50 注文の多い演出家
「まさか、でしたよ。まさか初日の前日に化けるとは——。おかげで、照明から音響まで大わらわの修正になっちまった。」
舞台後のインタビューで、嬉しそうな顔でハルミオはそんなふうに述懐したのだった。
* * * * *
「そうじゃねぇ! そこは、それじゃダメなんだ!」
やがて、稽古は大詰めを迎えてゆくが・・・。
ゲネプロに向けて各キャストが順調に仕上がってゆく中、ナイアスだけがハルミオの期待を満足させられないでいるようだった。
「・・・やっぱ・・・素人をいきなりこの役に起用するのは、無理があったか?」
ハルミオはちょっと独り言のようにつぶやいてから、大声でユウノシンを呼んだ。
「ユウノシン! ナイアスに教えてやれ!」
な・・・何を?
僕だって、演劇は素人だけど・・・?
「ユウノシン。おまえ、キマオウの役ちょっと演ってみろ。」
「は?」
「キマオウの最後のシーンだよ! 台本は読んでんだろ?」
「え? リンドアさんがキマオウなんじゃ・・・」
リンドアは立ったまま、にやにや笑っている。ハルミオがイラついた顔を見せた。
「今だけ代役だよ! いいから、そこに寝っ転がれ!」
ユウノシンは訳も分からず、床に横になる。
台本では、キマオウの薄れゆく意識の中で、シドが踊っているラストシーンだ。キマオウは死ぬのか、それともただ意識を失うだけなのか、分からないまま物語は終わる。
ユウノシンは原作の小説の方も読んだが、そこは同じ終わり方だった。その先は、読者の、観客の、想像の世界に委ねられる。
そんな中で踊るシドは、幻なのか実体なのか? それもよく分からない。
小説の方でも、どちらにもとれるように書いてあった。
そんな儚い存在としてのダンスは、ユウノシンが教えた「技術」によってナイアスは十分表現できているはずだ。
ハルミオは何が気に入らないんだろう?
「彼はキマオウだ! シドの最も大切な想い人だ! その彼が死ぬかも知れない状態にある。彼の魂を呼び戻すためにシドは必死に『月の精』を踊るんだ! わかるか?」
ユウノシンが死なないように? 魂を呼び戻すために? 月の精のダンスを踊る!
ナイアスは踊り始めた。
帰ってきて! 帰ってきて! ユウノシン!!
「ダメだ、ダメだ! それじゃナマ過ぎんだよ! 月の精になってねえ! キマオウに『月の精』だと信じ込ませられなきゃ、キマオウの魂は戻ってこねぇだろーが!」
ナイアスは再び踊り始める。
今度はハルミオはしばらく腕組みして見ていたが、また腕を振り回し始めた。
「そうじゃねえんだ! それじゃ、元の木阿弥。完璧な『月の精』のまんまだ! いいか、ナイアス。おまえら恋人同士だろ? もうすぐ16にもなるんだからセックスくらいしたことあんだろ?」
なっ!
ユウノシンが真っ赤になった。ナイアスはもっと、目鼻も分からないくらい真っ赤になって、すぐに『平常心』に表情固定してしまった。
リンドアが、ガッとハルミオの肩をつかむ。
「それはセクハラです! お師匠!」
「うるせーよ! 本題はここからだ! おまえら、それを普段の表情で表に出したりはしないだろ? 同じことだよ。シドも恋心を懸命に隠している。特に今は、必死に隠して、清いだけの『月の精』を踊らなければ、大切な人の魂は逝ってしまうかもしれない。だが! そう思えば思うほど、隠しきれない生々しい想いがわずかに漏れ出てしまうんだ。ほんのわずかに、だ!」
ナイアスのほっぺたに小さな四角い窓が開いて、内側の連動の真っ赤な頬が見えた。
「いや・・・。そうじゃなくってだな・・・。」
ユウノシンはハルミオの言わんとしていることは、頭では理解できた。
でも、それは・・・ナイアスには無理じゃないか? 良くも悪くも正直な子なんだ。
月の精を踊るとなれば、月の精になりきってしまうし、想いを持てば、それが全面に出てくる。
月の精でいながら、どうにも自然に漏れ出てしまう生命への想いなんて・・・。
「いや、悪かった。ナイアスもユウノシンもよくやってくれたよ。演劇シロートがここまでくれば、十分すぎるほどだ。オレが高望みだっただけだ。」
ハルミオはそう言って、パンと手を打った。
「あとは照明と音響でうまくやろう。ナイアスはそのまま、月の精を踊ってくれればいい。その背後にわずかに見えるほどの赤い照明をつきまとわせる。まるで影みたいにだ。音響は明日のゲネプロで合わせるよ。ご苦労さん。」
ゲネプロとは、稽古の最後に照明や音響などの効果も合わせて、全体を本番さながらに通してみる総仕上げのことだ。
キャストの役作りは終わった。
「音響や照明や背景を調整して、通しは午後からやるから、キャストのみんなは午前中は身体を休めていてくれ。」
稽古が早めに終わったので、空はまだ明るい。
その空をユウノシンと一緒に飛びながら、ナイアスはむすっとした表情を見せていた。
「もういいじゃん、ナイアス。ハルミオも謝ってたじゃない。」
「そうじゃないんだ。わたしは悔しいんだ。」
ナイアスは怒ったような顔をする。
「シロートだからこれで十分なんて・・・。あの人が望んだシドはこれじゃないんだ。それなのに・・・、これで初日を迎えるだなんて・・・!」
自宅前に降り立っても、ナイアスは中に入ろうとしなかった。
「ユウノシンだったらどう踊る? わたしはユウノシンほど器用じゃないけど・・・。」
ユウノシンは少し考え込むように沈黙した。
「ナイアスの場合、良くも悪くも正直だから・・・。1つの表現の裏に別の表現を隠しながら見せるって、苦手なんだろうと思う。だから、隠しながら見せるなんてややこしいことせずに、月の精を踊っているんだけど、自然に何かがにじみ出る——そんなふうにできればいいんじゃないかな。」
「もっとムツカシクて、わけ分かんないよ・・・。」
「ねえ、ナイアス。僕がコンクールのダンスの前に『感動』した何かについて、ナイアスにだけ教えるって約束したよね? 前に・・・。」
「? ・・・うん。」
「ナイアスのコンドミニアムの住所、教えてくれない?」
「へ? OUTした時の『家』のこと?」
「うん。僕の『家』はCU-G-2175-4。」
「なんで?」
「外に出てみない? 明日の朝、迎えに行くから。外で、景色のきれいなところに。僕のコンドミニアムと近いといいんだけど・・・。」
ナイアスはキョトンとした表情になった。
「外って・・・『家』の外のこと? コモンのじゃなくて?」
ユウノシンはにこにこ笑っている。
「うん。あの時、僕は外に出たんだ。」
「え・・・?」
それからナイアスの顔が真っ赤になった。
「えええええええええええええ!!?」
そ! ・・・それは! 実肉体で直接、会うってこと——? ユウノシンと・・・?
「あの時が2回目なんだよ。外に出たのは——。それで・・・、外の森で踊った。」
ナイアスは目をぐるぐるにして、顔が真っ赤になって・・・、理解が追いついていない。
「そこで得たものが、あのダンスにつながったんだ。ナイアスにもきっと、得るものがあると思うんだよ。」
「で、で・・・でも・・・」
ナイアスは顔を赤くしたまま、あわあわの表情を浮かべている。
「わたし・・・、こ、このアバターほどフィジカルはスタイルよくないし・・・! か・・・顔だって・・・。」
「僕だっておんなじさ。」
ユウノシンは笑った。
「アバターはアバターだもん。僕は、ナイアスの形が好きなんじゃなくて、その中身のミキが好きなんだ。」
ユウノシンは言ってから少し顔を赤らめる。
「明日、外に出てみない?」
ナイアスはしばらく頬を真っ赤にしていたが、やがて、黙ったまま小さくうなずいた。




