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マスク  作者: Aju
14/52

14 逃げ場所

 金髪、長身の男がゆっくりと道路から玄関の方にやってくる。

 余裕のある微笑を見せているが、あれはたぶん固定じゃなく連動だ。あいつ、連動でああいう表情をするんだ、今は——。


 ナイアスが「あの人が例のストーカー?」ということを目で聞いてくる。

 カクベエは「そうだ。」と小さく声に出した。


「帰れ。帰って練習するんだ。」

 語気が強い。

 カクベエはナイアスをこの男から遠ざけたかった。何より、ナイアスはオーディションを控えているのだ。

「ユ・・・カクベエも来てよ。」

「僕は行かない。」

「じゃ、わたしも行かない!」

「ナイアス! いいから、行って練習しろ!」


「何もめてんの? ナイアスっていうんだ。かわいい子だね。カノジョ?」

 しまった! 名前・・・。

「そ・・・そんなんじゃ・・・」

 ナイアスが輝人きらんとを睨むような目をしながらも、少し頬を赤らめる。

「いいから! 君は行って練習しろ! こんな所にいる場合か!?」

 レンはナイアスを危険から遠ざけたかった。落ち込みは姿をひそめて、守りたい、というその思いだけが連動の表情の中に強く出た。

 ナイアスもそれを察したようだった。自分がいれば、この場合むしろレンのお荷物になる。

「コーチが、カクベエを待ってるからね?」

とだけ言い残して、ちょっと心配そうにしながらも飛行エリアに向けて飛び立った。


 それを少しニヤつきながら見送ってから、輝人きらんとはカクベエに視線を戻した。

「カァッコいいじゃん、ユウノシンさん。あ、名前変えたのかな? カクノシン?」

「カクベエ・・・。」

 レンは連動で不貞腐れたような表情のまま、ぼそりと言った。

「カクベエさんかァ。これもカッコいいね。武士みたい——。」

 いやらしさもグレードアップしてるな・・・、と思ったが、なんだか逆らう気力も湧いてこない。

 とりあえずナイアスを逃したことで、あとはもうどうでもいいような気がしてきた。


「なんか、サエない顔してんね。遊びに行かない? ジュニアの頃とは違うよオレも。いろいろ面白いとこ知ってるぜ?」

 昔みたいな感じで腕を肩に回してきたが、レンが身構えたほどそれはベタッとした感じではなかった。

 レンの記憶が誇張されてしまっているのか、それともこいつも15歳になって少しはオトナになってきているのか・・・。

 レンは輝人きらんとに促されるまま、流れに身を任せた。あと先のことなんか、何も考えられない・・・。何もかもが、どうでもよくなり始めていた。


 ナイアスはオーディションに行く。

 うまくすりゃ、ミラクル・ヴォイドのバックダンサーとして採用されるかもしれない。

 そうなれば、もはやレンには手の届かない所に行ってしまうかもしれない。


 レンは・・・といえば、コモンネームをカクベエに変えてまで挑んだ挙句、ナイアスより下、と判定されて・・・。名前を変える1番の原因だった男に肩を抱かれて、夕暮れの街をふらふらと歩いている・・・・。

 みっともない姿だ・・・。

 こんなところ、ダンススクールの同期たちには見られたくないよな・・・。特に、ナイアスにはさ———。

 レンはそんなふうに思ってから、自分とは似ても似つかぬものになりたかった輝人こいつの気持ちが少しわかるような気がした。



 輝人きらんとがカクベエを連れていったのは、パープルウォーターというなんだか怪しげなサブワールドだった。

 カクベエの聞いたことのない、カウンターカルチャー的な耳障りな音楽が流れている。

 中にいた人数はそれほど多くなかったが、一見ゴージャスなハリボテみたいなソファに皆だらっとした感じで体を投げ出して、既に生産は禁止になったはずのタバコのようなものを吸っていた。

 カクベエの視線に気付いたんだろう。輝人きらんとが話しかけてきた。

「ああ、あれな。葉っぱだよ。やる? 気分よくなるぜ?」

 カクベエはちょっと不安そうな顔をしてしまったんだろう。

「だぁいじょーぶ。体には害はねーよ。配送されるやつじゃねーから。スーツに落とすアプリさ。2〜3時間すりゃ自動消去されるから誰にもバレねぇ。」

 そう言って輝人きらんとはポケットからケースを取り出すと、2本それを手にとって1本をカクベエの前に差し出した。

「今日はオレのおごりだ。再会を祝って・・・。」


 吸う——という行為になるのだろうか。口にくわえると、自然に先端から煙が上がり始め、頭の中に何かキラキラしたものが入ってくるような感じがした。

 目眩めまい、とも違う。

 不安や抑うつが軽くなっていき、今まで自分が何に押し潰されそうになっていたのか、分からなくなった。


 輝人きらんとは? と見ると、ソファに身を投げ出して少し笑ったような顔で、とろんとした目をしている。

 マスク左脇の自分の顔を見てみると、同じような表情をしていた。


 楽だな・・・・。


 惨めさが消えて、何にこだわっていたのかも分からなくなっている。

 ラクだ・・・・・・・

 こりゃあ、クセになりそうだな・・・。


 そうしてしばらくソファに身を任せていると、だんだん、あの耳障りな音が気持ちいいような気がしてきた。

 カクベエは、ふらっと立ち上がる。


 身体からだが音に合わせて動きたがっている。



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