王様は動く
シンシアとナタリーのいなくなった城で、王様は寂しさのあまりベッドから起き上がれなくなりました。
事情はともかく、失ったものは多いのですから仕方ありません。
窓から漏れるわずかな明かりと、天井を交互に眺めるだけの生活に、満足も退屈もしない日々を送っていました。
「王様。気分はいかがですか」
野菜スープをアンナが運んできました。洗いざらしのシーツもアンナがやってくれています。
「悲しいことがあったときには、温かいスープがいいですよ」
そう言ってアンナはスプーンを王様の口元にかざしてくれます。
「ありがとう、アンナ」
王様は力なく唇を動かします。アンナはその様子を見て微笑み、やがて真剣な面持ちになりました。
「あの、王様。大切な話があるんです」
どこか浮かない表情のアンナに、王様は次の言葉をじっと待ちます。
「実は、あたし」
そのとき扉を誰かがノックするのです。入れ、と促すと家臣の一人でした。
「王様、体調が優れているようでしたら、久々にご入浴されてはいかがでしょう」
「そうだな。すぐ行くよ」
王様が答えると家臣は引き下がり、いなくなりました。
「ところでアンナ話って?」
「すみません。忘れてください」
アンナはそそくさと部屋を出ていってしまいました。
王様はゆっくりと起き上がり、浴場へ階段を降りていきます。沸かされたばかりのお湯は、じんわりと心をほぐしていくようです。王様は大きく伸びをします。
「ああ、寝てばっかりいても上手くいかない。しっかりせねば」
顔をすくったお湯で洗いました。すると白い湯気の向こうから誰かが歩いてきます。
「王様。ご一緒してもいいでしょうか」
アンナの顔が現れました。思わぬ出来事に王様は戸惑います。
「別に構わないけれど、驚いたなあ」
「さっきの話の続きがしたくて」
湯船に浸かろうとするアンナの全身が露になります。王様は目が丸くなって、開いた口が塞がりません。
「アンナ、君って。本当は」
「ええ、そうです。男なのです」
美しく華奢な指先で髪を耳にかける仕種こそ女性らしくあれども、アンナはまごうことなく男でした。
「王様を騙すつもりはなかったのです。ただ、城に集められて、ここに暮らすようになってから、打ち明けることがだんだんできなくなって」
「それはアンナのせいじゃない。ボクが勝手に呼んだのだから」
「でもこうして真実をお伝えすることができて良かったです。これからワタシは城を出ていきます。短い間でしたが、素敵な生活でした」
アンナは振り返らずに浴場を出ていきます。
王様は稲妻に打たれたように動くことができません。
お妃候補が誰もいなくなった城で、王様は悩みます。何もかも白紙に戻ってしまったのです。そして家臣と相談します。
「なあ、ボクは間違っていたんだろうな。だって三人ともいなくなってしまったんだから」
「どうでしょう。王様は頑張ったと思いますが」
「真実の愛はどこにあるんだろうね」
幾ら尋ねても、家臣は頷くしかありません。王様に分からないことは、家臣にも分からないのです。
「でも王様。狩りのときは獲物は待っていても来ません。自らの足で赴いてこそ、価値が生まれるのではないでしょうか」
ひとりの家臣がポツリと呟きました。途端に王様の顔が綻びます。
「そうだ。自分で望むなら、努力をしないといけないね。ようし、ボクは決めたぞ」
王様は皮のマントを身に纏い、馬を引き連れ城を出発です。街を外れて森へと向かうのです。森の彼方には頂上が雲に覆われた山が聳えています。
豊かな生命を育む森ですが、一方で危険に満ちています。見分けのつかない木立や、底なしの洞窟は、いりくんだ迷宮とも呼べるでしょう。夜には猛獣が這い回り、呪いをかける魔女の棲みかもあります。
王様はこれまで一人きりで森へ足を踏み入れたことはありませんでした。いつも家臣に付き添われ、決められた道を歩いてきました。
「ボクはもう自由なんだ」
手綱を引いて馬を疾駆させていると、これまでに味わったことのない高揚感が心を揺さぶります。
知らない土地で、新しい出会いが待っていると考えるだけで、鬱積した不安も晴れていきます。
しかしそう簡単ではありません。
小腹が空いた王様は、手近の木の実をもぎました。美しく鮮やかな赤い果実をかじります。
「うわっ。酸っぱい。これは食べられたもんじゃない」
すぐさま道端に捨てました。
水も食料も持たずに慌てて飛び出したものですから、今夜の宿すらまるで頭になかったのです。
「はて、どうしよう」
王様が困っている間にも、夕闇が迫ってきます。森は夜になるのが早いのです。




