16 落選の理由
ユウノシンは月明かりを眺めながら、歩いて「自宅」に帰ってきた。なぜか今日は、飛ぶのではなく歩きたかった。
夜更けとはいえ、まだ広場に集まって何かをやっている人たちもいた。
空中を、かすかに明滅するクラゲが漂っていく。
「?」
真っ暗な「自宅」の前に人影があった。背が高いからナイアスではなさそうだ。
「カクベエか!?」
その声は・・・
「シャスルコーチ?」
「よかった! やっと会えた。」
コーチは走ってきて、ユウノシンの肩をがっしとつかんだ。
「すまなかった。選考に強硬に反対したのは私なんだ。」
ユウノシンは一瞬、コーチが何を言っているのか分からなかった。
「反対・・・って、オーディション参加メンバーに選ぶことにですか?」
シャスルコーチは、こくりとうなずく。
「多少のショック療法のつもりはあったんだが、ここまでダメージを与えてしまうとは思ってなかったんだ。すまない。君は今のままでも、ほぼ間違いなくオーディションには合格して採用される実力だと思う。」
・・・・・・・
「じゃあ・・・なんで・・・?」
「それを説明しようと思ったんだが、君は消えてしまった。君がダンスをやめると言ってると聞いて、何がなんでも今日捕まえて話さなきゃ、と思って、ここにいたんだ。会えてよかった・・・。」
「あの・・・、ここじゃなんですから、中に入りませんか?」
ユウノシンが「自宅」の玄関を開けようとすると、コーチはそれを止めて
「いや、ここでいい。途中でOUTされたら、困るから。」
と言って、にっと口の端を上げた。
「なんなら、歩きながら話そうか。」
月明かりに照らされた石畳が、水面のさざなみみたいで美しい。さっきのクラゲが、木々の梢付近をまだ漂っている。あれも誰かの「作品」なんだろう。たぶん名もなきアーティストの・・・。
「カクベエ。・・・君には才能がある。どうか、ダンスをやめるなんて言わないでほしい。」
ユウノシンは顔を上げた。その瞳が月光を反射して、潤んでいるようにも見える。
「やめられません。・・・アングラのサブワールドで、音楽を聴いてるうちに体が勝手に動いてました。」
静かな笑顔を見せる。その表情には、何か憑き物が落ちたような透明感があった。
「僕は、ユウノシンに戻ります。」
2人はしばらく無言で歩く。
「そうか・・・。それを聞いて安心したよ。・・・ならば、これを言っても大丈夫だな。」
コーチは足を止めた。
「さっきも言ったように、ユウノシンは今すぐオーディションで採用されても全然不思議はない。プロとしても、通用するだろう。」
だったら、どうして落選させたんだろう? 僕だって、自分がどこまで通用するのか、試してみたかった・・・。
「でも今、そこでデビューしてしまうと、たぶん君はそれで終わっちゃう。・・・消費されて——。
ユウノシン。君は、君の才能は、そんなところで消費されちゃっていいものじゃないと私は思うんだ。もうひと回り大きくなるまで、待つべきだ——と。」
コーチのその言葉は、今宵の冴え冴えとした月から下げおろされた命綱のように、ユウノシンを一気にどん底から引っぱり上げた。
「コーチ・・・。」
だが、そのあとシャスルコーチが言った言葉は、この先、ユウノシンを長く苦しめることにもなったのだった。
「君のダンスは上手い。でも、ある意味、まだ上手いだけなんだ。上手すぎるんだよ。」
え? 上手いのはダメなの?
「それでもプロでは通用する。でもそれでは君は消費されちゃうだけなんだよ。今は、このコモンの世界では、誰でもそこそこ表現できちゃうから、上手いだけではあっという間に消費されて終わっちゃうんだ。」
そして、この言葉が、再びユウノシンを奈落の底に突き落としたのだった。
「君のダンスには、ナイアスのような感動がない。」