プロローグ
赤く染まった彼女の、声が聞こえた気がした。
そんなはずはない。だって、彼女は今、目の前で事切れたのに。
ごぽり、口元が動く。
ーーお前のせいだ。
ーーお前さえいなければ、私は死ななかったのに、
◆
びゅお、と風が吹く。
ここはいつも強い風が吹くが、今日は一段とご機嫌ナナメらしい。
せっかく朝に整えた髪が、まるで鳥の巣のようにぐちゃぐちゃに乱れる。
『……』
王宮から少し離れた場所にある、湖のそば、切り立った崖。
ここは《追憶の崖》と呼ばれ、強い思いを込めて呼べば死者の魂が現れると言われている。
故人にもう一度会いたい人、故人に強い思いをぶつける人たちがよく訪れる。
別にもう一度、彼女に会いたい訳でも、言い残したことがある訳でもない。
ただ、ここに吹く風が、流れる涙をも吹き飛ばしてくれるから。
『……大丈夫?』
かさり、と背後で枯れ葉を踏む音がした。
背後に誰かが来たのは分かっていたが、話しかけられるとは思わなかった。
ここでは、誰と出会おうがそっとしておくのがマナーだろうに。
振り返らず、何も返さず、歯を食いしばる。
後ろにいた彼はそんな私に何も言わず、横に並んでただ、空を見上げた。
『……守れるようになりたいんだ』
彼は、ぽつりと言った。
僕に守れるものは少ないかもしれないけど、それでも、
君のように泣く人を、少しでもなくしたい。
強くなってみんなを守るのだと、
彼は泣き笑いのような顔をしていた。