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マスク  作者: Aju


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22 キラント

 キラントの中で得体の知れない憎悪が膨らみ続けていた。それが何なのか、自分でもよく分からない。

 もう、コモンに入るのをやめようかとすら思うことがあった。


 それで、どうする?

 灰色の自室の中に閉じこもって、ガキの頃のゲームでもやりながら人生の時間を、それが過ぎてゆくのをただ待つのか?


 あのあと、街であいつを見かけた。

 あの時、「自宅」前で言い争っていた女と嬉しそうな顔して一緒に歩いてやがった。たぶんカノジョなんだろう。

 コヒラノダンススクールでトップクラスの実力だって話も聞いた。どうやら今度のJカップにも出るらしい。

 オレはなんで、こんなことを調べている?


 あの時、ふと、あいつとオレに共通したものがあるような気がして、心を許してしまった自分が惨めで、腹立たしくてどうしようもない。

 裏切られた気分だった。

 何が、よかったら連絡くれ——だ。自分のコモン充を見せびらかしたいか? ガキの頃、いじめられてたレンは、もうおまえなんかには手の届かない「ユウノシン」になったぜ——ってか?


 そうだよ。あいつは何にも悪くない。努力だってしてる。オレなんかと違って・・・。


 しかし、キラントは膨れ上がるどす黒い憎悪が、ユウノシンという個人に向かって禍々しく成長してゆくのを止めることができなかった。

 それはユウノシンに向かわなければ、自分自身に襲いかかってきそうだった。

 もちろん、コモンの中で殺人なんかはできやしない。しかし、それに匹敵するようなことは・・・できないことではない・・・。

 だんだんと、葉っぱの効きが悪くなってるような気がする。




 ユウノシンは、ともすれば地面の下から湧き上がって彼を呑み込もうとする不安を、心して見ないように努めていた。

 この1ヶ月半、積み上げてきた練習と技術のバランスは悪くない。コーチの評価もいい。

 このまま崩さないようにコンテストの日を迎えられれば、現時点での最高のパフォーマンスは見せられるだろう。

 ・・・・・・・・・

 だけど・・・それは、どこかイミテーションなんじゃないか?


 僕にはまだ、上手すぎることの何が問題なのか、が見えていない。

 コーチが「いい」と言うから、それでいいんだと思い込もうとしている。

 ナイアスのように、全力で踊れていない・・・。


 その日はナイアスを送って「自宅」に帰るのに、空中を飛ばず、街を歩いた。

 考えながらあちこちを歩いているうちに、あのパープルウォーターの前に来ていた。

(あの身体からだが自然に動いた感じは、ここでも経験したな・・・)

 そんなことを思い出していると、店からキラントが出てくるところに鉢合わせした。


 一瞬、キラントの表情に奇妙な笑いが現れたが、彼はすぐに表情を固定にした。

「よう。ユウノシン。元気だったか?」

 微笑のまま近づいてくる。

「久しぶりだ。中で葉っぱでもやらねーか?」

 腕を肩に回してくる。ジュニアの時のような、ベタッ、とした感じがした。


 なぜ拒絶しなかったんだろう? と、店に入ってからユウノシンは思った。

 コンテストまであと2週間だというのに、こんなところに入り浸ってる場合じゃないのに・・・。

 自分でもよく分からない。

 あるいは、あの時の体験をもう一度追体験して、何かのヒントを得たいと思ったのかも知れなかった。


 勧められるままに「葉っぱ」を口にくわえる。

 ずっとダンスのことばかり考えていたユウノシンは、それが以前勧められた葉っぱとは少し形が違うことに気がつかなかった。


 突然の衝撃とともに、全身が動かなくなった。

「な・・・?」

 身体からだ全体の感覚が消えて、わずかに首が回せるだけになってしまった。表情の操作もできない。視界も一部欠損している。

 な・・・にが、起こったんだ?


 キラントが、微笑に固定した表情のままでユウノシンを眺めおろしている。

 くわえたはずの「葉っぱ」がない。

 それは空になったガラスの管みたいになって床に落ちていたが、ソファで全身の筋肉が麻痺してしまったようになっているユウノシンからは見えない位置にある。


「な・・・にが・・・?」

 声は出た。

 しゃがれたような声だ。

「どうだ? そいつの味は?」

 キラントの声が残忍な色を帯びている。表情は微笑に固定されたままだ。


 店に流れる音楽が、ギイギイいう引き損なったノコギリみたいな音になってユウノシンの耳に襲いかかってくる。

 ユウノシンにはそれを止めることができない。スーツの機能がほぼ麻痺している。


「はっ・・・はっはっ・・・は!」

 キラントが泣いているような声で笑うのが聞こえた。

「ぼ・・・ぼく・・・に、何を・・・した・・・んだ? キラ・・・」


「おい。おまえたち、何をしている?」

 サブワールドの管理人が、異常を察知して足速に2人のもとにやって来た。

 キラントはまだ笑い続けている。

 管理人は2人の様子と足元の空になったガラス管のようなものを見て、何が起きたかおおよそを察したらしい。

「おい! キラント! これは何だ? この中身は何だ! おまえ、この坊やに何をダウンロードさせた?」


「ウイ・・・ウイルス・・・。だ・・・大丈夫。解除コードは持ってる・・・。」

 キラントは体を傾げ、首を妙な感じに振りながら答えた。表情は相変わらず微笑のままだ。

 管理人は怒りの表情でキラントの胸ぐらをつかんだ。

「てめえのやってることはれっきとした犯罪だ! いいか、キラント。ここは確かに、はぐれ者の溜まり場だがよ。だからこそ、サツに踏み込まれてワールド自体を閉鎖されるようなマネはさせねぇ! その気色悪い表情固定をやめろ! こんなことするなら、てめえは出入り禁止だ!」

 管理人はワールドの中に控えているロボットに、強い口調で命令した。

「この2人を外に放りだせ! IDを入店拒否に登録しておけ!」


 キラントとユウノシンはロボットのアームに捕まえられて、外の石畳の上にゴミのように放り出された。

 キラントはノロノロと立ち上がったが、ユウノシンは起き上がることもできない。


「うへっ・・・へっへっへ・・・っへ・・・」

 キラントは相変わらず泣き声のような笑い声をあげる。表情は微笑のままだ。

「ダンスの王子様も・・・ざまあねぇな・・・。」

「な・・・なんで・・・?」




コンクール2週間前だというのに、とんでもない状況に陥ってしまったユウノシン。

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