37 朗報と代償
ナイアスがオーディションに合格した、という通知にナイアス自身がいちばん驚いている様子だった。
「合格しちゃった! 合格しちゃったよ? あの、ハルミオのミュージカルに!」
ナイアスが頬を紅潮させて、ユウノシンに通知メールを見せにきた。
「ユウノシンの言ったとおり、1つに絞っておいてよかった! ハルミオの舞台に出るんじゃ、他のなんか出られないもんね。」
ユウノシンの意見ではなく、コルンコーチの意見を聞いたんである。そのことはスルーしている。
ユウノシンは笑顔になってナイアスの肩を叩いた。
「すごいよ。いきなりグローバルデビューできるかも。」
「そ・・・それは・・・。は・・・端役だよ。間違いなく・・・。あ、ユウノシンの方の仕事はちゃんとやるからね。」
ナイアスが思い出したみたいに、その話をくっつけた。ユウノシンは屈託なく笑う。
「いいよ、いいよ。そっちはなんとかするからさ。ハルミオの舞台に出るっていうのに、ショッピングモールのイベントなんかで踊ってる場合じゃないだろ?」
同じ頃、キラントも1つの招待状を持ってきた。
「プロテスト受けるんだ。」
その対戦相手が決まったという。テスト試合は1週間後だった。
「よかったら、見にきて・・・。」
ちょっと照れながら言うキラントがかわいい。とナイアスは思ってしまった。
「もちろん、行くさ。ダンススクールは休んで♪」
「わたしも! チケットありがとう!」
「私も行きたいが、さすがにコーチが休むわけには・・・。」
シャスルコーチが横から顔を突っ込んで言う。
「もちろん。コーチの分のチケットはありませんよ。」
おい・・・。(^^;)
「それは、もっとビッグになってから。」
ビッグになる気満々なんだ・・・。
結局ナイアスはキラントの試合は見に行けなくなってしまった。
意外なほど早く、ハルミオからの呼び出しがかかったのだ。合格通知の2日後だった。
「ごめん。行けなくなった。ダンススクールの方もあんまり来られなくなるかも・・・。レギュラーの人と顔合わせしたら、すぐに稽古に入るらしい。」
ナイアスが申し訳なさそうにユウノシンに言った。
「他の予定も、どうしても外せないもの以外は入れないようにメールで釘を刺された。厳しい人だね。」
「まあ、あのハルミオだからねぇ。かなり偏屈な人らしいよ。」
コルンコーチが脅すようなことを言う。
コーチがわたしに勧めたんじゃない?
「でも、ハルミオのミュージカルに出た——っていうだけで、箔がつくよ。先々に有利になる。頑張ってこいよ。」
「こっちの仕事は気にしないで、存分にやっておいでよ。」
ユウノシンがそう気を使うと、ナイアスはぷくっとむくれた。
「そっちは先約だからって、ちゃんと言うよ。みんなとの合わせの練習には出るから。」
「いや、無理しなくてもいいよ。当日だけこっちに出られるか、聞いてみてくれれば。それもダメだって言われたら、誰か代役頼むから。」
「そんなん・・・。いくらハルミオが有名人だからって・・・。」
「なあ、ナイアス。」
ユウノシンがナイアスの顔をのぞき込んだ。
「これはある意味、ビッグチャンスなんだぞ? ミラクル・ヴォイド、ハルミオ、と続けば、さすがに業界関係者も注目するだろ。」
ナイアスはちょっとたじろいで、頬を赤くした。
「そ・・・そんな・・・。たぶん、ただの端役だし・・・。いきなり、そんな注目されるようなことは・・・。」
ナイアスはキラントには会えないまま、「キラントによろしく言っておいて」とユウノシンに託けだけして集合場所へと出かけていった。
キラントはキラントで、ダンススクールに来ている場合ではないのだ。5日後にはプロテストの試合がある。
まあ、帰りにジムに寄ってみるか。当日になってナイアスが来てないことに気がつくと、あいつまたヘコむかもしれないからな。(笑)
「そーか! あいつもビッグへの道を歩み出したか!」
キラントはそう言って、ユウノシンの肩にがっしと腕を回した。
「ユウノシンも頑張らねーと、オレたち2人に置いてかれるぜ?」
おまえ、まだプロデビューもしてないだろ。(^^;)
試合の当日、ユウノシンがダンススクールの先輩1人を誘って(ナイアスのチケットが余っていたことは内緒にして)会場に行くと、キラントは自信たっぷりの顔に表情を固定してリングサイドに控えていた。
ユウノシンは吹き出しそうになりながら、一般観覧席の方に行く。
「あいつ、あんな細っこい体で試合するのか?」
先輩のカトランがユウノシンに聞いた。
「アバターですから。細くてもリーチさえあれば。フィジカルはかなりマッチョみたいなんで——。」
ただハートが蚤だな——とユウノシンはキラントの固定表情を見て、内心可笑しがっている。
試合は3ラウンドだけで行われ、リングを囲んだ10人のプロ格闘家が審査をする。
もちろん勝敗も重要だが、試合の中身も重要だ。
プロになってリングに上がるということは、ダメージコントロールの小さいプロ用のスーツを使う許可が下りるということだ。
それに耐えられるだけの技術と肉体を持っているか、ということが審査されるのだ。
試合中、フィジカルの方のメディカルデータの提供も求められる。
データに異常値が現れれば、ドクターストップがかかることもあるという。もちろん、それは「不合格」を意味する。
やがてキラントの順番がやってきた。
エントリーナンバーを呼ばれて、キラントがリングに上がる。さすがにこの段階ではキラントも表情は連動に戻している。固定になんかしていたら、それだけで審査員の印象は悪いだろう。
緊張している。
ゴングが鳴って、試合が始まった。
当然だが、コモン・メタでの格闘戦にはグローブもヘッドギアもない。スーツにダメージコントロールがついているから、肉体を直にぶつけ合っていた昔みたいにそういうものでダメージコントロールをする必要がないからだ。
ただ、プロ格闘家の中には、自分のパンチの破壊力を誇示するためにその名残みたいな「グローブ」をファッションで着ける人はいる。
もちろん、テスト生がそんなことをやったら、審査員の心象が悪いだけだ。
キラントの動きは、他のテスト生たちに比べて頭一つ抜け出ていた。
速い。
鋭い。
剥き出しの闘争心を乗せた攻撃性。
相手が息をつく暇もない。
「あいつ、すげーな。ダンスより、完全にこっち向きじゃん。」
カトランがしきりに感心するが、ユウノシンは少し眉をひそめている。
おかしい・・・。キラントの動きが・・・。




