後輩と二人で遠くに
「さて、文化祭も近いし、みんな絵は完成してるよね〜?」
部長がこっちにやってきた。そして僕の背後に回って……
「里辺くん、なんも進んでないじゃん………」
部長は頭をがっくりと落とし、そして僕の肩に、部長の髪による芸術的曲線が形成される。
な、なんか部長の髪の香りが……。
とか言ってる余裕はなくてマジでやばいんだよな。
文化祭において、我が美術部では、黒板アートや大きいサイズの絵(部員みんなで協力して描く)のに加え、個人で描いた絵も展示する。
そのままコンクールにも使えるし、展示全体の充実度が一気に増すので、部長は「最低一人一作は頑張って描こうね」と言っている。
なのに、僕は一作目の途中どころか、描き始めまですらもいけてないのだ。
ていうか、未だに描けてないの僕だけ説あるんじゃね?
「里辺くんと流杏ちゃんだけだよ。描きはじめてなもないの〜頑張れ」
「あ、はい」
部長がこんなに気にしてくれるならもう描かなくてもいいやという情けない思考を吹っ飛ばしてから、思った。
僕だけじゃないんだな、まだなんも描いてない人。
ふと、美術室の隅で真剣にキャンバスに向かってる、後輩の姿を見やった。
流杏、進んでないのか。
活動終了時刻のチャイムが鳴る。
今は秋なので、秋を代表するような童謡が流れる。
そののんびりとしたメロディーとは対照的に、僕はてきぱきと下校の支度をした。
下駄箱まで来ると、一学年下のところの下駄箱から、一人、いそいそと帰ろうとしている人が。
「流杏」
「あ、尚先輩」
流杏とは中学の時の美術部から一緒だ。
その二人がそろって作品を描けてないとはな。
学校の坂を下り、川を横切り、また坂を登る。
その坂の中程まできて、流杏が、口を開いた。
「先輩も、絵、進んでないんですか?」
「まあね、うーん。なんか、何を描いても、僕らしくないというかね」
「題材が無難なものしか思いつかない、ということですか?」
「そうだな」
「私も一緒ですね」
「そうか」
僕と流杏は暗くなりかけた街を見た。
やっぱり、どこにでもありそうな街。そしてぼんやりとした灯りの数々。
「先輩。明日、学校、お休みです」
「うん」
「……あの、遠くに、行ってみませんか?」
流杏は、僕を見上げた。といっても少しだけ。
そんなに身長は変わらないし、中学の時は流杏の方がちょっと高かったかもしれない。
「遠く……綺麗なところとか?」
「とにかく、遠くです。まあ私たちが行けるところくらいで」
「……よし、行こうか」
流杏の気持ちはわかるかも。
とにかく、今と違うところに行ったら、何か思いつく、気がするし。
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