25 外へ
ユウノシンのダンスが変わった。
よくなった——。とも言えるし、ヘタになった・・・、とも言えるような変化だった。ユウノシンらしくない——とも言える。
ふざけてるわけではない。むしろ、連動のユウノシンの表情には、何か必死ささえ見えた。
シャスルコーチもコルンコーチも首をひねった。
「何かあったのか? ユウノシン。」
「あ、いえ。別に・・・。」
ユウノシンの答えは要領を得ない。
「何かあったの、ナイアス?」
シャスルコーチが休憩時間にも練習しているユウノシンを横目にナイアスに聞いてみるが、ナイアスも怪訝な表情で首を振るだけだった。
この子が連動でこういう表情をしているときはウソをついてはいない。
スクールの練習時間が終わっても練習をやめようとしないユウノシンに、シャスルコーチが見かねて声をかけた。
「練習熱心なのはいいが、やり過ぎてフィジカルの方を痛めたら元も子もないぞ。」
「そうだよ。もう暗いから、わたしも送ってよ。」
とナイアスも言う。
「あ、そうだね。ごめん。もう上がるよ。」
「何かあったの?」
帰り道、手をつないで一緒に飛びながらナイアスがユウノシンに聞いた。
「う・・・うん・・・。」
そう言ったきり、ユウノシンはまた黙った。
「ナイアスにだけは言っておくね。内緒だよ。」
と、ユウノシンが話し出したのはナイアスの「自宅」の玄関前に降り立った時だった。
「初期化したんだ、スーツ。・・・だから、ダンスのデータも全部消えちゃった・・・。」
「なんで!?」
「ウイルスに感染しちゃって・・・。上手く除去できなくなっちゃったもんだから・・・初期化したんだ、昨日・・・。」
「センターでもダメだったの?」
「そういうとこに言ってないんだ・・・。」
「なんで!?」
「ちょっと・・・事情があって・・・」
ナイアスがユウノシンを睨みつけた。
「わたしにも隠すの?」
「あ・・・いや、その・・・。絶対内緒だよ?」
「約束したら、墓場まで持ってくよ。」
ナイアスは顔に出るけどね・・・。
ユウノシンは少し躊躇ってから、話し始めた。ナイアスには隠し事はしたくない。
「キラントってやつ、いたろ。」
「ああ、あのストーカー野郎。」
「あいつに勧められて、違法ドラッグやっちゃったんだ。」
ナイアスが(ア・・・アホが!)という顔をした。
「でもそれにあいつがウイルスを仕込んでた・・・。」
「あ・・・あんなヤツとまだ付き合ってたの?」
「いや、バッタリ出くわしただけなんだ。」
「それで、なんで誘いに乗っちゃうのさ?」
「・・・うん・・・。なんでだったんだろう?」
ユウノシンは昨日ナイアスを送った後にあった事をざっと話した。ウイルスを感染させられて体が動かなくなったこと。そのあと解除だと言ってアプリを埋め込まれたこと。パパに内密に頼んだけど、ウイルス削除に日数がかかりすぎること。結局、初期化して2週間でみんなに追いつく、という選択をしたこと・・・。
「わ・・・わたしのダンスデータ、コピーさせてあげようか? わたしなんかので、よければだけど・・・。」
「あ、それは・・・ありがたいかも。なんたってナイアスは・・・」
と言いかけてから、ユウノシンは少し考え込むような表情をした。
「いや、・・・止すよ。これは、ひょっとしたら・・・僕にとってはチャンスなのかもしれないから・・・。」
「?」
「みんなの足だけは引っ張らないように頑張るよ。」
そう言ってユウノシンは笑った。
「無茶しちゃダメだよ。コーチも言ってたけど、ここにきてフィジカル痛めたら元も子もないからね?」
「うん。分かってる。」
「自宅」へ帰るために浮き上がってから、ユウノシンはメール着信のお知らせがあることに気がついた。
気がつかなかった。いつ来たんだろう?
あ、練習中か・・・。それじゃ気がつかないよな——。誰から?
あ、ミズホさんだ。
——明日急に空いちゃったんだけど。デートしない? 外で。——
デートって・・・。あの人は・・・。久しぶりに連絡きたと思ったら——。(^_^;)
あ、でも、いいかもしんないな・・・。外、行くのも。気分転換になるかな。ちょっと、ここんとこいろいろあり過ぎだもんなぁ。
うん。明日午前中のミドルスクールは休んじゃおう。出席日数も十分あるし、もうレポートも提出したし——。ダンススクールは午後からだし。
——いいですよ。午前中、空ける。——
ユウノシンは14歳になったばかりの頃、一度ミズホさんに誘われて「家」の外に出たことがある。
コンドミニアムのすぐ近くの小さな林の中へのちょっとしたピクニックだったのだけど、当時は家族以外の、しかも女の人と、生身の「肉体」で会うってことに頭が灼熱してしまっていたから、最初のうちはあまり景色を楽しむ余裕もなかったのを思い出す。
しかしだんだん慣れてくると、コモンとリアルの自然の違いというものがユウノシンにも感じられるようになった。
何より、空気にこんなに匂いがあるなんて、ついぞ経験したことのないものだった。緑の匂い。草の匂い。何かの花の匂い・・・。
うん。ダンスでいっぱいいっぱいになってるよりも、かえっていいかも・・・。
ミズホさんはユウノシンの「家」のあるコンドミニアムまで、オートモビルでやって来た。
「オートモビル持ってるんですか?」
「レンタルに決まってるでしょ。わたしはフィールドワーカーの資格持ってるから、借りるの簡単なんだ。乗って。」
ミズホさんはゴワゴワした生地のフィールドワーク用の服を着て、耳の見える軽そうなマスクをかぶっている。
マスクの下にミズホさんのうなじが見えて、ユウノシンはどきりとした。
「なんだ、ずいぶん肌露出の多い服着てるんだな。日焼け止めクリーム要る?」
ユウノシンはマスクこそフルフェイスだが、外着は昨日大急ぎで買い揃えたものだから、本格的なフィールドワーク用なんかじゃない。とりあえず、すぐ手に入るものを見繕っただけだ。
何しろ14歳の時の服はもう小さくて着られないし、それ以外は部屋着しか持っていないのだ。まあ、普通そうだよな。
手に入ったフィールドウエアは、なぜか肘から先と胸元や首周りの肌が露出している。だから在庫があったのかもしれない。
「い・・・一応、日焼け止めは塗ってきました。」
「なら、いいや。今日はちょっと遠出しよう。といっても、モビルで5分くらいのところだけどね。いい景色のところがあるんだ。」
さすが、フィールドワーカーのミズホさんは「外」を熟知している。もちろん、ユウノシンは「家」の近くですら、リアルにはどんな場所があるのかなんて全く知らない。
オートモビルは静かに走り出した。




