いわゆるプロモーションってやつだ
「ここはこう、こうやってこう! どう? この方が印象も軽やかでしょ?」
「そうですね。ですがそのステップだと次のフレーズに入るときに息が詰まりませんか? そうしたいならこう体を流して次に向けて自然に入れるようにしませんか?」
「でもここで体を流すと幻影と噛み合わなくならない? それならこうやって少し溜めを作って手の動きで視線を誘導してさ、そこからこうお互いの手が重なるようにすれば……」
劇場のステージ上で練習をする苺とルエラ。
二人はお互いに踊りを見せ合いながら振り付けのアレンジを進めていた。
今は大会応募用の曲をアレンジしていて、細かく入念に調整を加えているところだ。
「だったらこれならどうだ?」
そんな苺とルエラのやりとりを見ていた俺はふと頭の中に浮かんだ振り付けを披露する。
「なるほど、その発想はありませんでした」
「さすがお兄ちゃん! ちょっと試してみるね」
二人が俺の振り付けを真似して、早速感触を確かめる。
「だったら首の動きをこうしない? その方がメリハリが出ると思う」
「そうですね。そうするなら手の動きはこうしませんか?」
俺の案を加えてさらに振り付けの改良が進んでいく。
苺とルエラは夢中になって歌い踊り続ける。
放っておいたら丸一日ずっとこうしてるんじゃないだろうか?
ルエラが来てからの数日、毎日暇さえあれば楽曲の練習やアレンジに勤しんでいる。
今では持ち歌の半分くらいはステージで歌わせてもいいくらいの完成度になっていた。
「んじゃそろそろ休憩にするぞ。その前に今のアレンジで一度通して歌ってみろ」
アレンジがひと段落したところで俺は二人に声を掛ける。
正直まだまだ見ていたいが、あいどるの体調管理は俺の仕事だ。
この前みたいにぶっ倒れさせないように気をつけねえとな。
「わかった。一度通してみるね」
「ふふっ、見ていてください」
背中合わせになる苺とルエラを見ながら、俺は楽曲の魔術プレートをセットして音楽を流す。
「おおっ……」
ルエラが加入した次の日にも試しに歌わせてみたが、その時以上の完成度だった。
しかも今決めたばかりの振り付けを二人は完璧にこなしている。
まるで何度も練習を重ねて動きが体に染みついているかのようだ。
歌い終え息を整える二人へと俺はタオルと薄めたポーションにグレブネールの酸味が効いた果汁を混ぜたドリンクを手渡した。
「いい感じだな。あまり時間もねえし、そろそろ撮影に入るか?」
「そうですね。歌も体に馴染んできましたし、衣装の手直しも終わりましたしね」
「むう……」
にこりと肯定するルエラに対し、苺は不満顔で俺を見つめてくる。
「なんかお兄ちゃん、物足りないって顔してない?」
「そんなことねえよ。むしろここまでの完成度に驚いてるって」
「じー……」
否定する俺だが、それでも苺はじとっとした目つきでこちらを見つめてくる。
「……わかった、認める。確かに少し物足りないって感じてたかもしれない」
俺は苦笑交じりに肩をすくめて降参した。
いつもは我儘放題の変態妹だが、事歌の話となるとこいつは妥協を見せない頑固者になる。
「言っとくが二人が俺の思った以上のパフォーマンスを見せてくれていて、それに驚いてるってのは本当だからな。これなら間違いなく予選参加はできると思ってる。ただ、まだ何かができるような気がしてさ……って贅沢な悩みだよな。悪い、忘れてくれ」
申し訳なくなって謝ると、ルエラが手に顎を当てて考える素振りをみせた。
「確かにかつては多くのメンバーがいましたし、パフォーマンスにもっと広がりがあったのかもしれませんね。もしこの曲でもっとメンバーが揃っていたなら、とか」
「俺が過去の面影を追っている、とかか?」
「いえ、そういう事を言いたいのではなく、修果の中にある経験からくるバリエーションが豊富と言いますか……」
「気を遣わなくていい。俺自身自覚してるからな」
確かに以前のみらくるベリーズには人数も相当いたし、パフォーマンスの幅も広かった。
もし以前だったならと考える時が無いわけじゃない。
「確かに過去の影響もないとは言い切れないけどさ、多分俺が今考えているのはそういうのじゃねえと思う。俺達自身で解決できる話だ」
「苺達自身で?」
俺は苺とルエラ、二人の目を交互に見てから頷く。
「こう喉まで出かかってるんだけどな。くう……やっぱわからん」
喉に刺さった小骨のような違和感ともどかしさ。
このままでもいい、二人のパフォーマンスなら文句なしに予選へと駒を進められる。
だが――やっぱり何かが引っかかるんだ。
「確かに気になりますね。もう少し練習して探ってみますか?」
「いやいい。技術とかそういう話じゃねえと思うし。それに今日は他にお前らにやってもらいたい事があるからな。今日の練習はここまでだ」
「苺にやって欲しい事?」
「そこでなんでお前は俺のズボンを下ろそうとする?」
俺は当たり前のようにズボンに手を伸ばしてくる苺の手をはたく。
「だってお兄ちゃん、溜まってるんでしょ?」
「そうなのですか?」
「ルエラも真面目に取り合うな。その辺りは自分でなんとかしてるから安心しろ」
「そうでしたね。確か週に二回くらいのペースで……」
「んっ? 週に二回?」
「いえ! それよりも私達にしてほしい事とは? 明日は確かこの劇場でライブをするのですよね? その下準備ですか?」
なんか話を逸らされた気もしないではないが、素直にルエラに答える。
「まあそんなところだな。いわゆるプロモーションってやつだ」
そしてこれでもかとにやりと笑ってやる。
そう、ここから先は大事な話だ。
「そういえば加入してから私達の事について何の宣伝もしていませんよね?」
「そういう事だ。ルエラの事はここまで秘密にしてきたからな」
ルエラの実力や適性が未知数だったため、準備が整うまで下手を打てなかった。
「当然ルエラが明日のライブに出演する事は誰も知らねえ。このままだと客足が伸びんな」
俺達は劇場を見渡す。
王都でも有数の大ホールであるここは、千人は入る大きさを誇る。
「改めて見渡すと無駄に大きい劇場だよなあ……」
「でもこの場所が人でいっぱいになれば素敵ですよね」
「ああ。いずれ一杯にしてやるさ」
俺は力強く頷く。
そう、かつては連日満員御礼だった。
多くのあいどるがいて、多くの観客がいて、熱気と歓声と振動と――この劇場が手狭にさえ感じられる程に熱く、楽しい場所だった。
「という訳で午後からはプロモーションに行くぞ。予約はすでにとってある」
「予約? お兄ちゃん……まさか、それって」
さらににいっと笑みを深める俺に苺がびくっと肩を跳ねさせ、顔がみるみるうちに青ざめていく。
「あの……予約、とはなんでしょうか?」
そんな苺の豹変にルエラも恐る恐るに俺へと尋ねてきた。
「安心しろ。今月の生活費を全部つぎ込んで奮発したからな。お前らも満足のいく場所と時間を確保したぞ」
「生活費全部……それってかなりまずい状況じゃないんですか?」
「ああ、母さんには悪いがな。冷蔵庫の中身も空だし、このままだと夕飯が作れん」
俺の言葉にルエラも微笑みを浮かべたままサーッと顔を青ざめさせていく。
食いしん坊のルエラの事だ、夕食がないなんて想像だけでも耐えられないのだろう。
と、苺が目から光を失わせ、頭を抱えてしゃがみ込んでぶつぶつと呟き始める。
「パンの耳、キノコ、野草、鼠……あはは、この時期の木の実ってしっかり潰さないと渋みが強いんだよねえ」
「王都周辺でも探せば結構食料になる野草って生えてるもんだよな。あっ、あといくら空腹でも魔獣の肉はやめとこうな。素人が調理しても悲劇しか生まねえし」
「ああ、あれは厳しかったですね……」
俺と苺が思い出に浸っていると、ルエラもなぜか遠い目になった。
「ルエラはジビエ料理って聞いた事ねえか?」
「知ってはいますが……あれって専門の調理スキルを持った高レベルの料理人がようやく調理出来る程の難易度じゃなかったですか?」
「いやあ、家に本があったから何とかなると思ったんだけどな。それにちょっとくらい失敗してもカレーに放り込めば何とかなると思ったんだが……死ぬよりはマシってレベルだったな。はっはっは!」
思い出すだけで吐き気が込み上げてきたので高笑いでごまかしておく。
カレー万能説は幻想だった。
むしろカレーの香りすらも敵に回って、それはもう地獄を見た。
あれからしばらくカレーが○ンコに見えて仕方なかったしな。
「それじゃあ今ってかなりまずい状況なんじゃ……」
「大丈夫だ。払った分以上に稼げれば何の問題もない」
「そうだね。苺ね、このライブが終わったらお腹いっぱい美味しい料理を食べるんだあ」
「苺さん! 血の涙を流しながら死んだ目で笑わないでください! 戻ってきて!」
ルエラが必死の形相で苺の両肩を揺すり始める。
「修果、本当に大丈夫ですよね!?」
ルエラが今度は俺へと振り向き、鬼気迫る顔で詰め寄ってくる。
そんな彼女に向かって俺は爽やかな笑みを返した。
「ああ。頼りにしてるぜ」
「私達任せですか!?」
「当たり前だろ。ちゃんと演出はサポートするから、お前らはいつも通りにすればいい。ってまあ今回が初なワケだけどな」
「あのお……キャンセルはできないんですか?」
「当日だから無理だな。まあなんとかなるなる!」
「そんな乾いた笑みで楽しそうに言わないでください!」
俺が虚空に視線を向けながら笑うと、ルエラは悲痛な叫び声を上げるのだった。




