15 地の底で踊る
音が、体に染み込んでくる。
カクベエの身体がゆらゆらと揺れ始めた。
その手のひらから紫色の炎がゆらめき出る。それは細長く伸びて、揺れながらカクベエの身体を包むように回り始めた。
カクベエの四肢が、まるで関節がいくつもあるみたいにしなやかに動く。
笑っている。カクベエが。
その笑いは、なんだか地獄から出てきた死の使いでもあるような匂いを帯びて、まとわりつく紫の炎は1つ1つが死者の魂であるかのようにも見えた。
それは、今流れているシヴァズ・タアンの曲がそのまま人の形をとって顕現れたような錯覚を覚えさせる。
輝人は半分口を開けてそれを眺めていた。
こいつは・・・・・
ナイアスに話を聞いたコーチのシャスルは、両手で顔を覆ってしまった。
しばらくして、その手を放り投げるように顔から離すと、そこには深刻な表情をしたシャスルの顔があった。
「そこまでショックを受けるとは・・・。あの時、ひっ捕まえてでも話をするべきだった。私のせいだ。」
それから連動の表情のままでナイアスの方を向き、
「君はそのままオーディションの準備を進めて。私は彼の『自宅』に行ってくる。分からないことがあればコルンに聞いてくれ。放っぽり出すようで悪いけど。コルン!」
ともう1人のコーチの名を呼んだ。
「わたしは大丈夫です。それより、カクベエはそのストーカー野郎に拉致られちゃってるかも・・・。」
「そうだとしても大丈夫だ。コモンでは誰も人の身体を傷つけることはできないし、OUTするためにも『自宅』には必ず戻ってくるから、そこを捕まえる。いちばん怖いのは、OUTしちゃってそのままコモンに入ってこなくなることだ。」
コルンが2人の近くにやってきた。
「どうしたの?」
「例のあの子。ユ・・・カクベエさ。ダンスやめるって言ってるらしい。」
「え? だから、オレが・・・」
「分かってる。私の責任だ。だから、『自宅』で張り込んで、とにかく彼を捕まえる。今日だけでいいから1人でこの子たちを見ててくれないか? あの才能をツブした男、なんて言われたくない。」
「まあ、そりゃいいけど・・・。オーディションに行くような生徒たちだから、コーチはそれほど付きっきりの必要はないし——。それより大丈夫なのか、カクベエは? かなりショックを受けてたようだったけど・・・。」
曲が終わると、ピイ——、ピイ——、と口笛があちこちで鳴った。
気分がいい・・・。
少しにやけた表情になったカクベエの手を、輝人がいきなり強くつかんだ。怒ったような顔をしている。
そのまま、ずんずんと店の入り口の方に引っ張ってゆく。
「なんだよ、どうしたんだよぉ、キラント・・・。」
カクベエはまだ少しとろんとした目をして、輝人に手を引かれてサブワールドの外に出た。外はもう夜になっている。
輝人はカクベエを建物の壁の下の石畳に放り投げた。
カクベエはごろんと尻から転がって、そのまま起き上がることなく壁を背にへたり込んだ。
「なんだよぉ? ・・・どうしたんだよぉ・・・。」
まだ酔っているカクベエは、焦点の定まらない表情で輝人を眺め上げる。
「おまえは・・・! もう、ここには来るな!」
輝人の顔が歪んでいる。彼は泣いていた。
「なんで・・・? 友達・・・じゃ、なかったの・・・?」
せっかく・・・・、いい気分になれる場所を見つけたのに・・・・。
「おま・・・おまえなんか、友達じゃねえ! ・・・もともと・・・生まれた世界が違うんだよ!」
立ったまま泣いている輝人を、カクベエはぼんやりとした顔で眺め上げている。
「なんで・・・? ここもダメなら・・・僕にはもう、コモンに居場所が・・・ない・・・」
「な・・・にを、言ってるんだ、おまえ・・・?」
そのまましばらく突っ立っていてから、輝人もまた同じような格好でカクベエの隣にへたり込んだ。
「きれいにだけ造られた街は嫌ぇだ・・・。」
しばらくの間、2人はそこにへたり込んだまま、黙ってじっと目の前の石畳を見つめていた。
よく見れば、キラキラと輝いているのは石英だろうか、長石だろうか。その中に黒や赤の点が混じり、角が丸くなった石がウォームグレーの目地でつなげられて整然と並んでいる。
たしかに・・・、きれいだな。
こんな細部の表情だって、創り出すために「仕事」してる人がいるんだよな・・・。
葉っぱの影響が薄らいで、カクベエの頭がだんだんはっきりしてきた。どこかから声が聞こえた。
——ここで負けちゃって踊れなくなるようなメンタルじゃ、大舞台なんか踊れないぞ?——
カクベエは、のろのろと立ち上がった。
輝人に手を貸そうとして伸ばすが、輝人はそれを拒絶した。
「ごめんな。輝人」
カクベエの意外な言葉に、輝人は思わず顔を上げる。
「オレ、挫折に弱いんだな・・・。今、自覚した・・・。こうなって初めて、おまえの気持ちが少しだけ分かったような気がした。・・・あ、もちろん、上っ面だけだけどな・・・。」
輝人は連動のまま、カクベエを見上げている。レンはこんなサトルの表情を見るのは初めてだった。
「僕は、ユウノシンに戻るわ——。」
レンも連動の表情のままで言う。月明かりがユウノシンの影を石畳に落としていた。
「だから・・・、よかったらまた、連絡くれよ。」