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マスク  作者: Aju
17/52

17 彷徨

 キラントはユウノシンが歩いていった方向をぼんやりと眺めたまま、石畳に座り続けていた。

 冴えた月の光が、石畳を煌々と照らしている。


 オレはなんで、さっきあんなに怒ったんだろうか?

 いつもなら、暴力的な態度で相手を怖がらせるはずのオレの方が・・・怒れば怒るほど、まるで惨めで・・・。

 オレはなんで、さっき泣いたんだろう?

 不様ったら、ありゃしねぇ・・・。


 キラントは自分の心が分からなかった。

 あいつはまた、堂々とユウノシンに戻ると言いやがった。カクなんちゃらいう名前に変えたのは、オレから逃げるためだろう?

 オレはこの一瞬で見下されたってわけだ。

 ・・・・・・・

 そうなのか・・・?


 なら、なんであいつは謝った?

 なんで連絡くれなんて・・・? そういえば、居場所がないとかなんとか言って、あいつも泣いてやがったな・・・。ありゃあ、何なんだ?

 オレは・・・・。

 分からねえ・・・。


 キラントは葉っぱをもう1本取り出して口にくわえた。

 頭にキラキラした光が入ってきて、細かいことがどうでもよくなっていく。自然に口元が緩む。

 しかし、外で吸う葉っぱは、店の中で吸うそれとはまるで違っていた。

 月に照らされた石畳がまるできらめくさざなみのようになって、その美しさがかえってキラントの居場所を失わしめた。

 キラントはよろめきながら立ち上がり、逃げるようにしてパープルウォーターの中に転げ込んでゆく。


「きれいなだけの街は、嫌いだぁ・・・。」




 ユウノシンが戻ってきた。

 そう。カクベエではなく、ユウノシンがダンススクールに戻ってきた。


「ユウノシン!」

 ナイアスが練習を途中で放っぽりだして駆け寄ってきて、人目も憚らずに思いっきり抱きついた。目に涙を浮かべている。

「おいおい、誤解されるよ? 3日空けただけじゃん。」

「誤解じゃないよ!」

 ナイアスはユウノシンをきつく抱きしめたまま、顔だけを上げて真っ直ぐユウノシンを見つめた。

 ユウノシンの心臓の鼓動が大きくなる。

 これは・・・? 告白・・・? と受け取っていいのかな・・・?


「れ・・・練習しなきゃ。・・・ナイアスはオーディションが控えてるんだから。」

「ユウノシンも出られるよ。」

「え?」

 ナイアスはウソを言っている感じではない。心底嬉しそうにしている。

 シャスルコーチが、そんな2人に近づいてきた。

「おかえりユウノシン。ナイアスの言う通り、ダンススクールとしてユウノシンの名前でエントリーしたよ。ギランのバックダンサーを務めてこい。君なら、間違いなく採用される。」

「でも・・・」

「ただし、——だ。そのあとのオファーは全て断れ。いや、ダンススクールとして断らせてくれ。」


 沈黙が流れた。

 ナイアスが意味をつかみかねている。


「オーディションは、受けません。」

 ユウノシンが静かに言った。

「今は、踊れそうにないんです。」


「しかし・・・君は昨日、音楽を聴いて自然に体が動いた——と・・・。」

「あ・・・あれは、その・・・」

 違法ドラッグのせいだとは言えない。

「シャスルコーチ。僕に何が足りないのか、教えてください。ナイアスのように感動のあるダンスを踊るために——。上手すぎるって、どういうことですか?」


「え? 何言ってんの? ユ・・・・」

 ナイアスがユウノシンとシャスルコーチの顔を交互に見ながら、理解できないという表情をする。

 わたしとユウノシンじゃレベル全然違うじゃない。わたしはユウノシンのダンス見て十分感動してるよ?


「そうだな・・・。言葉で言い表すのは、難しいんだけど・・・。」

 シャスルコーチは、少し眉を寄せて考えていたが、やがて口を開いた。

「君は技術がある。その技術に、感性が振り回されてしまっているんだよ。しかも、まずいことに、ちょっと見ただけでは分からないくらい上手に振り回してしまうんだ。観客だけじゃなく、君自身がそれに騙されてしまっている。」


「感性に技術が追いつこうとするんじゃなく、技術の方が先に走っていってしまうんだ——。それは・・・・才能ではあるんだけど・・・。」


 かえって、説明を聞いたあとの方が分からなくなってしまった。



 ユウノシンは踊れなくなった。

 ダンススクールにやって来ても、ナイアスや他の人のダンスを見ているだけで自分で体を動かそうとしない。

 そんなユウノシンを、シャスルコーチも遠目に見ているだけだった。


 ナイアスは自分のオーディションのこともあったが、見かねて一度シャスルコーチに聞いてみた。

「なんで、アドヴァイスしないんですか? わたしにするみたいに。せっかくユウノシン帰ってきたのに——。」

 シャスルコーチは、少し微笑んだだけだった。

「今は、あれが必要なんだよ。彼には——。」



 ユウノシンはナイアスの練習をじっと見ている。

 以前だったら、1クール終わったあと、たいてい的確なアドヴァイスをくれたのに。今は、ただ黙って見ているだけだ。

 ナイアスは気になって練習に集中できない。

 だめだ、これじゃ・・・。あと5日なんだ。オーディションに向けて集中していかなきゃ・・・。

 でも・・・、もし・・・。わたしがオーディションに合格したりしたら・・・。ユウノシンはどう思うんだろう。この前のテストの時みたいに、手放しで喜んでなんかくれないよね?

 だって・・・。落ち込まないはずがない。自分から「受けない」と言ったからって・・・。今だってユウノシンは全く踊ろうとしない。

 シャスルコーチはあれでいいって言うけれど・・・。

 だめだ、だめだ! 集中しなきゃ。



 ナイアスが自分の心と闘っているオーディションの3日前、ユウノシンの行動に変化が現れた。ナイアスの動きを真似て、踊り始めたのだ。

 もちろん、その動きはあのテストの日のようなキレのあるものではなく、ただナイアスの動きをトレースするだけで、しかも途中でやめてしまう。


「ユウノシン。何やってるの?」

 ナイアスはたまりかねて、練習を中断してユウノシンのもとに行った。

「あ・・・、ごめん。気になるよね。・・・うん、やめるよ。オーディションが終わるまでは・・・。」

「?」

「ごめん。続けて——。あと3日しかない。僕なんかに引っ張られないで・・・。」



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