29 ストリートファイト
あんなヤツに関わるんじゃなかった・・・。
ジュニアの頃のイメージだけで、舐めてかかってたオレがバカだった。
おかげで・・・・。
置いてけぼり感、ハンパねぇ・・・。もう、絶対手が届かねーって感じだ・・・。あいつは、オレを突き放したかったのか? だから「挑戦状」だなんて言ったのか?
いや、待て・・・でも、あいつの表情には・・・勝ち誇ったような感じはまるでなかった・・・。
あれは、間違いなく連動だったのに・・・。
むしろ・・・。
なにが何だか、分からねぇ・・・。
キラントは暮れ始めた街の中をふらふらと歩き続けた。いくら考えても意味が分からなかった。
だから、考えるのをやめようと思うのに、そう思えば思うほどキラントの中でユウノシンのあのダンスが存在感を増してくる。
あのエネルギーが、キラントを呑み込むように、いや、包み込むように・・・か? やってきてキラントの魂を揺さぶっていった記憶が鮮明によみがえってくる。
感動したのだ。
・・・・・・・
しかし、キラントはそのことを認めたくなかった。認めてしまったら・・・。
どこをどう歩いたのか覚えていない。
気がつけばあたりはもう暗くなっていて、街灯の光の下に集まってストリートファイトをやっている連中がいた。
まあ、ストリートファイトなどといっても、フィジカルに一定以上のダメージを与えないようスーツがダメージコントロールをするから、病院へ行くような怪我はしない。
そのへんはプロの格闘家同士の試合みたいにダメージコントロールの小さいスーツで戦うわけじゃない。
そういうスーツはプロ格闘家の資格を取らなきゃ手に入らないから、所詮はケンカごっこで、互いにマウントを取り合ってるだけのことだ。くだらないお遊びだ。
キラントはそいつらを見ているうちに、無性にムカついた。
「なに、ごっこ遊びやってんだよ?」
「あ゛? なんだ、てめぇ!」
中の1人が顔を傾げて目をむく。いかにもな感じにマッチョなボディを持ったアバターだ。
対するキラントはすらっとした長身で、肩まである長い金髪。格闘系が好むようなデザインのアバターではない。
キラントはその表情を、やや残忍な目の色の微笑に固定した。
「ストリートのキングに、今てめぇ何言いやがった?」
そいつが歯を剥き出して反対側に顔を傾け、1歩踏み出した次の瞬間、キラントの右足がいきなりそのマッチョの顔面を襲った。
マッチョ野郎はかろうじてその蹴りをスウェーでかわし、間髪を容れず怒りの表情とともに踏み込んでパンチを繰り出してきた。
筋肉の盛り上がったゴツい腕の先端に岩石みたいな拳がついている。それがキラントの顔面をとらえる前に、キラントの体は沈み込む。
拳がキラントの長髪をかすめて空を切った。
キラントは体をそのまま流れるように回転させ、左足で下からマッチョ野郎の顎を無慈悲に蹴り上げた。
そいつは浮遊係数なしで空中に50センチも浮き上がり、後ろに吹っ飛んで背中と後頭部をしたたかに路面に打ちつけた。
マッチョ野郎はすぐに跳ね起きた。
「やろぉ! ふざけやがって! オレを本気で怒らせたな?」
「おいおい。今のでキマリだろ? スーツのダメコンがあるからって、そりゃみっともないぜ?」
キラントはそう言うと、ダメージコントロールをOFFにして、それをアバターの頭の上に表示させた。
「おまえもOFFにして表示しろよ。それとも、何か? 痛みがMAXになるんじゃ、怖くてファイトできねーか?」
どのみち一般用のスーツじゃ病院送りになるようなダメージはフィジカルには加わらない。そういう設計なんだから——。
だけど、痛みで悶絶くらいはするかもな。
キラントの表情は、微笑に固定されたままだ。
左脇のモニターにはその微笑しか映っていない。
だが・・・、オレはたぶん今ものすごく怒った顔をしてるんだろう。怒っていねぇと、ユウノシンのダンスに呑み込まれそうだ。
「かかってこいよぉ、マッチョマン!」
数分後、腹を抱えてうずくまったままのマッチョ野郎を見下ろして、キラントは相変わらず表情を微笑に固定したまま仁王立ちになっていた。
キラントの後ろ蹴りがマッチョマンの腹に突き刺さったのだ。
もちろん、フィジカルの肉体に内臓破裂を起こさせるようなダメージは、端末スーツ自体が与えないから痛みだけでそいつはうずくまっているに過ぎない。
鍛え抜いたプロの試合じゃねーんだから、所詮はお遊びだ。
「はっはっは・・・っは! こんなもんかよぉ? ストリートのキングってなぁ。」
微笑のままで仁王立ちになって笑い続ける金髪長身の男に、その異様さに、他の連中はじりじりと後退ってゆく。うずくまった「キング」だけを残して。
表情が微笑に固定されているだけに、その振る舞いとの落差が異様で、気味が悪い。
「こ・・・こいつ、おかしいぞ?」
「ふはっはっはっは・・・はうあ————!」
突然、その長身の男が奇妙な叫びを上げた。頭を抱えている。表情は相変わらず微笑のままだ。
「なんだよぉ———! なんでまた戻ってくンだよおおおおお? ユウノシン———!」
頭を抱えたまま、その場に座り込んだ。
「や・・・やべぇ・・・。イっちゃってんぞ? こいつ・・・。」
ストリートファイターたちは、まだよろついている「キング」を抱えるようにして、その場を逃げ出していった。
また・・・1人だ・・・・。また・・・・
微笑の中で、キラントは泣いている。
記憶の中からよみがえってくるユウノシンのあの波動だけが、その仮面の中に入り込んできてキラントを揺すぶっていく。
何度も何度も、揺すぶっていく。
なんで・・・、おまえは去らないんだよぉ・・・?




