38 プロテスト
器用、というのは目がいい、ということでもある。
他者のわずかな差異や狂いを見抜いて、それを自分にちゃっかり取り込んだり教訓にしたりする力——と言い換えることもできるだろう。
もちろんそれで、自分が「できる」ようになったと錯覚して努力を怠るようなことがあれば、直ちにいわゆる「器用貧乏」に陥るというアーティストにとっては諸刃の武器でもある。
この場合、ユウノシンはその能力をもってキラントの動きが本来のものではないと見抜いた。
一見、相手を圧倒しているように見える。
が、おそらくキラントが思うようなタイミングで技を打ち込めていない。何かが引っ掛かっているような違和感がある。
ダンスの時は、それは始めて間もないことによる未熟と受け止めていたが、それが「格闘技」になっても同じように現れているのだ。
リズム感の問題ではない。
「キラント、どうしたんだろ?」
「え?」
カトランが聞き返す。優勢に戦ってるじゃない?
「緊張してるのかな・・・?」
技が、今ひとつきまらない。
そのうち対戦相手も慣れてきたのか、キラントの技をかわしながら攻撃を当ててくるようになった。
「あ・・・相手もなかなかやるな。」
カトランが拳を握りしめる。
いや・・・。とユウノシンは思った。
やっぱりおかしい。
そんなふうにユウノシンが思った直後、キラントの頭に相手のキックが当たった。
「有効」の表示が出る。減点幅が大きい。
キラントがものすごく悔しそうな顔をした。
キラントの攻撃に殺気が混じるようになった。
が、しかしやはり有効打が奪えない。
キマった! と思った瞬間、わずかに届いていないのだ。
再びキラントの腹部に、相手の中段蹴りが突き刺さった。
「有効」!
マズい。
あと1回でKO負けだ。
もちろん、優勢に押しているから勝負には負けてもプロテストとしては合格する可能性は高い。プロテストの判定基準は勝ち負けではないのだ。
しかし、プロテストの試合でKO負けはやはり審査員の心象が悪い。のみならず、たとえ合格しても、その先プロとしていいカードを組んでもらえない可能性だってある。
「キラント、ヤバいぞ。」
「相手のヒットはまぐれだよな、あれ?」
カトランがユウノシンに解説を求めてくる。
「いや・・・、僕も格闘技は素人なんで・・・。でも、今日のキラント、なんか調子がヘン・・・。」
バーチャルレフリーがファイトを促して、再び試合が動き出す。
するとキラントは少しふらついたような感じで腰をかがめ、リングの上のゴミでも拾うようなしぐさを見せた。
相手は、ここぞとばかりに蹴りごろの位置にきたキラントの頭めがけてローキックを放ってきた。
次の瞬間、キラントの体がふわりと泳いだように見え、突然キラントの片足が相手の顎を死角から襲った。
対戦相手はまるで浮遊係数でも使ったみたいにリングから浮き上がり、仰けざまにひっくり返った。
起きあがろうとするが、体がいうことをきかない。
フィジカルが軽い脳震盪を起こしたようである。
ドクターがあわただしくリングに上がって、倒れている対戦相手のフィジカルデータを取り始めた。
バーチャルレフリーがキラントのKO勝ちを宣言した。
「ハボジアハイア・・・・。」
ユウノシンは思わずその技の名前をつぶやいていた。シャスルコーチのやつを1回見ただけなのに・・・。
「あいつも、天才だな・・・。」
そうだよ。違和感はそれなんだ。
シャスルコーチが突然放ったあの必殺技を、あいつは勘だけでかわしてみせたというのに——。あんな対戦相手のトロいキックを2回もまともに受けるなんて・・・。
おかしいよ。やっぱり、あいつ・・・。
合格者名の発表を待つ間、キラントはユウノシンたちの方にやって来た。
「はは・・・、危なかったよ。あ、カトランさん。来てくれたんすか。」
なんだか元気がない。だいたい今頃、カトラン先輩が来ていることに気づくなんて・・・。やっぱ、おかしいよ。
「ハボジハヤとかいうの? あれ凄かったね。」
カトランがほめるが、キラントは浮かない顔だ。
「ジムのコーチに怒られた。あんな変な技、どこで覚えた? って・・・。」
「変な技って・・・。」
「カポエイラは、この界隈(プロ格闘界)じゃあまりいい評価受けてないらしいんだ。ひょっとするとあれで落ちるぞ、って・・・。」
KO勝ちしたから「どうだ! ビッグになる前にサインは欲しくないか?」なんて意気揚々とやってくるのかと思っていたら、キラントはすっかりしょげ返ってしまっている。
「審査委員会から呼び出しがあるかもしれないから、控え席に行ってるよ。」
そう言って、キラントはトボトボと席に戻っていった。
「カポエイラ使っちゃいけないんなら、最初からそう言っときゃいいのに・・・。」
ユウノシンが口を尖らせる。
キラントの視界に警告アイコンが現れ、続いて控え席付近にだけ聞こえる呼び出し音声が響いた。
「13番、キラント。審査会の質問席まで来るように。」
キラントは心臓が飛び出そうになった。




