優しい女性(ひと)
「こっちは俺が手洗いして、こっちは業者に頼むか……」
俺はベリーズ劇場の舞台袖でぺフィリアパークから持ち帰った衣装の仕分けをしていた。
試合やブースのミニライブで苺達が着た衣装の洗濯をするためだ。
今までは俺が全部手洗いで衣装を洗っていたが、ぺリステラー商会がパトロンとなってからは比較的安価で繊細な洗濯してくれる業者を紹介して貰えたお陰でかなり楽になった。
人数も衣装も増えてきたところだから本当に助かる。
向こうでユニットブースでのミニライブをしたり、この劇場でライブをしたり、衣装は毎日のように何着も着まわしている。
あいどる衣装には装飾も多い。
洗濯機では衣装が痛むし、洗浄魔術を使おうにも俺の魔力量では全ての衣装を洗いきれない。
そのためだけに魔力回復ポーションを使うのもコストがかかり過ぎるし、ポーションを調合する時間と手間を考えれば手洗いで全て対応する方がまだマシという現状だ。
「魔力不足か……いよいよ本格的に対策した方がいいか?」
俺は腰の短剣に手を添えながら考える。
毎朝、夢空間から持ち帰った魔力をこの短剣に補充することで、一応最低限の魔力は確保している。
だがこれは非常用。
もし不埒なファンが現れたとして、それに対応するためのものだ。
まあ苺やルエラの魔力や身体能力を考えるとほとんど必要ない気もするが、モーラも加入した事だし、警備についても真面目に考えねえとな。
「……となると、やっぱり『アレ』を確保しておきたいところだ」
俺の脳裏に元勇者パーティーの錬金術師リルル・メリーカームの姿が過ぎる。
あの人が持つ『アレ』と同じものがあれば、今後の活動の幅もさらに広げられる。
魔術都市ロロナームはここからそう遠くはない。
大会期間中に数日留守にするのは痛手だが、それ以上のリターンが見込める。
「けど交渉なんてして、何を求められることやら……」
あのマッドサイエンティストの求める対価を考え、俺は思わず首を振ってしまう。
俺は気を取り直して手元の衣装を見つめた。
「こうして見てみると、衣装も随分と洗練されたもんだな」
俺は衣装の心地いい肌触りに思わず嘆息した。
本職による衣装の調整のお陰で見た目から素人の手作り感が消えて、すっかりプロ仕様になっている。
実際に衣装を着ている苺たちも動きやすくなったと喜んでいた。
化粧品やメイク術も相まって、全体的にあいどるとしてレベルアップしたのは間違いない。
「ほんとぺリステラー商会様様だな」
そうして思わずにんまりとしながら仕分けした衣装を楽屋に運び込み舞台袖に戻ると、モーラがステージに立っているのを見つけた。
すでにステージ向けのメイクは落として普段着に着替え終わっている。
黄金比とも言うべき均整のとれた顔立ちだが、こうして取り繕わない姿からは年相応の親しみやすさを感じた。
モーラは客席の方を向いたままぼんやりと物思いに耽っている。
そんなモーラに俺は近づきながら声をかけた。
「モーラ? まだリリークレイドルに向かってなかったのか?」
苺やルエラ、ぺリステラー商会のスタッフたちはもうとっくに打ち上げのためにリリークレイドルに向かっている。
俺は後片付けと戸締り確認があるからと先に送り出していたのだが、モーラはそれについて行かなかったようだ。
「別に俺に遠慮しなくても先に行ってくれて構わねえぞ。
これは『ぷろでゅーさー』の仕事だからな」
ここにはライブステージの心臓とも言うべき機材もあるし、俺自らがしなければいけない作業が詰まっている。
残っていてもほとんど手伝えることはないのはモーラも理解しているはずだ。
しかしモーラはゆっくりと首を振った。
「ルエラさんからまた魔術式の調整に夢中になって打ち上げを忘れないように迎えに行ってほしいと頼まれました」
「あいつ、モーラに押し付けたのか?
普段から俺のストーカーやってる癖に、打ち上げの肉に釣られてあっさりと離れていくとは」
付きまとわれないことを喜ぶべきか、それとも俺への関心が肉以下と悲しむべきか、複雑だ。
「悪いな、待たせちまって。すぐ終わらせるから待っててくれ」
俺は舞台袖に向かうと最低限必要な作業を頭の中で並べて手を動かす。
細かい調整は帰ってからだな。
そうしてしばらく作業をしていると、不意にモーラが口を開いた。
「あいどるって凄いですね」
「モーラ?」
モーラのしんみりとした声に俺は思わず顔を上げる。
そこにはまるで飾られた花を愛でるようなモーラの柔らかい笑みがあった。
文字通りモデル級の彼女がそれをすると、それだけで様になるから反則だ。
「この前、久しぶりに王都のファッションショーに出たんです」
言葉と共に無意識にモーラの背筋が伸びる。
それを見て俺はモーラは根っからのモデルなんだと内心で苦笑してしまう。
「その時に客席の様子が目に入りました」
モーラがショーの様子を思い出すように遠くを見た。
「喜び、憧れ、値踏み、驚き……観客席には様々な顔があって、感情が溢れかえっていたんです」
それは新鮮な発見だったのだろう。
モーラの目が輝いている。
「それでどうしたらもっとお客様を楽しませられるのか。そんな事を考えている自分がいました。
今までそんなこと考えたことを考えたことなんてなかったのに……」
「まるでライブみたいだな」
「はい、私もそう感じました」
モーラがにこりと笑う。
そんな少女のようなあどけない笑顔に俺は思わずどきりとしてしまった。
モーラってこんな風に笑えるんだな。
「今まではステージを完璧にこなす事しか考えていなかったんです。
いかに自分の思い描く『美』を表現するか。それがすべてだと思っていました」
「それも大切な事だろ? モデルってのは女性の憧れの姿を体現する存在だってことは短い時間見ているだけでも理解できたぞ」
もちろん知識としてそういう存在だということは前々から知っていた。
けれどそれをきっちりと体現していたのを俺は間近で見ていて実感できた。
モーラは間違いなく超一流のモデルだ。
「はい。それはとても大事なことだと今でも思っていますよ。
私なんかがおこがましいとも思いますが……」
モーラは姿勢よく、スタイルのいい体をわずかに揺らしながら苦笑する。
「けれども本当の『美』は一人では作れないということも分かりました」
「一人では作れない?」
俺の疑問にモーラは生来の生真面目さで答えてくれる。
「ショーの会場にはいろんな人がいます。
美を着飾りたい人、美を愛でたい人、美を勉強したい人、美を好きになりたい人……」
モーラはショーのステージを歩き出すかのように一歩足を踏み出す。
「その人その人に答えがあって、私に求めているモノが違う。
そんな当たり前のことに今更気づかされました。
私もまだまだ未熟ですね」
そう語るモーラは声が弾み楽しそうだ。
モデルのことになると夢中になって話してくれる。
いつもおどおどしている姿ばかり見ているだけに、その姿がとても魅力的に見える。
「『美』を共有して楽しむ。そんな在り方は素晴らしいと思います。
あいどるとしてライブをした経験のお陰ですね」
「モデル活動にもいい影響があって幸いだ。
それに俺もモデルの仕事を知れてよかったよ」
だから俺も出来るだけ自分の気持ちが伝わるように、モーラの目を見ながら言葉を口にする。
「自分をとことん磨き上げる。そんな女性はとってもカッコいいんだなって。
本物の美人ってこういう人を言うんだって実感した」
「ですよね。そんな世界が好きで私もモデルになりたいって思ったんです」
はにかむモーラに俺は少し口の端をもにょもにょとさせてしまう。
けど今更引っ込みもつかん。
ええい! ままよ!
「いや、俺はモーラが美人だって言いたいんだけどな」
「……へっ?」
しばらく俺と見つめ合っていたモーラの顔が急に真っ赤になる。
「わわ、私なんかが、び、美人!?」
途端にモーラはいつものおどおどとした様子に戻ってしまった。
それどころか人化を忘れて蛇の下半身でとぐろを巻いて隠れてしまう。
俺はそんなモーラにそっと近づき、とぐろを巻いた体をそっと撫でる。
「強いお前も、臆病なお前も全部モーラじゃねえか。
とても魅力的な女の子だと思う」
「お、おんなのこ、ひいいいいっ!」
「ぐえっ!?」
するとしゅるしゅるとモーラのとぐろが俺に巻き付き締め上げてきた。
分厚い筋肉の壁が俺を締め上げ、指一本動かせない。
さらにモーラの大きな胸に顔が埋まって呼吸も出来なくなる。
いい匂いが鼻を通ったのも一瞬、今はそんな感触を堪能してる場合じゃなかった。
「んんんんっ――!!」
「ごご、ごめんなさい!」
じたばたとしていると頭の上からモーラの声がして締め付けが緩む。
解き放たれると俺はステージ上に転がった。
「ぜぇ、はぁ……!!」
やばい、あと数秒続いてたら俺の体中の骨を折られるところだった。
その上に窒息ともなれば本当に死ねる。
「わっ、わっ、わっ……!」
「いいから落ち着け。俺は大丈夫だ」
俺はなだめるように再びモーラの蛇の体をさする。
するととぐろの中から少しだけモーラが顔を出した。
「お前は誰よりも優しいからな。
いろんなことが見えてるし、わかるんだろ?
だからお前はパニックに陥りやすい」
なんだかんだで苺もルエラも図太いからな。
考えなしに突っ走る部分がある。
俺もそれに引っ張られているところがあるからついついいろんなものを見落としてしまう気がする。
それをモーラは丁寧に拾っているからこそ、濃密な情報に頭がパニックを起こす。
本当に優しい女性だ。
思わず惚れそうになっちまうくらいにな。
「別に緊張してもらっても構わねえ。
頭が真っ白になるのも仕方がねえ。
けどな、それを自分で抱え込まないでちゃんと俺に話してくれ。
俺はぷろでゅーさーだしな、相談くらいならいつでも乗るぜ」
俺はモーラの目を見て気持ちが伝わるように真摯に伝える。
「きっとモーラには俺が見えていないいろんなものが見えている。
それを俺やみんなに教えてほしいんだ。
俺達は同じあいどるユニットで活動する仲間なんだからな」
「仲間……」
そんな俺の言葉を噛みしめるようにモーラは人蛇族としての自分の下半身を見つめる。
「これも……私なんですよね」
モーラはそう呟くと姿勢を正す。
下半身は蛇のままだが、それでもその姿はモデルにふさわしい凛としたものだ。
「あ、ありがとうございます……不束者ですが、これからよろしくお願いします」
モーラは頬を上気させた顔で、いつものように言葉を詰まらせながらも、それでも俺の目を真っすぐに見返してからにこりと笑うのだった。




