51 コンドミニアムから
幸いなことに、ナイアスの『家』はユウノシンのコンドミニアムのすぐ隣のマッスだった。Jエリアでもうんと離れた場所だったら、リニアエクスプレスを使わなければ午後までに戻ってこられないかもしれないのだ。
隣のマッスなら、ランドムーバーだけで行ける。
ユウノシンはミズホさんに協力を仰いだ。
「そーか! ついにナイアスちゃんと外でデートするか!」
「い・・・いや、そういうんじゃなくて・・・。ハルミオの舞台の役作りのために・・・」
「はっは! 照れるな、照れるな。男と女は本来、フィジカルで直接会うべきものなんだ。」
この人の考えはぶっ飛んでるよな——。
「それで・・・あの・・・、ランドムーバーをレンタルしたいんですけど、フィールドワーカーの助手っていうことで口きいてもらえません?」
「お安いご用だ! 2人の恋の成就のためなら、なんでもしちゃうぞ? わたし!」
いや・・・、どこまでがジョークなんだ? この人・・・。(^^);
「ついでに、コンドミニアムDの近くで景色のいい森とか知ってます?」
「うん、いろいろあるぞぉ。今、地図送ってやるよ。あ、それから、外に慣れるまではわたしのことは言うんじゃないぞ。どんな誤解を受けるかわかんないからな。」
「そ・・・それはさすがに分かってますよ。」
とは言ったものの、実はすでに誤解されかかった。
ユウノシンはナイアスに、どうやって外に出たのか迂闊にも言ってしまったのだ。
「はあ? 実肉体で会った!? しかも女の人!!?」
「い・・・いや、だから・・・!」
愕然とした表情になったナイアスに、必死の説明を試み、どうにかこうにか「ミズホさんというのはフィールドワーカーで、外の世界の素晴らしさを教えてくれた先生なんだ」ということを半信半疑ながら信じてもらったのだ。
だから・・・。この「外出」は絶対に成功させないと・・・。2人の関係にヒビが入るかも(?)・・・。
ナイアスには、今日中にフィールドワーク用の外着を手に入れておくように伝えてある。一応、念のためにネットで調べてみたが、即日入手できる在庫はあるようだった。
サイズが合うのが手に入るといいけど・・・。
もちろん、2人とも親には内緒だ。
翌日朝早く、レンは『家』を出てレンタルランドムーバーの置いてある車庫まで、コンドミニアムの廊下を歩いた。
フィールドワーク用の服を着て、マスクにはユウノシンが表示してある。
前の時はミズホさんが『家』のある場所のすぐ前まで迎えに来てくれたから、そのままランドムーバーに乗って行っただけだった。
子どもの頃病院に連れていかれた時は、移動用のホスピタルムーバーで連れていかれただけだから、内側の廊下を歩くのはこれが初めてだ。
当たり前だが、誰とも出会わない。
不思議な感じだった。
まるで時期外れに冬眠から目覚めてしまった子リスが、本来いてはいけない場所に彷徨い出てきてしまったみたいだ。
ちょっと怖くて、ちょっとワクワクもする。
レンタル会社の車庫に、少しサビの浮いたランドムーバーは置いてあった。
シートに座って、ミズホさんから受け取ったコードを入力する。行き先にナイアスの『家』の住所。
モーター音が聞こえて、ランドムーバーは静かにコンドミニアムの外へ出た。
道路、というものが何のためにあるのか、今ひとつレンには分からないが、とにかく道路に沿ってランドムーバーはナイアスの『家』のあるコンドミニアムへと走り続けた。
空が青さを増して、ランドムーバーの後ろの方から眩しい朝陽が昇ってきた。
それはコモンの中のそれとは少し違った。もっと、何か、みずみずしいエネルギーに満ちている。
レンは目を細めて、窓から見える木々を見上げた。
葉の1枚1枚が光っているようだ。
約束の時間より少し早く着いたが、ナイアスはコンドミニアムの道路側の出入り口の脇に立っていた。
コモンで見るより、少し背が低いかな? 外着は、ちょっと上着のサイズが合ってなさそうだった。ブカブカしている感じがある。
「待たせた?」
レンがムーバーのドアを開けてすぐ声をかけると、ナイアスはふるふるとマスクを横に振った。
表情にちょっと調整が入っているかもしれない。
「乗って。」
レンが体をずらして、ナイアスを座席に招く。
「すぐ近くなんだけど、僕はマニュアルで運転はできないから、ランドムーバーは道路の端に停めて少し歩くよ?」
ナイアスはそっと車内に入ってきて、レンとの間を開けて座席のいちばん端にちょこんと座った。
ランドムーバーを少し走らせて停めると、レンはナイアスを誘って坂道を登り始めた。フィジカルの足で——。
ナイアスはその後を追う。その後ろ姿は、想像してたより背が高い。腕や脚も太くて、体ががっしりしてる。
でも、マスクの顔はいつものユウノシンだった。
フィジカルの足で、外を歩くなんて——。
こんな経験、したことない。
なんで、ユウノシンはこんなに自信たっぷりなの? 前にもここに来たことあるのかな? でも、前回が2回目だって言ってたよね?
そんなことを考えながらも、マスクの中に入り込んでくる森の匂いにナイアスはもう感動し始めていた。
やがて、少し開けた草っぱらに出た。
木々に囲まれた空が青い。
コモンのそれとはまるで違う。
ユウノシンは、これを見せたかったの? これを感じさせたかったの?
そうして、ナイアスが空からユウノシンの方に視線を戻すと・・・、
そこにユウノシンはいなかった。
「え?」




