24 リクルス
ユウノシンは「自宅」へ飛行しながらも、頭の中は真っ白だった。
この先・・・、自分の未来は全て、あいつに握られてしまうのか?
なんで・・・こんなことになった・・・?
パープルウォーターなんて行かなきゃよかった。
いや・・・。そこじゃない。
それよりも・・・・。
もし、あいつの気まぐれで、コンクールのダンス中にアプリを削除されたら・・・。
それは、考えただけでも背筋も凍る話だ。
ユウノシンは「自宅」に帰ると、すぐにコモンからOUTした。
スーツを全部脱ぎ捨て、家用のマスクを着ける。
そのマスクから、パパにメールを送った。
——パパ。助けて! 今すぐ。——
リクルスのエンジニアとしての力が必要だ。今すぐ! パパの技術なら、あるいはウイルスを除去できるんじゃないか・・・。
起きてるだろうか、まだ? メールに気がついてくれるだろうか?
助けて! パパ!
レンはベッドにもたれかかって、パパからの返信を待った。待っている1秒1秒が、何十分にも感じられた。
もう寝てしまっただろうか・・・?
ものすごい長い時間(とレンには感じられた)のあとに、マスク越しに見る部屋の空間にパパからの返信が浮かび上がった。
——どうした? 何があった?——
——部屋に来て。扉開けておくから。——
レンはベッドにもたれかかったまま、アイコンをスライドさせて入口の扉を開けた。
パパはパジャマにマスクを着けただけで、あたふたとレンの部屋にやってきた。マスクの表面にはハルプが表示されている。
レンのマスクには何も表示されていない。半泣きの顔でハルプを見上げている。
それを見て、パパもハルプを消した。
「何があった?」
レンはこれまでの経緯を話して、リクルスの技術でウイルスを除去できないか、と尋ねた。
「そいつがやったことは犯罪だ。警察に通報すべきだ。」
パパは40代の大人の顔になって、まずはそれを言った。
「待って。・・・警察は・・・。」
レンは正直にパープルウォーターで葉っぱをやったことを話した。
「違法ドラッグか・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
それが表に出たら、コンクール自体に出られなくなるかもしれない・・・。
パパは、ふうっとため息を一つ漏らしてから、しようがないな、という笑顔になった。
「まあ、『葉っぱ』くらいならおまえくらいの年頃には1回や2回、誰でもやってるようなことさ。それよりレン。それ、完全消去されずにスーツにバグを残すって、知ってたか?」
レンはそれも知らなかった。
それって、今後のアバターの操作に何らかの支障をきたすかもしれないってこと? 僕はなんてバカなことを・・・。
そのあげくが、このウイルス感染だ・・・。
「ウイルス・・・、取り除ける? リクルスの技術で・・・。」
「どういうウイルスか分からないと何とも言えないけどな。表沙汰にしないんなら、リクルスの会社での機材は使うわけにいかない。レン、ちょっと手伝ってくれ。僕の部屋からプライベートで使ってる機材をここに持ち込む。会社のやつと違って、カサが大きい。」
パパの部屋はデジタル機材で埋まっていた。壁紙にナイアスの画像が貼ってあるだけのレンの部屋とは大違いだ。
部屋を埋めているやや古めかしい機材のほとんどはパパのプライベートなもので、会社から貸与されている機材はスマートでコンパクトだった。
「会社のは、ただの端末なんだよ。本体はクラウド上にあってさ。」
パパは機材をレンの部屋に運び込みながら、そんな言い訳ともつかない言い訳をした。
「かわいい子だな。推しのアイドルか?」
壁紙をちらと横目で見ながら、パパがそんなことを言う。レンは少し耳が熱くなった。
「うん。まあ、そんなもん。」
ハルプの時に会ったナイアスを、パパはすっかり忘れているらしい。
「症状からして、ウイルス自体はそれほど複雑なものじゃないだろう。おそらく素人細工だ。問題は、その後取り込んだアプリでどこに潜んでいるかが分からなくなっちゃってることだ。」
パパはユウノシンのスーツに機材をつなぎながら、そう言った。
レンは後悔した。二重にバカなことをした・・・。
いや、でも・・・。そうしなければ、ここに戻れなかったじゃないか。
「スーツのプログラムの中を順番に探していくしかないな・・・。スーツの全体を探すとなると・・・時間かかるぞ、これは。100時間以上・・・ヘタすりゃ1週間。」
「そん・・・なに、かかるの?」
「僕の機材だけじゃね。そのアプリの解除コードが分かれば、簡単なんだけど・・・。アプリを解除してウイルスを作動させれば、あっという間に補足して削除できるんだが・・・。」
もちろん、キラントがそんなもの教えるはずもない。
挑発してボタンを押させれば・・・。
でも、そこからどうやってここに戻る?
「いくつかのサンプルは採れたよ。やっぱり素人細工だ。初期化すればこんなものは一発で全部消せるけど・・・。データはクラウドに保存してないの?」
「ユウノシンのアバターデザインやアイテムの一部は保存してあるけど・・・、ダンスのデータは・・・。最近のやつはまだ未完成だったもんだから・・・」
「その前の段階までは?」
「ちょっと・・・・事情があって、全部消した・・・。」
・・・・・・・・
「ってことは、なに? 初期化したらまっさらってこと?」
「うん・・・。」
パパはしばらく黙っていた。傍らで機材の表示だけが明滅して、ウイルス感染箇所を見つけるたびに「削除しました」の表示をして黙々と作業を続けている。
このまま100時間以上もスーツが使えないんじゃ、そのあと練習に合流したってとうてい間に合うわけがない。
かといって、初期化してしまったら・・・。
あと2週間で、レンはみんなに追い付かなきゃいけなくなる。




