46 表現者たち
ハルミオが来てから、稽古場の雰囲気は一変した。
ピリピリしてるってわけではない。ギスギスした雰囲気になったわけでもなく、以前と同じように笑顔もあれば冗談も言う。
ハルミオも彼らの冗談に笑ったりしているが、彼が来る前のような緩みのようなものが稽古場の空間から消えている。
研ぎ澄まされているのだ。スタッフも俳優も、その感性が——。
ハルミオがいるだけで、レベルが何段階も上がってしまっている。
ハルミオは文句を言う時以外は、だいたい椅子に座ってるか歩き回ったりしているだけだが、その鋭い眼光が1人1人を射抜くように巡ってゆく。
そして時々、厳しい・・・というより、えぐるような言葉が飛んでくる。
「おい、リンドア! おまえそれでも主役か!? その場面のキマオウは、そんな軽いものしか背負ってねーのか?」
あのリンドアさんでさえ、そんなふうに叱られている。しかも、言うのはそれだけだ。あとは自分で考えろ、っていうことなんだろう。
リンドアさんは少し考えてから、演技に修正を加えてやり直してみせた。
「おう、だいぶ良くなった。その方向でいい。」
一発でOKもらうあたり、さすがはリンドアさんだ。
「おい、セネテス! それじゃケンカじゃなくて、ただのダンスだ! もっと怒りを表現できねーのか? シロノアン!」
振り付け師のシロノアンさんが、セネテスさんのもとに飛んでゆく。
「すまん。私のせいだ。」
その場で振り付けの研究が始まる。
万事そんな調子だ。
初めのうちはレギュラー組に向いていた叱責の言葉が、そのうちだんだんオーディション組にも向き始めた。
特にその中でも、ナイアスへのダメ出しが多い。
「ダメ出しが多いってことは、それだけ期待されてるってことなのよ。」
ハリタさんがそう言って励ましてくれる。
だったら、なおのことダメ出しが減るように頑張らなきゃ——。
「ナイアス! それじゃ月の精になってねぇ! 賽銭箱で日銭を稼ごうと必死の場末のネコだ!」
ひ・・・ひどい言い方・・・。シロノアンさ〜ん。
振り付け師のシロノアンさんが駆けつけてきてくれる。
「そうそう、もっと柔らかく。」
早速シロノアンさんがダンスの振り付けのアドヴァイスをしてくれる。
「ここからここへ、滑るように移動するんだ。そうそう。」
ナイアスはそのパートを通して踊ってみた。
「だいぶ良くなったが、それじゃ不足だ。」
ハルミオが顎に手を当てて、難しい顔で言う。
「この舞台の中で、シドの踊りは肝なんだ。その程度の動きじゃ、観客の心は捉えられない。」
ナイアスは少し修正を加えて、もう一度踊ってみる。
「違う違う! そんな存在感出して、どうすんだ! むしろ、そういう存在感は消すんだ。分かってんのか、おまえ?」
ハルミオが拳を振り回す。
「このシーンでのシドは、屋根の上で儚く消えてしまいそうな存在だ。それだからこそ、目を離したら消えてしまうんじゃないか、と観客の目を釘付けにしてしまう。そういう存在の感じを出さなきゃ失敗なんだよ!」
それから、三白眼でボソッとつぶやくように言った。
「振り付けが悪いんじゃねーか?」
シロノアンさんが、がぁ———ん! という顔をした。そのあとすぐ、表情が「平常心」に固定になってしまう。
「シ・・・シロノアンさん?」
「ナ・・・ナイアス・・・。なんか・・・いいアイデア、ある?」
いや、ちょっと・・・。大丈夫ですか?
その日、稽古が終わって外に出たナイアスは、久しぶりにユウノシンにメールを送った。外はもう真っ暗だ。
「ごめん。しばらく連絡しなくて。ちょっと相談に乗ってもらってもいい?」
ユウノシンからの返事はすぐにきた。
「自宅に行けばいい?」
ナイアスはちょっとホッとする。しばらく舞台に必死で連絡取ってなかったけど、大丈夫、距離あいてないみたい・・・。
「あの広場。」
ナイアスが広場に着くと、ユウノシンはもう来ていた。
「ごめん。頼んでおいて、わたしの方が後なんて・・・。」
「ううん。たまたま近くにいたんだよ。ハルミオ、厳しい?」
「そりゃあ、もう!」
ナイアスは目を向いて笑ってみせる。
「ああ、元気そうだね。相談って言うから、ヘコんでんのかと思って心配しちゃった。」
「ごめん。心配かけた? 楽しいよ。ユウノシンもオーディション受けたらよかったのに。あ・・・でも、そしたらわたしが落ちたかな?」
そんなふうに言って笑うナイアスを、改めて「かわいいなぁ」とユウノシンは思っている。
「あのね、相談ってのはダンスのことなんだけど・・・。守秘義務があるから、あんまり内容のことは言えないんだけど・・・」
そう言ってから、ナイアスは自分がシド役になったことと、屋根の上のダンスのことでハルミオに言われたこと、振り付け師のシロノアンさんが困っていることを話した。
「これだけの情報でアドヴァイスって、難しいかもしれないんだけど・・・」
ユウノシンはちょっと考えてから
「その部分のパートだけ、ここで踊ることはできる?」
と言った。
「うん。そのくらいなら、守秘義務には抵触しないと思う。」
ナイアスが、ふわり、とステップを踏み始める。
ユウノシンが驚くほど、ナイアスは上達していた。
折りからの三日月の光を浴びて、ナイアスは本当に月の精のように見えた。
これ・・・、本物のナイアスだよね?
踊り終わって「どう?」と訊いてくるナイアスは、いつものナイアスだ。ユウノシンはちょっと安心した。
「本当に月の精みたいだった。」
「でも、これじゃダメなんだって——。ハルミオはこれを、場末のネコの踊りって言うんだよ。」
「ぶっ」とユウノシンが吹き出した。
「ひっどい言い方だね。」
「うん。口悪いんだよぉ。悪い人ではなさそうなんだけどね。」
「ふう〜ん・・・。」
と言ってから、ユウノシンは腕組みして目つきを鋭くした。
「もう一回やってみてくれる?」
ナイアスは同じパートをもう一回踊ってみせた。
「どう?」
「うん。なるほど。消えてしまいそうに儚いのに、存在感があって目が離せない。それができればいいんだよね?」
「そんなことできる?」
「存在感はナイアスはあるから、あとはたぶん、『技術』で——。ちょっとやってみるから見てて?」
そう言うとユウノシンは、さっきナイアスが踊ったパートをそっくり同じように踊り始めた。
2回見ただけなのに? やっぱりすごい! ユウノシンって——。
ユウノシンのダンスは、振り付けは全く同じなのにイメージが違った。
所々、ゆらっと揺れるような不安定さがあって、目を離したら消えてしまいそうな不安があるのだ。
ここにいる「ユウノシン」は、実はコモン・メタのバグで、ナイアスが目を離した隙に、ふっと消えてしまうんじゃないか・・・。
「ユウノシン! ユ・・・」
ナイアスが泣きそうな声を出して、ユウノシンがダンスを止めた。
「どうしたの? ナイアス。」
ナイアスがユウノシンにガバッと抱きついた。
「い・・・いるよね? ユウノシン。」
泣きそうな顔でユウノシンを見上げる。
ユウノシンはにっこり笑った。
「そんなに儚く見えた? 大成功だね。大丈夫。ただの技術だよ。」
「どうやったの?」
「揺らすんだ。」
ユウノシンはナイアスの手をとって振り付けどおり動かしながら、途中わずかにその手をスライドさせる、というテクニックを教えた。
「これを、首や腰や足で、所々に入れてゆくんだ。そうすると、存在感があるのに実はそこに存在しないバーチャルな映像のように見えるんだよ。この揺れは映像の不安定さのように見えるんじゃないかと思ってやってみたんだ。」
すごい。
ユウノシンって、本当にすごい。
ハルミオの舞台に、ユウノシンも出られたらいいのに・・・。
「ありがとう! ユウノシン。」
「ハルミオに『小細工だ!』って怒られたら、すぐやめるんだぞ?」
ユウノシンは、自分が器用貧乏と言われるかもしれないことを知っている。ナイアスにそのレッテルを貼らせたくはなかった。
翌日、ナイアスは稽古の中でそれをやってみることにした。
ハルミオさんは、なんて言うだろう?




