4 コデッキホール
ハルプは、ナイアスが去っていった方向からユウノシンに視線を戻した。
「感じいい子だね。」
ちょっと冷やかしっぽい目をする。
「そう?」
分かんないじゃん。アバターなんだし。GENPUKU5ヶ月ってのが本当だとしても、まだほとんど言葉交わしてないし。
そもそも女の子かどうかだって・・・。ハルプだってその姿、僕の親の年だなんて到底見えないよ?
「見た目じゃ判断つかないでしょ? オバサンかもしれないし、下手すりゃオジサンかも。パパだって、それなんだし。」
「ここでその呼び名はやめて。特にこの姿でいるときは——。」
「ごめん。ハルプ。」
「コモンに慣れてくれば、だいたい分かるものさ。彼女、ダンスのキレも良かったし、あんな動きはオバサンにはできないよ。」
「筋力のアディショナルパワーはトークンで買えるじゃん。」
筋力も視力も、トークンを払えばアバターに実装できるじゃない。車椅子の人だってダンスを踊れるし、フィジカル側の視聴覚に問題があったって演劇も観られれば音楽だって聴ける。それが、コモン・メタの世界じゃない。
「筋力を上げたって、反射速度は上げられないさ。オートリズム機能だって実装できるけど、オートかフィジカルかは目が慣れてくれば見分けられるよ。それに男性が女性のアバターになってても、そのふるまいはどうしても『男性から見た女性像』になりやすいものなのさ。経験を積んでくれば分かる。あの子はマジで、GENPUKKUからそれほど経ってない『女の子』だよ。」
「は〜い、はい。さすが、オジサン少年だよね。」
ハルプはそう言われて、ちょっと苦笑いした。たぶん、まだコモンに不慣れなユウノシンのために、ずっと表情を連動にしてくれてるんだろう。
「ねえ、ユウノシン。この先のコデッキホールでプロのダンサーの舞台公演やってるんだけど、観に行かない?」
ハルプは賽銭箱の中身をレンの口座に移した後、ユウノシンに話しかけた。息子にダンスの才能を認めているハルプは、その才能を伸ばそうと考えている。
「プロの踊りを見るだけでも、自分の動き変わってくるよ。チケット代は僕が出すからさ。」
「い、いや、いいよ。それは自分で出すからさ——。」
もうジュニアじゃない。GENPUKUだぞ?
賽銭箱の中身は220トークンもあった。
いけるじゃん、僕・・・。
ならば、ダンサーという将来の可能性も考えて、ここはプロの踊りを見ておくのは自己投資としても悪くないよね。
「チケット、2000トークンだぜ?」
「げっ。。」
こ・・・ここは、パパに甘えておこう・・・。
( ・∇・);
サブワールドにもいろいろあるけど、プロが公演するホールともなると、こんな小さなホールでも結構するんだな。
まあ、ホールの設計構築費用だってあるし、一応プロのダンサーとなれば、投げ銭と違ってそれなりの出演料を持っていくんだろうし・・・。
ブード・ホールでのコンサートなんて、1万トークンは普通だって聞いたことあるし。2000トークンなら安い方なのかな・・・。
ブードなんかで公演するような一流のアーティストって、配信MDの販売量も千万単位だっていうから・・・。すごい稼ぎなんだろうな——。
ユウノシンがそんなことを考えながら待っていると、やがて照明が変わって舞台が始まった。
舞台はベースとなる床と、その上に置かれた大きさの違うキューブで構成されたシンプルなものだ。
客席はそれを囲むように360度のすり鉢状に配置されている。200人くらい収容できる感じだった。
聞いたことのない楽曲のイントロが始まる。・・・が、ダンサーがいない。
・・・と、キューブの1つの上面のフタが開き、そこから脚が2本、ニョキっと出てきて、脚だけで踊りを始めた。上半身は箱の中に隠れたままだ。
箱の中に上半身を隠したまま、脚だけで表現している。それだけなのだが、その表現に奥行きと幅があって、脚の動きだけでこのホールの空間を一気に支配してしまった。
ひとしきり脚だけのダンスが続いてから、ふあん、と浮き上がって全身が見える。ヒラヒラのあまりないフォーマルな感じのスーツだ。
箱のフタが閉じ、元のキューブに戻る。
その上に、ダンサーは足から、とん、と降り立った。
軽やかなステップを踏む。
ちゃんと「重力」を感じさせるステップだ。
メタ世界なんだから、重力を無視した動きは普通にできるのに、このダンサーはあえて「重力」を意識させることで、逆に軽さを表現していた。
すごい! これが、プロか——。
あの広場で踊っていた赤い顔のダンサーとは、まるでレベルが違う。
あのストリートダンサーが使っていたような小道具は一切使わない。身体ひとつで、このホールの中の空間を支配している。しかも、空中に浮くようなこともほとんどしない。
人間は、普段意識してはいないが、フィジカルな身体は重力を受けているし、感じてもいる。
メタ世界では自由に飛ぶこともできるが、その瞬間ですら、端末スーツを装着したフィジカルな身体は重力を感じているものなのだ。アバターとしてメタ世界にいると、なおさらそれを意識しなくなってしまうが・・・。
そんなメタの空間の中で、あえて「重力」を意識させる表現をすることで、このダンサーはホールを支配するほどの存在感を生み出している。
もちろん、ニューGENPUKUのユウノシンに、そこまでの理解ができているわけではない。
が、そのダンサーの圧倒的な存在感に、ユウノシンというアバターそのものが分解され、溶かされて、ホールの空間全体に偏在させられていくような錯覚を持った。
ホールから出るときには、ユウノシンは酔ったような面持ちになっていた。表情のコントロールすら忘れている。
「ハルプ・・・。ありがとう・・・。」
ユウノシンがかろうじてそれだけを言うと、ハルプは至極満足そうな表情を見せた。
今、手に入れたばかりの、受け止めきれないほどの感動と啓示のようなものを溢してしまわないように・・・
ユウノシンはいったんフィジカルなレンに戻った。
スーツの接続を切っても、まだ、あの波に揺られているような感覚が残っている。




