしつつ口を開いたところで――
「サボ……っぶぁだっ!?」
――それまでカーテンで死角になっていた俺と視線が合った。
何事かと、その後方から副会長が現れ、同じく横になっている俺に目を見張る。
「っ! ……あなたも居らしてたのですか。 これはこれは奇遇ですね――」
「言っときますが、寝不足でアヴィトに運ばれたのは俺が先ですからね。 文句は後から来て素で話してたそちらと、ギシギシうるさいここのベッドに訴えてください」
と、彼等が何か言い出す前に先手で主張を押し付けると、カーテンを閉め寝返りを打ち背を向けた。 話しかけるな・静かにしろの意である。
あえてアヴィトの名をチラつかせたおかげか、副会長が軽く咳払いし動揺を誤魔化したのが耳に届く。
「ぁー……では殿下、そろそろ授業に戻りましょうか」
「…………あぁ……養護教諭が来たらすぐにでも」
(はっ?!)
この期に及んでコイツ正気か!? と漏れ出そうになる声を喉元で押し殺す。 ほぼ同時に、もはや聞き慣れた鈍い拳骨音と殿下の呻きが背後で鳴った。
「いい加減にしろや」
腹の底から湧き上がってきたような怒りと圧に、痛がり怯みつつも尚も涙声で主張する殿下。
「グッゥ………。 な……なんならっ、俺も授業を休む! アルメリアを1人寝かせて放置すれば、それこそ授業に差し障るだろ?」
「〜だろ?」じゃないが? てか、いつもの事かよ情けない。
学内平等ゆえ人目も憚らずに仲睦まじくしていられるのも、この1年間だけと考えれば内心『好きにしてろ』だが。 過保護からか初恋に逆上せているからか、王族のくせに勉学に支障が出ている現状はみっともなさ過ぎて目も当てられない。
なんて頭を抱えたいのは俺だけではなかったらしく……
「まったく……これでは人員増強もやむなしですね。 嘸かし喜ばれる事でしょう」
「そっ……れは……」
呆れ疲れた副会長の含みある独り言に、さすがの殿下も臍を曲げてはいられなかったらしい。
今のは、『そんなに心配なら、アルメリアさんに来ている取り巻き(護衛)の件を通すぞ』という警告だ。
本来なら第一王子と正式に婚約した時点で要人扱い……どころか殿下の本気度から察するにそこらの令嬢達よりも遥かに格上の要人そのものであり、殿下とこの2人のような関係の取り巻きを連れ歩くものなのだが……
絶対、学園内でも人目を盗んでイチャイチャしたいだけだろ?
若しくは相当難しい人物が派遣されてしまうとか? ……となるとアヴィから聞いた真偽不明の噂、『アルメリアさんが聖女認定されるかも』って仮説にも現実味を帯びてくる。
仮にだとしたならば、誰が嘸かし喜ぶのかを言及しなかったのも、俺を警戒してで……眠気で頭が回っていないということにしとこう。
それでも尚「……しかし」と躊躇う殿下。 いつまでたっても煮え切らない背中を、今度はアルメリアさんが優しく押した。
「私、レイ君と一緒に生きていきたいんだって分かった日から、自分がどんなに恵まれていて世間知らずだったのか、沢山教わって。 皆に祝福されながら……なんて、もう恥ずかしくて言えないけれど、せめて王妃様と陛下みたいに、レイ君を支えられる私になりたい。 そう思って頑張ってたんだけれど、眠気で躓いてちゃ頼りないよね。 ヘヘッ」
「アリー……」
自虐的に笑うと、アルメリアさんは返事も待たずに「だからね」と続けた。
「努力は諦めないけれど、今日はもうこれでお終い。 ずっと心配させてたんだよね、ごめんなさい。 ちゃんと休むし、強がってこっそり自習なんてズルもしないから、安心して授業に戻ってほしいな」
「……っ…………ハァ」
なにやら、腑には落ちていない様子の溜息を腹の底から漏らしつつも、殿下が椅子から立ち上がる。
「カーテンは閉めていくし、起こされないよう書き置きも残していく。 授業にも欠席する旨は通しておくから、誰かが来ても気にせず眠っていていい。 ……それくらいはさせてくれ」
「……うん、ありがとう」
面映ゆさを誤魔化すように重ねる殿下と、想いを受け入れてもらえた事が嬉しそうな声色のアルメリアさん。
秘めていた内心を口にし、殿下の不安が癒される。
……なんて良い話風に纏まろうとしているが、相手は『カワイイ彼女と婚約した、四六時中一緒に居たいダメ彼氏』なのが哀しい。
なんだ……この、話しが噛み合っているようで何処かズレている感。
よくこんなんで婚約できたなこいつら。
その後。
「……おやすみ、アリー」「おやすみなさい」とカーテン越しに交わし、副会長が用意した紙にペンを走らせ、3人はラムプに急かされながら足早に保健室から出て行った。
静かな室内でやっといなくなった……と姿勢を仰向けに転がして上体を起こす。
正直もう色々と限界だ。 特に、こんなのが次期国王最有力候補の第一王子様なのかと、現実を直視するだけで……
生徒間平等とは言え、アヴィトのおかげか妙な信頼を得ていたようで助かった。 命は。
問題はあの取り巻き2人だけれど……その気ならこの場で言質を取りに来ただろうし、下手に刺激してアヴィトと敵対するリスクは避けたい筈。
あいつの学内新聞、何だかんだあっても人気だけは衰えないから。
まぁ……そうだな、カーテンを閉めてすぐ寝落ちしていた事にしとこう。 どうせ何も口止めはされていないが、後半の発言だけでも充分に危険だった。
この件はこれで終わり。 もう考えもしない。
俺は寝落ちしていて何も聞いていなかった、以上!
眠気でジンジン痛む頭を一旦整理し終え、体重移動だけでも大きく軋むベッドから足を下ろす。
「うるさくして、ごめんなさい」
立ち上がる途中で、カーテンの向こう側から謝られてしまった。
どうしてこうも間が悪いのか……いや事故みたいなものだが。
さて、こうなっては「何の話し?」は感じ悪いだろう。
であれば……
「アヴィはあれで話したがりでな、こっそり公開できない調査中のネタまでぶっ込んでくるから、心臓が止まりそうになる」
カーテンを少し開け、内履きを履いて歩き出す。
「何を気に入ったのかは知らんが、そういうことするのは俺だけらしい。 知ってた?」
「うんん」
若干、声に驚きの色が窺える。
本当に知らなかった様子。
「なら問題無いな」
俺の口の堅さは証明された。
引き戸を開け、廊下に出る。 眠たい寝たいと言っておきながらの行動に「あれ?」と背後から疑問が聞こえたので、取手に手を掛けながらその場で振り返った。
「トイレ」
色々と限界だった。
廊下を歩いていると、背後から保健室の戸を開く音がした。
アルメリアさんもか。
暫く手が付けられなかったため、文章に読みづらい点があったかと思います。
批評感想などご指摘いただけると助かります。
大筋は出来てるんですがね……細かい文章の組み立てやストーリー構成に自信が持てなくて苦慮してました。
決して、ウマ娘とIDOLY PRIDEとエルフの森にかまけていただけではありません。
他の作品も読んで参考にしたいんですがね…オススメあります?