004
「あなたは死にました」
「死んだ? 私が? そうか、やっと死んだのか。死ねたのか?
おや、しかしハイエルフたる私は死んだあとに精霊になって悠久の時を彷徨うものと思っていましたが?」
「そういう道もあるにはあったが残念ながら外れてしまったようじゃの。いくら数が少ないハイエルフといっても、みんながみんな精霊になってしまっては世界のバランスが保てなくなってしまうから精霊になるのはごく一部にようじゃな。」
「そうなのですか、、、というかあなたは? 神様ですか?」
「よくわしが神とわかったの?」
「なんとなくそんな気がしたとしか言えないですね。ところでここは?」
「特に名前はないが、転生するにあたり事前説明とリクエストを受け付ける案内所のようなところじゃな」
「間違ってはいないのでしょうが、もう少し雰囲気に合った名前を考えた方がよろしいかと」
「名前なんかつけてもここに来ようと思って来る者はいないから、つけるだけ無駄じゃな」
「それもそうですね。私も死ぬ前は永く生きましたがこのような場所については聞いたことがありません。」
「ま、世間話はこれくらいにして本題に入るとするか。実はお主を別の世界へ転生させることになった。お主の世界のハイエルフは大抵永く生きすぎて生への執着がなくなってしまうのじゃが、何故かお主はほんの少しだが執着心があっての。ひょっとしたらそのせいで精霊になれなかったのかもしれないが、それはもうどうすることも出来ない。それで、お主の世界の神が生への執着心が芽生えたハイエルフを別の世界へ転生させてみたらどうなるかと興味を持ったらしいのじゃ。どうしても嫌だと言うならこのまま輪廻転生に移る事も出来るがどうする?」
「生への執着心ですか。理由はわかりませんが、確かに僅かとはいえ自覚があります。せっかくの機会をいただいたのですから是非転生させていただけないでしょうか。」
「よし。ではどのような世界がいいか希望はあるか?」
「世界というか、まずは人間になりたいですね。どうにも永く生きすぎると自我を保つのが億劫になってしまうので。」
「長生きにはそれなりに苦労があるんじゃな。それでどんな世界が良いかの?人間の世界というと、大きく分けると魔法がある世界とない世界。科学が発達した世界とそうでない世界があるぞ。」
「魔法がない世界などというものがあるのですか?」
「別に珍しくもないな。」
「ではぜひ魔法のない世界でお願いします。科学というものがどのようなものか分かりませんが、その辺はお任せします。」
「自分で決めなくていいのか?」
「わからないことを決めようがないではありませんか。」
「そういう考え方もあるのか。では、その辺は私が適当に決めておくとするか。では、新しい人生を楽しめることを願っておるよ」
「ありがとうございます。」
「私はハイエルフという存在だったのか。」
物心がついた頃には前世のことを完全に思い出していた。歳をとるごとにこの世界のことも少しずつ理解していった。まず、希望通りの魔法のない世界だった。科学というものが発達していたが、なるほどあれを科学というのか。前世では魔法があったから魔法に頼っていたが、魔法がなければこうなるのか。興味深いな。この世界の平均寿命は100年程度のようだ。たったの100年で何が出来るというのだろうか。そう思っていたが、この世界の人間はものすごく早熟だ。いや、正確に言えば、前世の人間と肉体的な成長は同じくらいだが、科学の発達により情報があふれているためか、知識の吸収がとても早く、それが精神年齢の早熟に一役買ってそうだ。前世ではやる事もなくただ長生きするだけだったが、この世界では比較にならないくらい濃密な人生を送れそうだ。短い人生をどう使うのか、考えないといけないな。
「あなたって生き急いでるって言われない?」
「会う人みんなから言われますね」
たった今初対面の人から言われたばかりです。会う人みんなから生き急いでる、急ぎすぎてるとよく言われますが、私から言わせれば周りの人がなぜあんなにのんびりしているのかが不思議でしょうがない。たった100年しか生きられないのに、何をそんなに時間を無駄にしているのか。
前世では世界そのものの情報量が少なかったことから知識欲が掻き立てられる事もなく、ただ生きているだけだった。今の世界は逆に情報が多すぎてとてもじゃないが人生をかけても全てを知ることは不可能だし、そもそも毎日情報量が増え続けている。知識を増やすには1秒たりとも無駄には出来ないのです。
前世の知識も踏まえてこの世界で何をしようか考えてみましたが、どうにも何かを生み出すのは苦手なようなので、とりあえず自分の知識欲を満たすためだけの生きてみることにしました。といっても働いてお金を稼がないと生活もできませんから、働かなくてはいけません。
前世ではハイエルフというだけで賢者のように扱われ、自分でもそれなりに知識はあると思っていましたし、勉強も楽しかったのですが所詮、井の中の蛙だったようです。学生時代の成績は悪くはありませんでしたが、世界レベルで見たらせいぜい上の中止まりでしょう。上には上が、嫌になる程いました。前世で千年以上生きたのに数十年の若輩者に完敗するとは、いくら世界が違うとは言えちょっと落ち込んだ事もありました。ただし、唯一勝てたのは人間に対する観察眼です。世界は違えど人間というものは大して変わりません。千年以上、それこそ数え切れないほどの人を見てきたわけですから、これはかなりのアドバンテージです。その知識と経験を活かせないかと人間行動学を研究する大学へ進んだところ、そのまま研究者として職を得ることが出来ました。
前世では人の行動原理など気にしたことはありませんでしたが、なるほどこうやって文字にしてまとめると非常に興味深いことが数多くわかりました。そして面白いほどに、その通りに動いてくれます。気持ち悪いくらい当たりすぎて、気持ち悪がられる事もありましたが、とりあえず好きなことをやって必要十分以上のお金を稼ぐことが出来ました。ただし、流石に前世で失った物欲が元に戻ることがなかったので余ったお金を全て研究や寄付に回していたら、いつのまにか国から表彰されたり、私の名前を冠した財団が出来たりして、私の死後も私の名前が後世に残ることになりました。千年以上生きても人知れず死んだと思ったら百年も生きずに名前が残ることになるとは、人生とは面白いものです。
ハイエルフ気質が抜けなかったので気が合う異性に出会う事もできませんでしたが、千年以上一人で生きたことを考えれば、たったの100年を一人で生きても寂しくもなんともありません。
そして間もなく私は死ぬようです。前世ではいつの間にか生きることにも死ぬことにも興味を失っていましたが、少なくとも今現在、私はもっと生きたいと思っています。まだまだ知りたいことがあったのにと。しかし、それでも最後に一つ分かったことがあります。なるほど確かにこの短い人生では死にたくないと思っても不思議ではありません。ひょっとしたら前世で生への執着心が芽生えたのも、この気持ちを知りたかったのかもしれません。死にたくないと思う理由を最後の最後に身をもって知ることが出来ました。それだけでも生まれ変わった甲斐があったというものです。
「久しぶりじゃの。」
「あの時の神様ですね。短くはありましたが非常に有意義な時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございました。」
「そう言ってもらえるとこちらとしても生まれ変わらせた甲斐があったというものじゃ。2度目の転生はないから、これで本当の終わりじゃ。悔いは、、、なさそうじゃな。」
「ハイ」
不思議なものです。もっと生きたいと思っていたのに、死んだら死んだで満足感に満たされてしまいました。
「あなたは死にました」