35 新しい世界
キラントは口をあんぐり開けたままで突っ立ってしまった。
「いや、ごめん、ごめん。試してみたんだ。まあ、当たっちゃってもノーマルスーツなら身体が怪我することはないからね。」
ダンス教えてるんじゃないの・・・?
シャスルコーチはいたずらっぽい目でキラントの目を覗き込んだ。
「キラントさぁ。キミ格闘技、向いてると思うよ。才能あると思う。格闘技が嫌いなら、なんなんだけど・・・。」
「格闘技・・・」
いきなりのシャスルコーチの振りに、キラントは思わずおうむ返しにつぶやく。
嫌いなわけがない。それどころか・・・。
とキラントは思う。
むしろ、ずっとジュニアの頃からフルコンタクトの格闘技に憧れてはいた。
じゃあ、なんでジュニア卒業と同時にそういうジムに行かなかったのかというと・・・
「そういえば、ジュニアの頃からサト・・・キラントはよく格闘技の技かけてきたよね?」
ユウノシンがそう言うと、キラントは伏し目気味になって少し頬を赤くした。
そういう技を見よう見まねで同級生に仕掛けては嫌がられていたのも、本当は「相手」が欲しかったのだ・・・と、今では気づいている。
不器用で・・・、近づけば近づくほど友達がいなくなる。
それを自分自身に誤魔化して、横柄に振る舞い、嫌がられるのはオレが強いからだ——とわざと勘違いし続け・・・。そしてジュニア卒業と同時に・・・、誰からも相手にされなくなった。
今はジュニアの頃のクラスメイトではただ1人、オレを友達だと言ってくれるユウノシンだって最初はそうだった。
たぶん、コモンに入ってすぐにジムに行かなかったのは・・・。
今度は自分がそんなふうにされる側に回るんじゃないか——と想像してそれが不安だったのと・・・
自分はコモンでは通用しないだろう、ストイックな訓練なんかしても華やかなリングに上がれなかったら・・・
・・・・・・・
そうだよ。ユウノシンが言ったように(ダンスでのメッセージだったけど)負けを恐れて舞台に上ろうとしなかったんだ・・・。
「オレ・・・才能、ありますか?」
「あるさ。」
とシャスルコーチは、サラリと言った。
「さっきのは普通初見でかわせる技じゃない。だから必殺技なんだよ。それを一発でかわしてみせた反射神経は天与のものさ。そのパワーも瞬発力も——。
天与の才能を、私は『天才』と呼んでいる。誰にでも『天才』はあるのさ。あとはそれを活かせるかどうかだけだ。少なくともダンスよりは可能性あると思うよ。」
この人は・・・。(^^;) とユウノシンは思う。
まあ、よく——。ザックリ切り裂くようなことをさらりと・・・。
でもまあ、こういう言葉のおかげで僕たちは1つずつ上のステージに押し上げられてるんだけどね。
いや・・・、押し上げられてる、というよりは放り上げられてる感じだな。(°_°);
でも、これはいいアドヴァイスかもしれない——とユウノシンも思った。キラントのダンスは、ダンスと言うにはあまりにもギザギザ尖っていて、攻撃的過ぎる。
それを丸めるよりも、それが活きる世界で戦った方がコイツらしくていいのかもしれない。シャスルコーチは、キラントのために彼をそこへ押し出そうとしているんだろう。
キラントはまるで少女みたいに、はにかんだ表情を見せた。
「ジム・・・、行ってみようかな・・・。」
「ああ!」
とシャスルコーチは渋面を作って額に手を当てた。
「オレは馬鹿だ。生徒1人減らそうとしてる。」
コルンコーチが面白そうに、シャスルらしいな、という表情で眺めている。
「オレ、ダンススクールやめませんよ?」
しかしキラントは、吹っ切れたような笑顔を見せて言った。
「ジムに行って格闘家を目指したいとは思うけど、週に2日くらいはここにも来ます。なんていうか、さっきの『ジョーゴ』? ああいうの、やった方がいいと思ったんだ。オレに足りないものだし、格闘家として上を目指すんなら、絶対に必要になるような気がする。」
キラントはキラントなりに、はっきりとした未来への道が見えたらしかった。
シャスルコーチが、眉を開いてパンッと手を打った。
「それ! 私が伝えたかったのはそれなんだよ! ジョーゴは身体による対話なんだ。だから、ダンスとも通じる。キラントはカポエイラという格闘技については知ってる?」
「あ・・・その、あんまり・・・。なんか、手枷付けられた奴隷の格闘技だから、逆立ちして脚ぶん回す——みたいな? そういうイメージだけで、ダンスみたいなこともするなんて全く知らなかったです。」
「私もかじっただけで詳しいわけじゃないけど、奴隷たちの間で発展してきた格闘技だけあって、単純じゃないんだ。生き残るためには、ただ打撃が強ければいいわけじゃないからね。カポエイラは、歌でもあり、踊りでもあり、文化であり、格闘でもある。
その中心にある基本のようなものがジョーゴなんだ。身体の動きで『対話』して、信頼したり、心を通わせたり、騙したり・・・」
「騙す・・・?」
と今度はナイアスが驚いた表情をした。
ナイアスの「対話」というイメージの中には、「騙す」という概念はあまり入ってない。そりゃあ、日常の会話の中には悪意を持って嘘をつく人もいるけど・・・。
それを見て、シャスルコーチが破顔した。
「格闘技だから——。フェイントの練習だと思えば・・・」
といたずらっぽく笑う。
「とにかくジョーゴはダンスと同じ『身体による対話』であって、カポエイラにおいては基礎・基本であるわけなんだ。そして同時に究極の到達点でもあるのさ。」
きりっとした顔でそう言い切ってから、シャスルコーチは突然、にぱっ、と顔を崩した。
「・・・・ということらしい。これ受け売りなんで・・・。(^^;)」
「というわけで、ダンスもやってた方がいいと思うよ? これは営業トークね。」
「来ますよ。」
キラントが笑った。
「さっきも言ったけど、あれ、絶対必要な気がする。」
それからキラントは、これまでに見せたことのないような表情で胸を張った。
「オレ、格闘家目指します! ユウノシン。ナイアス。オレも『舞台』に上がるぜ!」
コルンコーチが腕組みをしたまま、にこにこしてシャスルコーチに話しかけた。
「シャスルは、ほんっと生徒の可能性を引き出すのが上手いよなぁ。教師はシャスルの天職だね——♪」
「や・・・やめて・・・」
シャスル「オ・・・オレだって舞台に上がるぞ?」
コルン「はいはい。今は目の前の生徒に集中してね。」




