アップグレード
それからは何度かの衣装交換とメイク直しをしながら撮影は順調に進んでいった。
俺は隣で撮影の様子を見守るモワノーに声をかける。
「モデルのモーラは本当に別人だな。ここまでのモノにするのに相当苦労したんじゃねえか?」
俺が感心しながらそう言うと、モワノーは楽し気に撮影に集中するモーラを見ながら答えた。
「大した苦労はありませんわ。元々あの子には才能がありましたもの。技術はあっという間に吸収していきました」
「技術を吸収するのとそれを発揮するのとは別問題ってことか」
俺はリリークレイドルでのモーラの様子を思い出す。
あの時のモーラは苺とルエラと共に自然に歌い踊れていた。
モーラは間違いなく今日までのレッスンで、あいどるとして必要な技術をすでに身に着けている。
一通りの楽曲の歌と振りつけも頭に入っているようだし、緊張に凝り固まらなければライブに出してもいいレベルになっていた。
あとはそれをどう引き出すかだが……。
「モーラのマインドセット……あの集中力はやっぱ欲しいな」
モーラの中にはスイッチがある。
それを切り替えることで、モーラは集中力を極限にまで研ぎ澄ませる。
モデルの仕事についてほとんど知らない俺にでもわかる。
最高に美しいその一瞬一瞬を切り取る刹那の戦い。
モーラはその瞬間を逃さない。
だが――。
「とはいえ撮影とライブは違えよな……」
この能力をライブに活かすとして、それで果たしてうまくいくのか?
ここまでモデルに特化したモノを崩して問題は起こらねえか?
下手をすればモデル業もあいどる業もどっちつかずになってしまうんじゃねえか?
そんな考えが頭の中を駆け巡る。
今日までモーラはあいどるをしている時、一度もマインドセットによる集中を見せていないのが何よりの証拠だろう。
と、モワノーがすっと俺の疑問の渦に言葉を差し込んできた。
「アップグレード」
「アップグレード? モーラの進化か?」
俺の聞き返しにモワノーがにこりと微笑む。
「すでにあの子の中であいどるの技術は血肉になっていますわ。
私は互いが互いを害するものだとは思っておりません。
モデルだってステージに上がりますのよ?」
「ファッションショーか」
モワノーは頷き返す。
「これまであの子はモデル活動で個として、一つの作品の一部として、その表現の術を身について来たわ」
モワノーはモーラに向けている眼をわずかに細める。
「けれどモデルの仕事は個で行うものばかりじゃない。
時には他のモデルと一体となり作品となる。ショーではそこに観客を巻き込んで一つの世界を作る。
あの子にあいどるとしてのパフォーマンスが加わったとき、どうなるか。私はそれが楽しみでなりませんわ」
あいどるの経験はモデルに活かせる――モワノーはそうはっきりと口にする。
「問題はねえんだな?」
俺はモデルというものについてほとんど知識がない。
だからあいどるとしての技能がモデル活動にどう働くかを具体的にイメージすることが出来ないでいた。
しかしモワノーは自信をもって俺に頷き返してくれる。
「私が補償いたします。あいどる活動はモーラの血肉として、更なる美をあの子に与えてくれますわ」
「美、ねえ……それを俺が引き出せと?」
俺は挑戦的な視線を送ってくるモワノーに向かってにいと口の端を上げる。
「ええ。『完璧』と言う名の限界にあの子を縛り付けないでくださいませ」
「そうか……なら俺もためらう理由はねえな。そこまで言われちゃ俺も全力を尽くすしかねえ。
後でナシなんてこと言わないでくれ」
あいどるとして鍛えろというのなら俺に是非もない。
モーラの全てを引き出してやるだけだ。
するとモワノーが口元に手をやる。
「でもそうですわね。駄目になったら責任を取っていただきましょうか。
モデルとしても、あいどるとしても立ち行かなくなったなら……」
「それくらいはぷろでゅーさーとして当然の責任だな。まあそんな事にはならねえから安心しろ」
俺はその先を言わさず自信をもって言ってのけた。
今のモワノーはとてもいい顔をしている。
きっとろくでもない要求をしてくるに違いない。
まあせいぜいモーラを進化させられるように努力しよう。
俺もモーラのパフォーマンスが楽しみだからな。
「ううっ、頬がひくひくするよお」
撮影が終わり、苺たちが見学していた俺達のところに歩いてくる。
苺はぐにぐにと自分の頬を摩っていた。
「ルエラは大丈夫か?」
「はい。……いいえ、やはり摩って頂けると」
「しょうがねえな」
本人的には大丈夫なのだろうが、まあ負担はかかってただろうし、ご褒美も兼ねて状態を確かめさせてもらおう。
「柔らかいな――」
「うふふ、たっぷり堪能してください」
処女雪のように白いルエラの頬は掌に吸い付くような柔らかさがあってとても心地いい。
最近はモワノーが提供する化粧水やその他色々なコスメを使っているからか、前よりもきめ細かく、ふわふわ感が増したように思える。
そのまましばらく頬を軽く揉んでやっていると、ルエラはうっとりとした様子で俺を見つめ返してくる。
「……問題ないみてえだな。苺よりも自然に笑顔を作れてたみてえだし、そんなに負担にならなかったんじゃねえか?」
「そうですか? そう見えたのなら嬉しいです」
貴族としての教育が活かされた場だったのかもな。
そんなことを考えていると、苺がずいと俺の前に出てきて頬を差し出してくる。
「お兄ちゃん」
「それだと引っ叩くことになるぞ。前向け」
「えへへ……」
「はいはい、お前も頑張った、頑張った」
やや乱暴気味に頬をぐにぐにとしてやると、てへへと苺は満足げに相好を崩した。
直接触れると頬がひくついているのがわかる。
今日はかなり頑張ったようだ。
「モーラもお疲れさん。お前の凄いところ見させてもらったぞ」
「い、いえ、私は大したことありません」
すっかり通常モードに戻ったモーラが手を前に出しながらあわあわと否定してくる。
「いや、謙遜も度が過ぎると嫌味だからな。お前は間違いなくモデルとしては一流だ」
素人目だが超一流と言ってもいいかもしれない。
方向性は違うが、モーラから発せられたオーラはラナナスにも引けを取らなかった。
「それじゃあみんなお疲れさん」
俺は三人を労いながら送り出す。
苺達は着替えとメイク落としのために楽屋へと移動していった。
「さてと……」
俺は待っている間の暇つぶしも兼ねて、最終チェックをしているカメラマンのスフィアカメラを覗きこむ。
そこには先程まで撮影されていた写真が次々に映し出されていた。
「これが商品のポスターになるんだな」
「ええ。色々と加工をしてからにはなりますが、どれも素材がいいので素晴らしいポスターになりますよ。
さすがは普段からあいどるとして人前に出ているだけはありますね。人を魅せるということをよく理解している」
「そうなのか?」
細身のシャツを着こなすカメラマンの男の言葉が意外で俺は首を傾げた。
「けどここまでやるなら誰がやっても変わらないんじゃねえか?」
カメラの中の白塗りで髪も整髪料で塗り固められた三人の姿を見ながら言う。
「いえいえ、そんなことないですよ」
だがそんな俺にカメラマンが苦笑しながら首を振った。
「イチゴちゃんもルエラちゃんもこちらの機微に応じて欲しい画をしっかりと返してくれました。
二人共すぐにこちらの意図を理解してくれてとても撮影がしやすかったですよ。これならモデルとしてもやっていけるんじゃないですか?」
「そういうものなのか……」
カメラマンは写真を見ながら満足げに頷いている。
どうやら苺もルエラも要領がよかったらしい。
確かに苺もルエラも初モデルとは思えないくらいに堂々と自信の溢れた表情をしているな。
女が惚れる女というものを俺は理解していないが、これなら商品ポスターとして、他の女性に注視されても問題ないだろう。
「けどやっぱり本職には勝てねえな」
「いえいえ、彼女が別格なだけですよ。モーラさんはモデルになるべくして生まれてきた天才ですから」
「天才、かあ……確かに。これを見たら才能って言葉を信じたくなるな」
カメラマンの言葉に俺も頷き返す。
とはいえ、これは才能の一言で片づけていいものでもないと思う。
ここまで自分を磨き上げるために今までモーラはどんな努力を重ねてきたのだろう。
もしこの長所をあいどるのパフォーマンスでも発揮出来たなら……。
これからモーラをどうぷろでゅーすしていくか楽しみなところだ。




