23 ウイルス感染
「ここじゃ誰かに通報されてもナンだからよ。オレの『自宅』に連れてってやるよ。初めてのご招待だ。」
キラントは動けなくなったユウノシンを抱えると、低空で飛行して自分の「自宅」へと運んでいった。ユウノシンのスーツの浮遊係数は全く調整できない状態だから、キラントは腕力だけでユウノシンの体重を支えて飛んだことになる。
キラントの「自宅」は、特にどうということのない一般的なメーカーものだった。外は特に目立つような改装もしていない。
ただ部屋の中は、原色の多い派手な壁紙でシヴァズ・タアンの世界観よろしく内装されていた。床にモノが散乱している。
キラントはそれを足でかき分けながら、担いできたユウノシンの体をソファに、ぼん、と放り出した。
自分は反対側のソファに背中を預けて、そこでキラントはようやく表情を連動にする。
その表情には勝ち誇ったような笑いが浮かんでいる。・・・が、その目は暗く、どこか泣き出しそうな目のようにも見えた。
「なんで・・・こんなこと・・・?」
ユウノシンがしゃがれた声で聞く。
「おまえが、あんまり輝いてるからさぁ——。」
キラントはしばらくニタニタ笑っていてから、どこまで本当か分からないようなことを言った。
「うちにも来てほしくなっちゃったんだわさぁ。」
「な・・・直してよ・・・。僕は・・・」
「知ってる。2週間後、コンクールだよなぁ。Jカップの——。」
キラントは優位に立っていることに満足した笑いを見せた。そして、何か注射器のようなものをユウノシンに見せる。
「大丈夫。解除コードがある。今、動けるようにしてやるよ。」
ユウノシンの腕のところまでそれを持ってきてから、キラントはそれをひょいと引いた。
「ただし。コードを注入するには、条件がある。」
キラントはニタニタをやめ、真顔になった。
「オレをおまえの専属マネージャーにしろ。」
「え・・・?」
「おまえの仕事は全部、オレを通して受ける。取り分の分配もオレが決める。」
キラントはユウノシンの顔を覗き込んで、にかっと笑った。が、目は笑っていない。
「約束できるなら、今すぐ解除コードを注入してやる。約束できないなら・・・」
キラントの表情に残忍さが現れた。連動か、そういうふうに固定したのかは、ちょっと分からない。
「このまま放っておくだけだ。一時停止もできないだろ? フィジカルの方がスーツを着たまま、部屋で小便漏らすことになりそうだなぁ——。」
ユウノシンはパニクった。
こいつがマネージャーになって、僕のオファーの全てを管理するだって?
冗談じゃないぞ!
まだ僕は何も達成してなんかいない。これからなのに——。
それを全部、こいつの腹ひとつに預けろだって?
「ふ・・・ふざけんな・・・!」
キラントはソファの中で体をそらして見下ろすような目線を作った。また残忍な笑いが浮かんでいる。
「ああ、そう。自分の置かれた状況が分かってないわけね?」
そう言ったきり、面白そうに動けないユウノシンを眺めている。
どうする?
どうすれば・・・?
たしかに・・・。こいつの言うとおり、このままではどうにもならない。自分ではどうすることもできない。「自宅」に行くことすらできない以上、コモンからOUTすることさえできない。
こいつにマネージャーの約束をするか、それともこのままここに拉致られ続けるか——。選択肢はそれしかない。
いや、たった一つ方法がある。
スーツを強制終了することだ。
それは、「ユウノシン」というアバターがこのコモンの世界から忽然と消え失せてしまう、ということだ。
もちろん、再立ち上げはできるだろう。しかし、運が良くてもここ数週間積み上げてきたダンスの技術データは全て失われてしまうだろう。わけの分からないウイルスだって削除しなけりゃならない。悪くすりゃ、全部初期化するハメにだって・・・・。
チームのみんなに迷惑かけるわけにはいかない・・・。
ここまでみんなで頑張ってきたのに・・・。
そしたら・・・・・。
選択肢、1個だけじゃん・・・。
・・・・・・・・
そうか・・・。
こいつを騙せばいいんだ。とりあえず、約束だけして——。まずは、コンクールを切り抜ける。その後のことは・・・・。
「わ・・・、分かった・・・。みんなに、迷惑かけるわけにいかない・・・。マネージャーのこと・・・約束・・・する・・・。」
しゃがれた声で、抵抗を諦めた表情で、(調整機能は効かないから、本気でその表情を作って)ユウノシンがそう言うと、キラントは満足げな笑いを浮かべた。
「ものわかりがいいじゃねーか。さすがは頭のいいレンだ。」
キラントはあっさりとユウノシンの腕に注射器を押し付けた。
身体がすっと軽くなって、普通に動くようになった。
え? こんなにあっさり信じたの?
「ただし、だ。」
キラントは注射器を、ぽん、と床に放り投げた。
「オレもバカじゃねぇ。今、注入したのはウイルスを削除するコードじゃねぇ。ウイルスの働きをブロックするだけのアプリだ。ウイルスが消えたわけじゃねぇんだよ。」
笑いながら、キラントの目に冷酷な光が浮かぶ。
「オレのマスクの中のボタン1つで、いつでもそのアプリ、削除できるぜ。ダンスの途中でもな——。このセットを手に入れるために、どんだけトークン使ったか・・・。まあ、先行投資ってやつだ。」
キラントは「自宅」の玄関の扉を、うやうやしく開けてみせた。
「さ——。帰って、休んで、明日からまた練習しなよ。オレの未来の金ヅルさん。」
ユウノシンは呆然とそこに突っ立っている。
キラントは、そんなユウノシンの肩に腕をまわして玄関の外まで出た。
「オレを裏切るんじゃねーぞ。友達だろぉ?」




