13 最悪
「そんなの・・・。登録ミスだよ・・・。名前、変えたから・・・」
ナイアスが片付け始めている審査員席の方へ行こうとする。その手を呆然としたままのカクベエが引っ張った。
表情を連動にしたまま、調整することも忘れている。
「それ、ない・・・。規定は、ちゃんと・・・名前、呼ばれた・・・・」
頭の中が真っ白だった。
荷物も持たずに、ふらふらとスタジオの出口の方に歩き出し、その頃になってようやくレンは表情をニュートラルにすることに思いが至った。
カーソルを中央に合わせて「無表情」にする。
連動の時、どんな顔してたんだろう。
左の画面を見ることすら忘れていた。きっとひどい顔をしてたに違いない。今は全くの無表情だ。
表情には出さなくても、マスクの中だけで嗤ってるヤツいるんだろうな・・・。
無様だ・・・・。
こんな、無様な・・・。
左手をナイアスが握るのを感じた。
何かを言っているけど、言葉なのかどうかさえ分からない。
消えたい。
今すぐ、コモンから離脱したい——!
でもOUTするためには、「自宅」まで戻らなきゃならない。
出口についた頃、背後から担当のコーチの声が聞こえた。
「・・・ベエ・・・」
何を言ってるか分からない。
「・・・よ。・・・ベエ!」
レンは扉を開けて外へ出た。
「ユウノシン!」
コーチのその声だけが聞き取れた。
が、レンはそのまま浮き上がって飛行エリアに上っていく。
早く「自宅」に帰りたい。コモンからOUTするんだ・・・。
レンはスーツを停止して、全部身体から外した。
スーツ用下着のままで、床にへたり込む。
「ふ・・・へ・・・へへへへっへ・・・っへっへ・・・。」
泣きながら笑う。
カッコ悪いったらありゃしない・・・。
ダンスを終えた時には、まさか落ちるなんて考えもしてなかった。きっと、鼻高々の顔してたに違いない。こんな・・・・
こんな、カッコ悪いヤツって・・・・。ちょっと、いないんじゃない?
顔を上げると、リアルの部屋の壁が見えた。
笑顔のアイドルの壁紙が貼ってある。
レンは家用のマスクを被って、消去ボタンを押し、その壁紙を消した。あとにはただ、ライトグレーの無機質な壁とキャリーダクトの配膳口だけがある。
どのくらいそうやってヘタっていたんだろう。レンはようやくノロノロと立ち上がり、部屋着だけを持ってシャワー室へと向かった。
家族に会わなきゃいいけど・・・。
一晩寝てみると、少しは頭がはっきりしてきた。
でもまだ、コモンには行きたくない。知ってる誰とも、顔を合わせたくない。
あいつ、自分でデキると思ってたから、まさか落ちるとは思わなかったんだろうね。
きっとショックで、出てこれないんだよ。
言われてんのは分かってるよ。自分でも、そう言いたいもん。
ざまあ、だよね——。
レンは家用のマスクを着けて、それで観ることのできる古いアニメや映画の配信を眺めて、ただぼんやり部屋に座っている。
こんなことしてちゃいけないんだ——とは思う。
ちゃんと、コモンに入って・・・、スクールのコーチやナイアスに言うべきことを言わなきゃ・・・。ジュニアじゃないんだから。
ダンス、やめます——。・・・って。
レンがコモンの「自宅」に戻ったのは、その翌日だった。あのテストの日から丸2日が経過している。
カーテンの隙間から見える外は、もう夕方だった。
スクール、まだ人いるかな?
一応、行ってみなきゃいけないよね。2日も無断欠席しちゃったんだから・・・。これ以上顔出さないと、もっと行きづらくなる・・・。
誰かと顔合わせるの、やだな。特にナイアス——。どんな顔して会えばいいの?
いっそ、メールだけで済ませる?
いや、それはいくらなんでもコモン人としてダメだろ。
レンは自分を叱咤して玄関の扉を開けた。
驚いたことに、そこにナイアスがいた。
「え? ナイアス?」
ナイアスは連動のままで、少し泣きそうな顔をしている。
「どうしてたの? 心配してたんだよ。」
レンは慌てて、カクベエの表情を「微笑」に合わせる。
「いや・・・、筋肉痛とか・・・いろいろ・・・。」
咄嗟にウソが口をついた。
「ここで何してんの? 練習しなくていいの?」
言いながら、レンは自分がどんどん惨めになってゆくのを感じていた。ナイアスは12日後にはオーディションを受けられる。カクベエには・・・なんのチャンスもない。
「ユウノシンに来てほしい・・・。ユウノシンのアドヴァイスが欲しいんだよ。」
「そ・・・そんなの必要ないだろ。選ばれたのは君で、僕は落選してるんだぞ? コーチに聞けばいいだろ!」
「そ・・・」
ナイアスが目に涙をためて顔を歪める。連動のままだ。
「そんなこと! 微笑のままで言わないでよ! わたしは今だってユウノシンの方がすごいって思ってるんだから! コーチも言ってたよ。カクベエは今そのままオーディション受けても採用になるだろうって! でも、あえて落選させた理由があるんだって! わ・・・わたしには、さっぱり分からないけど・・・。それを伝えたいから、連絡取れないか——って。」
ナイアスは、ぼろぼろと涙をこぼして泣いている。連動であることをやめようとしない。
レンは狼狽えた。
こんなナイアスを前にして、表情を連動に戻さないという選択肢はないと思えた。左のモニター画面を見ると、ひどい顔をしている。
連動に戻した。笑おうと思うが、うまく笑えない。
「ぼ・・・僕は・・・・」
レンは少し言い淀んだ。
「ダンス、やめようと思う・・・。」
ナイアスが電気ショックを受けたみたいに、全身をびくっとさせた。
「なんで? なんで!? ユウノシン!!」
「ユウノシン?」
聞いたことのある声が、通りの方から聞こえた。
「なあんだ、こんなとこにいたのかよォ? 探したんだぜェ。」
輝人!