閑話 ジャイアントキリング
私の名前はメイメル。
あいどるユニット『キャラメルリボン』のリーダーだ。
今日私は異世界あいどるオークションの二回戦に臨む。
対戦相手は『みらくるベリーズ』。
あいどる関係者なら誰もが知ってる、始まりのあいどるユニットだ。
予選会場のステージでは一般参加のあいどるユニットたちがエキシビジョンマッチをして場を盛り上げている。
そして全ステージの最後に、メインイベントとして予選が開催される。
一発勝負のトーナメントが今、始まろうとしている。。
私はステージを睨みながら胸に手を当てた。
今日のために準備はしてきた。
大勢のファンだっているし、今日はそんな中でも特に私たちを推してくれる人たちを連れてきた。
一回戦だって上手くいったんだ。
今日も勝てる、勝ちあがる――。
私は予選会場の一画を占めるお揃いの法被を着た集団に目をやった。
キャラメルリボンのファンで構成された親衛隊だ。
彼らは私たちの絶対的な味方。
このアドバンテージを活かして、必ずこの大会を勝ち抜いてやるんだ!
私の両親は故郷の村を襲撃してきた魔王軍の魔物によって殺されたらしい。
らしいというのも、物心ついた頃には両親がおらず一人王都周辺のスラム街で暮らしていたからだ。
村で孤児となった私は心無い村人によって売られ奴隷にされかけた。
当時は戦争の傷跡も深く、皆貧しかったからその行動自体を責めようとは思わない。
立場が逆だったら自分だって同じことをしていたかもしれないからだ。
あの頃は誰もが生きるのに必死だった。
そして私は弱かった。
それだけの話。
物心ついたばかりの幼女なんて最弱もいいところだ。
王都への道中、なんとか逃げ出せたのはいいのだけれど、幼子一人王都郊外のスラムに放り出されてまともに生活を送れるはずがなかった。。
残飯を漁りながらゴミを売って暮らしていた。
幼い私は弱者だ。
食料や荷物を奪われるなんていつものこと。
命を奪われたり、捕まって売られたりされそうになったことだって何度もあった。
ゴミの山の向こうには華やかな王都が見えるというのに、私にはただの別世界にしか見えなかった。
路上に死体を見かけない日はない。
そんな地獄を生き抜くために、私は観察し続けた。
近づく者の善意、悪意。
仮面の下に隠された本心を見抜き接近される前に対処する。
間違えれば死ぬ――。
悪意に気づかず殺されるのはもっての外だが、善意で食糧や寝床を提供してくれる人は私の生命線だ。
だから私は生きるために必死に観察した。
嘘や偽善、無知な大人を利用して、私は生き抜いていかなければならなかった。
そうして私は数年間、スラム街で一人生き抜いてきた。
どんなにひどい暮らしをしていても、生き抜いて生き抜いていつかはゴミの山の向こうに見える王都に行く。
そこで仕事が見つけられればきっと今よりもいい生活が送れる。
そう自分の胸に言い聞かせる私には、一つの宝物があった。
壊れかけの映像スフィアだ。
これは売ればある程度のお金にはなるしれない。
そう思った頃もあったが、私はそれを今も持ち続けている。
私は周囲に人の気配が無いことを確認してから魔力を込めて映像を再生する。
そこには『みらくるベリーズ』の楽曲が入っていた。
壊れかけで映像は荒いし時々音は飛ぶけれど、それでも幻の中の夢のような世界に私は魅入られていた。
あいどる?
こんな痩せっぽちでガリガリで汚くて臭い私が?
こんなふわふわできらきらしている女の子のように?
なれるはずがない。
そう思いながらも私は映像から目が離せなかった。
その日はなんとなく物憂げになっていた。
映像を見ながらつい考え事をしてしまった。
その油断が命取りだった――。
映像に夢中になっている間に取り囲まれた。
映像スフィアはお金になる。
逃げ場なんてない。
きっと襲われて他の荷物やお金と一緒に奪い取られる。
下手をすれば命まで奪われるかもしれない。
私はゴミ山で拾った錆びたナイフを手に取って、それでも足掻くと決意する。
戦う必要なんてない。
どこか一番手薄な場所を攻撃してこの包囲網を突破する。
観察する――相手の強さを。
観察する――相手に対する殺意の大きさを。
誰を狙えば突破できる?
どうすれば私は命を繋ぎ留められる?
生き抜く――こんな場所で終わるつもりなんてない!
「お前、いい目をしているニャね」
不意に頭上からよく通る声が響き渡った。
こんな場所に似つかわしくない、凛とした張りのある声だ。
私だけでなく私を狙うスラムの連中も顔を上げてその声の主に注視した。
丸い耳に細くて鋭そうな尻尾。
筋肉の引き締まった生命力に溢れる肢体。
周囲を圧倒する程の存在感から誰もが目を離せない。
頭に一瞬白獅子族という単語が浮かんでくるが、そんな王者がこんなスラムにいるはずがない。
大体あの人、『ニャ』とか言ってるし。
そんな事よりも今なら逃げられる。
長年培ってきた生存本能が私に次の行動を教えてくれる。
けれど私の足は動かなかった――。
足の振えが止まらない。
どんなに命の危険に晒されても動いてくれた足が、今はまるで棒になったかのように全く動かない。
足が竦むなんて初めての経験だ。
どんな大男の相手にだってこんなことになったことはない。
魔獣相手でも私は生き延びたことがある。
「魔物か?」
「ば、化け物だ……」
すると私を囲っていた連中が震える声で言葉を漏らす。
「化け物とは失礼ニャーね。それよりも一人の女の子相手に寄ってたかって恥ずかしくないかニャ?」
少女は面倒臭そうに一睨み。
それだけでスラムの連中は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
あっという間にこの場は私と、謎の獣耳少女の二人だけになる。
あんな攻撃的で荒々しい魔力を感じたのは初めてだった。
まるで巨大な手に抑え込まれているかのように重く息苦しい。
「ふむ。魔力もそれなりに持っていそうニャね」
少女はくんくんと匂いを嗅ぎながら私の周りをくるくると回る。
私は観察する。
しなやかで強靭な肉体は生物としての次元が違う。
竜という存在が本当に存在するならこの人の事を言うのではないだろうか?
見れば見る程に隙が無い。
なにをしても敵わない。逃げる事すら不可能。
私は神様に出会ったのだろうか?
そう思わされるほどに濃密で強大なものを前にしていた。
「モノをよく見るいい目をしているニャ。真っ直ぐにこちらを見る姿勢も好感が持てるニャね」
そしてこの少女は言った。
「あいどるには興味あるかニャ?」
「あいどる?」
あのゴミ山の向こうに見えていた光景の中に暮らす存在。
私とは決して交わらないはずの生き物たち。
「どうして?」
気づけば口が勝手に疑問を紡いでいた。
答えは簡潔に帰って来た。
「容姿、魔力、そして生への執着。心にいい獣を飼っているニャ」
気持ちのいい程に明確な答えだった。
突然私は抱えられた。
そしてどこからともなく現れた魔獣に乗って大地を疾駆した。
息苦しいほどの風の中で景色があっという間に後ろに流れていく。
ゴミの山もあっという間に見えなくなった。
連れ込まれたのは町の中心近くにある宿……だったと思う。
当時の私にはそういう知識がなかったからはっきりしたことは言えないけれど。
王都に入るなり、屋根の上を走り抜け、私を抱えたまま飛び降りて建物の前に着地、そのまま建物の中に入っていく。
風呂に投げ込まれ、お腹いっぱいに食事を詰め込まれた。
考える前に、手は食べ物を求めて勝手に動く。
「そんなに慌てなくても誰も取らないニャーよ」
少女は苦笑しながら言った。
満腹になったことなんて人生で初めての経験なんじゃないかと思った。
そうしてようやく周囲の状況に目が向くと、私を楽しげに見ていた少女が口を開いた。
「ニャーの名前はラナナス・カリナレオン。『エスクラブプリュイ』っていうあいどるユニットを立ち上げた新進気鋭のあいどるぷろでゅーさーニャ」
一心地ついたところで少女――ラナナスは自己紹介してくれた。
「これからおミャーにもあいどるになってほしいニャ。あっ、生活の保障はするから心配いらないニャーよ」
それからは練習の日々だ。
そこには数百人の子供たちが居た。
年も身なりもバラバラで、一体どこからこんなに大人数の人間をかき集めたのだろうと思った。
けれどこの集団を見て、私ははっきりと理解していた。
私はこの中で生き残らなければいけない、と。
レッスンは厳しいなんてものじゃなかった。
歌や踊り以外にも、ランニングや筋トレ、そこに座学の勉強も加わっていた。
文字を覚え、計算を覚え、言葉遣いやマナーを覚えた。
けれどそれは簡単に身につけられるものじゃない。
ある者は自信を失い、ある者は練習について行けず、次々と去っていく。
けれど私は歯を食いしばって食らいついた。
ここにご飯の取り合いはない。
殺し合いもないし、夜は安心して眠れる。
けれど日に日に脱落していく、容赦なく斬り捨てられていく少女たちの姿はスラムにいる頃と変わらない。
ここを勝ち抜かなければ自分はまた元のスラム街暮らしに戻されてしまう。
そう思って私はレッスンを受け続けた。
観察する――講師の指導を。
観察する――講師が何を自分に求めているのかを。
スラムで一人、命を保ってきた私の唯一の武器。
吸収できる技術は全部盗んだ。
講師だけじゃない。
同じレッスンを受けているあいどるの卵たちからも。
ライブをするエスクラブプリュイからでさえ。
チャンスがあればなんでも自分の血肉に変えていった。
私の努力は評価された。
結果を出せば出すほどに見返りはあった。
お金も、住処も、養成所内の地位だって……。
そうして技術が上がっていき、私はエスクラブプリュイの姉妹ユニットのメンバーに選ばれた。
『キャラメルリボン』という三人組のユニットだ。
レイナは母子家庭の七番目の子供。
当然暮らしは貧しかった。
ある日、必死に仕事を探す自分の元にラナナスが現れたという。
そしてあいどるとしての収入でようやく家族全員を養えるようになったと私に教えてくれた。
兄姉に囲まれていたからか一見おっとりとしているが、家族のために必死になる彼女はとても真面目だ。
きっといい家族なのだと、家族をよく知らない私でもなんとなく想像が出来る。
タユーカは下級貴族の娘だ。
四女とのことで縁談もなく、奉公先でひどい目に遭ったらしい。
奉公先の貴族の男に無理矢理襲われ、それがトラウマになっているという。
危うい所をラナナスに救われ、奉公に戻りたくない一心で必死にレッスンについてきたらしい。
普段はクールぶっているが、実はドジっ子で放っておけないところがある。
二人の目はぎらついている。
それを見て私は思った。
ああ、きっと自分も同じ目をしているんだろうな、と。
異世界あいどるオークションが始まった。
予備予選の審査を通過した。
三回戦からのシード権は得られなかったけれど、予選には入れた。
一回戦も勝った。
そして今自分はここにいる。
決して甘くない居場所、けれどそれが心地よかった。
ここは自分が勝ち取って得た場所だという実感があったから。
そして今度の相手はみらくるベリーズ。
推しも推されぬあいどるのサラブレッド。
そんな連中を叩きのめしてのし上がる。
最高の舞台じゃないか。
ジャイアントキリング――。
秘策だってある。
この日のために備えてきた。
勝ち筋は既に見えている。
あいつらを踏み台にして私はさらにのし上がるんだ!
そう思っていたのに――。
「なんなの、あの子達……」
私の脚は震えていた。
初めてあいどるが怖いと思った。
これが――。
睨んでやったらまるでやんちゃな子猫を見るような眼差しを返された。
この感覚には覚えがあった。
そうだ、ラナナスと初めて出会った時と同じプレッシャー。
これがみらくるベリーズ。
さすがは世界ツアーすら成し遂げたことのあるあいどるユニット。
あのリーダーのイチゴは当時からの古参メンバーだ。
化け物――。
落ち着け。
私は深呼吸をする。
策は既にあるんだ。自分に負ける要素なんてない。
どうやらメンバーが一人増えたみたいだけれど、あんな及び腰のあいどるなんてむしろ足を引っ張るだけに違いない。
このトーナメントは決闘形式じゃなくて、競演形式だ。
相手よりも一点でも高い点数を獲れば勝ち。
自分のパフォーマンスに集中すればいい。
私は生き残るんだ!
この大会を勝ち抜いて、私はどこまでだってのし上がってやる――!




