モーラの土下座
「大変申し訳ありませんでした!」
「あ、ああ……とりあえずモーラ、顔を上げてくれ」
夜になり劇場でのライブを終えた俺達は楽屋に集まっていた。
俺の目の前には土下座をしたまま動かないモーラが伏している。
彼女は平身低頭のお手本のような姿勢で額を床に擦りつけていた。
「ほんともういいから、頭を上げろよ、モーラ」
「そ、そうはいきません!」
「いや、このままじゃまともに話もできねえだろ」
モーラは土下座の姿勢のまま彼女にしては珍しく強い口調で反論される。
今日、モーラはみらくるベリーズの新メンバーとしてお披露目された。
ひとまず一曲――三人でのパフォーマンスを披露するはずだった。
からくり人形のようなぎこちない動きで舞台の中心へと歩いたモーラは歓声に出迎えられる。
新人の緊張ぶりに暖かな眼差しを寄せる観客たち。
まあそこまでは良かったんだ――。
モーラはそこで楽曲の最初タイミングを間違えてステップを失敗、そのままパニックに陥った。
そして立て直そうとしてさらにダンスが乱れ転倒、苺と激突する。
そこは苺の咄嗟の機転で二人して体勢を整えたのだが……。
モーラはあまりの状況に自分が人蛇姿に戻ったことも忘れて苺を締め上げてしまったのだった。
混乱、へんてこな踊り、苺の白目……劇場は爆笑の渦に包まれた。
芸人のコントを見るような空気になり、パフォーマンスどころではなくなった。
最終手段として俺が腕で大きくバツ印を示し、苺がモーラを掴んで舞台袖へと放り投げて緊急離脱――というか強制退場となったのだった。
「まあこれまでアクシデントの数々を見てきた俺だがな、楽曲中に笑いの渦だなんてものを見たのは初めての経験だったぜ。これは歴史に残る偉業だな」
「はうう……」
「お兄ちゃん、さすがにその冗談は笑えない」
「今は追い詰めないであげてください」
「……だよな、すまん。俺も思った以上に動転してたみてえだ」
苺の呆れ顔とルエラの苦言に俺も首を振りながら謝った。
なんとかモーラを励まそうとした言葉だったが余計にモーラを恐縮させてしまった。
ここはぷろでゅーさーとしてちゃんとあいどるをフォローしねえと。
俺はモーラの傍で屈むと、目線を合わせる。
「今日は参加してくれてありがとな、モーラ」
「……えっ?」
そんな俺にぽかんとした顔で見つめ返してくるモーラ。
「凄え緊張してただろうに、それでも勇気を出してくれたんだ。笑うわけねえだろ。まああれはあれで面白かったけどな」
やべえ、思い出したら笑いが……!
「お兄ちゃん、そこでいきなり笑うとか鬼畜だと思うよ」
「弱っている女の子に容赦なく追い打ちをかけるなんて素敵ですね。さすが私のご主人様です」
「いやいや! 今のはあのハプニングを笑ったんだ。モーラを笑ったわけじゃねえよ!」
「それって何が違うのかなあ?」
慌てて弁解する俺を楽しそうにからかってくる苺とルエラ。
けど目はまったく笑っていない。
まったくいかんな。ここはちゃんと気を引き締めよう。
確かに結果は大失敗だが、モーラは勇気を振り絞ってステージに立ってくれたんだ。
その挑戦は素直に嬉しいし、感謝こそすれど責めるいわれはねえよな。
「本当に嬉しかったんだ、モーラが舞台に立ってくれて。
俺はちゃんと知ってる。今日のためにお前がどれだけ頑張ってきたのかをな」
俺はモーラの肩に手を置いてじっとその目を見つめる。
「ずっと目の前で見てきたし、一緒に練習もしたろ? その努力を俺が馬鹿にするとでも思っているのか?」
「シュカさん……」
じっと見つめ合っていると、モーラの目からじんわりと涙が溢れてくる。
「ここから始めればいいんだ。また一緒に練習しよう」
そこでふと、俺は頭に浮かんだ言葉を口にする。
「親父のノートにだってこう書いてある。『0から1へ、1からその先へ!』ってな。
観客を湧かせよう、ライブを成功させようとか考えるから緊張するんだ。
まずは最初の一人を喜ばせるところから頑張ろうぜ。
最初のファンができれば、きっと何かが見えて来るはずだ」
「最初の一人……それが勇者様のノートの言葉ですか?」
モーラが俺に聞き返してくる。
「ああ、そうだ。魔王を倒した勇者様が書き残した偉大な研究ノートだぜ」
『オタク』と呼ばれる異世界二ホンの異能力研究第一人者だった親父が残した数々の研究ノート。
俺はそれを何度も読み返していて、全部頭に入れているんだ。
「そうですね。私も少しでも苺さんやルエラさんに近づきたいです」
「ああ、一緒に頑張ろう」
俺はモーラの腕をとって立ち上がらせる。
俺を見つめてくるモーラ。
その瞳の奥に、確かな強い輝きが秘められているのを俺は見逃さなかった。
「……まあやっちまったもんはどうにもならねえし、次に備えようぜ。
モーラはまだあいどるになりたてなんだ。これからいくらだってどうにでもできる」
「そうですよ。あれ程普段から熱心に練習をしているのです。努力は貴方を裏切りませんよ」
俺の言葉に続いてルエラもモーラを励ました。
まあ、さらりとモーラの暴走を回避して苺の惨状を観客と一緒に笑っていたことは見逃してやろう。
「ですが、私は……」
「大丈夫だよ、苺は丈夫だし全然気にしてないから」
苺は腕で力こぶを作るポーズをとる。
実際全力でモーラに締め上げられたにもかかわらず、怪我の一つもしていない。
「そうですよ。むしろ今回の件で貴方の印象は深く刻まれたはずです。これをチャンスと捉えましょう!」
「とてもチャンスとは……」
戸惑うモーラに苺とルエラはさらに励ましの声を掛け続ける。
「次のパフォーマンスで取り戻そう?」
「私達もしっかりサポートしますから」
「次のパフォーマンス……」
そう呟いた途端、モーラは震え始めてしまった。
まずいな、すっかりトラウマになっちまってる。
にしても、最初のお披露目を劇場にして正解だった。
劇場には常連を中心としたアットホームな雰囲気がある。
今回はそれに助けられた。
まあそれを見越して、今回モーラの初舞台をベリーズ劇場にしたわけだが。
もしこれが予選会場のミニステージだったなら、もっと悲惨な事になっていたかもしれない。
会場には一元のあいどるファンが多くいる。
そんな観客が最初に見るパフォーマンスはそのあいどるユニットの評価に直結する。
第一印象を塗り替えるのは容易な事じゃない。
いや、次があればまだいい。
それでみらくるベリーズが見向きもされなくなったら目も当てられない。
「ポテンシャルはあるんだ……あとはそれをどう引き出すかだな」
俺は契約の間で見せたあのモーラの姿を思い出す。
見る者すべてを自分に惹きつけるかのような自信に溢れた姿。
モワノーによるとモデルとしてステージに立つために訓練した強固なマインドセットだそうだ。
アレをあいどるのステージでも引き出すことが出来たなら、苺やルエラと並ぶ十分な即戦力になるはずなんだ。
だからこそ今回モーラをライブに参加させたわけだが……。
ぐう……。
そこでルエラのお腹が鳴った。
「はう、申し訳ありません」
俺は壁に掛かった時計に目をやる。
「いや、問題ねえよ。ってもうこんな時間か……そうだ、今日はあそこに行くか」
「リリークレイドルだね?」
「外食も久しぶりですね」
最近は食材の調達をぺリステラー商会が手配してくれる。
健康にいい食材といくつかのレシピも教えて貰った。
少し値は張るものの、美容や体づくりに欠かせないし、今後予選を戦っていく上で肉体的にも強化は必要だろう。
幸いグッズの売れ行きも好調で多少なりとも資金には余裕がある。
自らへの投資は大事だよな。




