36 オーディション
キラントが週2日しか来なくなってみると、ダンススクールはなんだか少し寂しくなったような感じがした。
そのパワーとエネルギーが抜けたスクールのフロアは、何か空き部屋があるような感じがしているのだ。
そのエネルギーのあるべき場所が、ぽっこりと歯が抜けたような空間になって・・・。
あいつ・・・。たしかに、この1ヶ月の間のあいつの熱量はハンパなかったもんな。
とユウノシンは改めて思った。
ジュニア時代からずっと、あいつがあんなふうに熱かったのは見たことなかったもんな。
舞台に上がる——か。いい言葉だ。
ユウノシン自身がそれをダンスで伝えた、ということにユウノシンは気づいていない。身体の言葉は音声になるそれと、必ずしもはっきりと呼応しあっているわけではない。
だからこそ「ダンス」という表現芸術が成立するのだ。ということを、彼らが知るのはまだずっと先のことになるだろう。
キラントが「ジョーゴ」を習いに来るときには、ユウノシンもナイアスも、それに他のスクール生何人かもその輪に加わった。
その中でもナイアスの呼応力はシャスルコーチのそれと肩を並べるほどである。
「やっぱ、ナイアスの共感力はハンパないなあ。」
シャスルコーチがそんなふうに言うと、ナイアスは照れたような顔で頬を赤らめた。
ナイアスはどうも、自分を低く見積もっている。
シャスルコーチはそんなふうに思っている。
まあ、それがナイアスの努力の原動力になっているんだろう。だから当面このままでいいが、いずれプロとしてやっていくには自分を過不足なく客観的に眺められる眼も必要になるんだけどな。
「なあ、シャスル。」
コルンコーチが話しかけた。
「これだけ生徒が集まるなら、このジャンルも正式にスクールのカリキュラムに加えてもいいんじゃないか? 上申してみる?」
「い・・・いや・・・。オレは、カポエイラはまだちゃんと分かってないから・・・。」
シャスル自身が、自分を過不足なく評価できているのかどうか。
ナイアスが受けるオーディションの日が来た。
書類審査はあっさり通ったので、今日はいきなり審査委員の前で演じるのだという。審査には演出家のハルミオも来るらしい。
ハルミオはメジャーではないが、そのスジでは有名な気鋭の演出家である。グローバルな賞も受賞しているが、気難しい人物らしく、メジャーなエンタメ業界からの声はあまりかからないらしい。
そういう人物が手がけるミュージカルに、はたしてナイアスは生き残れるのか?
コルンコーチは「向いている」と言ってくれたが・・・。
「いつも通りやってくれば大丈夫さ。」
緊張しているナイアスのおでこに軽くキスして、ユウノシンは送り出してくれた。
よおっし! わたしも舞台に上がるぞ!
さすがに。
ハルミオの舞台に応募してくるようなメンバーはレベルが高かった。
10人ほどの候補生が並んだ中でその場で「お題」が出され、アドリブでそれを演じる。必ずしもダンスというわけではなかった。
そうだ。これミュージカルだから「お芝居」なんだ。
ナイアスのすぐ隣で、大きな身振り手振りで即興の歌を歌い始めた人がいた。アバターの衣装も派手だ。
いけない! 埋没する! 何にも考えてなかった。こういうこと・・・。
ナイアスはそのアバターの勢力圏から外れるように少し距離をとって「自分」のステップを踏む。ナイアスの衣装は普段どおりでしかない。
コルンコーチは、なんでこれがわたしに向いてるって・・・?
「3番のキミ。踊ってるだけかね? 何か演技なりセリフなりは?」
審査員の1人が、ナイアスに冷ややかな声をかけた。
ヤバい・・・。わたし・・・準備不足だ!
「構わん。そのまま続けろ。」
そう声を出したのは、意外にもハルミオだった。
先ほどの審査員が、思わずその天才演出家の横顔を見る。彼のアバターは連動の表情のままだ。審査員としてニュートラルな表情に固定しようとすらしていない。
彼はただ1人を、踊っているだけの、先ほどその審査員が注意した無名の少女を見つめていた。
その目は、らん、と光り、口元には薄笑いさえ浮かんでいる。その笑い顔が、しだいに悪魔か何かのように貪欲な風貌に変化してゆく。
見つけた!
このミュージカルに必要なピースを!




