34 響き合う
「このジャンルはこのスクールでは教えてないんだけど・・・」
そう言って、シャスルコーチはそこにいる人だけに聞こえるように、ミュージックボタンを半径3m付近だけに出現させた。
「これは、私が自分で研究しているだけのステップなんだ。『ダンス』と呼んでいいのかどうかさえ、微妙だけどね。」
「何? 何始めるんですか?」
ユウノシンが、自分の練習を止めて見にくる。
こういう好奇心の強さと研究熱心が、こいつのいい所だ。これもある意味、才能だな——。とシャスルは思っている。
「ユウノシンも見るか? 参考にはなると思うよ。音を聞きたい人は、ミュージックボタンを押してアプリをダウンロードして。」
ユウノシンがミュージックボタンをクリックすると、しばらくして不思議な音が流れ出した。
ビ———ン・・・。
ビヨ————ン・・・。
というような、何か1弦の楽器でも弾くような音と共に聞いたことのない歌が重なってくる。
その音に合わせるように、シャスルコーチの身体がゆっくりとした不思議な動きを始めた。
「3人とも合わせてごらん。」
合わせる、といっても何をしたらいいのか分からない。
「好きにイメージして動けばいいんだ。」
シャスルコーチの言葉に最初に反応したのはナイアスだった。
床を這うような、あるいは伸び上がるようなシャスルコーチのゆっくりとした動き(ステップ?)に、ナイアスの、ふわん、とした優しいステップが呼応する。
ああ・・・。
とユウノシンが理解する。
あの、広場で踊ったナイアスとのステップでの会話だ。シャスルコーチの動きが見たこともないようなものだったので戸惑ったが、あれと同じなんだ。
ユウノシンが、ゆっくりとしてはいるが軽やかなステップで合わせ始めた。
3人の全く違う動きを、1弦の楽器の音がつないでゆくような感じだ。
「キラント。キミも突っ立ってないで、入ってごらん。キミのためにやってるんだぞ?」
シャスルコーチが笑いながら立ち上がってキラントの傍に行く。立ち上がっても身体は弦の音に合わせて揺れている。
キラントは戸惑いながらも、不器用にステップを踏み始めた。
全然、合ってない。
1人だけ浮いている。(^^;)
シャスルコーチの動きは捉えどころがない。
キラントは、ユウノシンやナイアスの動きをチラチラ見ながら、なんとか真似しようとしているが、いかにもぎこちない。
ナイアスの動きがいちばんいい。というのはキラントにも分かる。
コーチやユウノシンが近づくと、そのわずかな風圧に舞う羽毛のように、ふわり、と距離を取って離れ、コーチが引くとまるで吸い寄せられるようについて行く。
連動の笑顔とともに、その柔らかなステップは、まるでコーチと1つの流れを共有しているようにユウノシンを巻き込んで「世界」を創り出していた。
少し前、このスクールでは実力トップだと思っていたユウノシンが「僕はナイアスを追いかけているんだ」と言っていた意味が、キラントには今こそ分かる気がした。
オレは・・・、すぐに追いつけると思っていたけど・・・。埋め難いほどの差が、この2人との間にはある・・・。
キラントは、ぶきっちょにステップを踏みながら、またヘコみ始めていた。
「これはね、ジョーゴって言うんだ。」
今度はそんなキラントのステップに合わせるようにシャスルコーチは動きを変えて、説明をしながら踊り始めた。
「カポエイラという武術の一部でね。これを『ダンス』として捉えてるサークルもあるし、武術派は『ダンスなんかじゃない!』と言うよ。」
「か・・・格闘技・・・なんすか? これ?」
キラントがびっくりしたような顔で聞いた。ヘコみかかっていた気持ちはすっかり置き忘れている。
「ほら、身体止まってるぞ?」
キラントが慌ててまたステップを踏み出すと、シャスルコーチはまた説明を続けた。
「キラントは熱量もパワーも俊敏性もあるんだけど、全体の中でその出力の調整をする感覚が乏しい——というところが課題なんだと思うよ。」
そう言いながら、シャスルコーチはキラントの前でまた、動きをゆっくりにして姿勢を低くしてゆく。
キラントはまた、ついていけない。
「そして、相手の身体や心の動きに合わせて響き合う——という感性が弱いな。そこを磨いていかないと・・・。」
ダンスの世界では厳しい。という言葉は呑み込んだ。
すがるような必死な目でついてこようとしている今のキラントには酷すぎる、と思ったからだ。
たしかに・・・。サトルはガキの頃から、そこニガテだよな・・・。とユウノシンは内心可笑しがっている。
場の空気とか、人の気持ちとか、読むの苦手だよな——。
シャスルコーチは、そんなキラントの前で床に落ちているゴミを見つけて拾うような仕草を見せた。
「?」
とキラントが床に気を取られた。
次の瞬間。
全く予想もしない方向から、シャスルコーチの足がキラントの顔面を襲った!
「!」
キラントはその攻撃を、間一髪スウェーでかわした。
「なっ、何をするんだ!・・・で・・・ですか?」
「あっはっは。さすがだね、キラントは。」
シャスルコーチはまた揺れるようなゆっくりした動きに戻って、キラントに笑いかけた。
ナイアスもユウノシンも呆然として突っ立ってしまった。
な・・・何を・・・? この人は・・・?
「今のは、ハボジアハイア。カポエイラの必殺技の一つさ。いくら私のナンチャッテ技とはいえ、あれをかわすとはね。(笑)」
こ・・・、ここ、ダンススクールだよな——?




