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ベリーズの朝

「私の世界が春風に彩られて~、大好きが溢れ出していくの~♪」


 春の暖かい風が吹き抜けると、辺りの花々が次々と開いて花畑を彩っていく。


 その風の中心では二人の少女が歌い踊っていた。

 まるで春を運ぶ妖精のように、少女達は新たに始まる恋を歌う。

 

 少女達の周りで舞う色とりどりの花びらは音符に変わり、踊りに合わせて跳ね回っている。


 そんな音符はやがて俺の目の前にある譜面へと吸い込まれていく。

 曲が終わると俺の手元で楽曲用の魔術式が組みあがった。


「叩き台はこんなところか。あとは苺達の意見を取り入れながら調整だな」


 どこまでも広がる花畑で、花の香りを乗せた心地の良い風が俺の頬を掠めていく。


「衣装は……そうだな。ブルームブリーズ・ピュアとでもするか」


 目の前で踊っていた二体の少女に向かって手をかざしながらイメージを思い浮かべると、それに合わせて少女達の服装が変化する。


 花畑で(たたず)む二人の少女はシルエットこそ苺とルエラにそっくりだが、その顔は目も口もないのっぺらぼうでマネキンのようだ。

 というかこれは俺のイメージで作り出した『人形』だ。


「どうだ苺、こんな感じにしてみたが?」


 俺は自分の隣に立つ少女に呼びかける。

 そこには無表情のままぼんやりと正面を見ている苺が立っていた。


「……」


 苺はこくりと小さく頷くと、口元だけを(わず)かに(ゆる)める。


「そっか、気に入ったか。んじゃ今日はこいつで練習させてみるかな」


 俺は笑い返すと苺の頭を撫でた。

 すると苺は遠慮がちに俺の袖口を摘んでくる。


「また今夜な。今日はあまりかまってやれなかった分、次はいっぱい遊んでやるからさ」

「……」


 苺は再びこくりと頷くと摘んでいた袖から指先を離す。


 俺も名残惜しさと少しの感傷を覚えながらも苺の頭から手を離した。

 目の前の苺がすうっと透過し始め、姿を消していく。


 『あの日』から――あの苺はずっとこの場所にいる。


 これがあの薬の副作用なのか、はたまた単に俺の抱える罪の意識が具現化したものなのか。


「あとはこれを転写するだけだな」


 考えがぐるぐると回り始め、それを断ち切るように俺は口を開く。


 今はこれから持ち帰らないといけないものがある。

 ぼんやりとしていて手から(こぼ)れ落ちてしまったら目も当てられない。


 俺は手元の譜面(ふめん)だけを残し、空間にあるモノ全てを取り払った。

 手元に意識を集中し、魔術式の譜面(ふめん)に魔力を注いでいく。


 ここからが一番慎重さを必要とする重要な工程『転写』だ。


 ここは俺が夢魔の力で作り出した夢空間――眠っている自分に対して夢魔術を行使し、イメージ一つでなんでも作り出し、それを自在に操る事ができるようにした場所だ。


 もちろん魔力だって例外じゃない。

 この生であれば無限に魔力を湧かせることだってできる。


 俺は発生させたありったけの魔力でしっかりと魔術式を強化し、それから意識を現実へと向ける。


 夢の領域から意識が離れ、空間の認識が不安定になっていく。

 そろそろ起床の時間だ。


 俺は夢世界から現実世界へと溢れ出していく魔力の流れに乗り、手元の譜面を手にしたまま覚醒の(ふち)へと意識を傾ける。

 クジラの潮吹きのように魔力が溢れ出していく。


 俺はその魔力を全身に満たしつつ、後頭部へと意識を集中した。

 枕の下で流れた魔力が一点に集まっていく……。



「んっ……よし、ちゃんと刻まれてるな。転写成功だ」


 ベッドから起き上がると俺は枕の下に手を入れて円盤状の固有楽曲(オリジナル)プレートを取り出した。

 そこには夢の中で作曲した譜面の魔術式が刻み込まれていた。

 

 あとは実際に劇場の機材にセットして微調整をすれば完成だ。


 ベッドを出て伸びをするとカーテンを開いて光を部屋に取り入れる。

 青空が広がり今日もいい天気だ。


「んんっ、むにゃむにゃ……」


 夢世界で作った大量の魔力で心身の回復もしたから体だってとても軽い。


 普段はほとんど魔力を持たない俺が、唯一大量に魔力を扱える瞬間は寝起きだけ。

 その魔力を使えば普段は扱えないような強力な回復魔術も発動できて、昨日の疲労を一気に回復出来たりする。


「ふにゃあ。おにいひゃん、大胆ひゅぎだよお、げへへ……」


 夢世界で作った魔力をもっと自在に扱えれば身体能力も高まるし、いろんな魔術を扱えるようになるんだがなあ……。


「……まったく、何の夢見てんだか」


 そんなことを考えながら俺はあらためて窓の外を見やる。

 そこでは罠にかかった苺がぶら下がっている。


 毎度毎度、夜這いをしようとしては失敗して罠にかかる。


 正面突破に、窓や天井裏、様々なルートから侵入を試みてくるが必ず苺は引っかかる。


 いい加減学習しろと言いたい。

 いや、学習されてベッドまで潜り込まれても困るからこれでいいのか?


 仮にも苺は夢魔だ。

 魔術で夢の中に入り込み、操る事だって出来る。


 いくら妹に欲情しない健全な兄であり同種族の亜人である俺であっても、それらを完全に無効化できるものじゃない。

 夢で妹を抱くとか、そんな事態は絶対に御免(ごめん)だ。


 それに夢の中の苺と鉢合われても困るんだ。


「……ああするしかなかったんだ」


 自分の選択が間違っていたかどうかなんて今更わかるはずもない。

 考えたって仕方がねえんだよ……。


「はあ、掃除するか!」


 俺は口に出して気持ちを切り替えると、階段を下りて玄関から外に出る。

 劇場を裏口から入り、倉庫からバケツと二本のモップを取り出してステージへと向かった。


 モップの水分をきってから両手に構えて回転させる。


「んーんーんーんんんん~♪」


 掃除の曲を鼻歌で歌いつつダンスの基本ステップを踏んで素早く床を拭う。


 ただ黙々と掃除をするのも面白くない――そう思ったかつてのみらベリのメンバーが誰からともなく歌い出し、皆でメロディを口ずさむ中でいつの間にか出来上がった歌だ。


 俺はシューズで出来た傷から入り込んだ汚れに注意を払いつつモップを振るう。

 それからステージ、客席と掃除を終えると舞台裏へと向かう。

 

 その一画には劇場の幻影魔術式(ミラージュ)を制御する機材ブースがある。

 俺はその中の箱型の機材に魔力を注いで術式を作動させた。


 今朝用意した固有楽曲(オリジナル)のプレートをセットし、楽曲を再生した。

 軽快な音楽と共にステージ上が光と音で彩られる。


 俺は曲を聞きながら光量を微調整したり、音のチューニングをしたりしつつ、機材を調整する。


「やっぱそろそろ最新式の機材が欲しいよなあ……」


 この機材も最近老朽化が(いちじる)しい。

 さすがにガキの頃から使っていればあちこちにガタがくるってものだろう。


 今の音響機材の素材は親父達が世界中を旅して手に入れた魔獣の素材から作られている。

 大型ホールにも対応した丈夫なそれは希少素材が多く、換えのパーツを入手するのも一苦労だ。


 今はごまかしつつ使っているものの、魔力の負荷に機材が悲鳴をあげている。

 いくら魔術式の方で調整しても本体に物理的なガタがきてしまっては元も子もない。


「とはいえ、やっぱ買うと高いんだよなあ……」


 あいどるの聖地であるこのオータムリーフには音響機材の専門店が数多くある。

 最近では魔獣素材に引けを取らない新型の音響機材も数多く出回り、そこで入手するのも手かもしれないと思うのだが……。


「金がない、金を稼ぐ人気もない、現地調達に行く時間もない。無い無い尽くしだな」


 狙った素材を探して旅するなら月単位の時間がいる。

 だからといってそれを嫌って冒険者ギルドに依頼すればそれこそ素材購入以上の費用が掛かる。それじゃあ意味がない。


「最近は固有楽曲(オリジナル)の術式も多様化してるし、それに対応できる最新式が欲しいんだがな……」


 ここ数年で幻影魔術式用の術式が大量に開発されている。

 リリークレイドルで借りた音楽雑誌や、養成所に通うメイドから借りた教材を見るだけでも、その著しい進歩は舌を巻く程だ。


 毎夜夢世界で研究開発しても追い付かない程に。

 それらに対応できる精度と耐久値の高い機材が喉から手が出るほどに欲しい。


「これでよし、と……そうだ、楽屋の衣装も洗っておくか。ルエラが着るしな」


 俺は機材を止めると気持ちを切り替え楽屋へと移動した。

 ない物ねだりは時間の無駄だしな。


 数十人が一度に入れる広々としているはずの大部屋には楽曲に合わせた様々な衣装がひしめき合い、空間の大半を埋めてしまっている。


「サイズとしては……この辺りか?」


 そんな中、俺はルエラの均整(きんせい)がとれた体型を思い出しつつ、次々と衣装を選んでカゴへと放り込んだ。


 黙々と、ただサイズだけを考える。

 質感とかその他諸々は努めて思考の端に追いやった。


 中庭でたらいに水を張ってから、石鹸を手に洗濯板で手洗いする。


 本来なら洗濯機を使いたいところだが、衣装には細かな装飾が多くついていて、それらが取れないように丁寧に洗わないといけないから手洗いが必要になる。


 クリーニング業者に頼むにしても、ここまで繊細な衣装だと貴族御用達の人魚族か粘液(スライム)族の洗濯業者に頼まなければならず、非常にお金がかかってしまう。


 今の家にそんな大金を払う余裕はない。


「ってかこれ、俺の衣装じゃねえか……」


 ふと俺は一つの衣装を手に取り苦々しい気分になった。


 フリルがふんだんにあしらわれたふわふわな純白の衣装。


 十三歳で声変わりするまで俺はこの劇場で苺達と一緒に舞台に上がっていた。


 きっと楽しいからと母さんに女の子の衣装を着させられ、宣誓錠そっくりの首輪をつけて、可愛いともてはやされながら有頂天になって歌い踊っていた自分――。


「ああああああああああああああ――っ! ととっ!」


 思わず衣装を引き裂き転げまわりたくなる衝動をなんとか(こら)える。


 ステージ衣装だけあって高級な光蚕族のいい糸を使っているし、捨てるにはあまりにももったいないからだ。


 魔力を込めればなかなかの防御力と属性耐性、状態異常耐性もあって実はそこらの鎧よりも優秀な装備品だったりもする。


「これとこれはルエラによく似合いそうだな。後で衣装合わせをして微調整するか」


 頭の中で衣装を着たルエラの姿を想像しながら俺は洗濯を続ける。


 苺と並んだらどんなパフォーマンスになるか。

 本番のステージで衣装を着た二人の姿を早く見たい。


 二人用にアレンジした歌と踊りで繰り広げられる世界はきっと見ごたえ十分だ。


「くっくっく……楽しみだぜ」


 俺は手にした衣装を見ながら思わずにやついてしまうのだった。




「さてと、今日はどの食材を使うか……」


 衣装を干し終わった俺はさっとシャワーで汗を流してからキッチンへと向かった。


 鼻歌交じりに冷蔵箱の中の食材を取り出し、今朝の献立を頭の中で組み立てつつ、食材を中空に放り投げる。


 包丁の刃を通すとシュパと水分が弾けてスライスされた食材がフライパンへと飛び込んだ。

 卵を割り入れフライパンを動かしつつ塩コショウで味を調えると、焼き音と香ばしい匂いがキッチンに広がっていく。


「なあルエラ。別に声をかけてくれて全然構わねえんだぞ?」

「いえ、見ているだけで楽しいですから。邪魔しても悪いですし」


 そう答えるルエラはテーブルに両手で頬杖をついて、尻尾を振りながら楽し気にこちらを見つめている。


 目がとろんとしていて、見方によっては恍惚(こうこつ)に浸っているかのようだ。


「掃除の時、お前舞台袖にいただろ? 時間があるなら隠れてないで手伝ってくれると助かるんだが。掃除は基礎トレーニングにもなるからやって損はねえぞ」


 正直十人以上でやる劇場の掃除を毎日一人で続けるのはきついものがある。

 もう三年以上続けている習慣とはいえ、それでもきついものはきつい。


 苺は朝が弱いせいで戦力にならないし、母さんは契約師や夢魔としてのカウンセリングの仕事もあるからこっちにまで手が回らない。


 たまに手伝いに来てもバケツの水を被って服を透けさせたり、モップを股間に挟んで擦り始めたり、すぐにふざけるから邪魔にしかならない。


 だがルエラは困り顔を俺に返してくる。


「そうなのですか? ですが……私には難しいのではないでしょうか?」

「どうしてだ?」


 冷蔵箱から新たな食材を取り出し鍋に放り込みながら理由を(たず)ねると、ルエラは困惑色を深めた。


「はい。修果が歌を歌い出してから目にも留まらぬ速さで掃除が加速しましたので……修果は歌で身体強化ができるのですか?」

「身体強化って……一応元勇者パーティーの魔術師シーさんから教えて貰ってはいるが、別に魔術なんて使ってねえぞ」


 というか、そもそも基礎的な魔力での身体強化もままならない程に魔力量が乏しい俺だ。


「い、いえ、私もその……あの歌は覚えていますし、実際幽閉されていた塔の掃除にも毎日活用していたのですが……」


 俺は再びフライパンを手に取りつつ目の端でルエラをちらと見る。

 難しい顔で考え込み始めるルエラの表情はとても冗談を言っているようには見えない。


「まあ一緒にやっていればそのうち慣れるだろ。明日からは一緒に掃除しようぜ。ほら、女の子にじっと見つめられてると気恥ずかしいだろ?」

「そうですね。ぜひお願いします」

「そっか……助かった」

「えっ? 助かった?」

「あ、ああ……やっぱ一人じゃ大変だからな。一緒に掃除してくれる人がいると助かるんだわ」


 俺は内心焦りつつ、なるべく自然な笑みを心掛けて顔に張りつける。

 うん、ここでルエラが俺の提案に乗ってくれて助かった。


「ですが私については気に留めていただかなくて大丈夫ですよ? 私なんてその辺の路傍(ろぼう)の石程度の認識で大丈夫です」

「いやいや、さすがに四六時中だと気になって仕方がねえからな!」


 だが次のルエラの発言に、俺は盛大にツッコミを入れざるを得なかった。


「まあ、気づいていらしたのですね!」




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