26 森で踊る
そこは小高い丘の上で、森の木々が少し開けた場所だった。眼下にユウノシンの「家」があるコンドミニアムが見下ろせる。
それらは巨大な配送センターを取り囲むように配置されていた。
ジュニアスクールで概念だけは習ったけれど、実際に「外」で見るとこんなふうに見えるのか——。
建物群のすぐ上を、配送用ドローンが間断なく飛び交っている。
「マスク取らない? 気持ちいいよ?」
ミズホさんがそう言ったので、ユウノシンはまたどきりとした。顔が火照る。
「恥ずかしがらなくても、他に誰も見てないよ。」
そう言ってミズホさんはアバターの表示を消し、両手をマスクの端にかけて、それをするっと脱いで胸の前に持ってきた。
首までの髪が解き放たれて、はらりと広がる。ミズホさんは目にかかった前髪を片手で払いのけて、首を軽く左右に振った。
アバターとは違う丸みを帯びた顔。
しっとりとした肌。
やや厚めでふっくらした唇に、奥二重の瞼。
ミズホさんの・・・肉顔!
ユウノシンは呼吸を忘れてしまった。心臓がどんどんと音が聞こえるくらいに鳴っている。
「やだなあ。そんな顔してたら、恥ずかしいじゃん。ユウノシンもマスク取りなよ。気持ちいいよ? そのままじゃ、森の空気の匂い、分かんないだろ?」
屈託のないミズホさんの笑顔を見て、ユウノシンもマスクを脱ぐ覚悟を決めた。
顎のベルトを緩めて、両手でマスクをすぽんと持ち上げる。途端に、森の緑の匂いがユウノシンの鼻腔の中いっぱいに広がった。
これが、「外」の匂い。
そうだ。14歳だったあの時もこんな匂いを感じたけれど、マスクを取ってみるとそれはもっと微妙で豊かで・・・。
「森の匂い・・・。空の匂い・・・?」
頬をかすかな風がなでてゆく。こんな感覚は、コモンにはない。
肉顔を、リアルの自然の中に晒す。
それは、ちょっと特別な開放感だった。
「気持ちいいでしょ。」
ミズホさんが笑う。
アバターの笑顔とは全く違って、柔らかくて、ちょっとぷよっとしていて、陽の光にうぶ毛が光って・・・。ユウノシンは気恥ずかしくなってしまう。
「ユウノシン、フィジカルもけっこうイケメンなんだね。」
「な・・・・」
ユウノシンは耳まで真っ赤になった。マスクのモニターはないけど、自分でそれが分かる。
「ナイアスさえいなけりゃなぁ——。」
とまた屈託なくミズホさんが笑った。アバターでいる時と全然変わりない。
この人は・・・。
やっぱり『外』にいることが多いから、こういうことにあんまり抵抗ないのかな?
「また、踊って見せてよ。ユウノシン。」
しばらく2人で思う存分「外」の空気を吸ってから、ミズホさんはそんなことを言った。
「最後に森でユウノシンのダンス見せてもらってから、半年? いや、もっとになるかな? 投げ銭はちゃんと・・・。あ、そうか。ここ、外だった・・・。スーツの機能使えないんじゃダメだよね?」
ミズホさんは頭に手を当てて笑う。
「ここは『外』の森だった・・・。わたしったら・・・」
いや・・・。
とユウノシンは突然思った。
そうだ。
意外といいかもしれない。
フィジカルだけで踊る。
浮遊係数も色彩調整もオートリズムもアイテムも無しで・・・。森の匂いだけを、この身にまとって——!
なんだか、今なら・・・やれる気がする。
「踊るよ。ミズホさん。フィジカルだけで・・・。あとで感想聞かせて。」
そう言うユウノシンの目は、ミズホさんを見ていない。その焦点が空中にある。まるで、そう、まるで空気の中に漂う無数の森の匂いの粒でも見ているように——。
とん!
音楽もなしに、ユウノシンの体が跳ねた。
ユウノシンがステップを踏む。
踏まれた草から、強く青い匂いが立ち上がる。
それを両腕で巻き上げるように、ユウノシンの体が森の空気の中を、差し込む木洩れ陽の中を、泳ぐ。
森の香りが、音楽に変わる。
片手をついて体を回す。
その掌に、土の匂い。森を育む、億千万の生命の匂い——。
森の妖精。
そんな言葉でしか表現できないように舞う少年を、ミズホは口を半分開けたままで眺めていた。
森が・・・!
ユウノシンのために音楽を奏でている!




