48 その先に
グロースは筋肉酷使と疲労による腱断裂と診断されたということだった。全治1ヶ月。
完全にチッパー役に穴が開いた。
午後から稽古場に来たハルミオは、すこぶる機嫌が悪かった。
「くそったれ!」
入ってくるなり、自分の指定席になっている椅子を蹴っ飛ばしてひっくり返した。
それから、情けない顔になって自分でそれを起こす。そこにペタッと座って呆然とした表情を見せた。
「プロ意識が足りねーだろがよ・・・。」
そういえば、とナイアスは思う。
ハルミオさんが表情を固定にしたところを見たことがない。あの人はいつも、自分の表情を隠さない。
「お師匠さんは午前中、グロースの見舞いに行ったんだと思うよ。コモンの面会棟から入院してるグロースのマスクと接続してさ。メンタルのケアをしてきたんだろうと思う。ああ見えて。」
リンドアがオーディション組の面々のいるところでナイアスに言った。他の人にも聞かせたいんだろう。
「ちゃんと治してきたら、次も使ってやる。くらいのことを言ってさ。こんな大ポカやったのを実際にまた使うかどうかはわからんけど。少なくともそう言っておけば、グロースはしっかり治そうとするだろう。
今しっかり治さなければ、クセになるかもしれない。そうなったらあいつは役者としてもダンサーとしても、将来の幅がぐんと狭くなっちまう。グロースはまだ19なんだ。」
ナイアスは、チラとハルミオさんの方を見た。普段ならこんなふうに立ち話なんかしてたら「おい、油売ってんじゃねーぞ!」と怒声が飛んできそうだが、今日のハルミオさんは、ぼさーっと天井を見上げている。
「あの人はこういうことがあると『新人潰し』とか悪口言われるけど、そうじゃない。1人1人の将来をちゃんと見てるよ。」
そう言って、リンドアは心配そうにハルミオの方を見た。
「口はめっちゃ悪いけどね。」
突然ハルミオが椅子から立ち上がったので、話を聞いていた皆がビクッとした。
「ダメだ! いくら思い出しても、オーディションに来たやつらの中で1ヶ月後の公演に間に合わせられそうなヤツがいねぇ・・・。おい! お前ら。誰か即戦力になるようなやつ、知らねーか?」
かなり追い詰められた顔をしている。
「それとも・・・・。いっそのこと、チッパー役だけオレが演るか・・・?」
それはまずい! とリンドアだけでなく、レギュラー組は思った。
全員喰われる・・・。舞台が成立しない。チッパーが主役になっちまう・・・!
「な・・・何人か当たってみます!」
「あ・・・あの・・・。」
ナイアスが困りきった表情のハルミオに、恐る恐る声をかけた。
「この動画、ちょっと見てもらえますか?」
「あ゛?」
機嫌の悪い声だが、声に元気がない。
ナイアスはプライベート用のモニターを出して、ハルミオの方に向けた。
「この前のダンスコンクールの動画なんですけど・・・。」
コルンコーチが撮っていてくれたやつを、自分用にダウンロードさせてもらったものだ。
初めはぼーっとした表情で見ていたハルミオの顔が、また悪魔じみた凄みを見せ始め、両の目がらんらんと光り出した。
お・・・怒られるかな? とナイアスが思った直後、ハルミオが叫んだ。
「誰だ! これは?」
「あ・・・わたしにあの技術を教えてくれた人・・・。同じダンススクールの。」
「名前は!?」
「ユ・・・ユウノシン。」
「聞いたことねーぞ?」
そ・・・そりゃ、だって、わたしと同じ、まだ無名だもん。
「こ・・・こいつ、呼べるか? いや、ぜひ呼びたい! ナイアス!」
「は・・・はい?」
「話つけられるか? いや、絶対つけてくれ! ギャラははずむから! いや、予算が増えるわけじゃねーが、オレの分削って出すから!」
ハルミオは、地獄の悪魔が今すぐ喰える魂を見つけたみたいな笑い顔を見せている。
「こんな新人が野に転がってやがったのか! なんでオーディションにこなかったんだ?」
この人のこういう表情、怖い・・・。(^^;)
なんで、って・・・、一応、プロとしての仕事を他に持ってたからだと思うけど・・・。わたし、余計なことしたかな? ショッピングモールの仕事は、もう終わったはずだけど・・・。
「あ・・・あの・・・、この人、一応プロとしてのオファーをいくつか受けてて・・・、それで、ハルミオさんの舞台に応募するとしたら、そっち全部断らないと、掛け持ちなんてできないと・・・思ったからなんじゃないかと・・・。」
ナイアスは、ユウノシンに自分が忠告された言葉を受け売りして、ユウノシンのための(?)弁解みたいなことを言った。
ハルミオはまた(はは〜ん)という顔をした。
あ・・・、受け売りだって読まれた・・・?
「あの・・・、今ちょっと予定どうだか、メールで聞いてみますね。」
ナイアスはそそくさとメールを開いて、ユウノシンにメールを送った。
ユウノシンがもし採用されるのなら・・・。それは・・・!
一緒にやりたい!
いい返事、送り返して! ユウノシン!
そんなふうに目をきらめかせながらも、ナイアスはそんな自分に一抹の罪悪感のようなものも感じている。
グロースがあんなことになったのに、その結果としてユウノシンに訪れたチャンスを喜んでいる。嫌なやつだ、わたし・・・。
ユウノシンの返信は速かった。
「マジ?」
一発目がそれだ。すぐに2つ目の返信がきた。
「今からすぐそこ行く!」
ナイアスの嬉しそうな顔を見て、ハルミオは期待できる反応があったことを知った。
その嬉しそうな顔のままで、ナイアスはメールの画面をそのまま表に表示してハルミオに見せた。プライベートメールだということを忘れている。
このあたりが、ナイアスらしい。
ハルミオはナイアスの肩を、ガシッと両手でつかんだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
そのまま目をぎゅっとつむって、歯を食いしばるような顔をしている。
「ナイアス〜〜〜〜〜!」
「は・・・はい?」
「おまえを拾っておいて、よかったぁ〜〜〜〜! 原石にもう1つ、デッカイ宝石がくっついてきた!」
ユウノシンが『猫たちの夜』の稽古場に入ってゆくと、ものすごい形相をした顎髭の男が、獲物に襲いかかるピューマみたいな勢いで突進してきた。
こ・・・この人がハルミオか——? パンフレットの写真なんかより、ずっと怖いじゃないか。
ナイアスは、こんなんと毎日稽古場で顔合わせてて、よく平気だな?
「よく来てくれた! ・・・くれました! ナイアスのメールで状況は聞いてると思うが、ちょっと事情があって役に1つ穴が開いちまった。1ヶ月で埋められるような才能が、こんなにすぐ見つかるなんて! オレはラッキーだ!」
言いたいことは分かるけど、言い回しがすごい。(^^;)
よくこれで人がついてくるな・・・。
ユウノシンはちょっと引く気分だ。
「ユウノシンって言ったか? 初日まで1ヶ月切ってる。すぐ台本読み込んでくれ! 演ってほしいのはチッパーとモブD・Eだ。」
ハルミオはユウノシンがしゃべる間もない勢いで一気にたたみかけてくる。
「時間がないから役作りについてはある程度こっちから説明しちゃうが、おまえなら演れるだろ? あの動画を見たが、おまえ器用貧乏って言われたことあるだろ?」
ぐさっ!!
遠慮会釈ない人だな。この人・・・。
「オレについてくりゃ、そんなことは絶対に言わせねぇ! コモン史に残るような名優に仕立て上げてやる!」
「い・・・いや、僕は俳優ではなくて、ダンサーに・・・。」
「歌は歌えるか? 音楽担当に引き合わせるから、パート部分をとりあえず間違えずに歌えるようにしといてくれ。明日聞かせてもらう。2時間後にオレと読み合わせするから、それまでに台本読み込んで役について理解しておけ!」
ひ・・・他人の話、聞いてない・・・。この人。
怒涛のような1日が過ぎて、暗くなった空をナイアスと飛びながら、ユウノシンはナイアスに話しかけた。
「すっごい人だね。ワンマンというより、まるで子どもみたい・・・。」
ナイアスは笑った。15歳のユウノシンに言われるんじゃ、ハルミオも形無しだ。
「でも、悪い人じゃないよ?」
「うん。それは分かる。舞台芸術に一直線なんだ。1日付き合って分かった。あんなに口が悪いのになんで人がついていくんだろう? って思ったけど・・・。けっこうチャーミングだよね。」
「チャーミング???」
それは、ユウノシン。あの殺気を浴びてないからだよ——。
「でも、たしかにみんなの演技やダンスもどんどん良くなっていくし、魅力的な人と言えばそう言えるよね。あの人ってさあ・・・」
とナイアスは改めて思い出しながら言う。
「一度も、ただの一度も——だよ、表情固定にしたことないんだ。」
ユウノシンに自宅の玄関先まで送ってもらったナイアスは、そこでユウノシンと軽くキスを交わしてから言った。
「ユウノシンと、ハルミオのミュージカルで共演できるなんて・・・。夢みたい。」
「うん。紹介してくれてありがとう。このチャンスは、絶対モノにするよ。」
自宅に入ってからOUTする前に、ナイアスはグロースにメールを送ってみた。
返事は期待していなかったが「次の舞台を楽しみにしてるから」と、励ましのつもりで送ったら、すぐに返事が返ってきた。
「役に穴を開けてごめん」というのと、ハルミオから、しっかり身体管理できるようになってまたオーディション受けにくるように言われたことを伝えてきた。「世間はどーだか知らねーが、オレは1回の失敗の前科よりもそいつの才能を見てる」とも言われたという。
ほら、やっぱりいい人だ。
役に穴が開いたことをすごく心配していたから、「最初ハルミオが自分で代役やるって言ってみんなを慌てさせたけど、ちゃんと代役見つかったから」と送ったら、笑い顔のスタンプだけが返ってきた。




