断話 ベリーズ劇場のバレンタイン
「ぐ~る、ぐ~る、ぐ~る、ぐ~る……」
苺が混ぜ棒に魔力を込めながら人一人余裕で入れそうなほどの大きさの錬金釜の中身をかき回している。
中には茶色いどろっとした液体が入っていて、そこから部屋中に甘い香りを漂わせていた。
「ねえ、お兄ちゃん。チョコレートって錬金で作るものじゃないよね?
しかもこれ、見た目がチョコっぽいだけで魔物の体液だし」
苺が不満そうに唇を尖らせながら俺に文句を言ってくる。
どうやら飽きてきたらしい。
「市販のチョコを溶かして作るのは時間もコストもかかり過ぎるからな。
代用品でなんとかするしかねえんだよ。いいから手を動かせ」
すると作業台でチョコレートを型に流し込んでいたルエラが顔を上げる。
「そうですね。これだけの大量のチョコを作るとなると、通常の調理法では人でも時間も全然足りませんね」
「わ、私としては、どうして魔物の体液と魔力でチョコレートが出来上がるのかが不思議でならないのですが……」
小袋に包装のリボンを結んでいたモーラが困った笑みを浮かべる。
魔物の体液は今朝、苺が王都郊外のダンジョンで狩りまくった魔物から採取したものだ。
他にもいくつかの素材を放り込みながら混ぜ合わせることでこのなんちゃってチョコレートは出来上がる。
チョコレート味の何か、ってのはこの際目を瞑ってもらおう。
これはお菓子に目のない元勇者パーティーの錬金術師リルル・メリーカーム考案のレシピだ。
貴重で数が少なく、お金があっても買い占めれば流通に支障が出る。
そんな理由から編み出されたレシピらしい。
とはいえ一般人からすると膨大な魔力消費が必要となる上に、ダンジョン深くで魔物を狩らないといけないという手間もあり、手軽に作れる人間は少ない。
そんな中で大量のチョコを生産できる苺の戦闘力と魔力量は底が知れない。
さすがはクイーンサキュバスの娘。
んっ? 娘ってことはプリンセスサキュバス?
……いや、こいつがプリンセスって柄じゃねえな。
「ねえ、お兄ちゃん。今とても失礼なこと考えてなかった?」
「いいや。いいからお前は作業に集中しろ。
これはお前の魔力制御の鍛錬も兼ねてるんだからな」
「ぶう、だからってもうぐるぐるするの飽きたよ~」
苺は混ぜ棒を回しながらも不満げに頬を膨らませる。
感情の揺れによる魔力暴走を抑えたり、ステージでより繊細なパフォーマンスを行う上でも大切な訓練だ。
魔力コントロールを鍛えればそれだけ多くの魔術を扱えるようになる。
魔術の幅が広がればパフォーマンスの幅も広がる。
訓練をしない手はない。
と、その時錬金釜の中身がカッと光を放った。
「た~る♪」
苺が自分の身体よりも大きい錬金釜を抱え、出来たばかりのどろどろのチョコレートを樽に注ぐ。
魔力を薄く張って熱を遮断しているらしい。
煮立ったチョコレートが樽に流し込まれ、湯気を立たせている。
「重っ!?」
俺はチョコレート入りの樽を運ぼうとして思い切り踏ん張った。
それでもなんとかルエラの隣まで運ぶことが出来た。
バレンタインは異世界二ホンからやってきた親父が持ち込んだ向こうの風習だ。
元々バレンタインは向こうの世界の宗教絡みのイベントだったものらしいが、一般市民にも広まり、紆余曲折を経て、女性から意中の男性へとチョコを送るものとなったらしい。
それがこの世界にも広まり、毎年この日にチョコレートが女性から男性に送られるようになった。
とはいえチョコレートは高価な嗜好品で誰もが手を出せるものじゃない。
地域によっては農作物だったり、自ら産んだ卵や絞ったミルクを送ったりと様々な形がとられているそうだが、女性から男性へ食べ物をプレゼントという形式は大体同じだったりする。
中には商業ギルドの策謀論を訴える者もいるそうだが、それもひっくるめての祭り事として、今では広く世間様に受け入れられているってわけだ。
かくいう我らみらくるベリーズも明日はライブと握手会をする。
その時にファンにチョコレートを配るのだ。
ライブの高揚とチョコのプレゼントで、さぞやチェキやグッズ販売もはかどることだろう。
まあお互いがいい思いをするんだからこれくらいの皮算用はいいよな。
「んもう、シュカ兄さん。悪い顔になってますよ」
そんな事を考えている間に、錬金部屋にリメッタが入って来た。
「お疲れ、リメッタ。イベント会場の飾りつけありがとな」
「いえ、リリークレイドルのバレンタインイベント用にチョコと楽曲を作ってくれたお礼ですから気にしないでください」
「ああ。リリークレイドル分のチョコは時間停止魔術がかかった魔法箱に入れておくからな」
「はい。よろしくお願いしますね」
リメッタは妹らしい愛らしい笑みを俺に向けてくる。
やっぱ妹ってのはこれくらいの可愛げがないとな。
今日の握手会イベントのためにリメッタにはエントランスホールの飾りつけのリーダーをしてもらっていた。
スタッフならパトロン契約をしているぺりステラー商会のモデルたちがいるが、彼女達に任せると高級感溢れる空間になってしまうのだ。
かといって苺に任せたらへんてこ意味不明な内装が出来上がるし、ルエラに任せると秘蔵の俺の盗撮写真がそこら中に張り巡らされることになる。
モーラに頼もうかと思ったが、ファンに配るチョコを一緒に作りたいと言ったので、こうしてこの錬金部屋で手伝いをしてもらっている。
最初のうちは苺、ルエラ、モーラの三人交代でチョコづくりをしていたが、魔力枯渇と魔力回復ポーションの服用の繰り返しでへばりそうだったので、今はチョコづくりを苺に任せ、ルエラとモーラには成形と包装をやってもらっていた。
もちろん俺の魔力量では戦力外だし、あくまでみらくるベリーズのあいどるがファンにチョコを送るイベントなので俺は直接は手を出していない。
作業のしきりと危険がないかの安全確認をしているだけだ。
ふたりの距離が近づくように
甘いお菓子に想いを込めて~♪
貴方との待ち合わせ場所で
私はそっと胸に手を当てた~♪
バレンタインライブ――。
ステージを飾る巨大なリボンの下、苺・ルエラ・モーラの三人が同じく腰に大きなリボンを付けた新衣装『バレンタイン・ドール』でパフォーマンスをする。
モーラもすっかり自信がついたのか、二人と一緒に楽し気にライブを盛り上げている。
ステージでは幻影魔術陣に魔力を込めた苺がチョコレート人形のバックダンサーを福数体躍らせている。
その中にはパフェやドーナツにケーキ、様々な擬人化されたお菓子が一緒にダンスを踊っていた。
とはいえさっきまで散々チョコづくりをしていたせいか、見ているだけで胸やけがしてしまうのは裏方の悲しい性というものだろう。
バレンタイン楽曲も好評で観客席から歓声が巻き起こる。
その中には女性の黄色い声援も混じっていた。
モーラが加入した影響か、最近は女性ファンも少しずつ増えているようだ。
「お兄ちゃん、ハッピー・バレンタイン!」
バレンタインライブと握手会イベントが終わり、俺がペリステラー商会のスタッフたちと会場の後片付けをしていると、苺が戻ってきてリボンのついた小箱を差し出してきた。
「イチゴさん、皆で渡す手筈だったでしょ? 抜け駆けは禁止ですよ」
「ちぇっ、やっぱ気づかれちゃったか」
そこに苺の後を追いかけてきたルエラが駆け寄ってくる。
「イチゴさん。チョコ作りながら約束したじゃないですか。皆でチョコを渡そうって……」
モーラはモデルらしい優雅な歩みで姿を現した。
しかしその表情は悲し気だ。
「うっ……ごめんね、モーラちゃん。
だ、大丈夫。今から一緒にチョコ渡そう。ね、ね、泣かないで、ね」
楽しみにしていたのに裏切られた。
そんな目に涙を浮かべたモーラの暗い顔に罪悪感を刺激されたか苺が素直に謝っている。
慌てる苺は珍しい。
そういやルエラといい母さんといい、暴走女ばっかりだったからな。
俺ってなんちゅう肉食系の巣窟で暮らしていたんだ。
それに気づいてしまった俺はつい身震いをしてしまう。
そんな苺の様子にモーラと一緒にやってきたリメッタが星に手をやりながらビシッと指をさす。
「イチゴちゃん。これに懲りたらもう暴走しないようにしてくださいね」
そして俺は妹分のリメッタを見て癒しを得よう。
ああ、なんて包容力のありそうな胸なんだ。
さすがは戦牛族だ、今日も魔乳は健在だな。
俺は視線が鋭くなったリメッタからさっと目線を逸らすと何事もなかったかのようにみんなにお礼を言った。
「俺の分も残してくれてたんだな。みんな、ありがとな」
全員さっきのライブのステージ衣装のままだ。
なぜかリメッタもバレンタイン・ドールの色違いの衣装を着ていた。
こうしてみるとリメッタもみらくるベリーズのメンバーに見えてくるから不思議だ。
いっそこのまま加入してくれたらとも思うが、リメッタにはリメッタのステージがある。
残念だが諦めるしかねえな。
そんな四人の手の上には皆、同じような小箱があった。
今日のライブの後、握手と共に配った大量のチョコレートと同じものだ。
そういや珍しく後片付けは私たちに任せてと言っていたが、多分その時に俺用のチョコレートも用意してくれたに違いない。
「じゃあお兄ちゃん、食べさせてあげるね、あーん」
そんなことを考えていると、いつの間にか包装を解いた苺がチョコレートを手で摘まみ、俺の口へと運ぼうとする。
「んっ? 苺にしては普通のチョコだな」
俺は咀嚼しながら言った。
チョコづくりの手伝いで食べたものと味は同じだ。
いや、少し味が劣化してる?
「これって本物のチョコか?」
鑑定スキルで確認すると、ごく普通のチョコレートだとわかる。
しかし普通のチョコが錬金したチョコの味に負けるというのも考え物だな。
ファンに配った自らの名前入りのハートチョコよりもデコレーションは凝っているし、気持ちを込めてくれたのはよくわかるから嬉しいっちゃ嬉しいんだがな。
「ってか普通に鑑定するとか失礼だと思うんだけど?」
「当たり前だ。毎年変な物を混入しようとしやがって。
今年は何を企んでいる?」
「んもう、可愛い妹幼な妻がそんな真似するわけないじゃん。
強いて言うなら愛情たっぷりだよ。
ファンへの義理チョコなんか残りカスで作ったんだからね……あたっ!?」
「おい、あいどるが絶対言っちゃいけないセリフだって自覚あるか?」
くねくねとしなを作って頬を染める苺の額をデコピンする。
最近はこれが照れ隠しなんだとわかってきてはいるが、それでも言っていいことと悪いことの区別はきっちりとつけてもらわねえとな。
暴走して危険なのは魔力だけじゃねえってことだ。
そんな苺を見てリメッタはしみじみとした顔で口を開いた。
「確かに、苺ちゃん毎年色々やらかしてますもんね。
チョコに媚薬を混ぜたり、その……いろいろと体液を入れようとしたり、終いには全身にチョコを塗りたくって裸で突貫まで……」
「ああ、あとで掃除が大変だった。
あと髪の毛や爪が入っていたときは本気で怖かったな。
心が病んだんじゃないかって本気で心配して、母さんのカウンセリングを受けさせたんだったな」
「結果、マリーナさんの入れ知恵だって判明したんですよね」
リメッタが溜息を吐きながらオチを語る。
苺の悪巧みの半分以上が母さんの仕込みだ。
まったく親として娘の教育を間違えすぎている。
そしてその被害は身内に留まらない。
「そういうリメッタだって苺にそそのかされて、体にリボン巻いて突貫してきたことあったけどな」
「そ、それは子供の時の話です! そういう風習だとイチゴに騙されたんですよ!」
リメッタは顔を真っ赤にしながら抗議してくる。
「そんな意地悪を言うんだったらチョコはあげません!」
「ふふっ、本当にいいのですか? せっかく心を込めて作ったものなのに」
「ルエラちゃん……! わ、私は別に心なんて! こ、これは義理です! 義理! メイドは義理難いだけです!」
「そんなにギリギリ言われるとさすがに傷つくな……まあありがたく受け取っとく。……ってかやっぱり美味いな。
チョコレートも作り方次第でこうも味が変わるもんなんだな」
リメッタの頭を撫でると頬を膨らませながらも素直に受け入れてくれる。
苺のチョコより一回り小さめだが、それがかえってリメッタらしくて可愛らしい。
それに錬金チョコよりも舌触りもよく、甘さもちょうどいい。
俺の好みを考えて作ってくれたのがよくわかってなんだか嬉しくなってくる。
「あーん、してください」
「おう……これは!」
パクリとルエラが摘まんだチョコを口に含む。
滑らかな感触が口の中に広がると共に、俺はカッと目を見開く!
世界が一瞬虹色に輝いたかと思った。
プロのパティシエが作ったんじゃないかと思わせられるくらいに本当に口溶けがよく、ほどよい甘さが幸福感を与えてくれる。
「美味いな、これ! 本当にこれ、ルエラが作ったのか!?」
自然と感心した声が俺の口から発せられていた。
「はい、リメッタに教わったんですよ。納得いくまで練習を積み重ねました」
「ここまでのもの作り上げるのに相当苦労しただろう? よく頑張ったな」
頬を撫でてやるとルエラはうっとりとした顔で目を細める。
「むう! ルエラちゃん、時々練習抜け出すと思ったらリリークレイドルでチョコづくりしていたなんてずるい!」
最近は毒舌が目立つルエラだが、根は真とても真面目なんだよな。
きっと自分が納得するまでとことん研究を積み重ねたに違いない。
それに元貴族のお嬢様だけ超えた舌が導き出した答えは素晴らしいの一言だな。
「私も驚きました。日に日に目に見える形で実力がついていて、教えられる事なんてすぐになくなっちゃいました。
もう店だって開けちゃいますよ」
「そんなことありませんよ。
貴方のお蔭で満足のいくチョコレートを作り上げられました。
ご協力本当にありがとう、リメッタ」
「いえ、そんな……私なんて」
リリークレイドルにいる間に仲が深まったのか、ルエラとリメッタの交わす視線が前よりも柔らかく見える。
するとそれまでみんなの様子をうかがっていたモーラが一歩前に進み出た。
「あ、あの! 甘いものの口直しに私のチョコを食べませんか?」
「口直しって全部チョコだろ、モーラ」
「そ、そうなのですが……」
さてはこういうシチュエーションにまた緊張したか?
そう思いながら差し出されたチョコを見て、俺は固まる。
丸だ――。
というか、球体だ――。
見紛う事なきそれは真球であり、そのてかりのある完璧なコーティングは芸術作品を彷彿とさせる。
大きさも含めてそれはボーリングの球だった。
「トリュフチョコです」
「中身は?」
「トリュフチョコです」
「中身は?」
「トリュフチョコです」
会話がループする。
「はい、を選択するまで延々と終わらない選択肢か!」
現役モデルのモーラは機械仕掛けの人形のように、笑顔のまま頑なに中身を言おうとしない。
「アレだな?」
「アレです」
「アレ、なんだな?」
「はい、アレです」
俺は少し離れたところでこちらの様子を見ているモワノーに視線を向けると、スマイルで受け流された。
他のチョコレートが全部ハート型だっただけに、そのインパクトは強烈だ。
しかし生チョコは歓迎だが、『生卵チョコ』はいかがなものか?
多分これ、今日の産みたてに違いない。
まさかモーラが自分の卵を俺に食べさせようとするとは。
もしかして思わぬダークホースがその才覚を発揮しつつあるとでもいうのか?
「ごくり……」
モーラは緊張した面持ちで真っ直ぐに俺を見つめている。
そのあまりに無垢で真剣な瞳に見つめられると……断れる気がしない。
どうやら俺には食べる以外の選択肢はなさそうだ。
俺は生唾を飲み込むと、意を決してトリュフチョコにかじりつく……。
「…………」
なんだろう、この喉につかえる感覚は。
生臭さが鼻から抜けて気持ち悪い。
ぬちゅぬちゅとした何かを無理矢理注ぎ込まれたかのような。
飲み込もうとしてもうまく呑み込めない。
さらにはあとからチョコの甘さがじわじわとせりあがってきて、思わずむせ返りそうになる。
「あ、ありがとな……美味かった……」
「よ、よかったです……」
なんとか咀嚼してモーラに感謝する。
モーラはほっとした顔になった。
すまん、モーラ……これは無理だ。
せめて茹でたものを用意して欲しかった。
こうしてバレンタインの一日は過ぎていく。
いろいろあったがイベントは成功。
こうしてみんなでチョコを囲む楽しい時間も送れた。
来年はもっと多くの仲間とファンに囲まれるように活動を頑張っていこう。




