侯爵令嬢 カトレア・クンツァイトの没落
遅くても更新は続けていきます。
アルマース国立学園・高等部。
冬を越し、新年を祝う恒例行事となった学内パーティー。 その最中。
誰にも知られることなく、事件は起きていた。
・ ・
「殺人!?」
「未遂な」
登校1番、座り慣れた後方窓際の席を早くから来て陣取っていた俺は、遅れて現れた学友であり、広報委員であり、大手出版社の御曹子でもあるアヴィトから、とてつもない一報を聞かされていた。
つい大声を張り上げてしまったが、教室には俺とアヴィしかおらず、廊下にも人影はまだ見当たらない。
その事に一息吐く俺を見て、アヴィが苦笑いを浮かべる。
「気にしなくて良いぜ、もうお貴族様連中には伝わってる頃合いだからな。 直ぐに噂として広がるよ」
「そう……なのか」
噂としてと強調する辺り、事の深刻さが窺える。
「で、殺人未遂ってどういう事だよ」
気にするな、とは言われたものの、小市民な俺がこんなとんでも情報を声高らかに噂できる筈もなく。
つい、いつものように前屈みで小声になっていた。
アヴィの眉間に、今年1番の深い皺が寄る。
「昨日の夜、またアルメリアさんが襲われたんだよ。 小等部の中庭で、短剣で刺されそうになったんだと」
声の深刻さからしても、冗談や不確定情報である可能性は低い。 てか、被害者があのアルメリアさんなのだから、もはや不可解じゃない。
「また? ……何でアルメリアさんばっかり」
もうこれで何度目だ。 数えるのも馬鹿らしくなってくる。
最近では彼女の努力や人望なんかも高く評価され、孤児院出身だからと未だに忌み嫌う者は、お貴族様連中でも極少数となっていた。
ってのに。
「犯人は……って、またどうせ王子様狙いか」
もうコソコソする理由がなさそうなので、俺はいつもの姿勢に戻した。
あれはつい先月、珍しく雪の多い時季だった。
その時の賊は身代金目的で、殿下と親しくしていたアルメリアさんを拐ったらしい。
もしかすると、その時取り逃がした残党が?
「いや……いやまぁ、王子様狙いっちゃ王子様狙いなんだけど……今回のは毛色が違う」
「毛色?」
「今回のは身代金じゃなくて愛憎。 それも飛びっきり重くて醜悪な、な」
そこまで言うか。
珍しく真面目そうなのが、茶化せそうにない雰囲気からも伝わってくる。
これは、聞く側も相当覚悟しなきゃ、だな。
俺の聞く準備が整ったのを察し、アヴィが満を持して爆弾を投下した。
「犯人はあの侯爵令嬢カトレア・クンツァイト。 今までのアルメリアさんへの嫌がらせも全部、あのクンツァイト嬢が裏で仕組んでたんだとよ」
「は!?」
仮に冗談だとしても、これは笑えない……
・
『侯爵令嬢が、平民の女子生徒を陥れていた』
この噂は俺達が洩らすまでもなく、瞬く間に全校生徒中へと広まっていた。
その後、1時限目の授業が急遽変更され、全校集会にて箝口令が敷かれた事により、噂は事実なのだと誰もが確信する。
箝口令と言うと物々しいが、実際には渦中の殿下とアルメリアさんがそれぞれ事情を説明し、『こちらにも非がある』・『騒がせて申し訳ない』という旨を壇上で公言したに過ぎない。
俺としては、暗に『これ以上騒ぎを大きくするな』・『校外に広めるな』と釘を刺されたような気がしたけれど。
・ ・ ・
そんな全校集会から早1ヶ月。
黒幕が失脚したことで、アルメリアさんを取り巻く環境は劇的に変化した。
人間関係にこそ大きな変動は見られなかったが、これまで表だってアルメリアさんを支持できなかった低級貴族層が、目に見えて彼女へと友好的に接するようになってきたのだ。
なんせ睨みをきかせていた侯爵令嬢様が勝手に消えてくれたのだからな。 みんな口にはしていないが、圧政から解放された民衆のように雰囲気が軽くなっている。
近々、アルメリアさんと殿下の婚約を祝うパティーまで開かれるらしい。
まだ正式な婚約とまではいかないが、他にも祝いたい事があるようだから、誰1人として細かい所は気にしていない。
そんなお祭りの準備ムードの中、アヴィが新たな爆弾を投下した。
「クンツァイト嬢が明日から登校するってよ」
「っ!?」
先月と同じく朝1番の、先月と同じく眉間に皺を寄せつつ告げた情報通に、俺はまた周囲を確認し、前のめりになって小声で続ける。
「普通、退学じゃないのか!?」
「普通じゃねぇ事が立て続けに起きてるからなぁ……腐っても侯爵令嬢様って訳だ」
今回は内密な情報なのか、アヴィも周囲を気にしているらしく、小声でそう返してきた。
「侯爵家の令嬢が一方的に婚約破棄された挙げ句、そのお相手だった王子様は平民とラブラブ。 耐えかねて殺害を目論み、過去の悪事までもが全て明るみになって退学とか……外聞悪い所の話じゃないもんな」
侯爵家とは、この国では王族や公爵(王族の親戚)の次に強い権限を保持し、国境を任された最高位貴族様だ。 しかもクンツァイト侯爵家と言えば、この国における元平民の成り上がり物語の元祖としても有名で、カトレアさんは現当主の愛娘。
そんな婚約者を一方的に切り捨てた挙げ句、殺人未遂にまで拗れたとなれば……下手すれば噂ですら捕まりかねない。
と、俺はあの日の王太子の顰めっ面を思い出す。
「おいもしかして全校集会のって……」
「気付いてなかったのか? あんなの、事件を握り潰すための方便に決まってんだろ。 侯爵家との不祥事とか、国家レベルでの大事件だっつうの」
机に膝を突き、頬杖をするアヴィの顔は、渋々納得しつつも腹に据えかねている様子で。
出版社の跡継ぎにして、(自称)アルメリアファンクラブの一会員としては、仕方の無い反応だろう。
小さな商家育ちの俺ですら、モヤモヤの残る結末だ。
今日から暫く、荒れそうだな。
・ ・
「そうでもなかった……」
昼休み、弁当片手に、屋上へと続く薄暗い階段を1歩1歩登りながら、俺は自らの見識の甘さを反省していた。
いやまぁ、所々で影口は聞こえたし、全く変化が無かったって訳じゃない。
ただ、せっかくのお祭りムードが壊れないよう、皆で必死に空気を読んで支えあってる感じ……で、ずっと妙だった。
誰も彼もが笑顔の仮面を貼り付けたままと言うか、空元気と言うか。
それもこれも、王子様と被害者であるアルメリアさんが、揃って『こちらにも非がある』なんて釘を刺したせいだろう。
あの2人がそう言うのだから。 加害者を必要以上に責めるような真似は、あの2人も望んでいない。
と。
てか、アルメリアさんが言っちゃってるんだよなぁ。 「私のせいなので」って。
こうなるともう、『クンツァイト嬢を責める=アルメリアさんが罪悪感に苛まれる』の図式が完成しちゃうので、誰も話題にすら出せない状況なのだ。
だから表面上は荒れていないので、俺の予想は外れた事になる。
将来は行商人の道をと考えている俺にとっては、情勢を見誤るとか手痛い誤算でしかない。
「……っと」
屋上の頑丈な鉄扉を開け、まだまだ肌寒い外気を全身で浴びながら、1台しかない木製のベンチに目をやると。
紅髪の見慣れぬ後頭部を発見した。
足が止まる。
「うっわ、先客かよ」
しかもあの襟、女子かぁ……
つい嫌悪感が口走る。 万が一聞こえていたなら許してもらいたい。
わざわざ屋上にまで来ているのだから、景色を楽しみに〜とか、失恋を癒しに〜とか、友達や恋人と待ち合わせとかの可能性は極めて高い……いやそれ以外だとしても、後から弁当持って来た奴に席なんて譲ってくれないだろ? 他に行けって顔されるわ。
貴族の子女なんて特にそうだ。 あいつら不満があると名前を聞いてくるから苦手だ。
……そうか、下手したらお貴族様って可能性もあるのか。 こんなサークル活動用の別棟屋上に貴族なんてまず来ないが。
何れにせよ、3人掛けベンチだからって「隣良いですか?」はハードルが高い。 例え座れるとしても、嫌な顔されつつ席を譲られた時の気不味さといったらもう……空腹ですら味が無くなる。
しかし困った、食後は予鈴まで横になって仮眠するのが日課なのだが……これでは確実に横になんてなれない。
しかし地べたは……地面じゃないとは言え雨風に晒されているだけあって、綺麗とは言いがたいんだよなぁ。
それならまだ、首を痛める覚悟で座ったまま目を瞑っていた方が遥かにマシか。 他に行ける場所も無いし。
(……よし)
行商人を目指す者として、失敗も1つの経験と、割り切ることにする。
なぁに、大切なのはそこから何を得るかだ。
幸い女生徒は左側に少し寄っていて、右には座れるスペースが残っている。 そこが光明と見た。
意を決し、軽く深呼吸。 冷たい空気が肺に送り込まれ、僅かではあるが冷静さを取り戻す。
「○○先生が探してましたよ?」と伝える時の気軽さを意識しつつ、廊下を歩く時の足取りで歩を進め、いつもより遠く感じたベンチに先制して弁当を置く。
「ここ、良いですか?」
(よし声は裏返っていない!)
内心バクバクしつつも必死に平常心を装う。
我ながら自然なアプローチだと自画自賛していると、ふと女生徒の横顔が見え、「っ!?」と息を飲んだ。
ゾワッと血の気が退く。
そこに居たのは忘れもしない、真紅の薔薇とも賞されし高嶺の華。
愛憎の末、殺人未遂を犯した侯爵令嬢、カトレア・クンツァイトその人だった。
「……」
「……??」
不用意に声を掛けてしまってから数十秒。 聞こえていなかったのだろうか。 一向に反応が無い。
緩やかなカールのかかった真紅のロングヘアーに、大人びた顔立ち。
背丈も女子にしては高めで、スタイルも太過ぎず細過ぎず、欠点など見当たらない。
才色兼備、文武両道。
まさに完璧と言って差し支えない理想的なご令嬢だ。
棘のある、きっつい目付き以外は。
一瞬、思い出しゾクッとし、立ち去るべきか……と反射的に警戒したのだが――話し掛けておいて返事も聞かず逃げ去るのは、いくらなんでも無礼ではなかろうか――との躊躇に、足がその場で縫い付けられてしまう。
こういう時はむしろ、愚痴の1つや2つくらい好きに言わせて、今のうちに発散してもらうべきだろう。 後々にまで拗れて、退学したくない。
――などと思考を巡らせている間ですら、クンツァイト嬢は微動だにしておらず。
……あれ? 寝てる?
少し遅れて、俺は想定と現実の差に気が付いた。
でも目は開いてるし……
「…………」
何か、案山子並みに動きが無いせいか、段々と動悸が治まってきた。
落ち着いて見てみると、横顔なので分かりづらいものの、表情にいつもの覇気が無く、瞳も虚ろっている。……気がする。
悪魔に魂でも抜かれたかのような。
無視とかではなく、心ここに在らずで……本当に聞こえていないのかも知れない。
(これは……)
座って、良いのだろうか。
こんな思考、アヴィがいたら「頭沸いてんのか!?」とかバッサリ罵られそうだけど、この時の俺はそうとしか思えなかった。
いやまぁ、あの2人に釘を刺されたからって訳じゃ無いんだが、クンツァイトさんも反省してるって話しだからなぁ。
俺は部外者だし、叩く理由も無い。
それにだ、今の校内を鑑みると、ここで下手に立ち去るのは『避けられている・嫌がられている』と深読みされ兼ねないのもある。
そうなるのは、なるべく波風起てたくない、風化してもらいたい派にとっては疎ましいもの。
いやまぁ、誰1人として隠す気もなくまさにその通りなのだけど。
とはいえ俺は、そいつらともちょっと違う。
て訳で、震えそうな足と声に勇気を振り絞り、なるべく『意識してませんよー』風を装ってみる。
「じゃぁ、失礼して」
既に置いてしまった弁当の隣、ベンチの右端へと腰を下ろす。
クンツァイト嬢も1人なのに、左へ寄っていて助かった。 普段の俺みたいに中央で堂々と寛がられていたら、会話しなきゃならなくなるからな。 それは流石に心の準備と覚悟が要る。
だから俺は中央で陣取っている訳だけど。
手早く弁当の包み布を解き、冷蔵庫にあった適当な野菜やハムを重ねただけのサンドイッチから食べ始める。
(そういえば、今日中に魔石発注しておかないとな。 冷凍庫要る時に使えないのは節約とは言わん)
軽くトーストしたパンのカリカリ食感と小麦の香ばしさが、その間に挟んだ葉物野菜、チーズ、ハムとの相性を抜群にまで引き上げてくれている。 にしても、今日は良い天気だな。 ここ数日雨風が酷かった反動か、雲の少ない麗らかな青空で日差しが暖かい。 と、中庭の方から複数人の女子生徒達と思わしき話し声がこんな所にまで聞こえてきた。 昼食くらいはと解放感を求める一般生徒にとって、中庭での昼食は早い者勝ちのオアシスとなっている。 特にこの時期、漸く雪が溶け、爽やかに晴れたこんな日は格別だ。 だから俺は屋上を選んだ……のに。
「…………~っ!」
やっぱ無理だぁ~。 内心誤魔化してはみたものの、どうしても隣が気になって仕方がない。
改めてよく見れば、燃えるような紅い髪は気持ちくすんだ様子で、艶を失い毛先もくしゃくしゃと整っていない。 生きているのか?と疑いたくもなる表情からは、未来の王妃たる覇気どころか生気すらも乏しくて。
そして何より目を引くのが……アヴィから聞いていた通りで気分が悪い。
クンツァイト嬢が太股に力なく乗せている両腕。 その傷1つ無かった綺麗な手は……左だけ、手首から先が無くなっていた。
思い付き投稿なため、ナメクジ更新です。
批評感想いただけると助かります。
タグに迷ってまして、悪役令嬢物かなぁ?と思ったのですが、なんてタグをつければ良いのでしょうか……