40 バグ
名前のあったテスト生たちがジム関係者や友達と喜びあう姿が増えてゆく中で、少数だが呆然として立ちすくむテスト生や、がっくりと崩れ落ちるテスト生もいる。
各ジムが「もういける」と判断した新人を受けさせてくるのだから、不合格が少数なのは当然といえば当然なのだが、その光景はやはり心臓に悪い。
キラントはうつむいてしまった。まともに掲示スペースが見られないようだった。
ユウノシンとカトランは一般席を立って、リングサイドの控え席の方に行った。
もう試合は終わってるんだし、構わないだろう。キラントは、支えていてやらないと立ってさえいられなさそうなほど儚く見えたのだ。
ジムのコーチらしい人が、すぐ傍にいて食い入るように掲示スペースを見ている。
・・・・・・・
No.9 フュードリ
No.11 カロット
・・・・・・・
No.12は? No.13は? ・・・・・・・
跳ばされるのか?
キラントは顔を上げられない。
「出た! No.13 キラント!」
最初に叫んだのは、ユウノシンだった。
弾かれたようにしてキラントが顔を上げる。
その視線の先に。
間違いなく、こう表示されていた。
No.13 キラント
「やったな! キラント!」
ジムのコーチがキラントの両肩をつかんで、激しく揺さぶった。
キラントの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
全力で挑戦するって、こういうことなのか——。
キラントは、生まれて初めてその感覚を味わった。
でも・・・これ、結果が良かったからいいようなものの・・・。もし、不合格だったら・・・。
悔しいんだろうか・・・、みじめなんだろうか・・・?
舞台に上がる——って、こういうことなんだ・・・。
もっとも、戦いは格闘技の試合の方ではなく、審査評議会の方にあったような気もするが・・・。
ユウノシンとカトランがそれぞれキラントの右手と左手を持って、コーチと3人でぴょんぴょん跳ねるようにしているところに向かって、歩み寄る1人の人影があった。
3人は気がついていない。
キラントだけが気がついて、驚いた表情をしている。
もちろんキラントだけでなく、あたりにいた他の人たちも、何事だろう? という表情でその人物の方を眺めた。
その人物。掛け値なしの有名人。
シン・ハヤトだ。
「おめでとう。キラントくん。」
そう声をかけられて、キラントは口をぽかんと開けた顔のままで耳まで真っ赤になった。
それ以上に驚愕したのが、ジムのコーチである。
なんで!? こんな雲の上の人が、個人的に無名のテスト生のもとへ?
「審査の過程は守秘義務で言えないが、ひとつきみに言っておきたいことがあってね。」
優しい目をしている。
「決まった、と思ったはずのキックやパンチが上手く当たらなかっただろう?」
そう言われて、キラントはさらに顔を赤くした。
見抜かれてたのか・・・。いや、当たり前だな。これだけの人なんだから。
「スーツに具合の悪いところがあるんじゃないか? きみ、葉っぱか何かやっただろう。それも何度も。」
キラントは今度は青くなった。忙しい。
「いや、問題にしてるんじゃない。うちのジム生の中にも時々いるんだ。あれがスーツにバグを残すっていうことを知らずにね——。」
そう言ってハヤトはいたずらっぽい目でキラントの目を覗き込んだ。
「早めにスーツを掃除した方がいい。あれの影響が体の動きに染み付いちゃう前にね。トークンは結構かかると思うが、誰かに借金でもしてさ。きみならすぐに稼げるようになる。ハボジアハイアを1回見ただけでやっちゃうような天才なんだ。」
それからハヤトはキラントの肩に、ぽん、と手を置いた。
「きみと対戦できる日を楽しみにしてるよ。」
キラントの顔がまた真っ赤になる。それを見てハヤトの目が急に、鷹の目に変わった。
「オレが引退する前に上がってこいよ。」
そう言って、ぽん、と肩を叩くとまた優しい目に戻って、くるりと踵を返してVIPルームの方に歩き出した。
「あ、ありがとうございましたあ!」
キラントが体を二つに折るくらいの勢いで、その後ろ姿にお辞儀をした。
守秘義務がある、とは言っていたけど・・・。とユウノシンは思った。
あの人はきっと「キラントを合格させるべき」と強く推してくれたに違いない。
ユウノシンも、その後ろ姿に小さく頭を下げた。
さて。
キラントの動きの違和感は、葉っぱのバグだったのか——。
リクルスも、あれはバグが残るって言ってたっけ・・・。
「キラント。スーツの掃除するなら、そういうことする人知ってるけど?」
ユウノシンはわざと少しぼかして話した。
「で・・・でも高いんだろ? いくらくらいかかるもんなんだ?」
キラントは少し不安そうに訊いた。今は、本当にトークンがないのだ。
「分かんない。訊いてみないと・・・。とりあえず、メール入れて連絡待ってみる。」
ユウノシンはハルプの連絡先に伝言メールを入れた。
今夜、家でパパに相談してみようと思っている。
キラントの家は、あまり裕福ではない。親父さんは「家」を出ていってしまっていて、行方がわからないと聞いたことがある。
できればトークンをあまり使わずになんとかしたいんじゃないか。
ジュニアスクールで一緒だったサトルの家は同じコンドミニアムの中にあるはずだから、なんとなればパパの個人機材でやってもらえないか——とレンは虫のいいことを考えてもいるのだ。
ただ、それは今ここでは言わない。
パパに話を通す前に、迂闊なことは言わない方がいいだろう。ダメだった時の失望が大きい。




