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マスク  作者: Aju
13/52

13 最悪

「そんなの・・・。登録ミスだよ・・・。名前、変えたから・・・」

 ナイアスが片付け始めている審査員席の方へ行こうとする。その手を呆然としたままのカクベエが引っ張った。

 表情を連動にしたまま、調整することも忘れている。

「それ、ない・・・。規定は、ちゃんと・・・名前、呼ばれた・・・・」


 頭の中が真っ白だった。

 荷物も持たずに、ふらふらとスタジオの出口の方に歩き出し、その頃になってようやくレンは表情をニュートラルにすることに思いが至った。

 カーソルを中央に合わせて「無表情」にする。


 連動の時、どんな顔してたんだろう。

 左の画面を見ることすら忘れていた。きっとひどい顔をしてたに違いない。今は全くの無表情だ。


 表情には出さなくても、マスクの中だけで嗤ってるヤツいるんだろうな・・・。

 無様だ・・・・。

 こんな、無様な・・・。


 左手をナイアスが握るのを感じた。

 何かを言っているけど、言葉なのかどうかさえ分からない。


 消えたい。

 今すぐ、コモンから離脱したい——!

 でもOUTするためには、「自宅」まで戻らなきゃならない。


 出口についた頃、背後から担当のコーチの声が聞こえた。

「・・・ベエ・・・」

 何を言ってるか分からない。

「・・・よ。・・・ベエ!」

 レンは扉を開けて外へ出た。

「ユウノシン!」

 コーチのその声だけが聞き取れた。


 が、レンはそのまま浮き上がって飛行エリアに上っていく。

 早く「自宅」に帰りたい。コモンからOUTするんだ・・・。



 レンはスーツを停止して、全部身体(からだ)から外した。

 スーツ用下着のままで、床にへたり込む。

「ふ・・・へ・・・へへへへっへ・・・っへっへ・・・。」

 泣きながら笑う。


 カッコ悪いったらありゃしない・・・。

 ダンスを終えた時には、まさか落ちるなんて考えもしてなかった。きっと、鼻高々の顔してたに違いない。こんな・・・・

 こんな、カッコ悪いヤツって・・・・。ちょっと、いないんじゃない?


 顔を上げると、リアルの部屋の壁が見えた。

 笑顔のアイドルの壁紙が貼ってある。

 レンは家用のマスクを被って、消去ボタンを押し、その壁紙を消した。あとにはただ、ライトグレーの無機質な壁とキャリーダクトの配膳口だけがある。


 どのくらいそうやってヘタっていたんだろう。レンはようやくノロノロと立ち上がり、部屋着だけを持ってシャワー室へと向かった。

 家族に会わなきゃいいけど・・・。




 一晩寝てみると、少しは頭がはっきりしてきた。

 でもまだ、コモンには行きたくない。知ってる誰とも、顔を合わせたくない。


 あいつ、自分でデキると思ってたから、まさか落ちるとは思わなかったんだろうね。

 きっとショックで、出てこれないんだよ。


 言われてんのは分かってるよ。自分でも、そう言いたいもん。

 ざまあ、だよね——。


 レンは家用のマスクを着けて、それで観ることのできる古いアニメや映画の配信を眺めて、ただぼんやり部屋に座っている。

 こんなことしてちゃいけないんだ——とは思う。

 ちゃんと、コモンに入って・・・、スクールのコーチやナイアスに言うべきことを言わなきゃ・・・。ジュニアじゃないんだから。


 ダンス、やめます——。・・・って。




 レンがコモンの「自宅」に戻ったのは、その翌日だった。あのテストの日から丸2日が経過している。

 カーテンの隙間から見える外は、もう夕方だった。


 スクール、まだ人いるかな?

 一応、行ってみなきゃいけないよね。2日も無断欠席しちゃったんだから・・・。これ以上顔出さないと、もっと行きづらくなる・・・。

 誰かと顔合わせるの、やだな。特にナイアス——。どんな顔して会えばいいの?

 いっそ、メールだけで済ませる?

 いや、それはいくらなんでもコモン人としてダメだろ。


 レンは自分を叱咤して玄関の扉を開けた。

 驚いたことに、そこにナイアスがいた。

「え? ナイアス?」

 ナイアスは連動のままで、少し泣きそうな顔をしている。

「どうしてたの? 心配してたんだよ。」

 レンは慌てて、カクベエの表情を「微笑」に合わせる。

「いや・・・、筋肉痛とか・・・いろいろ・・・。」

 咄嗟にウソが口をついた。

「ここで何してんの? 練習しなくていいの?」

 言いながら、レンは自分がどんどん惨めになってゆくのを感じていた。ナイアスは12日後にはオーディションを受けられる。カクベエには・・・なんのチャンスもない。


「ユウノシンに来てほしい・・・。ユウノシンのアドヴァイスが欲しいんだよ。」

「そ・・・そんなの必要ないだろ。選ばれたのは君で、僕は落選してるんだぞ? コーチに聞けばいいだろ!」

「そ・・・」

 ナイアスが目に涙をためて顔を歪める。連動のままだ。

「そんなこと! 微笑のままで言わないでよ! わたしは今だってユウノシンの方がすごいって思ってるんだから! コーチも言ってたよ。カクベエは今そのままオーディション受けても採用になるだろうって! でも、あえて落選させた理由があるんだって! わ・・・わたしには、さっぱり分からないけど・・・。それを伝えたいから、連絡取れないか——って。」

 ナイアスは、ぼろぼろと涙をこぼして泣いている。連動であることをやめようとしない。

 レンは狼狽えた。

 こんなナイアスを前にして、表情を連動に戻さないという選択肢はないと思えた。左のモニター画面を見ると、ひどい顔をしている。

 連動に戻した。笑おうと思うが、うまく笑えない。


「ぼ・・・僕は・・・・」

 レンは少し言い淀んだ。

「ダンス、やめようと思う・・・。」


 ナイアスが電気ショックを受けたみたいに、全身をびくっとさせた。

「なんで? なんで!? ユウノシン!!」


「ユウノシン?」

 聞いたことのある声が、通りの方から聞こえた。

「なあんだ、こんなとこにいたのかよォ? 探したんだぜェ。」


 輝人きらんと



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