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古代契約と裸ワイシャツ

「いただきます。食欲をそそられる香りですね」

「ああ、あり合わせで悪いが遠慮なく食ってくれ」


 冷蔵庫の余りものをフライパンに放り込んで作った即席の肉野菜炒め。

 庶民料理丸出しのそれをルエラは箸を器用に動かし上品に口へと運んでいく。


 余程(よほど)の空腹のせいか、動きは優雅なのにひょいひょいと結構な勢いで食べ物が口へと運ばれている様子が育ち盛りの子供のようで、ついつい微笑ましく思えてしまった。


「箸の使い方が上手いな。ひょっとして家では和食も食べるのか?」

「はい、たまに食べますよ。箸も使い始めるとなかなか便利ですよね。和食以外でもよく使っています」


 いつも家では箸を使っていたから何気なくルエラにも箸を出してしまったが、どうやら問題はなかったらしい。

 本人の言う通り使い慣れているくらいで、自然に箸を動かしている。



 和食や箸は親父が持ち込んだ異世界二ホンの食文化だ。

 世間では勇者料理なんて呼ばれ方をしていて、その繊細(せんさい)な味付けや独特の見た目はたちまちのうちに貴族の間で広まり、味覚が鋭敏(えいびん)な一部の亜人種族にも好評で、エルフのように食生活が和食になった種族までいる。


 さすがに家で和食を作るのは手間だからほとんど作らないが、箸を使う習慣は俺達家族の中ではすっかり定着していた。



「とても美味しいです。それに食事だけでなくお風呂やマッサージまでしてくださって……何から何までありがとう御座います」

「気にするな。無理をさせたのはこっちだからな。ところで……」


 俺はにこやかにルエラへと返事をしつつ、ここまで避けてきたソレを指摘する。


「その服はなんだ? 確か苺の部屋着を渡したはずだが……」


 俺はルエラが纏っている服を指摘した。


 ルエラは今、俺の仕事着のワイシャツを着ていた。

 一枚だけだからか、形の整った美乳の陰影(いんえい)がシャツ越しに浮かび上がっている。

 決して巨乳ではないが、その絶妙な大きさがかえって想像力を掻き立ててくる。


 風呂上がりのしっとりとした髪も相まって不思議な色香が漂っているのだ。


「苺さんの服は胸のあたりを中心に少しきつかったですし、尻尾穴もありませんでしたから」


 そう言いつつ、ルエラは髪の毛と同じ栗色の尻尾をふりふりと振る。


「悪い、そういや変身禁止で苺の服には尻尾穴がないんだった。けどだからってワイシャツ一枚はどうなんだよ? ってかどこから持ってきた?」


 営業用の服は俺の部屋のクローゼットにしまっていたはずだが……。


「あのさ舐め犬、喧嘩なら今すぐ買ってあげるよ?」


 苺はルエラの胸元を見て怒気を込めた笑みを浮かべる。


「舐め犬ってもしかしなくてもルエラの事か? これから一緒に頑張る仲間になんてこと言うんだ」

「じゃあバター犬」

「言い方変えただけじゃねえか! ってかルエラになにさせる気だ。それ以前に苺まで俺のシャツ着るんじゃねえ」


 俺の向かいに座る苺がぶうぶうと唇を尖らせる。

 そんな苺もなぜかルエラと同じく俺のワイシャツを素肌の上から着ていた。


「むう、苺はまだこいつを認めたわけじゃないもん! 絶対負けないんだもん!」

「くそっ、どこから突っ込めば……」

「えへへ、まずはお口にする? それともいきなり挿入()れちゃう?」

「お前はすぐそういう話に持っていこうとする!」

「痛だだだっ……! こういうプレイはナシの方向で」


 頬をつねり上げると苺はじたばたとのた打つ。


「あらあら。イチゴちゃんは素直じゃないわねえ。あんなに楽しそうに踊ってたのに」


 そんな苺を見かねてか、隣の母さんが苦笑した。


「楽しくなんて踊ってないもん」

「いや、凄く楽しそうだったぞ。俺は嬉しかったけどな、いつもより可愛く見えたし」

「ほんと!? むう、可愛いのはいいんだけど、でも舐め犬と一緒なのはなあ……」


 苺はにへえとだらしなく顔をしかめるという器用な真似をしながら腕組みをして考え込む。


「けど怪我はないようでほんと良かった」

「この程度で壊れる程軟な鍛え方はしていないつもりですよ」

「まあ苺程じゃないけどね」


「調子に乗るな。お前も限界だったろうが」

「ぴぎっ!? いいっ……イッちゃう」


 脇腹をつんと突くと苺が全身を震わせ仰け反る。

 白目を剥く苺は絶頂――ではなく失神寸前の青い顔で震えた声を捻りだした。


 こりゃあ明日は筋肉痛確定だな。


「ってかなんで母さんまで俺のシャツ着てやがる! ってか仕掛け人は貴様か!」

「ええっ、母さんだけ仲間外れなんてやだやだあ」


 なぜか母さんまでもが素肌の上に直接シャツを着こんでいる。

 駄々をこねながら体を揺らすと、ぷるんぷるんと暴れる胸にボタンが弾け飛びそうになっていた。


 しかも母さんも苺とルエラと一緒に風呂に入ったのか、髪や肌までしっとりとしていて、それがまた煽情(せんじょう)的な姿に拍車をかけている。

 なんだろ、この裸ワイシャツの食卓……今更ながら激しく何かが間違っている。


「ふふっ、巨乳のお姉さんのパツパツシャツ姿も魅力だけど、こうしてロリっ娘のぶかぶかシャツ姿も魅力的だと思わない?」

「……まあ、チョイスは悪くないと思うがな。母親の裸シャツ姿を見せつけられる息子の気持ちになれ」

「凄く嬉しい? 自慢のお母さん?」

「今すぐここから叩き出してやろうか? 痴女ババア」


 俺は盛大に溜息を吐くと、母さんを諭すように言う。


「今はルエラもいるんだから自重しろよ。ってかルエラも悪いな、母さんの悪ふざけに巻き込んじまって」


 この家族唯一の良心として、俺がルエラを守らねえとな。

 そう内心で決意する。

 

「いえ、むしろ嬉しいです。修果の匂いを感じられて、まるで包まれているみたいで……」

「いやそれ、凄く恥ずかしい台詞なんだが。嫌じゃないのか?」


 ルエラはにこやかに微笑み返してきた。


 俺は顔が熱くなるのを感じながらルエラに尋ねる。

 やっぱ牙犬族だし匂いには敏感なんだろうな。


「なぜでしょう。この匂い、とても安心するんです」

「そ、そうなのか?」


 襟元の匂いを嗅いでうっとりとするルエラを直視できず、俺の目が泳ぐ。

 ……あとで俺もしっかりと風呂に入っておこう。



「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。結構多めに作ったんだが……完食したか」


 苺の量に合わせてかなり多めに作ったのだが、ルエラはぺろりと肉野菜炒めを平らげてしまった。

 さすが肉食系の亜人種、その細い体からは想像もできない食欲だ。



 そうして一心地ついたところでルエラは姿勢を正して改めて俺達に自己紹介をした。


「それでは改めまして――私はルエラ・ファリトリアと申します。これからみらくるベリーズの一員として頑張りますのでどうぞよろしくお願いしますね、ご主人様」

「はっ? ご主人様?」

「はい。貴方は私と契約したご主人様ですよ、修果」

「…………はあっ!? 俺とルエラが契約した!?」


 唐突な発言に思わず立ち上がって問い返すとルエラは頷き返してくる。

 その真っ直ぐにこちらを見つめ返してくる態度は冗談ではなさそうだ。


「一体どういう事だ? 契約なんてした覚えねえぞ?」


 以前はみらベリのあいどるだった?

 いや、そんなはずはねえ。


 俺との契約であいどるになってくれた娘は誰一人として忘れてなんかいない。

 牙犬族の子は確かにメンバーにいたが、名前も容姿も全く違う。

 

 俺が契約師(コントラクター)として管理する契約者リストにもルエラの名前はなかったはずだ。

 契約ギルドに未登録の契約なんて違法も違法、あいどる事務所の営業停止どころか契約師としてのライセンス剥奪もあり得る失態だ。


「ちょっと確かめさせてくれ」

「はい、どうぞ」


 俺は恐る恐るルエラの純白の首輪に触れて魔力を流す。


「繋がってる……間違いない。しかもこれは、古代契約(えんしぇんと)か?」


 ルエラの首輪から魔力が流れ込んできた。

 俺とルエラの間で魔力が循環し始める。


 背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 魔力を通わせる事で、嫌が応にも目の前の首輪や契約が現実であると身をもって実感させられてしまう。



 契約には「現代契約(にゅーでぃー)」と「古代契約(えんしゅえんと)」の二種類が存在する。


 「現代契約(にゅーでぃー)」は単純に金銭や決まり事などの「実利的」な契約を結ぶためのもので、契約ギルドで認可された契約師のみが契約術式を取り扱う事が出来る契約形態だ。


 各国で差異はあるものの、現在では信頼度の高い契約書的な扱いとして、商人の大口取引やあいどるの契約もこれによって行われている。


 他にも犯罪者の拘束や危険な魔物の封印にも使われていて、その用途は多岐にわたる。


 一方「古代契約(えんしゅえんと)」は今は滅んだ古代魔法文明の中で扱われていたとされる契約術式で、当時は対価を差し出すことでどんな願望ですらも叶える力があったとされる。


 その契約術式は未だ完全には解明されておらず、現在では少女が切に願望した時にのみ、稀に奇跡が発現されるというかなり不確かな契約となっている。


 純真な少女の「願望」とそれを受け止め体現する者の「覚悟」――両者の強い信頼関係により契約が交わされて初めて本来の因果を乗り越えた「奇跡」が発現する。


 実際二十年前まで各国で行われていた戦争では、願望一つで大国の優勢がひっくり返ったり、英雄と呼ばれる類いの騎士や冒険者が幾人も誕生した。


 俺の親父がこの世界に召喚されたのも「古代契約(えんしゅえんと)」によるものだ。



「シュー君は覚えていないかしら? 三年前、交通事故に遭ったわよね?」

「忘れる訳ねえだろ。あんな事があったせいで……」


 俺は非難めいた視線で母さんを睨む。

 なんでこのタイミングでそんな話を持ち出しやがった?




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