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マスク  作者: Aju
18/52

18 コンサート

「今の彼は、あれでいいんだよ。君は自分のオーディションに集中しなさい。」

 ナイアスがシャスルコーチにアドヴァイスを求めると、コーチはそんなふうに言ってから、ナイアスが他人ひとの心配ばかりしているのが可笑しかったのか少しくすりと笑った。

「自分のダンスについて聞きたいことはないの?」


 それは・・・とナイアスは思う。今まではユウノシンがくれた。

 でも・・・。今、そのユウノシンがあれなんだもの・・・。

 わたしは、ユウノシンに(・・・・・・)アドヴァイスをしてほしいって言ったつもりだったんだけど・・・。


「君はそのままでいい。細かなところを言えば、第3フレーズの出だしで足のステップがわずかに遅れるよ。ちょっと曲より早めに出るくらいの意識を持ってやるといい。」

 シャスルコーチはそれだけを言うと、またユウノシンの方に視線を向けた。

 そのユウノシンは、今は別のスクール生の練習をじっと見ている。




 その日がきた。

 オーディションを受けにきたメンバーは、さすがに猛者ぞろいだった。事前に送った動画審査で、ふるいがかけられているから当然といえば当然なのだが。

 そんな中で、ナイアスは懸命にユウノシンの言葉を思い出して全力を出し切る努力をした。


 ——ここにナイアスがいるって、見せてこい!——



 ナイアスが所属するダンススクールからは4人が最終選考を勝ち抜き、エキストラのバックダンサーに採用された。あのテストの最終組の3人が選ばれたのは順当だとしても、残りの1人がナイアスだったことに、ナイアス自身が驚いた。

 その通知がダンススクールに来たとき、ユウノシンは自分のことのように喜んでくれたのだった。

「絶対S席とるから! コンサート!」

 ただその連動の笑顔の目の奥に、一抹の寂しさがあるのをナイアスは気づいている。

 そうだよ。ユウノシンがもしあの場所にいたなら、残ったのはわたしじゃなくてユウノシンだったはず・・・。


「もちろん、行くだろ?」

 S席のチケットを見せて、シャスルコーチがユウノシンに聞いた。

「ええ。倍率高そうなんで、発売と同時にアクセスできるよう AI を調整してたんですが・・・。これは?」

「うちは4人も出したからね。割り当て分だよ。校長に談判して君の分を確保した。」

「トークンはスクールに払えばいいんですか?」

「何を言ってる。私の授業の一環だ。うちの生徒たちがどんなパフォーマンスを見せるか、見に行こう。いや、行くべきだ。特に君の場合、ナイアスを観に——だ。君に足りないものが何か、見えると思うよ。」




 ギランの声は、そのアバターから直に発せられると配信なんかとは全く別モノだった。バックダンサーなんて添え物に過ぎないとさえ思えてしまう。

 フクオウホールは2万人を収容できる、この地方一の巨大サブワールドだ。そのホールが、ギランのシャウト1つで一瞬にして支配されてしまった。

 コモンでは「声」はゼロから作ることもできる。肉声を加工して声質を変えることも可能だ。

 しかし、ギランの声はそういうことで出来上がる何かではなかった。イメージのために加工されているのは当然だとしても、この「声」の力はそういうところから出ているのではなさそうだった。

 それは、ギラン自身の肉声の中にある何ものかであった。


 ミラクル・ヴォイドがいくつものコモン・メタをまたいで存在するグローバルアーティストたり得るのは、このギランの声があるからだ。——と、それはユウノシンにも分かった。


 バックを踊るレギュラーダンサーたちのダンスもすごい。ギランの声に負けていない。

 それでいて、ちゃんとギランを主役にするように空間を動かしてゆく。

 これはこれで、ソロのダンスとはまた違う技術だな——。とユウノシンは感心する。もちろん演出家の力量もあるのだろうけれど、実際に舞台で踊るのはダンサーなのだ。

 コンサートを楽しみながらも、そんなことを考えてしまうのは、ユウノシンもまたその道を歩む1人だからなんだろう。


 エキストラのバックダンサーは舞台中央ではなく、客席に近いエリアで演出家の振り付けに沿って踊っていた。

 オーディションに合格したのは20人。その中で、ナイアスも懸命に踊っていた。


 ナイアス、頑張ってるな。

 つい、目がそこにいく。


 あの言葉は・・・。と、余計なことを思い出した。告白のつもりだったのかな・・・?

 あのあとはナイアスもオーディションに向けて必死だったし、オーディションに合格してからはミラクル・ヴォイドの公演までエキストラの稽古のために缶詰めになっていたから、そんなことを聞いたりするような余裕はどこにもなかった。


「ナイアスに目がいくだろ?」

 シャスルコーチに言われて、思わず顔が火照る。

「い・・・いや、その・・・」

「いちばん左のエキストラダンサーを見てごらん。」

 シャスルコーチは、ユウノシンの狼狽うろたえとは全く別のことを話し始めた。

「上手いだろ?」

 たしかに。動きのキレもよく、歌と踊りが全くズレない。

 それに対してナイアスは、素人には分からないほどだが、わずかに早くなったり遅くなったりしている。

「でも、そいつじゃなくてナイアスの方に目がいく。エキストラダンサーの中ではね。」


 言われる通り、ユウノシンの目はナイアスの方にいってしまう。

 でも、それは・・・・。


「ナイアスのダンスには存在感があるんだよ。ギランの歌に負けていない。エキストラの中でいちばん光っているよ。おそらく、そこを買われて拾われたんだ。彼女は——。」

 そう言われれば、そんな気もする。

 しかし、目がナイアスにいってしまうのは、ナイアスに対するユウノシンの気持ちのせいなのではないのか?

 たしかに、ナイアスは輝いて見える。でもそれは・・・。コーチが言うようなことではなく、ユウノシンにとって彼女が特別な存在になってきたからなのでは・・・?

 ユウノシンには、その区別がつけられなかった。


 このコンサートからナイアスが解放されてきたら・・・。僕も伝えよう。

 たぶん、この前の言葉の答えになるだろう何かを・・・・。


 何を考えてるんだ? 大事なコンサートの最中に。

 見つけなきゃ。コーチが言った「違い」を。それを見つけられなきゃ、僕はナイアスから置いてけぼりだ——。


 ユウノシンはナイアス以外のエキストラダンサーを比較して、コーチの言う「存在感」の違いを探し出そうとした。

 しかし、いくら目を凝らしてみても、ユウノシンの目にはナイアスだけが輝いているようにしか見えなかった。



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