『幸せ』の追求者たち
リリークレイドルでのメイドバイトの次の日、俺は撮影スタジオへとやって来ていた。
白い床と壁にいかにも高価そうな照明機材と高性能カメラが設置されている。
そんな中、スタジオのスタッフやペリステラー商会の商人たちが準備のために忙しく動き回っていた。
「ふふっ、退屈させてごめんなさいね」
「いや、見ているだけでも興味深いし気にするな」
俺はこちらに向かってくるモワノーに軽く手を挙げながら返事をした。
先ほどまでモワノーもスタジオ中を移動しながら忙しくスタッフたちに指示を出していた。
モワノーは体のラインが強調された衣服を堂々と着こなし、心が蕩けるような甘い香りの香水を纏っている。
しかし攻めたコーディネートも彼女の内面から溢れ出す自信がそれを当たり前のものとしている。
その作られた美は今日も相変わらずだ。
俺は視線をスタジオに向けながら口を開く。
「モワノーも昔はモデルだったんだよな?」
「ええ。子供の頃から美しいものが好きで、追い求めているうちに私はモデルとなっていました」
「それでは飽き足らず、商会まで立ち上げたわけだ」
ちらりとモワノーを見れば、彼女はころころと可愛らしく楽し気な笑顔を浮かべている。
その無邪気な姿と普段の艶っぽさとのギャップに思わず頬が熱くなるのを感じる。
魅せる女と誘う女を使い分ける百戦錬磨さ。
一体どんな人生を送ればここまでの完成品が出来上がるのか、俺には想像もつかない。
「『美』は全ての人を幸せにする。私は自分の求める『美』を追求するためにこのペリステラー商会を興したのですわ」
「幸せ、ねえ……こういう形もあるんだな」
俺はペリステラー商会の一人一人がモデル並みに綺麗な商人たちを見る。
彼女達は皆モワノーと一緒で自信に溢れていて、確かに見ていて惹きつけられる魅力がある。
きっとモワノーと共に働き、美を求めることは彼女達にとって幸せなことなのだとわかる。
そして自分と関わるお客を美しくすることも。
俺達があいどる活動を通じてファンを楽しませ幸せにし、自分達も幸せな気分を味わうのと同じだ。
そんなことを思っているとモワノーが話題を変えた。
「ところでうちの娘はどうかしら?」
「真面目だな。レッスンにもついて来ようと頑張ってるし、着実に成長もしてる。
ただ自分に自信がないというか、なにをするにもおっかなびっくりでまだまだ自分を表現できるようになるには時間がかかりそうだがな」
俺はモーラの練習の様子をモワノーに伝える。
「あら、そういう話ではなくて……ふふっ、シュカはいつもあいどるのことを考えておりますのね」
「それが俺の求める『幸せ』の追求だからな」
「あら。返されてしまいましたわね」
モワノーが頬に手を添えて、にこりと微笑む。
「言っておくが俺はあいどるを不埒な目では見ねえからな。
なにが狙いで俺とモーラをくっつけようとしてるのかは知らねえが、その辺りを期待されても困るぞ」
俺はモワノーに向かってはっきりと言う。
俺はみらくるベリーズのぷろでゅーさーだ。
あいどるを守るのが仕事であって、自ら手を出したら本末転倒というものだ。
しかしモワノーはただ不思議そうに俺を見返してくる。
「そうなの? ぷろでゅーさーとあいどるが結ばれるなんて、最近ではよくある話ではなくて?」
「あいどるに男の影とか生々し過ぎるだろ? それにそういうあいどるは皆引退するじゃねえか。
まあ紛いなりにもあいどると婚姻関係を結んでいる俺が言えた話じゃねえけどな」
俺は毎日のように幼妻アタックをする苺の姿を思い出してげんなりしてしまった。
「それによそ様のあいどるユニットにまでどうこう言うつもりはねえけど、少なくともそういうところだって普段の言動には気をつけてるはずだ。
俺はモーラにも、ルエラについても個人的なことを口にするつもりはねえよ」
「あら、そこでルエラさんの名前も出ますのね」
「うるせえ……失言だったな」
俺はくすくすと笑うモワノーから思わず視線を逸らしてしまった。
「今はあいどるが溢れかえる激戦の時代だ。パフォーマンスの良し悪し以外でも差別化や付加価値が求められつつある。
実際俺らも化粧品を扱うペリステラー商会と提携して、こうしてモデルをすることで印象の振り幅を大きくしようとしているんだからな」
するとモワノーは悪戯っぽい微笑を浮かべた。
その姿すら様になっている。
一体この人の素の姿はどこにあるのだろうか?
ふと俺はそんなことを考えてしまった。
「ならば気をつければ問題なんてないのではなくて?
幸い広い敷地に劇場や寮まで併設しているのですから、中で何が起ころうと問題ないでしょう」
「問題大ありだ」
モワノーは俺の目を覗きこむように尋ねてくる。
腕に触れた手の動きが官能的で、俺は慌てて一歩を引いて離れた。
「あら残念」
「いい加減にしてくれ。そういうアプローチはあいつらだけで十分だ」
俺がうんざりしながら首を振ると、モワノーも素直に俺から離れる。
それからスタジオのスタッフたちの働きぶりを見やりながらモワノーは口を開く。
「けれどやはり気になりますわね」
モワノーは目をすっと細めると、少しだけ表情を引き締めた。
「ここ数日の貴方の様子を見ていましたが、あいどるとぷろでゅーさーとしての節度やマナーを超えた見えない壁……いいえ、殻のようなものを感じました。
皆様があいどるとして、仲間としてとても信頼し合っているのは紛れもない事実ですが、それ以外のところで私には歪に映ったのです」
「歪? そんなに不自然な感じに見えるのか?」
モワノーの指摘に思わず眉根が寄ってしまう。
「ええ。聞くところによればルエラさんとは初対面で熱い接吻を交わしたのでしょう?」
「ど、どうしてそれを!?」
そういやモワノーも視察を兼ねて何度か寮に泊まり込んでたっけ?
その時に聞き出したのか?
苺が嬉しそうにパジャマ女子会したって言ってたしな。
「別に貴方は女性不審や恐怖症ではないのでしょう?」
「まあな。彼女が出来るもんなら作りたいと思ってる。それに俺はおっぱい信徒で、普通に女体にだって興味はあるぞ」
「あらまあ、これは思ったよりも切実に飢えているようですわね」
モワノーはそっと口元を扇で隠す。
その瞳はじっと俺を見据えたままだ。
ルエラとのキス――。
確かにあの時、俺は初対面にも拘わらず、見つめあったらキスをせずにはいられなくなっていた。
どこか懐かしいような、そうしなきゃいけないような……いいや。
『あの雌は元々俺様の……』
「――!?」
不意に脳裏に言葉が過ぎり、俺は凍り付くような寒気に震えた。
思わず自分の体を抱いてしまう。
「どうされましたの? 顔色が悪いですわよ?」
胸の中にぞわりとした黒いものが込み上げてきて、俺はモワノーから視線を逸らしてしまった。
この感覚には覚えがある。
夢空間から苺が消えた時、空間の外を認識しようとして味わった感覚と同じ。
夢空間の外はただの無ではない?
一体あそこには何があるっていうんだ?
「シュカ? 大丈夫ですの?」
「いや、なんでもねえ……まあ一応治癒魔術は使っておくか」
俺はモワノーになんでもないと手を挙げつつも、自分に治癒魔術をかける。
魔力量を必要としない低級の魔術だが、悪化した気分を回復させるには十分な効果を発揮してくれた。
そうして魔術を使いながら考える。
別にやましい事なんてないはずなのに、どうして今俺はモワノーから視線を逸らした?
そして俺の顔色が良くなったからか、モワノーが続きを話し始める。
「ではルエラさんもモーラも十分に魅力はあると思いますが、もしも彼女達があいどるではなかったならどうしていましたか?」
「まあモーラはともかく、ルエラはあり得ねえな」
あのストーカーをしている時の光のない瞳を見たら百年の恋も冷めるってやつだ。
そうだ、あんな瞳をさせるくらいに昔、俺はルエラを……。
……ルエラを?
俺は再びあの寒気に襲われそうになる。
なにか取り返しのつかないことを俺はルエラにしたのか?
だがそうなる前に思考を遮る声が耳に届いた。
「メイクが終わりました。モデルさん入ります!」
楽屋から速足でやってきたモデル商人が出入口からスタジオ全体によく通る声を響かせる。
そして彼女の背後から苺とルエラが姿を現した。
「おお――っ」
俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。
膝丈の黒い透き通るくらいに薄い生地のイブニングドレス。
そしてライブや舞台、社交界とも異なるメリハリのあるメイク。
二人はまさにモデルと呼べる姿になっていた。
「えへへ。お兄ちゃん、どう?」
苺がポーズをとりながら呼びかけてきて、俺はぽかんとしていたことに気がついた。
「正直いろいろ凄すぎてわからん。悪いな」
そして正直に感想を伝えた。
「うん、凄すぎ。語彙力死んじゃうくらい凄すぎ! 苺、今完璧にモデルさんだよね!?」
俺達はあまりのことに語彙力が死んでいた。
苺ははしゃいではいるが、今の自分の完成形を壊したくないからか、跳ね回るような真似はしない。
背筋はいつもよりもしっかり伸ばされていて、表情からも女としての自信が感じ取れるものになっていた。
モワノーの願い通り、苺も今の綺麗になった自分を見て喜んでいる。
「えへへ、最近は魔力も安定しているから人型でもこんな風に、ほら!」
苺が前屈みになると胸に谷間が出来上がる。
「確かに少し胸が膨らんだのは認めてやろう。だがそこにパッドを追加するのはいただけねえな。それはおっぱいに対する冒涜だぞ」
「ちぇっ、やっぱわかるか」
苺は唇を尖らせた。
「俺を誰だと思っている。おっぱい鑑定士の俺を謀ろうとはいい度胸だな。たとえ相手が女神様であろうとも、俺は断固としてパッドの使用は許さん!」
「ああっ、そんな称号持ってたね、お兄ちゃん」
苺はどうでもよさそうに手をひらひらさせた。
それはいつもの呑気さが演技なんじゃないかという怖さを覚えてしまう程に、今時の女子の姿だ。
『お兄ちゃんは妹をそんな風に育てた覚えはないぞ』とつい言いたくなってしまうが、もしそれで本当に苺から今時女子の反応を返されることを想像して言葉にするのをやめた。




