005
「なんで俺、犬になってるの?」
鏡に映った自分を見て驚愕していた。何があった、何があった?
思い出せ。えーと、
「あなたは死にました。そして転生することになりました。生まれ変わる希望はあるか?」
確かそんな事を聞かれて、冗談半分で
「お金持ちのお嬢様に飼われる犬になりたい」
って答えたけど、
あれって夢じゃなかったの?マジかマジですか… おぉぅ…
ってことは人間だった俺は死んだということか。はぁ、今となってはどうして死んだのかも思い出せない。もう、犬として生きるしかないのか。
おぉぉおお、お嬢様、スッゲェ美人じゃん。
「今日は一緒にお風呂にはいりましょうね。」
おふっ、こんな美人と一緒にお風呂。へへへ、犬得?
おぉ、お嬢様、ナイスバディ! だけど、何も思わないのは何で?
てっきり興奮しちゃうかと思っていたけど、なにも思わない。ひょっとして、犬になったから犬にしか興奮しなくなってるの? マジか…! まぁ、人間に興奮して襲いかかったら保健所まっしぐらだから、死ぬ確率が下がった事を喜んでおくか。
「いい?今からこのフリスビーを投げるから取ってっくるのよ?」
マジっすか。そんな犬みたいな遊び、いや今は実際に犬だけれども。元人間の俺がそんな遊びに付き合えると思われても困るんすけど。
そう思っていたこともありました。
「ハッハッハッ。ウォォオーーーーーン!」
何これ、メッチャ楽しいんですけど。もっと、もっと投げて!
何だかわかんないけど楽しい。あぁ、これまで何が楽しいのか不思議だったけど、こりゃ楽しいわ。
あぁ、素晴らしきかな犬ライフ。お金持ちのお嬢様だけあって、餌も美味しいし、もちろん室内飼いだから快適。初めてドッグフードを食べた時は「こんな犬が食べるようなもんが食えるかーっ!」って思ったけど(犬だけどね)、普通に食えた。何ならおかわりもした。美味かった。ドッグフードメーカーの開発者達は犬の味覚をどうやって調べているのかわからないが、感謝感謝。たまに出て来る何だかわからない生肉も超美味しい。もう、何も不満なんてありませんよ。
いや、一つだけ不安があった。それが間も無く俺の前に現れる。
「ほら、お見合い相手よ。綺麗なワンちゃんね。」
おぉぅ、犬相手に興奮できるかーっ!
興奮しちゃいました。しちゃいましたとも。
何ならそのまましちゃいたいくらいでしたが、それは理性で我慢した。理性が残っててよかった。流石に初対面で飼い主の目の前で始めちゃったら、俺の飼い主であるお嬢様の顔に泥を塗っちゃうからね。
味覚とか性欲とか、神様がちゃんと調整してくれたんだろうな。
ありがとうございます。
無事に結婚?して、子宝(って言うのかな?)にも恵まれた。子犬達、ちょー可愛い。前世では結婚する前に死んじゃったから結婚も子作りも未経験だけど、まさか犬になって経験するとは。神様、ありがとう。(犬になったのは自分のせいだけどそれは忘れた)
「ワォン、ワォォーーーン!」
(マイベイビーを連れて行かないでぇーーー!)
「あらあら、子供達と離れるのが悲しいのかしら。大丈夫よ。ちゃんと信頼できる人たちが幸せにしてくれるから、心配しないで。」
この後、何回か子作りして、その度に子犬達との別れがあったけど、慣れることは出来なかった。犬になって親心に目覚めるとは不思議なもんだ。
気がついたら穏やかな気分になっていた。何でだろう?と思っていたら、どうやら去勢されたらしい。ショック……! でもすぐに慣れた。特に困ることもないしね。
うーん、最近は立ち上がるのもしんどくなってきたなぁ。まぁ、犬にしては長生きした方だし、もうすぐかな。
「犬ライフはどうじゃった?」
「あのとき僕が夢と勘違いしてるってわかってたでしょう?」
「まぁな」
「教えて下さいよ。そうしたら犬なんて選ばなかったのに。」
「でも楽しそうじゃったぞ。」
「まぁ、意外というか、とても充実した人生、犬生?でしたけど。人間時代に経験できなかった気持ちをたくさん経験できたし、あれはあれでよかったっすね。」
「じゃあ、よかったじゃないか。」
「うーーん、良かったのかなぁ?でもまぁ、楽しかったし、いいか。」
「そうそう、あまり難しく考えるな。どっちにしてももう終わりじゃ。次も犬かもしれんし、人間かもしれんし、猫かもしれん。こればかりはワシでもわからん。達者でな。」
「ワン!」
「あなたは死にました」