49 それぞれの一歩
「千秋楽になるまで、しばらくダンススクールの方には行けません。」
ユウノシンからそんなメールがシャスルコーチに届いたのは、ハルミオの稽古場に行った翌日だった。
「まあな。あのハルミオの舞台だからな。しかも1ヶ月前からの参加じゃ、他のことなんかやってる余裕ないだろ。」
コルンがそんなふうに言って笑う。
「ハンパな気分でついていけるような稽古じゃないだろ。一部じゃ『新人潰し』なんて嫌なあだ名までついてるしな。」
「コルンおまえ、それ知っててナイアスに勧めたのかよ?」
「本当にそんな嫌なヤツだったら、『ハルミオ軍団』なんてチームはできないよ。グローバルな芸術賞なんて取れないし、あんな舞台はできないさ。」
「コルンは、観たことあるの? ハルミオの舞台。」
「ああ、感動したね。今度のミュージカル、シャスルも絶対観に行った方がいいよ。ミュージカルだからダンスはかなり中心的な表現になるはずだから。」
コルンはけっこうハルミオのファンらしい。
「でも『新人潰し』はあながちデマじゃないかもしれないぞ? 今度だって1人病院送りになって、その穴埋めにユウノシンが呼ばれたっていうウワサも聞こえてきてるしな。」
「シャスル、おまえ、どっからそういう裏情報入ってくんの?」
「まあ、いろいろな・・・。」
「だけど、ナイアスは『楽しい!』ってメールよこしたよ?」
「それは、オレのとこにも来てる。」
「だったら、いいじゃん。そんなブラックな所だったら、あのナイアスが『楽しい』なんて言うわけないって。ウワサはウワサだよ。本人が病気で入院しただけかもしれないし。それに、チャンスじゃないか。舞台が成功すれば——成功するはずだけど——コヒラノ所属のダンサーが2人も出てるって、いい宣伝になるぜ。」
コルンがちょっとドヤ顔をして見せる。
「なるほど。スクールとして先を見てる、ってわけかぁ。」
感心したみたいなことを言いながら、シャスルは少し意地悪な顔をする。
「だけど、ナイアスがそのままハルミオ軍団に残る、とか言い出したらどうすんだよ?」
「あ・・・・」
「ナイアスが残るって言ったら、ユウノシンは十中八九ついていくぜ?」
「あわわ・・・」
シャスルは笑った。
「いいんじゃないか? あいつら若いし。選択は彼らがするんだ。俳優になるにしろ、ダンサーとして生きていくにしろ、どっちにしたっていいステップになる。」
コルンも笑顔になった。
やっぱ、こいつは教師に向いてるなあ———。(経営者には向かない、っていう意味)
キラントは相変わらずシャスルコーチの元にジョーゴをやりに週2回やってきている。
ナイアスに続いてユウノシンもいなくなったので、時にはマンツーマンみたいになることもあった。
キラントは時々ふと寂しそうな顔をする時があるが、それでも欠かさずジョーゴをやりにくる。
「相手を読む、っていう能力は絶対に必要なものなんで——。」
とキラントは言う。彼にとっては、ジョーゴはダンスではなく格闘技なのだ。
「オレ、1ヶ月後にプロデビュー戦が決まったんスよ。」
「そいつはおめでとう! 必ず応援に行くよ。・・・あ・・・。」
1ヶ月後、ということは・・・。ハルミオの公演とカブる。
「あいつらには言わないでおいてください。ミュージカルの公演中になるから。余計なこと考えたりやったりしてるような余裕はねぇはずだ。オレみたいな天才じゃねーからよ。それによ、こんなショボい試合じゃなく、おれはもっとビッグな試合にあいつらに来てほしいんだ!」
こいつは・・・。(^^;)
デビュー前に、すでに口だけはビッグだ。(笑)
でも、この大口はたぶん、あの2人へのキラントなりの気配りでもあるんだろう。本当はちょっと寂しいくせに——。
こいつも成長している。
シャスルはそんなふうに思って、それをジョーゴに表現してみた。キラントは少し照れながら受け取ってくれたような動きを見せた。
確かに成長している。前は、こんな反応はなかった。
「格闘家用のスーツは新調できたの?」
シャスルが訊くと、キラントは両の親指で胸を指して見せた。
「今着てるやつがそれですよ。反応がいい。オレの身体にちゃんとついてくる。今はまだ慣らしのトレーニングしてるけど、オレのスピードと破壊力はジムでも注目されてるんですよ。」
「チケット取らなきゃな。『猫たちの夜』の方も。」
「オレも千秋楽のチケット買う予定です。倍率高そうなんで、その前日の分と重複応募する予定。そんときゃもうオレの方の試合も終わってるから。できれば千秋楽の方で取れて、オレの圧倒的勝利の土産話を持って楽屋訪問したいっすね。
オレのデビュー戦のチケットは、10枚くらいここに持ってきますよ。ノルマがあるもんで・・・。」
キラントはそう言って、ちょっと情けなさそうに笑った。
なにしろ、新人のデビュー戦のチケットなんて、関係者くらいしか買わないのが普通だ。
しかし。
そんなキラントの予想は、いい意味で外れた。
ハルミオのミュージカルの千秋楽のチケットは上手く取れた一方、自分のデビュー戦のチケットの方はダンススクールに3枚持ってくるのが精一杯だったのだ。
売れたのである。
新人のデビュー戦のチケットが、珍しいことに。
「どうも、オレがプロテストであれやっちゃったのが原因らしいんだ。対戦相手が『新人潰し』ってあだ名されてるいやらしいベテランらしくってさ。プロテストでカポエイラの技使ったオレとの試合が話題になってるらしくて・・・。まあ、他の新人がオレとの対戦を敬遠しちゃったってのもあンですけど。」
「私が変な技を見せちゃったのがいけなかったかな・・・。」
シャスルが心配そうに言うと、キラントはむしろ得意そうに言った。
「早速ビッグネームへの第一歩だ。だぁいじょうぶ! オレは潰されたりしませんよ! そいつぶっ倒すためにも、ジョーゴの練習は必要なんス。読みが先手取れれば、それだけ有利っスからね。」
キラントはジムに練習に行く前後に、必ずシャスルのもとに顔を出すようになった。
「試合前にもう1回、メストレに会いに行ってみるかい?」
「その時間はさすがにないと思います。今ジム休んだら怒られちゃいますよ。それにしても、あの人の読みの力ってのは、人間離れしてましたよね。生まれつきの能力なんですかね?」
「なんでも、外に出て練習してるらしいよ。私も誘われたことがあるけど、さすがにそれはね・・・。」
「ええ!? 外って?」
「外は、外。コモンの外だよ。」
「フィジカルでジョーゴ、やってんスか? だ・・・誰と?」
キラントはあの捉えどころのない、いつもにこにこしているようなメストレが、実肉体でジョーゴをやっているところを想像して——いや、実のところそんな映像は上手く想像できないのだが——なんだか少し、あのメストレが不気味に思えてきた。
「大丈夫っす! オレ、ハヤトに引導渡す格闘家になるんで。そんな新人イジメみたいなヤツに引っ掛かってる場合じゃねぇっスから!」
ユウノシンが思ったほど、ハルミオの舞台は簡単ではなかった。
そして、ユウノシンが思った以上に、ハルミオの稽古場は楽しかった。
要求されるレベルが、ものすごく高いのだ。全力でついていかなければ、演出家の求める場所に届かないのだ。
自分の能力の限界を突破しようと、背伸びし続けるような感覚はユウノシンには初めてだった。
「ナイアス、ありがとう。こんなに、楽しいのって・・・、なんて言うか、首にロープかけられて爪先立ちで背伸びしてる気分・・・!」
「それ・・・どういう表現?」
「全力でついて行くって、楽しい! ってこと。」
ハルミオが満足そうな顔でユウノシンを眺めている。かなり仕上がってきたリンドアが、そんなハルミオに話しかけた。
「とんでもない新人がいたもんですね。」
「おまえ、あいつのダンスコンクールでの動画見たか?」
「ナイアスに見せてもらいましたよ。お師匠にあそこまで言わせたヤツのダンスって、どんなんだろう? って思って・・・。バケモンですね。お師匠以外にあんなオーラ出せるヤツがいるとは思いませんでしたよ。」
「オレが驚いたのは、その後だよ。ソロパートが終わってバックに戻っていった後、あいつがどこにいるか分かったか?」
「そういえば・・・。」
「あの出力調整ができちゃうところが、あいつのとんでもない器用さなんだ。一種の天才だよ、あれも・・・。」
「お師匠は不器用ですもんね、そういうとこ。(笑)」
「うるせーよ!」
「お師匠。あいつと2人舞台だったら、演れるんじゃないですか? 脚本創ってみたらどうです?」
「バカやろー。そんなんは、まだ2〜3年先の話だ。おら、油売ってねぇで仕上げるぞ。」
そんなふうに言いながら、ハルミオはちょっと嬉しそうな笑顔を見せた。
舞台の上で、オレを受け止めてくれる相手になるかも知れねぇ。あいつ——。
お師匠がこんな笑顔を稽古中に見せるなんて・・・。リンドアも初めて見る。




