32 ナイアス
キラントはシャスルコーチが見たとおり、身体を動かすことにかけては抜群の運動能力を持っていた。
ステップの覚えも早く、1ヶ月も経つとプロコースの中でもさほど見劣りしないところまで技術レベルを上げてきた。
「いやあ。教えがいがあるなぁ! キミ、コモンに入ってから今までは何してたの?」
シャスルコーチの問いにキラントがちょっとバツが悪そうな顔で答える。
「いや・・・その・・・、何っていうか・・・ぶらぶら・・・。」
ヤバげな世界で、その都度の拾い仕事をしてただけだ。脱法ドラッグの売人もやったことがあるが、そんなことはここでは言いたくない。ユウノシンみたいにはなれなくても、それなりに必要とされるカッコいい男になりたいと思うようになったんだ。
「そりゃあ、もったいないなあ。これだけのフィジカルを持っているのに。動きに対する勘がいいし、どんなスポーツをやってもそれなりのところまで行くよ。あとは努力次第さ。才能のあるものは、それに見合った努力をしないとバチが当たるよ?」
「オレ・・・才能、ありますか?」
シャスルコーチはこのところなんだか嬉しそうにしている。そんなシャスルにコルンが笑いながら声をかけた。
「シャスルはやっぱ、先生に向いてるよなぁ。天職じゃないの?」
「よ・・・よせやい。オレはまだ、ダンサーとして生きる夢を諦めたわけじゃないぞ? 見てろよ。来年のミーノホール・・・」
「はいはい。今は目の前の生徒に集中しようね。(笑)」
ユウノシンにもいくつかのオファーが入り始めた。
スタートアップの企業のCM動画に出演してほしい、とか、マイナーなイベントだが、それを盛り上げるステージで踊ってほしい、とか・・・。
そんな時、ナイアスも一緒になって喜んでくれる。
でも・・・・
とユウノシンは思う。
そんなナイアスの笑顔が、時々「固定」になってるっぽい。
ナイアスは今の自分を嫌いになりそうになるのを、そこから視線を逸らすことでごまかし続けていた。
ユウノシンは相変わらず優しいし、ナイアスにいろんな技術のコツも教えてくれるし、それでナイアスのダンスも間違いなくレベルアップしている。
ユウノシンがオファーを受けた仕事が「チーム」であれば、ユウノシンは必ずそのチームにナイアスを呼んでくれる。
それなのに・・・・。
前みたいに笑えない。
一時、ユウノシンにとって危険な存在に見えたキラントも、今はダンススクールの仲間として一緒に上を目指しているし、何も悪いことなんてない。
それなのに・・・・。
以前みたいに、ユウノシンに対して笑えない自分がいる。
そんな自分を、嫌いになりそうな自分がいる・・・。
なんでだろう?
ユウノシンがキラントに対しても、同じように親切に「技術」を教えてるから?
そのキラントが、荒削りとはいえ存在感のあるダンスで中堅オーディションの2次審査まで通ってきたから?
追い抜かれる・・・・?
これって・・・嫉妬?
嫌なやつだ。わたし・・・。
練習後のくつろいだ笑顔に固定したまま、マスクの中でフィジカルな自分の顔が歪んでゆくのがナイアス自身にさえ分かる。
嫌なやつ・・・・。
「どうしたの? ここんとこ、固定表情多いね? 帰りにローザに寄ってく?」
声をかけてきたユウノシンの連動の表情は、悩みがあるなら聞くよ? という表情だ。
ナイアスは慌てて表情を連動に戻し、その代わり無理やりな笑顔を作った。
「あ・・・ちょっと、疲れた顔してたから・・・。今日は、帰って休むよ。」
ナイアスはユウノシンに「自宅」まで送ってもらう飛行の間、また表情を固定していた。
ユウノシンが心配そうにしながら、かける言葉を見つけられないでいるのが分かる。
ごめん。ユウノシン・・・。
あなたはちっとも悪くないのに・・・。悪いのは、わたしなのに・・・。
「ありがと。早く寝て、身体 休めるね。」
ナイアスは表情を連動に戻して、精一杯の笑顔を見せた。
ユウノシンはナイアスが玄関扉の向こうに消えても、しばらくそこに立っていた。が、やがて小さくため息をついて何度かふり返りながら飛行エリアへと飛び上がっていった。
しかしナイアスもまた、すぐにはOUTせずにアバターのままでカーテンの隙間からユウノシンが飛び去ってゆくのを眺めていたのだった。
わたし・・・なんで、こんなことしてるんだろ?
前はユウノシンと一緒に居られるだけでも幸せだったのに・・・。
前は・・・・。
ナイアスは、そっと玄関を出て「自宅」の前の道の上に佇み、暮れたばかりの空を見上げた。
とん・・・。
小さくステップを踏む。
とん。 とん。 くるん・・・。
難しいダンスでもなく、軽やかなダンスでもなく、楽しげでも悲しげでもなく、ナイアスがステップを踏む。
どこか儚げなそのステップは、見ようによっては月の精が戯れに地上に舞い降りたようにも見えた。
わたしは・・・、嫉妬してるんだろうか?
キラントとユウノシンが仲良くなってることに・・・?
いや・・・、それは違うな。
だってあれは男同士の友情で、わたしとユウノシンの関係は男女の仲じゃん。
そこ、嫉妬の対象じゃないよ。
ナイアスは、踊りながら思わずクスリと笑ってしまう。
でも・・・じゃあ、この気持ちは何?
ユウノシンとの間で、こんな気持ちになったことはなかった。
前は・・・・。
そうだ。前は、「ナイアスのように踊りたい」と言っていたユウノシンが、今ははるか先に行ってしまって・・・。既にプロとしての仕事さえこなしている。
1ヶ月で頭角を現し始めたキラントは、既に最初のオーディションを突破しようとしている。
わたしは・・・、何も結果が出せていない。
ナイアスのステップが止まった。
そうか。
突然、ナイアスの中で言葉が生まれた。
これは、嫉妬なんていうしみったれたものなんかじゃない!
わたしは、悔しいんだ!
わたしだってダンサーの卵なんだ!
ユウノシンの「おまけ」じゃない!




