四人目の家族
「そりゃあな。これでも少しは鍛えてるからな」
ルエラは悪戯を見つかったお嬢様のように、頬に手をやりながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。
この家に住み始めて数日、ルエラは朝起きて部屋を出た時からずっと、背後から俺を見つめていた。
物陰に隠れ、息を殺して気配を消し、薄笑いを浮かべながら潜むのだ。
なまじ潜伏スキルが高くてこっちも感覚が鋭敏になるから余計に意識させられる。
んでもってふとした瞬間に目が合った時なんかは思わずびくっと体が跳ねる。
そして限界を迎えた俺はついに懇願した。
「正直心臓に悪い――というか怖いからマジ勘弁してくれ! ってかそもそも遠慮しないで傍に居たければ居てくれていいからな?」
「ほんとですか!?」
ルエラがくわっと目を見開いて眼前に迫る――ってか瞳孔開いてて怖い、怖い!
「いや、距離は考えろよ? その……凄く顔が近い」
「ご、ごめんなさい! つい嬉しくって顔を舐めそうになってしまいました」
「あっ、うん。ルエラは牙犬族だもんな! 他意はねえもんな!」
ルエラは気恥しそうに頬を染めながら離れる。
くっ……そんなに照れられたら俺まで恥ずかしくなるだろうが。
ルエラレベルの美少女に顔を舐められるとか、正直変な性癖に目覚めるかもしれない。
けどまあ助かった――これで安心して日常生活が送れる。
「はい。では早速……」
と、ルエラはフライパンを転がす俺の隣に立ち、手慣れた様子でエプロンを身に着ける。
それからまな板の上で野菜を切ると、皿に盛りつけてサラダを作り始めた。
「へえ、大したもんだな。お嬢様なのに料理も出来るのか?」
「はい。同じものを食べるために練習しましたから」
「同じもの?」
ルエラは喋りながらも手を動かし続けている。
軽快なリズムを刻む包丁の音が耳に心地いい。
だから俺もフライパンを持つ手首を返してリズムをとると、ルエラも包丁でリズムを返してくれた。
即席のバンドよろしく、俺達は調理道具で音を作りながら料理を進めていく。
調子に乗ってフライパンの中身を放り投げると、ルエラが皿を掲げてキャッチした。
「おっ?」
不意にふわっと柔らかい感触が額に触れた。
ルエラがハンカチで俺の額を拭ったらしい。
突然だったからちょっとびっくりした。
「ありがとな」
「ええ。汗が目に入ったら大変ですから」
自分の作業をしながらも周りまで気遣えるとか。
周りが良く見えているからこそ、歌やダンスでも苺に合わせられるのかもしれない。
広い視野を持っているっていうのはルエラの強みだな。
と、ルエラがハンカチを自分の鼻先に持っていってすんすんと鼻をひくつかせた。
「どうした?」
「い、いえ。私も汗掻いたなあ、と。うふふ……!」
誤魔化すように笑ったルエラはさっと自分の首元を拭い始める。
「ああ。牙犬族ってやっぱ暑さに弱いのか? フライパンの熱とか大丈夫か?」
発汗とか出来ない種族だったら今の状況ってかなり危ないんじゃないか?
そう思って声をかけたがルエラは軽く首を横に振って否定する。
「そこまでは大丈夫ですよ。実際初日は何曲も立て続けに踊ったじゃないですか?」
「そうだったな、悪い」
上目遣いで唇を窄めるルエラに俺は苦笑を返す。
そういやあの時汗だくになってたもんな。
張りついたシャツと髪、汗だくになった女の子の匂いは運動の達成感と無防備さが混じりあってなんとも言えない可愛さが……って! あいどる相手になに妄想してんだ、俺は!
俺は全力をもって頭を振って慌てて脳内のぐっしょりと濡れたルエラの姿を掻き消す。
それからもルエラは俺の行動を察して先回りして食器を出してくれたり、テーブルを拭いたりしてくれる。
長年共同生活している男女ってこんな感じなのだろうか?
息の合った動きに楽しさを覚えつつ、朝支度はあっという間に終わった。
「ルエラ、助かった。ありがとな」
食卓にはハムエッグ・イン・ササミにサラダ、余りものの炒め物、具沢山スープといつもよりちょっと手の込んだ朝食が並んだ。
「ふにゃあ……おは~」
それからルエラと後片付けをしていると、匂いに誘われて苺がリビングに入って来た。
俺のTシャツを寝間着代わりにした苺は眠たげな目を擦りながらちょこんと自分の椅子に腰かける。
「ふわあ……今朝もいい匂いねえ」
続いて母さんもリビングに入ってくると苺の隣の椅子に座る。
ジュバンと呼ばれる異世界二ホンの寝具で、その生地は肌が透けて見えるほどに薄い。
胸元は大きく開かれ、今にも中身が零れ出そうになっている。
「母さん、また夜更かししたのか?」
まったく夢魔の女ってのはなんでこう朝に弱いんかね、と思いながら聞く。
「ふふっ、未亡人の夢魔は色々と処理が大変なのよ。シュー君が慰めてくれないから」
「はいはい。書類仕事に手間取ったんだろ? 最近うだつの上がらないあいどるやプロデューサー達の相談が増えてるんだったか?」
「もう、朝から思い出させないでえ! ギルドに提出する書類が煩雑で時間が掛かったのよお! 大体私は夢を通して癒しを与えて自ら立ち上がる手助けをするのが仕事なの。音楽に関しては専門外なんだから!」
「まあ元勇者パーティーのメンバーってだけで万能と勘違いする連中も多いからな」
「そうよ! 高い金払ってるのにろくなアドバイス一つ出来ないのかですって? ふざけないで欲しいわ! 私は夢魔なのよ!? いっそそっち系のテクニックを徹底的に教え込んで、男を魅惑するあいどるって事に出来ないかしらね?」
「そんなエロ漫画みたいな指導絶対にするなよ。免許取り上げられるからな」
昔は『桜花の聖女』なんて呼ばれる程に皆から敬意と羨望を向けられていた清楚な女性だったと聞いているが、今は見る影もない。
っていうかその人、ほんと別人なんじゃないかと思う。
「まあご愁傷様だな」
ともあれ俺は昨日の事を思い出してかどす黒いオーラを放ち呪詛を吐き続ける母さんの頭を撫でてやる。
このままだと母さんは本当にやりかねない。
しかも母さんがそのあいどるを寝取って毎晩個人レッスンをする展開までありそうだ。
「うーん、頭だけじゃなくて胸も揉んでえ」
「調子に乗るな」
脳天にチョップすると、母さんはちょっと拗ねたように頬を膨らませた。
こういう仕草は苺そっくりなんだよな。
「悪いなルエラ。朝っぱらからこんなセクハラババアを見せちまって」
「いえ。仲のいい親子ですよね」
「そうか? どこをどう見ればそう見える?」
「そうなのよお。シュー君優しいからお母さんシュー君が大好きなの」
そう言いつつ母さんはがばっと俺に抱きつこうとする。
俺は体裁きでそれを回避すると、母さんはどてっと床に飛び込んだ。
「シュー君ひとい! 母子のスキンシップを蔑ろにするなんて、お母さんぷんぷんよ! そんな息子に育てた覚えはありません!」
「育てられた覚えもねえよ! つーか誰がこの家の家事やってると思ってんだ。それを理解したらとっとと食べろ。今日も相談者がいるんだろ?」
「だから仕事の話はしないでえ! もっとお母さんを可愛がってえ! 甘やかしてえ!」
「子供か!」
床に転げて手足をばたつかせて駄々(だだ)をこねる母さんに俺は怒鳴る。
と、ルエラが椅子から降りて母さんの前で屈みこんだ。
「大丈夫ですか、お母様。収入のためとはいえご無理はなさらないでくださいね」
「ルエラちゃん、ありがとう! やっぱりルエラちゃんはいい子ね!」
母さんはがばっと跳ね起きてルエラに抱きつくと、わしわしとその柔らかい栗毛を撫でまわし始める。
「ねえ。いっそ本当にうちの娘にならない? そうして一緒にシュー君に愛されましょうよ? シュー君が喜ぶ衣装沢山着せてあげるわ」
「衣装ですか? それって確かコス――!? んぐ? んんぐ!?」
ルエラは何かを言いかけるが、その前に母さんの胸の中へと埋もれてしまう。
もがもがともがき母さんの腕から逃れようとするのだが、がっしりと胸圧で捕らえられて逃れられない。
そういや母さんは力も相当なものなんだよな。
ヒーラーなのにそこらの戦士よりも圧倒的に怪力だし。
確か親父は殴りヒーラーとか言っていたような……。
「んじゃ食べるぞ。せっかくの朝食が冷める」
このままだとルエラが窒息しかねないので引き剥がす。
「はふう……」
ようやく母さんの胸から解放されたルエラは目を回していた。
しかしまさか母さんがここまでルエラを気に入るとはな。
これはちょっと危険かもしれない。
もしも母さんが調子に乗ってルエラを裸エプロンにしようものなら、俺が我慢ならなくなる自信があるぞ。
いや、ルエラだったらナース服とか似合うかもしれない。
いやいや、それよりはやはり巫女服の方が清楚さがあってイメージにぴったりか?
「お兄ちゃん、なんか鼻の下伸びてない?」
「えっ? あっ、いや、別に変な事は考えてねえぞ?」
「ほんとにい? なんかエロ本読んでるときと同じ顔だったよ」
気づくとジト目で苺が俺を見ていた。
お前、俺がエロ本読んでる現場見たことあるのかよ、とか言ってやりたかったが肯定されると俺が居た堪れないので聞かない。
……ってかほんと覗かれてねえよな?
「ていうかなんで舐め犬がお兄ちゃんの隣にいるのかなあ?」
「またぶり返す気か? ここは元々空席だったんだから別にいいだろ?」
いただきますと手を合わせたところで、苺が恨みがましく言った。
「そこは苺の席だもん! 苺をなでなでしたり、食事をあーんしたり、キスしたり、ハグしたり、苺のパンツを下ろして下のお口を貪るように肉棒突っ込みながらお食事したり……あん、お兄ちゃん。そんなに大きいの苺のお口に入らないよお」
「しねえよそんな事! ってか昔からお前はそこだろうが!」
「そうよ、そこは苺の席じゃないでしょ?」
「あっ、うん……」
母さんの柔らかくも影のある笑みに苺がトーンダウンする。
そう、ここは苺の席じゃない。
この家の四人目の家族の席だった場所だ。
「そこはお母さんの席です。シュー君をなでなでしたり、食事をあーんしてあげたり、キスしたり、ハグしたり、お母さんのおっぱいをチューチュー吸わせて飲ませてあげたり……あん、シュー君、そんなに激しく吸ったらお母さん感じちゃう!」
「おいこら。ここは親父の席だ! セクハラ母娘はそっちで大人しくしてろ!」
俺や親父に悪戯をする変態の母娘が強制的に向かいへと座らされた。
それは親父が居なくなった今でも変わらない。
「まったく……」
昔よりも相当こじらせてる、というか幼稚になってやがる。
やっぱこれって仕事のストレスなのか?
こりゃあルエラも加入した事だし、早々に手を打った方がいいな。
活動の幅を広げて収益増やして、母さんが仕事を選べるようにしてやらねえと、本気で俺の貞操が危ない。
「ええと、私は変わった方がいいですか?」
そこでルエラが申し訳なさそうに母さんに尋ねる。
すると母さんがふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「気にしなくていいわよ。その席はルエラちゃんが使って。その方がダーリンも喜ぶから。だってダーリンお尻で顔を潰すととっても喜んだし」
「おい、いい話になりかけたのを最後の一言で台無しにするな」
親父の性癖とかどうでもいいし! ってか俺はノーマルだからな!
「……わかりました。それでは遠慮なく使わせていただきますね」
穏やかな笑みで肯定する母さんに、ルエラも安心したように微笑み返す。
「ええ。ここに居る間は家族だと思って過ごしてね」
「はい、お母様」
「うーん! やっぱりルエラちゃんを娘にしたい!」
「あの、それって……むぐぐ!?」
母さんの言葉に顔を赤くするルエラ。
だがそれはすぐに凶器とも呼べる母さんの胸の中に取り込まれてしまう。
ルエラが再びもがもがともがくが、ホールドされた状態では逃れようがない。
「やあっ! お母様なんて言うな、舐め犬! ママの子供はお兄ちゃんと苺だけなの!」
「こら暴れるな! 食事が零れたらどうするつもりだ!」
そう言って苺は強引にルエラから母さんを引き剥がしにかかる。
さすがはクイーンの娘。
その怪力はしっかりと遺伝しているようで、徐々に母さんの腕が開いていくのだった。




